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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜サイドストーリー〜
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青い空の下に訪れる春 #5

栞は、ゆっくりと、羚達が待つ階段近くにあるベンチまで戻ろうとした。

羚がいる場所に、早く戻りたかった。

何故か。羚が好きだからだ。

でも、栞の身体は、ゆっくりにしか動かない。一つだけ、希望していることがあるらだ。

羚が、ここまで、今自分がいる場所まで、迎えに来てくれることを、栞は望んでいる。

二人切りになるために、叶うかどうかも分からない自分の願いを叶えるために、わざと、自分の歩みを遅くしているのだ。羚が、来てくれるかもしれない、という微かな希望を抱いて。


羚は、凛と楓に断って、栞を探しに出た。

トイレに行ってくると、栞は言っていた。でも、帰ってくるのが遅いと心配してしまう。

羚の目から見て、栞は可愛い女の子だ。二本のアホ毛からの雰囲気が、良い。自分のことを始めて名前で呼んでくれた女の子。

これが、羚が今、栞に抱いている思いだ。

羚にとって、そう思うことの出来る女の子、少し心が動く、という存在は、初めてだ。

しかし、女友達と呼べるのが出来たのは中学の時、楓が最初だった。

でもその時、楓は、羚のことを羚とは呼んでいなかった。栞がそう呼んでくれてからだったと、羚は思い出してみる。

……倉永さんともか……。

凛ともその時に出会い、そして羚と呼んでくれるようになった。

その時、羚は凄く歓喜していた。

今まで、自分と仲良くしてくれる女の子は一人。楓だけ。それが三人に増え、その三人ともが、自分のことを名前で呼んでくれるようになったからだ。

だから、羚は、もう気付いている。この場所、今日になって、気付かされたといっても良いのかもしれない。

気付いたからこそ、羚は、悩んでいる。自分がどうしたら良いのかが分からない。三人ともに心惹かれてしまうから。故に、選べない。

……あぁ、なるほど……。

護も、この気持ちで悩んでたのか。

ようやく、理解した。

その理解を持って、羚は、止めていた歩みを再開させる。

この行動が、どういう結果に結びつくのか。それは分からなかった。

だとしても、羚は歩く。

自分の気持ちに正直になるために。


「まーくんっ!!!! 」

雪菜は、元の服に着替えることなく試着室から出て、護に抱きついた。

「ど、どうした…………!? 」

今までに見たことがないくらいに、護は、驚いていた。

護に抱きついたまま、護の胸に顔をうずめたまま、雪菜は声を作る。

「まーくんは………、好きな人……、いる……? 」

確認のためだけに、聞くつもりだった。しかし、雪菜の思いと裏腹に、護の返答は、その雪菜の思いを根から打ち砕いた。

「あぁ…………」

雪菜にとって、それは考えていなかった答えだった。

護に、女の子の友達が多いことは雪菜も知っていた。だけど、いるとは思っていなかった。

「…………っ。本当に……? 」

雪菜は、護の目を見てそう問うた。

「あぁ」

護も、こちらの目を見て言う。護が嘘を言ってるとは、考えられなかった。

でも、雪菜は、一つのことを感じ取った。

「でも…………、悩んでるの………………? 」

雪菜の目には、そう映った。

「…………。良く分かったな…………」

「当たり前だよ…………。私は、昔からまーくんのことが好きなんだから…………」

「………………っ! 」

護の顔が、少しだけ歪む。

「ごめん…………」

その後すぐ、護は謝った。

「………………。そうだよね」

「ごめん」

「良いの気にしないで…………」

雪菜の目から、涙が零れる。最初は少量だったのに、すぐにそれは大量の雫となって、雪菜の頬を流れ落ちた。

「ご、ゴメンね……。おかしいな…………」

