青い空の下に訪れる春 #3
護と雪菜が何やら話しているのを聞きながら、栞は、どんな服を試着してみようか、と考える。
時間はたっぷりとあるのだから、そんなことは考えなくても良いのかもしれない。だが、その選んで着てみる服を、羚に見てもらえるとなれば話は別だ。
羚の好みに合うように、服を選びたいと、栞は思う。
……お金お金……。
ふと、今、自分が何円持っているかが気になった栞は、右肩にかけている鞄から青色の財布を取り出す。
……一万円とちょっとか……。
栞の財布の中に入ってる額は、それだった。
今来ているこの店は、中学生や高校生をターゲットにしているらしく、八千円もあれば、上下で良い服を揃えることが可能だ。高く見積もっても、一万円ほどである。
後でアクセサリー等を見ると考えると、これだけあれば十分だと思う。
……ふぅ。
栞は、心を落ち着ける。
ここからが本番だ。羚に自分の気持ちを伝えるのには、これからの時間を有効に使わなければならない。この店は三階建てと敷地も大きいから、二人きりになろうと思えばすぐになることが出来る。それも理由として、栞は、この店を選んでいる。
栞と羚が二人きりになりやすいということは、それは凛にも楓にとっても同じことである。
だからこそ、頑張らなければならない。絶対に。
そんなに、気を張りすぎることはないのかもしれない。だけど、この初恋は、絶対に実らせたい。そう思えるだけのものなのだ。
側にいるだけで、良いと思える時もある。しかし、すぐにそれだけでは満足出来なくなる。側にいるというなら、ずっといたい、という強い気持ちが、栞の中にある。
だから、自分にとって最良の結果を迎えられるように、栞は、頑張る。まずは、自分の気持ちを伝える。それからだ。
凛は、栞がいつもとは違うということを、感じ取った。
それは羚の隣にいるから、とそうとも考えたが、その思いをすぐに払拭する。
栞はもうここで決めようとしているのだ、と凛は思った。
……なら……。
そういうことであるなら、凛自身も、ここで決めなければならない。栞よりも早くに。
凛は栞と楓と親友だ。だからこそ、全員の想いが叶うのならば、それが一番良いに決まっている。
しかし、それは叶わぬ理想でしかない。三人の内、誰かが羚とくっつけば、後の二人にはもう出る幕は無くなってしまう。
だからこそ、頑張らなければならない。自分のためにも、皆のためにも。
好き。
この気持ちは、ずっと胸の内に秘めてきたものだ。
それを本人に、羚に伝えられる機会は幾度かあった。でも、本人を前にすると、どうもその言葉だけが言えなくなってしまうのだ。他の他愛も無い会話は出来るというのに。
それだけ、凛は思っているのだ。だからこそ、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
しかし、そんな自分にも踏ん切りをつけて、やらなければならない。
どうしても、叶えたい恋だから。
羚の隣にいた楓は、栞と凛がいつもと全くと言っていいほど違うことに気づいた。
楓は、二人の親友だ。些細な変化だって、すぐに感じ取れることだろう。
しかし、今回は、そんな些細という言葉で言い表せないほどの気持ちが、二人から感じ取れた。
……凛、栞……。
そんな二人を見て、楓も頑張らないと、と思う。でも、少しだけ、躊躇してしまう。この気持ちを気づかせてくれたのは、栞だからだ。
それより以前、楓は、羚のことを好きだなんて思っていなかった。ただ、一番近くにいる男の子という印象しかなかった。そんな印象も、栞のおかげで、変わろうとしている。好きな異性として。
楓だって、二人より羚を想う気持ちは強いと思いたい。
しかし、栞と凛、そして楓の間には差があるのだ。羚の事を好きだと自覚している時間の差が。その差は、どうやっても埋まらない。過ぎてしまった時間は、絶対に戻りはしない。もっと前から気持ちに気づいていれば、と思っても、もう遅いのだ。
その差は、これから一緒にいることで埋められるものかもしれない。だからこそ、ここで頑張らないといけない。
そう栞と凛も思っているはずだ。そうなら、尚更頑張らないといけない。中学の時一緒だっただけというものが、この場において、どれだけの効果を発するのかは、まるで見当がつかない。
