青い空の下に訪れる春 #4
そうしたとしても、魅散の熱い抱擁から逃げることは出来ない。
奇怪な物を見るような視線が、沙耶と魅散の二人に送られるが、魅散はそんなこと気にしない。沙耶としては、気にして欲しいところではあるが。
「魅散。そろそろやめてくれないかな? 」
数分後、沙耶は声を出した。
別に、抱きつかれるのが嫌というわけではない。寧ろ、好きだとも言える。だけど、今日の目的はこれではない。
「仕方ないなぁ」
魅散は、しぶしぶ沙耶から離れる。
「買い物行くわよ」
ショートパンツのポケットに財布が入っていることを確認してから、沙耶は魅散に声をかける。
「了解。あの店だよね? 」
「そうよ」
【COLULU】
これから行く予定の店の名前だ。
沙耶としては、よく護を連れてくることが多いため、馴染みにある店とも言える。
……護いるかな……。
と、沙耶は思う。
護は、友達と遊ぶためにここに来ている。それは、護に聞いたから間違いの無いことだ。その友達というのも、女友達だろう。
護が男の子の友達と遊んでいる姿を、姉である沙耶はあまり見たことがない。小学生の頃から、護が家に連れてきたり、家に行ったり、公園で遊んだりしている中で、女の子と遊んでいる護しか見ることが無かった。
だからと言って、護に男の子の友達がいないというわけではない。
こっそり見に行った中学の卒業式の時とかは、男友達と別れを惜しんでいた。でも、その男の子たちを、沙耶は見たことが無かった。そして、上辺だけの関係の友達なんだな、と瞬時に判断することが出来た。
護は誰にでも優しい、それ故、慕われることが多い。だけど、そんな性格を嫌う人だっている。それは、護も分かっていることだろうと思う。
しかし、高校に入ってから出来たという男の友達の羚からは、そんな雰囲気を受けなかった。護からの話を聞く限りでは。
「ねぇ、沙耶〜」
店に向か道の途中、魅散が急に腕に抱きついてきて、そう言った。
少々歩きにくかったが、沙耶はその体制のまま、魅散に声を返す。
「どうしたの? 」
「今日、晩ご飯は私の家で食べるんだよね? 」
「うん、そうよ」
「護君も来るよね? 」
「その予定」
「予定……? 」
「護、今日女友達と遊んでいるはずだから、どうなるか分からない。一応、終わったら連絡して、とは言ってあるけどね」
「なるほど。護君ってさ、女の子の友達多いよね? うちの雪菜とも仲良いし」
「私の知る限りでも多いわね」
「護君って、本当に女の子に好かれるよね」
「護本人は、あんまり自覚してないかもだけどね? 」
「ふぇっくしょんっ!!! 」
「くしゅんっ! 」
俺と雪ちゃんは、同時にくしゃみをした。何だろうか、どこかで噂でもされているのだろうか。
「えへへ……。誰かが……、話してたりするのかな……」
雪ちゃんも同じようなことを考えていたらしい。
「そうかもしれないな」
話をしているとするのなら、羚達かもしれない。恐らくこの上の階、三階にいるだろうし、気になっているとか……。
もう一つ考えられる点としては、姉ちゃんが、俺の事を誰かに話しているということ。
姉ちゃんも、友達と買い物をすると言ってここ、鳥宮駅に来ると言っていたし、もしかしたら、どこかで鉢合うかもしれない。
この店で鉢あったりしたら大変だ。何て言えば良いのかが分からない。この店に入ってからというもの、男性客を見ない。
そりゃ、女の子の、しかも中学生から高校生辺りまでの服が売ってるわけだし。尚更、男はいない。
いるとするなら、俺と羚のように、誘われたニンゲンだけだろう。好き好んで、このような場所に来る男はいないと思う。
というか、こんなことを考えている場合じゃ無かった。
雪ちゃんを、コーディネートしなくてはならない。自分にセンスがあるかどうかは分からないが、雪菜ちゃんが楽しんでくれるのだから、俄然やる気が出てくる。
……よし、これにするか……。
「雪ちゃん」
「どうしたの……? まーくん」
「次は、これ……、着てもらっていいか? 」
「うん……。分かった」
雪ちゃんは俺から服を受け取ると、近くの試着室に入って行った。
どんな服? それは後のお楽しみだ。
雪ちゃんが試着室に言ってからすぐ、ジーパンのポケットにいれていた携帯が振動した。
……しーちゃんからかな……。
メールだったら雪ちゃんが戻ってきてからにしようと思ったが、メールではなく電話なので、俺は携帯を取って耳に当てた。
「もしもし、宮永っち? 」
しーちゃんからだ。おぉ、予想が当たった。
「ん? どうした? 」
「どう? そっちは楽しんでるかな? 」
「ま、まぁ、それなりにな……。しーちゃんはどうなんだ? 」
「こっちもそれなりに、楽しんでるよ。四人もいるから、ちょっと大変かもしれないけどね」
電話越しに聞こえてくるのはしーちゃんの声だけで、羚や凛ちゃん、楓ちゃんの声は聞こえない。すぐ近くにいるなら、声くらい聞こえるはずだ。まぁ、気にしなくても良いか。
「そうだろうな」
しーちゃん達三人がいたとしても、羚を相手にするのは大変だろう。テンションが上がっているのだから、尚更だ。
「でねでね。あとで集合する時に、雪菜ちゃんには宮永っちが選んだ服を着て、集合してほしいのさ。こっちは羚君に選んでもらってるし、どっちがより似合う服を選べるか? っていうことでね」
「まぁ、俺は良いけど」
それなら、もっと頑張らなければならないかもしれない。
「うん、ありがとっ。なら、また後でね」
「分かった。じゃあな」
試着室に入った雪菜は、しばらくの間外の音に聞き耳をたてていた。護が、誰かと連絡を取り合ってるからだ。
……栞と……?