雪菜は、慌てて手で涙を拭いてみるが、それは全く効果を示さなかった。

「雪ちゃん……」

「私は…………、まーくんと、その女の子を…………、応援する……。だから、最後に……」

背伸びをして雪菜は、護の頬に。

「ん…………っ」

キスをした。

「雪ちゃん…………」

「これだけはしたかったの。ごめんね」

キスをしてから、雪菜は、自分の涙が自然に収まってくるように感じた。

自分の思いは叶わなかった。これは現実だ。でも、自分が護を好きだったということを、行動を持って、護に伝えておきたかったのだ。

もうそれも終わった。

「ふぅ…………」

全てを吐き出すように、雪菜は、ゆっくりと息をはいた。

「じゃ、着替えてくるから。待ってて……、ね? 」

「あぁ、分かった」

次に進むために何が出来るか、雪菜は考えることにした。

でも、雪菜は。

「…………諦めないから」



羚が、凛と楓の元を離れてから何分が経っただろうか。

凛と楓の間には、無言が広がっていた。

無論、この状況だ。お互いの気持ちは、もうすでに知っている。知っている上で、楓は、羚を迎えに行かせた。

凛はそのことに、羚に気付かれないように、楓だけに伝わる感じで反論していた。

その凛の行動は、正しいだろう。必然的に、栞と羚が二人切りになってしまう。そんな状況は、避けたかった。

だけど、避けられなかった。

楓が背中を一押ししてしまったがために、羚は、栞を探しにいってしまった。

……何で……?

凛は、何故楓がそんなことをしたのかが、分からなかった。

栞に、チャンスを与えてしまうことになるからだ。告白するというチャンスを。

この店に入ってから、お互いにそんなチャンスを与えないようにと、行動していた。

だから、栞が自分達の元を離れトイレに行った時、わざわざこちら側にチャンスをくれたのだと、思ってた。

けど。

……違うかった……?

そんな思いとは裏腹に、今、そんなチャンスは栞に訪れている。

「…………」

凛は、おもむろに、無言で立ち上がった。


楓は、立ち上がる。

でも、その行動は、楓だけのものでは無かった。同じ行動を、凛もしたのだ。

楓は驚いて、凛の方に目をやる。

楓も凛も、考えていることは同じだったのかもしれない。

「探す? 」

楓は、確認するように凛に問うた。

「羚君を……、だよね? 」

「当たり前じゃない」

「どこを探す……? 」

「トイレからでしょ? そう栞は言ってたんだから」

「でも……、私達はここに来るの初めてだし…………」

「そっか……」

楓は、考える。

「店内の地図みたいなの、どっかにあるでしょ」

「それもそうだね…………」

「じゃ、行くよ? 」

「うん」

楓は、凛の手を握った。凛は、それを拒まず、握り返して来る。

お互い、不安な気持ちは変わらないのだ。

そんな気持ちに押し潰されないように、楓は凛の手を握った。凛は楓の手を握った。

お互いの気持ちを確認し合いながら、羚と栞を探しに出た。


……いた。

羚は、ようやく栞の姿を発見した。やっとだ。安堵の息が、ふぅ、と自然と口から出ていく。

「一之瀬」

「あ、羚君」

こっちの姿を確認した栞の顔が、一瞬輝いたように羚は、感じ取った。

「どうかしたのか? 」

「ううん。何でもない」

「そうか? なら、戻るぞ。楓達も待ってるし」

……あ、言っちまった……。

その微かな変化を、栞は見逃さなかった。

「…………楓? 」

少しの間をあけて、栞は言葉を続ける。

「今……、楓って言った…………? 」

羚が、何気にそう言った言葉、楓という言葉を、聞き逃さなかった。

「…………あぁ…………」

羚にとっては珍しく、歯切れの悪い返答が返ってきた。

栞、楓、凛、羚の四人は、ずっと一緒に行動していた。それ故、互いのことをずっと見ていて、それを察知してきたつもりだ。

だから、どのタイミングで、羚が楓と呼ぶようになったのかが分からなかった。

……先……越された……?