そうだとしても、この店で、この場で、今日、気持ちを伝えなければならない。栞も凛も、同じ気持ちを持っているから。
「羚……」
「羚君っ!! 」
「……羚君……」
楓、栞、凛の声が、綺麗に重なった。
「お、あ、う……」
その三重の呼びかけに、羚は誰から答えれば良いのかが分からない。羚にとって、こんな事は初めてなのだ。女の子と遊びに出かけたのも初めて。羚には、初めてだらけな今日なのだ。楓は、そういうことをちゃんと理解している。
「私は最後で……」
楓は、自分の言葉を戻して他の二人に譲る。今言いたいことは、同じだろうから。
「なら……、栞からで良いよ」
凛も、譲った。こうなると、口を切るのは栞しかいない。
「そう? 」
栞はあっけらかんとして様子で、言葉を作った。
「羚君と宮永っちには、当初の予定通り、私達が試着してみた服がどうなのかを見てもらいたいんだけど……」
「お、おぅ」
「任せてくれ」
羚も護も、乗り気だ。その点についての心配はするほどではない。乗り気ではあるのだが、羚のテンションが上がりすぎないか、楓が心配なのは、それだけだった。恐らくそれは、護も他の二人も思っていることだと思う。
「六人でぞろぞろ歩くのはどうかなぁって……」
「なるほどな……」
いくら店が広いからといって、今日は休日だ。人だって、それなりにいる。店の入り口近くで話しているため、こちらを怪訝な目で見てくる客だっている。
「それなら、じゃんけんで決めようか」
そう護は、提案した。
勝った者は勝った者同士、負けた者は負けた者同士で組む、と決めてじゃんけんをした結果。雪菜は護と、栞、凛、楓の三人は羚と組むことになった。
この結果に、雪菜達女の子は安堵する。それぞれが、好きな人と組むことが出来たからだ。
「え、マジ……? 」
羚は少しこの結果に戸惑っているが、それも直に解消されるだろう。栞達三人に振り回されている羚の姿が、雪菜には想像出来た。
……羚君大変……。
と、雪菜は思う。
三者がそれぞれ自分のやり方で、羚にアプローチを仕掛けてくることだろう。それは、羚にとってとても大変なことだろう。でも女の子に囲まれる、ということは羚にはプラスに働くだろう。自分は三人の中で誰が好きなのだろう、と考える機会にもなる。
……私も頑張らないと……。
自分が会いたいと言えば、会いに来てくれる。そんな心から優しい人だと、雪菜は護の事をそう考えている。
たとえそうだとしても、今日この機会を逃してしまえば、次にいつ会えるかは分からない。お互いの予定が、今回のように合うとは限らないのだ。
楓が言っていたように、護には女の子の友達が沢山いるのだ。
昔から自分の胸の内に秘めてきた想いを告白するなら、このタイミングしかないのかもしれない。
「雪ちゃん、雪ちゃん」
護の自分を呼ぶ声が聞こえる。
考え事をしていたためか、少し反応に遅れてしまう。
「雪ちゃん。どうかした……? 」
「あ……、わ……。大丈夫……」
「なら、俺達も見て回ろうか。羚達はもう行ったし」
気が付けば、もう栞達の姿はそこにはなかった。別行動をしようということだったので、先に行ったのだろう。広い店舗ではあるが、どこかで鉢合う可能性があるかもしれない。
「う、うん……」
護の隣を歩きながら、並べられている服を見ながら、雪菜は護のことを考える。
雪菜の頭の中は、服を見るということよりも、どうやって告白しようか、というものに完全に変わっていた。
それだけこの護と一緒にいれる時間というものは、大切で、貴重で、重要なものなのである。
「雪ちゃんはさ、ずっと白い服着てたりするのか? 」
「そうでもないよ……? 一番着るのが多い色はやっぱり白になっちゃうけど、青色とかも好きだよ」
「なるほど……」
護は何かを考えているようだった。
「どうかしたの……? 」
「雪ちゃんには、どんな服が似合うかなぁって」
「私に似合う服…………? 」
「うん。せっかくこんな場所に来てるわけだからさ、何着かは試着してかないともったいないだろ? 」
「それはそうだね」
雪菜は、一つ良いことを思い付いた。
「だろ? 」
「じゃあさ、まーくん……」
「ん? どうした? 」
「まーくんが、私をコーディネートしてくれる……? 」
「俺がか……!? 」