護がしーちゃんと言ったから、護の電話の相手は栞だと、分かった。
このタイミングで、自分が護の隣にいないこのタイミングで、どんなようなのだろうと、雪菜は思う。
気になって仕方ないが、今は、護が選んでくれた服を着る方が先決だ。
護が選んでくれたのは、花柄のミニスカートと、胸元にリボンがついているプルオーバー。
雪菜の趣味に合わせてか、上着は白色にしてくれている。
ミニスカートの方は、緑色の生地に白色の花がプリントされているものだ。これも、ちゃんと白色があるように選んでくれている。
雪菜は、白という色が好きだ。
まだ何色にも染まっていないし、純白のイメージがある。
自分が白色が好きだと公言している部分はあるが、護の好きなようにコーディネート出来るのだから、わざわざ白を選ばなくてもいいのだ。
それなのに、護は白色を選んでくれる。護も、雪菜には白が一番似合う、そう思ってくれているのだろうか。
……まーくん、まーくん、まーくん、まーくん……。
雪菜は、心の中で何度も護の名前を呼ぶ。自分の中に、護の存在を留めようとするかのように。
さっきの栞から護への電話。集合した時に、何かしようという連絡だろう。ここで選んだ服を着て集合しようとかそういった感じのことだろうと、雪菜は考える。
もし、そうだとするなら、集合するまでの時間が、雪菜に与えられたチャンスだろう。
今日は日曜日。明日からまた、学校が始まる。護の家は、ここから遠い。それ故、ここに長い間いることが出来ない。
……この服で……。
護の隣に立つのなら、問題ない。少し恥ずかしいが、護の隣なんだからと、そう考えれば、恥ずかしさなんてものはどこかに飛ばすことが出来る。
でも、それは、護の隣に、二人切りでいるからこそ、そう思えるのだ。
親友の栞の前であっても、恥ずかしさはある。今日初めて会った凛、楓の前なら尚更だ。
……でも……。
こうやって悩んでいる時間はない。こうしている間にも、集合時間は迫ってきているのだ。
だから、雪菜は急いで着替える。
こういう時に、ワンピースを着ていて良かったかも、と少し思う。
護が自分のために選んでくれた服に、着替える。
……ふぅ……。
試着室に取り付けられている全身鏡に、自分の姿を映し出す。
……スカート似合うのかなぁ……。
雪菜は、一回くるっと回ってみる。
「わ…………」
短いためか、回った拍子に、スカートの中が見えたようなそんな気がした。
雪菜は、スカートの端を少し押さえる。
……足元がスースーする……。
初めての感覚だ。学校の制服だって、短いといえば短いものだ。でも、それを初めて身につけた時、そんな感覚はなかった。
護の前だから、そう感じるのかもしれない。
「雪ちゃん。着替え終わったか? 」
護が、外から声をかけてくれる。
「う、うん……。今、行くよ」
「ど、どうかな……? 似合ってるかな…………? 」
「お、おぅ。すげー、似合ってるぞ」
俺がコーディネートした服を着た雪ちゃんを見て、俺はびっくりした。
雪ちゃんは、そういったミニスカート等は似合わないから着ない、とそう言っていた。
が、そんなことは全く無い。言ってしまえば、ワンピースより似合ってるとも思えるほどだ。
「あ、ありがと……」
雪ちゃんは、顔を赤らめながらそう言う。褒められて喜んでいるのだろうか。そうだと、嬉しい。
あ、そうだ。しーちゃんから言われた話を、言っておかなくてはならない。
「さっき、しーちゃんから電話がきたんだけどさ……」
「うん」
「買った服を着て集合しよう、ってことになったんだけど……、大丈夫かな? 」
「大丈夫だよ」
「良かった。その服買うか? それとも別のにする? 」
俺としては、今の格好のままでいてほしい。皆の驚く顔が見てみたいからだ。
「これにする。まーくんが……、褒めてくれたから」
「そ、そうか……。すぐ買うか? 」
「うん、着替えるから、ちょっと待ってて」
「了解」
弾むようなステップで、雪ちゃんは、試着室に戻っていった。
雪ちゃんがより可愛くなれる一面を、見つけることが出来た。これだけでも、大収穫だし、満足だ。
雪ちゃんには楽しんでもらえたようだし、俺も楽しかった。
女の子の服を選ぶなんてことは初めてだったけど、面白いものだったし、そんなに苦にはならなかった。
なんでだろうか……。女の子の友達が多いからだろうか……。分からないけど……。
試着室に戻った雪菜は、もう一度、全身鏡の前に立つ。
護の似合ってるという言葉は、本心からの言葉だ。逆に、似合いすぎてて、びっくりしての言葉とも取ることが出来た。
……良かった……。
実際、少し怖かったのだ。護がどういう反応をするのか。
もし、似合わないなんて言われたら、どうしようと。でも、護はそんなこと、絶対に言わない。
護から、この服は絶対に似合うはず、という思いを感じることが出来たからだ。
だから、雪菜は嬉しい。
こんなにも、自分のことに真剣になってくれる異性がいなかったからだ。
いや、本当はいたのかもしれない。無意識の内に心の中で、護より良い異性はいない。と、そう思っていたのかもしれない。
……だめ……。
もう雪菜は、自分の気持ちを留めておくことが出来なかった。
一刻も早く、この気持ちを伝えたくてしかたなかった。