一瞬、そう思った。

しかし、まだ告白されたというわけではないようだと、思う。ただ、羚が名前で呼ぶようになっただけだと。

でも、それは、まだ自分にはしてもらっていないことだ。

「ねぇ……、羚君…………」

「お、おぅ。どうした…………」

「羚君は楓が好き? 凛が好き? それとも……、私が好き……? 」

「………………っ! 」

羚にとって、その質問は唐突すぎるものだったんだろう。今までに見たことがないくらい、驚いている。

栞自身、何でそういう発言をしたのかが分からない。何が、自分をそうさせたのか分からなかった。

「私は羚君が好き……。それは凛も楓も一緒」

羚の数メートル背後に、楓と凛の姿を見つけた。今の自分の声は、きちんと聞こえていることだろう。

他人の口から告白される。それは、等の本人からしてみれば、ありがた迷惑なことなのかもしれない。

でも、栞はそう言ってしまった。

言った上で、羚に選んでもらおうと。

そうこうしている間に、楓と凛がこちらにやってくる。

「栞……、羚君……」

凛は、罰が悪そうにそう声を作った。

「言っちゃったね。栞」

楓は、あっけらかんと言う。

「ゴメン…………」

「まぁ、別に良いの。どうせ後で言うつもりだったわけだし」

一人ずつ順番に告白されるのもそうだが、この状況は、羚にとって望んていたものだろうか。

そんなことを考えてしまった。


自分の後ろにいた楓と凛が、栞の横に並んだことを、羚は見た。

その三人の目からは、さっきまでの楽しさよりも、別のものが宿っているような、そんな気がした。

女の子から告白される。

それは、羚がずっと望んでいたことだ。だからこそ、この状況は、羚にとって望んていたものだと言える。

だが。

……三人から選べってのかよ……。

三人の中から一人を選ぶ。もうこれは、決定事項だ。誰も選ばないなんてことは、絶対に出来ない。

でも、この中から選ぶってことは、とても難しいことだ。

「三人は……、本当に俺の事が好きなのか? 」

「うんっ! 」

「うん」

「当たり前じゃない」

この反応を聞いて、羚は、自分の心のうちを決めるつもりだった。しかし、逆に、決められなくなる。


栞、楓、凛の三人を前にして、この中から一人だけを選べ、というのは難しい話なのだ。

それぞれに、甲乙つけがたい魅力があるからだ。少なくとも、それを、少しだけ理解しているつもりだ。

三人とも選ぶことが出来るのなら、そうしたい。だけど、そんなことは出来ない。

誰か一人を選んでしまえば、残りの二人を傷つけてしまう。

……偽善者っぽいな……。

出来ることなら、傷つけること無く、この場を切り抜けたい。でも、それは無理なのだ。

「…………あ」

口が乾いているからか、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

羚は、順番に彼女らの名前を呼んでいく。栞も凛も下の名前で。

「楓。凛。栞」

名前で呼ばれることに、栞と凛は、驚いている。唐突だったからだろう。

「明日………、明日に絶対返事する……。だから……、明日まで待ってもらえないか………………? 」

こういった返事しか出来なかった。今この状況で、上手く言葉を作ることが出来ない。だから、先延ばしにした。そうしたからといって、上手く返答出来るとは限らない。でも、そうしないと、自分を保つことが出来ないような、そんな気がした。

「いいよ。凛も栞も、それで良いよね? 」

「うん」

「羚君がそう言うなら」

「本当にごめん……」

栞は、首を横に振りながら、羚に言葉を返す。

「良いの。気にしないで」

栞は腕時計を見て、言葉を続ける。

「それじゃ、戻ろうか。宮永っちと雪菜ちゃんを待たせちゃってるだろうし」

その栞の言葉に、凛も楓も頷く。

「そ、そうだな」

……明日までに、絶対……。

羚は、そう思いながら栞達の横に並び、護と雪菜が待つ場所まで戻ることにした。


雪ちゃんとしーちゃん、凛ちゃん、楓ちゃんが買った服の鑑賞会が終わって、鳥宮駅に戻ったのは、五時になろうとしている時だった。

しーちゃん達は、雪ちゃんのイメージとは違う服装に驚いていたし、選んだ身としては、とても嬉しい気分になった。

その時、なにやら、羚の表情が浮かれてないようなそんな気がしたが、まぁ、しーちゃんたちの表情はいつも通りだったし、気にしないことにした。

「お疲れ様。宮永っち」

「おぅ」

羚達と別れてから、俺はしーちゃんと少し話していた。ちなみに雪ちゃんは、先に家に帰っている。なにやら、晩御飯を作らないと駄目なんだとか。

「宮永っちは、お姉さんを待ってるんだっけ? 」

「そうだな。姉ちゃんもこっちに来てるから、こっちでご飯食べることになってる」

「そうなんだ。じゃ、私は、そろそろ帰ろっかな」

座っていたベンチから、しーちゃんは、ゆっくりと立ち上がる。

「そうか。なら、また明日」

「うん。じゃぁね」

しーちゃんはこっちに手を振りながら、タッタッター、と走って帰ってしまった。


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[一言] 好きな人がいるなら告白すればいいのにアプローチしてる女性達と雪菜との違いが分からない。少なくとも誠実でないよね。
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