雪菜の予想通り、護は驚いているようだった。そんなことを言われれば、誰だって驚くだろう。
「うん……。ダメかな……? 」
「駄目ってことはないけど……。俺で良いのか? 」
「まーくんが良いの」
「そこまで言うなら……」
「やった……。ありがとっ。まーくん」
「そんなに期待しないでくれよ? 」
そう言いながらも、護の目は結構やる気に満ちていた。
雪菜は、ちょっぴり気合が乗っている護の後ろを、付いて行く。
ここに来たのは初めてなはずなのに、護はそんな素振りを見せずに、服を眺めている。
気が付けば、夏服売り場の所に来ていた。
もう六月でもあるし、そろそろ新しい夏服を買った方がいい季節である。今日だって少し暑く、ちょっとばかり汗ばむ陽気でもある。
……夏……。
自然と、男の子も女の子も身に付ける服が薄くなる季節で、異性に目がいきやすくなる季節でもある。
雪菜は、夏だろうともあまり露出の多い服は着ない。でも、護が見てくれるというのなら、そういった服も着てみても良いのかもしれない。まぁ、それは護次第なのだが。
【COLULU】
この店は、基本的に女の子が訪れる店だ。そのため、ここでは護の存在は浮いている。それは、この店のどこかにいる羚も同じことだ。
だけど、隣に女の子がいることによって、そんな雰囲気はあまりない。
他の客が自分達の横を通っていく度に、その人達にどんな風に見られているのかが、雪菜は気になってしまう。
……どう、映ってるのかな……。
自分が望んでいるように見られているとするのなら、それは嬉しいことである。彼女として見られているのなら。
「雪ちゃんは、いつもどんな感じの服を着るんだ? 」
「えっと……、スカートとかもはくけど……、基本はワンピースが多いかな……」
今日の服だって、ワンピースである。
「そっか……。ワンピースか……」
護と会う時は、毎回ワンピースを着ていたような気がする。護はいつも護の姉と来ていて、それはいつも唐突だったので、いちいち服なんて選んでいる暇なんて無かったのだ。
「雪ちゃんのスカート姿も見てみたいなぁ……」
護は、ボソッと呟くように言った。恐らく雪菜に聞かれないように、言ったのだろう。しかし、その護の言葉は、きっちりと雪菜の耳に届いた。
スカートが嫌いというわけではない。だけど、少し苦手である。ロングスカートならまだ大丈夫ではあるが、ミニスカートになると、その苦手意識はより大きいものになってしまう。
でも、護が選んでくれたものなら、護の好みに合うものなら、雪菜はそれを着る。それが、護の望みであるし、それを着ることによって、自分が輝けると、そう思うからだ。
「まーくんが選んでくれたものなら、私は何でも着るよ……? 」
この想いは胸の中に閉まっておいてもよかったのかもしれないが、雪菜は護にそう伝えたくなった。次に繋がる布石として。
「そうか……? 」
「うんっ」
雪菜は、笑顔で頷く。
「最初は、これ着てもらって良いか? 」
「う、うん。分かった」
護から手渡された服は、シフォン素材で涼しげな雰囲気がある水色のワンピースだった。この色からも、涼しいという感じを受け取ることが出来る。
それを受け取り、雪菜は試着室に移動する。
「まーくん……」
「どうした? 」
「そこで待っててね……? 」
「お、おぅ……」
雪菜は、今護から渡されたものに着替える。丈の長さも今日着てきたものとはそう変わらず、雰囲気としては自分に合っていると思う。風通しも良いような気もするし、これからの季節にバッチリ合っていると思う。
「ふぅ…………」
心を落ち着けてから、試着室のカーテンを開ける。
「どう……? 似合ってるかな……? 」
「おぉ……。うん、似合ってる」
お世辞では無く、心から言ってくれている言葉だってことを、雪菜は知っている。
「これ……、何円くらいだった? 」
「五千円くらいだな」
値段としても、丁度良いものである。
「どうだ? 買うか? 」
「まだ……、買わない……」
「まだ? 」
「うん。私に似合う服……、もっと探してくれるんでしょ? まーくんこの服渡してくれる時に、最初はって言ったから……」
「後で考えるってことか……」
「うん」
「分かった。じゃ、次だな」
「着替えてくるね」
「おぅ。待ってる」
試着室に戻り、カーテンを閉じ、もう一度心を落ち着ける。
