再び巡る
しーちゃんが帰ってから数分後、姉ちゃんはまだなのかと待っていて俺に、一つの声がかかる。
「護君ーっ! 」
一瞬、姉ちゃんだと思ったが違う。姉ちゃんより少しだけ声が低い。
声のする方に目を向けて見る。そうしながら俺は、ベンチから立ち上がる。
……あれは……。
髪の色も、身体の一部の大きさも、全然違う。けど、雪ちゃんと、雰囲気は凄く似ている。
雪ちゃんのお姉さんの、魅散さんだ。会うのは、いつ以来だろうか。
「護君っ!! 」
立っていた俺に、魅散さんは、もの凄い勢いで俺に抱きついて来る。
うーん、やめて欲しい。ほら、その柔らかいものが当たってるし……。あ、でも、姉ちゃんより少しだけ小さいのかな。
いやいや。そんなことを考えている場合じゃない。
俺から、魅散さんを離れさせなければならない。
人前だし、何人かが、訝しい目をこちらに向けてきている。そんな目で見ないでほしい。勝手にこうなってしまったんだから。
なんか、昔にもこんなことがあったような気がするし、無かったような気がする。
まぁ、どっちでもいいや……。
「魅散さん……。お久しぶりです」
「うん、久しぶり。大きくなったねぇ」
何かを懐かしむように、魅散さんは声を作る。まだ、俺から離れてはくれない。
そろそろ、俺の理性が保たなくなってきそうなんだけどなぁ……。
「そんなことより、魅散さん……」
「ん? どうしたの? 」
「そろそろ離れてもらって良いですか? 」
「うーん……。そうだね。護君成分も補給出来たし」
魅散さんはそう言いながら、ようやく離れてくれる。ていうか、なんだ。護君成分って。
「そういえば、姉ちゃんはどこに行ったんですか? 」
姉ちゃんと待ち合わせをしていたのに、この場に魅散さんが来たということは、姉ちゃんに言われてここに来たということだろう。
姉ちゃんの姿は、この近くに見ることが出来ない。どこかに隠れたりしてるのだろうか。
「沙耶には、私の家に先に行ってもらってるけど……、護君知らないの? 」
「何をですか? 」
「今日は、私の家で夜ご飯食べるみたいだよ? 」
……………………。
いつの間にそんな風になったのだろうか。そうなっているのならそうで、先に教えて欲しかった。
「その顔を見ると、知らなかったみたいだね」
「えぇ」
「言ってなかったの? 沙耶は」
「聞いてないですね。ここの近くで夜ご飯を食べるってことしか」
「ふぅん……」
魅散さんの家に行くってことは、そこに雪ちゃんもいるということだ。隣に住むしーちゃんにも、もう一回会うかもしれない。
「で、護君さ」
「どうかしました? 」
「護君から雪菜の匂いがするけど…………、会ってたの? 」
「まぁ、そうですね。買い物してました」
こんなところで嘘ついても仕方ないし、
「そうなんだ……」
魅散さんは、何かを考えるような顔付きをしていたが、それをすぐにやめて。
「まぁ、何があったのかは後で聞くとして」
やっぱり、聞かれるんだ……。
「家まで行こうか」
「そうですね」
「じゃ、行くよーっ! 」
いつも通りテンションの高い魅散さんの隣に並び、歩き始めた。
朝、しーちゃん達と上った坂を、今度は魅散さんと一緒に歩く。
少しずつ日が暮れてきているからだろうか、朝見た景色とはまた別の景色が、そこに広がっていた。
「綺麗でしょ? 」
「はい」
この夕暮れの景色は、ここの場所だからこそ、こんなにも綺麗に見えるのだろう。そんな気がする。
たとえ、同じような景色を家の近くから見たとしても、今のような感覚は抱かないだろう。
それだけ、今ここら見えている景色は素晴らしく、心温まるものだった。
「家から見る方がもうちょっと綺麗だったりするんだけど、着く頃には、もう沈んじゃってるかも」
魅散さんの家に行くまで、案外時間がかかる。山の途中にあるその神社は、反対側から登った方が、少しだけ速く着くのだとか。さっき、魅散さんが教えてくれた。
「ね? 護君」
「はい? 」
「護君は、都会と田舎、どっちが好きかな? 」
「難しい質問ですね……」
都会は人が多く、雑踏に揉まれながら生きなければならない。が、その反面、繁栄しているから物事に困ることは無い。
それに反して、田舎。田園風景とかをふっと考えて見る。のんびりとしてて、都市の喧騒を忘れ暮らしていけるし、とにかく、心が落ち着く。
「どちらかといえば、田舎ですかね。のんびり出来ますし」
「なるほどね。鳥宮駅は繁栄してたんだけど、この山を下った先は、あまり人が多くないんだよ」
「へぇ」
俺がさっき思っていたようなものが、そこにはあるのかもしれない。
「一回行ってみる? 」
「いいや。さすがに時間が無いからね。雪菜にも迷惑がかけられないし」
「それもそうですね」
