またまた泊まり #2
魅散さんの手を借りて、そのまま立ち上がろうとしたのだが、俺の手を握った魅散さんは、そのまま手を引いて、自分の方に俺を抱き寄せた。
「…………わっ……」
今度は、正面から抱きつかれた。魅散さんの柔らかいものが、俺にこれでもかっというほどに押し付けられる。
何だろうか。抱きつかれるのは恥ずかしいし、心臓もバクバクいっていて、それは魅散さんにも、伝わってるだろう。
でも、何か、慣れてしまった。姉ちゃんにも昔からよく抱きつかれていたし、今日みたいにここに泊まった時は、魅散さんに抱きつかれることが常となっていたからだ。
これって、慣れてしまったも良いものなのだろうか……? 分からん。
「護君……? 」
おもむろに、魅散は、護を抱き寄せた。びっくりさせてやろう、という思いを込めて。
しかし、護が驚いたのは、最初に魅散がてを引いたという動作にで、抱きつかれていることには、何も思っていないような気がする。心臓の鼓動は聞こえているが。
「何ですか……? 」
自分に抱きつかれているというのに、護の反応は、至って普通。魅散の身近にいる男の子で、こういう反応を示すのは、護だけ。
他の仲の良い男の子は、少なからず驚いた表情を浮かべ、少し抵抗を見せる。
……でも、むかしは護君もそうだったっけ……。
「抱きつかれることに、慣れてる……? 」
一つの疑問を持って、魅散は、護に聞いた。
「そうかもしれません……」
何故か、護はどんよりした顔で言う。
「そっか……。沙耶に抱きつかれてるもんね」
「そうです…………。多分、それで慣れたのかもしれません……」
「なるほどねぇ」
魅散は、さらに、護を力強く抱きしめる。
「魅散さん…………? 」
「ん? 」
「何かあったりしたんですか? 」
護は、心配そうに聞いてくる。
「別に何もないけど………、どうして? 」
「姉ちゃんがそうなんですよ」
「へぇ。そうなんだ……」
魅散から見た沙耶は、いつも元気で周りを引っ張って行ってくれるイメージがあって、親友になって長い時間が経つが、沙耶が落ち込んでいる姿をみたことはそんなにない。せいぜい、片手で数えられる程度だ。
だから、魅散は納得する。護に抱きつくことによって、そういう気分を払拭していたのだと、分かったから。
「で、そろそろ布団取りに行きませんか…………」
護の表情を見る限り、言葉を聞いている限り、自分を保っているように思える。しかし、さっきと同じように、それよりも、心臓の鼓動は、速くなってきている。
「そうだねぇ……」
そう言いながらも、魅散は、護を離そうとはしない。まだ、こうしていたいから。護に抱きつくと、気持ちが落ち着く。
沙耶が抱きつく理由が分かったような、そんな気がした。
あれから何分くらい抱きつかれていただろうか。ようやく、魅散さんの抱擁から解放された。むやみに、離れてくださいなんてこともいえないし、為されるがままにしていた。別に、損することは無いわけだし。
あ、でも、雪ちゃんにもうちょっと見られそうだったし、危なかった。
魅散さんが俺から離れてからすぐ、この部屋の扉が開いて雪ちゃんが戻ってきたのだ。後少しでも遅かったら、俺と魅散さんが抱き合っていた姿を見られていたことだろう。
もし見られていたら、どうなっていたのだろうか……。考えるだけで、恐ろしい……。
で、雪ちゃんも戻ってきたことだし、三人で魅散さんの部屋に、布団を取りにいくことにした。
姉ちゃんは、さっきからずっと魅散さんの部屋にいるそうだし、皆が自分の分だけ布団を持てば、それで済む。誰かが二つ運んだりしなくても良くなった。
雪菜は、魅散と護の後ろを歩く。本当なら、護の横を歩きたい。だけど、残念なことに、三人が横に並びながら歩けるほど、家の廊下の巾は広く無い。
…………むぅ…………。
雪菜は、一つの違和感を感じ取っていた。
護から魅散の匂いが、魅散から護の匂いがする。これが、雪菜が感じた違和感だ。
自分がお風呂に入っていた間、魅散と護は、隣同士で座っていたのだろうと思う。別に、それについては何も言わない。
だけど、ただそれだけのことで、ここまで互いの匂いが移るものなかなぁと、勘ぐってしまう。
もっと何か、別のことをしていた、そんな気がする。
……あ……。
雪菜は、護の姉の沙耶が言っていたことを思い出す。「護に抱きつくと、気分が良くなるんだよね」と、そう言っていた。
その点については、雪菜も同感だ。ずっとこのままでいたいと、そう思える。
……もしかして、お姉ちゃんもそう思ってる……?
そう思っているとするなら、魅散は、自分が部屋に戻ってくるまでの間、護と抱き合っていたということになる。
もしそうなら、ここまでに互いに移っている匂いのことも、分かる。
……まーくんったら……。
その抱きつくという行動に理由があるなら、それで自分が納得出来る理由なら、護は、これを断ったりはしない。それが、どんなお願いであってもだ。護は、心の底から優しいから。
だから、魅散が、そうした理由も分かる。立場が逆であったなら、自分もそうしていただろうと、思うからだ。いや、絶対にしていたと思う。
「雪菜」
「え、わ……、何……? 」
唐突に、魅散から声がかかる。
来るとは思っていなかったら、一瞬、言葉に詰まってしまう。
「この柱、覚えてるよね」
そう言って、魅散は、自分の部屋に向かう通路の曲がり角に出ている大きな柱を、指差した。