「ふぅ……。似合ってる…………」
護からそう言われると、少し照れくさくなってしまう。
素早く着替えを終え、護の元に戻る。
「まーくん……。あ……」
護がどこからこの服を持ってきたのかが分からなかったから、護に戻してきてもらおうと思ったが、その行動をすぐにやめる。
さっきまで着ていたから、まだ少しだけ体温が残っている。たとえ護だといえども、それは恥ずかしい。
「戻してくるぞ? 」
「いや……、私が戻してくる。どこにあったの……? 」
護も勘付いたらしく。
「え、えっとな……。ま、一緒に行こうか…………」
「そ、そうだね……」
雪菜は、護の横をゆっくりと歩く。
こういう時間を体感していると、もうこのままでも良いのかもしれない、と思ってしまう。でも楽しい、嬉しい、安心、と感じることが出来るこの気持ちは、今この場でしか感じることが出来ないものだ。
「次は……、スカートで良いか? 」
「うん」
「そうなら、上も必要だな……」
護は悩んでいるような表情をしていたが、その中に楽しいというものがあるような気がして、雪菜は少し嬉しくなる。
……どんな服を選んでくれるかな……。
栞、凛、楓、羚の四人は、店の三階に来ていた。護と雪菜の二人が、二階を見て回るだろうと思ったからだ。振り返っても二人の姿が見えないということは、三階にはいないということだ。
それにしても。
……何でこうなるかなぁ……。
栞は、少し落ち込む。
このタイミングを逃せば、もうチャンスはやってこないだろうと思っていたから。そのチャンスさえも、今、無くなろうとしている。
護のじゃんけんでペアを決めるというのは、良い案だと思った。だから、栞はそれに乗ったのだ。
しかし、こうなってしまうとは思っていなかった。
羚と二人きりになれれば、とそう思っていた。それが無理でも三人三人で綺麗に別れることが出来れば、それが良かったのだ。
でも、そうはならなかった。
羚に好意を寄せている三人が、揃ってしまったのだ。
……神様は意地悪だねぇ……。
栞はそう思いながら、はぁ、と息をもらした。
羚の隣ではなく、栞の隣を歩いていた凛は、栞がため息をしたのを見た。羚の隣にいるというのに。
……何で……?
栞が、何故今この場でため息をついたのかが、凛には分からなかった。
羚の隣にいることが出来る、それだけのことでも凛にとって、それは幸せと呼べるもの。その先に行きたいという思いはあれども。
栞だってそう思っているはず、と凛は考える。そう思っているのなら、ため息なんて出てこないはずだ。
……栞は、何を考えてるの……?
友達として、親友として、恋敵として、栞の考えていることの大半を分かってるはずだと、凛は思っていた。
だけと、今回だけは分からなかった。実は分かっていたのかもしれない。でも、凛はそれを無意識の内に心に閉まってしまったのだ。
「ねぇ、羚」
栞も、凛も羚に話しかけないから、楓は、羚に向かって言葉を作る。
いつもなら、羚に声をかけただけで反応する栞が、反応しないのを見た楓は、少し不思議に思う。
「どうした? 一之瀬」
でも、楓は、これを好機だと考えた。だから、少し羚に畳み掛ける。
「私と羚ってさ、中学からずっと一緒だよね? 」
「まぁ、そうだな……」
「なのに、羚は私のこと名前で呼んでくれないんだね? 」
「それは…………」
こんな話をしても、栞は反応を見せない。それに気を取られてか、凛も無反応だ。まず距離を縮めるチャンスはここだ。
「名前で呼んで? 楓ってさ……」
「でも…………」
羚は、渋っている。
「それが無理なら、ニックネームでも良い」
「たとえば……、どんなのだ? 」
「えっと…………」
そう言われれば、思い付かない。だって本当に呼んで欲しいのは、ニックネームではなく、楓、だからだ。
楓、と名前で呼んで欲しいという楓の言葉に、羚は驚く。
……マジか……。
別に呼びたくないとか、そういうわけではない。寧ろ、女の子を下の名前で呼ぶといのは、散々羚がしてみたいと思っていたことだ。
思っていても、行動に移す勇気が無かったから、今、こういうことになっているのかもしれない。
楓は自分のことを羚と名前で呼んでくれる。自分も、楓のことを楓と呼ぶことが出来れば、ぐっと距離が縮まることだろう。
羚は、それを望んできた。互いのことを名前で呼び合えるという関係性を。