そうだ。魅散さんの家に行くということは、雪ちゃんの家に行くということ。また、雪ちゃんに会えるのだ。
ふと、さっきの雪ちゃんからの告白が頭をよぎる。
まさか雪ちゃんから告白されるなんて思ってもみなかったし、された時は、びっくりした。
その好意を受け取ることが出来れば良かったのかもしれないが、そうも出来なかった。
日々の楽しさで少し忘れ気味になってきているが、葵、心愛、薫、咲の四人。そして、悠樹、成美からの告白を保留している。
早々に、答えを出さなければならないのは、分かっているんだが、この中から一人を選べるほど、俺の肝は座っちゃいない。六人ともそれぞれに、心惹かれる魅力がちゃんとある。
「そういや、護君さ」
「何ですか? 」
「彼女いるの? 」
何やら、そんな感じのことを考えていた時に、こんな問がくる。また、顔に出てたりしたのかな。考えていたことが。
「いないですよ」
「本当に〜? 」
「本当ですってば」
女の子に嘘はつかないことにしている。バレるわけだし、そうなってしまった後、どうなるか分からない。特に、姉ちゃんとかの場合は。
「でも、告白されたことはあるでしょ? 」
「まぁ、ありますね…………」
「やっぱりね。断ったの? その告白」
「いえ、保留の形です」
「ふぅん…………」
「ゆ……、やっぱいいや」
魅散さんは何かを言おうとして、言わずにその言葉を飲み込んだ。
「気になるじゃないですか」
「良いじゃん。気にしない気にしない」
「はぁ、分かりました」
俺がため息をついた矢先、魅散さんは俺の隣から、鳥居の前まで走って行ってしまった。あ、もう着いたのか。
俺も歩くスピードをすこしだけ上げる。
「さ、護君。手をかして」
そう言ってきたので、何をするのか分からなかったが、俺は自分の手を魅散さんに向ける。
「よし」
魅散さんは、差し出した俺の手を力強く握ると。
「じゃ、全速力で登るよーっ! 」
魅散さんに手を引っ張られながら階段を登り切ると、心持ち疲れている俺の疲れを取るかのように、一つの匂いが、俺の鼻を擽った。
「カレーですか? 」
「そうみたいだね」
そのカレーの匂いに、俺は少し懐かしい感じがした。
「そういえば、いつ来た時か忘れましたが、カレー食べたことありましたね」
「そうだっけ? 」
「はい」
そんなにこの家に足を運んではいないが、運んだ時は必ずといっていいほど晩ご飯をご馳走になって、泊まることが多かった。そんな気がする。
「思い出した。そういえばそんなことがあったね」
その時は、私が作ったんだけどね。と、魅散さんは、言葉を続ける。
その口ぶりからすると、今日は、雪ちゃんが作ってくれているということだろう。
「私が教えたから、味は大丈夫だよー」
魅散さんは、そう言いながら、玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
縁側にゴロンと寝転んでいた沙耶は、魅散の声を聞いた。
「おかえり」
その声に反応するように、カレーを作っていた雪菜が、パタパタとスリッパを音を立てながら、魅散を迎えに行く。
沙耶はゆっくりと立ち上がり、さっきまで雪菜が立っていた所まで移動する。
慣れた手つきでスプーンを手に取り、まだぐつぐつと煮えているカレーにそのスプーンを入れて、少しだけ掬い取る。そして、口に運ぶ。
「うん。美味しい」
懐かしい味、と沙耶は思う。
いつ来た時か分からないが、魅散のカレーを食べたことがあった。
今日は雪菜が作っているが、味は、そんなに変わりはしない。
お姉ちゃんから教えてもらったんです。と、雪菜は言っていた。
沙耶は昔のことを思い出しながら、もう一回縁側に戻る。
「はぁ〜、落ち着く…………」
こんな気持ちは、自分の家では味わえないものだ。
こういうのんびりとできる雰囲気が、沙耶は好きだ。いつものことを忘れて、ゆっくりと優雅に時間を過ごすことが出来る。
エプロン姿のまま、雪菜は、魅散を迎えに行く。無論、護が家に来るといくことは知っている。
沙耶がそう言っていた。後で、護も来るからね、と。
その言葉に、雪菜はドキッとする。告白をして、振られてしまった後なのだ。
「おじゃまします」
魅散の声の後に、護の声が続く。
「おかえり。お姉ちゃん」
「うん、ただいま」
「ようこそ。まーくん」
「おぅ」
雪ちゃんについていくような形で、俺は、キッチンに足を踏み入れた。
廊下もフローリングでここのキッチンもフローリングなのだが、その先にある部屋だけ和室になっている。その奥には、縁側もある。
「姉ちゃん」
俺は、その縁側で寝転がっている姉ちゃんに声をかける。何故か、魅散さんも、姉ちゃんと同じような格好をしていた。
「ん? 」
仰向けだったのをうつ伏せに変えてから、姉ちゃんは返事をしてくる。
「連絡してくれよ。ここにお邪魔してるんだったらさ……」
「あぁ、ゴメンゴメン」
謝ってはいるが、悪びれている様子は全くない。俺が、このくらいのことでは怒らないと、分かっているからだろうか。
「まーくんも、ゆっくりしてくれて良いよ」
「了解」
雪ちゃんの言葉に甘えながら、和室の方に腰を下ろす。
雪ちゃんは、キッチンで、カレーが入っている鍋をじっと見つめている。後は、煮込むだけで完成するのだろう。それだけなら、その場所でじっとしている必要は無いのかもしれないが、時間があるからと他事をしていると、カレーのことをすっかりと忘れてしまうことがある。少なからず、俺は何回かそれをやってしまい、カレーを焦がしたことがある。まぁ、ちょっとだけだったけど……。
「姉ちゃん……。いつまで寝転がってるんだよ」
「もうすぐ起きるからさぁ〜……」
いつのまにか、また仰向けに戻っている姉ちゃんに声をかける。
「魅散さんもですよ……」
「分かってるよぉ……」
しばらくの間、そんな姉ちゃん達を眺めることにしたが。
「…………」
俺は無言で、そんな二人から視線をずらした。
仰向けにしているということは、姉ちゃん達のとてもとても豊かで柔らかいものが、そこに無防備にもあるということだ。
いやぁ、ま、俺も男だし、そんな光景を長い間見てはいられない。ほら、色々と問題ありそうだし。
仕方ないので、キッチンの方に目を向ける。
「まーくん…………? どうかしたの……? 」
そうすると、タイミング良く雪ちゃんと目が合う。
「い、いや……。何でもないよ」
「そう……? 」
首を傾げると、雪ちゃんは、再びカレーに目線を向け直す。
ふぅ。雪ちゃんの後ろ姿を観察しようと思ってた、何てことを口に出すわけにはいかない。
両方に視線を向けることが出来なくなったので、俺は、仕方なく目線の先にある壁を見つめておくことにした。
まぁ、そんなことをずっと出来るわけが無く、どうも目線はキョロキョロと動いてしまう。
……暇だなぁ……。
後何分でカレーが出来るかも分からないし、姉ちゃん達はあんな状態だし……。
というか、あの二人。本当に寝たりしてないだろうな。
もう一度、姉ちゃん達のほうを向く。
「寝てるし……」
俺は、ガクッと項垂れる。
さっき聞いた時の反応も、眠たそうにはしていたが、まさか本当に寝てるとは。
仕方ないので、俺は、寝ている二人の近くにいく。
「すぅ………………」
どうやら、嘘寝ではないらし。寝息も聞こえるし。
……さて、どうするか……。
本当なら、気持ち良さそうに寝ている姉ちゃん達を起こすのは偲びないのだが、いかんせん、そういうわけにもいかない。というか、よく、こんな短時間で寝れるもんだな。
「姉ちゃん……。魅散さーん……」
取り敢えず、声をかけてみる。まぁ、姉ちゃんがこれだけでは起きないことは分かってるんだけど、魅散さんがどうかが分からないし。
「ん…………」
魅散さんが、妖艶さを持って微かに息を漏らす。
……魅散さんから起こすか……。
「魅散さーん。起きてください……」
さっきよりも声の大きさを上げて、魅散さんに呼びかける。
「…………ん? 護君……」
案外早く起きてくれた。良かった。姉ちゃんみたいだったらどうしようかと、思っていたところだ。
「もう出来ますから、起きてください」
「寝てたのか……。沙耶もじゃん……」
ゆっくりと身体を起こした魅散さんは、隣を見て、少し笑いながらそう言った。
「沙耶、起きなさいよー? 」
魅散さんは、姉ちゃんの身体を揺らしながらそう言う。
「起きてるよぉ…………」
眠たそうに言いながら、姉ちゃんは、むっくりと身体を起こす。
姉ちゃんも早く起きてくれて良かった。もしかしたら、本当は寝てなかったのかもしれない。もしそうなら、騙されていたのかなぁ……。まぁ、姉ちゃんだし、仕方ない。
姉ちゃん達が起きた後、カレーがすぐに出来上がったようで、わいわいがやがやとしながら、カレーを美味しく食べた。
その味は何か懐かしいと思えるのがあって、色々と昔にここに来た時のことを、思い出したりした。
和室とか縁側とか、よく雪ちゃんと昼寝をしたなぁとか、魅散さんにいじられたりしたなぁとか。
姉ちゃんと魅散さんが皿洗いをすると言ったので、本当なら、俺がしようと思ったのだが、二人がどうしてもって言うので、任せた。
することもないので、俺と雪ちゃんは、隣の和室でのんびりと待っていることにした。
「ありがとな。雪ちゃん」
「ううん……。私も楽しかったし」
「俺も楽しかった。色々と懐かしかったしな」
「良かった…………」
雪ちゃんは、にっこりと微笑む。うん。この笑顔は、見てると落ち着く。
「そういや、護君」
キッチンの方から、魅散さんの声が届く。
「はい? 」
「今日、泊まっていく? 」