……だけど。
羚には、一つだけ危惧していることがあった。
……まぁ、良いか……。
これで、護に一本近づけることになるのだから。
「…………楓」
あんなに渋っていたのに、羚が呼んでくれた。自分の名前を。
その言葉を聞いた瞬間、自然と顔の表情が良くなったと、楓は思う。それほど、嬉しいことなのだ。
「やっと呼んでくれたね。ありがと、羚」
「お、おぅ…………」
羚の顔は、今まで見たことがないまでに、赤くなっている。照れているのかなぁ、と思うと、こちらの顔も自然と赤くなってしまう。
最初の目標は達成出来た。栞達がボーッとしている間に、このまま最終目標まで突っ走っていきたいが、それでは不公平だ。栞と凛にも、今感じることが出来た喜びを、感じてもらわなければならない。
「栞、凛。何ボーッとしてるの? 」
だから、楓は、二人に声をかけた。
「あ…………」
「え……、ゴメン……」
楓に声をかけられ、栞は我に帰る。凛もボーッとしていたらしく、栞の言葉の後に、謝罪の言葉を続けた。
凛がそれ以上喋らないと思った栞は、楓に言葉を返す。
「どうしたのかな? 」
楓の方に目をやると、栞は一つの違和感に気付いた。楓と羚の距離が縮まっている。そう感じたのだ。実際の距離ではない。心の距離だ。
何があったのかは分からない。でも、楓は自分達よりも少し前を歩いている、ということだけは分かった。
「栞のテンションが下がってると、こっちのテンションまで下がるの。ね、凛もそう思うでしょ? 」
「う、うん……」
「あはは……、ごめんごめん」
いつも通り、栞は笑ってみせる。
「どうかしたのか? 元気じゃない一之瀬は珍しいな……」
「大丈夫だよ、羚君。心配してくれてありがと」
楓に向けた笑顔と同じ笑顔を、羚にも向ける。
「そうだったらいいんだけど……」
腑に落ちない、という様子だったが、それ以上、羚は聞いてこなかった。
護の姉、沙耶は、久しぶりに鳥宮駅に来ていた。高校時代の友達に会うため、そして買い物をするためだ。
買い物だけであるなら、こんな遠くまで来る必要はない。御崎駅に行けば、大体の物は揃うからだ。
しかし、沙耶はわざわざここまで来た。特に理由はない。自分がここまで足を運べば、親友の魅散に迷惑をかけることがないから、というのが理由なのかもしれない。
……護に会ったりするかな。
弟である護も、今ここ、鳥宮駅に来ている。
女の子の友達と会う、ということを、沙耶は聞いている。
護は頼まれれば断れない性格だと、沙耶は思っている。よく護を振り回すことがあるが、護は嫌な顔をしながらも、最後まで付き合ってくれる。
だから、護は、人に好かれるのだ。主に女の子に。
それは良いことだ。他人に好かれるということは。人に嫌われるよりマシだ。
でも、沙耶としては、護と仲が良い女の子に嫉妬してしまう。前から知っている薫と咲、昨日泊りにきた杏、悠樹、遥、成美も素直で、純粋に護のことが好きなんだ、と思う。そうだから、尚更、護のことを好きでいる女の子にヤキモチを妬いてしまうのだ。
沙耶は護の姉であるから、この気持ちを伝えることが出来ない。伝えたとしても、自分が望んでいる答は返ってこない。それはもう確定していることだ。血の繋がりというものは、自分達ではどうにもならないものだ。だから、仕方ないと諦める。
「沙耶ーーっ!! 」
そんな考え事をしていた沙耶に、声が届く。魅散の声だ。
沙耶は、ハッと顔をあげ、魅散がどこから自分に声をかけているのかを考える。
「こっちだよ。沙耶」
沙耶の左方向から、声がかかる。
その方向に顔を向けると、魅散が笑顔でこっちを見ていた。
「久しぶりね。魅散」
「うんうん。ね、沙耶」
「ん? 何? 」
「久しぶりに…………、あれ、していい? 」
あれ、と言われ、沙耶は高校時代の日々を思い出した。
「まぁ、別に良いけど……、ここ人多いし……」
「高校の時はそんなこと気にしなかったじゃないのよ」
「そうだけどさぁ……」
沙耶は諦めたように、はぁ、と溜息をつく。
「分かった……。やっても良いわよ」
「やった。じゃ、遠慮なく」
ストンと力を抜いた沙耶に、魅散は後ろから抱きつく。そして、首元に顔を埋める。
「ちょっと、息吹きかけないでよ」
首筋に受けた感覚に、沙耶は体をよじる。