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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第一編〜サイドストーリー〜
75/384

青い空の下に訪れる春 #1

「ふぅ……」

楓は、集合時間の九時よりも十五分早い時間に、鳥宮駅に着いた。

楓の他にはまだ誰も来ていない。

護と話をしたいがために早く来たのだが、護が遅れることを知っている今、こんなに早く来る必要は無かったのかもしれない。

だけど、楓は早目にここに来た。それは凛のためだ。

護から遅れる、という連絡を受け取ってから数分後、凛から「私と羚君と楓ちゃんの三人で、一緒に行かない? 」というメールが届いた。

一瞬、それでも良いかもと考えた楓であったが、すぐに考えを改め、「いや、私は一人で行くよ」と、メールを返した。

そうした理由はただ一つ。今日、楓と護は蚊帳の外にいるべきだからだ。言ってしまえば、栞と凛と羚が必要で、楓と護は必要ないのだ。

凛とは付き合いが長いから、考えていることはすぐに分かってしまう。付き合いが浅い栞でも、分かってしまう。

別に顔に出ているとか、そういうわけではない。だけど、わかってしまうのだ。「恋」のことになると。

楓としては、栞と凛、二人ともに幸せが訪れてほしいと思っている。だがしかし、そういう未来は来ない可能性の方が高い。片方がOKされると、もう一方は確実に断られるからだ。

でも、楓は二人の応援をする。恋の行方は羚次第なのだから。


凛は早目に黒石駅に着いた。羚を待たせないようにするために。

「ふぅ……。よしっ……」

凛は、気持ちを落ち着かせる。

羚と一緒に遊べる、しかも、休日共にいれるというだけで、凛は嬉しくなる。

今日が楽しみすぎて、というのも、凛が早くここに来た理由の内の一つだ。

「羚君はどんな服を着て来るのかなぁ……」

凛は、独り言をもらす。

休日に遊ぶこと自体が初めてなのだから、羚の私服を見るのも初めてということになる。

……羚君の好みを聞いておけば良かったかも……。

凛はそう思う。

今日、凛は眼鏡をかけてきている。学校ではコンタクトレンズをしているから、所謂イメチェンというものだ。

スカートだって、休みの日ではあまりはかない短いものにしている。冒険。羚がどういう反応を示してくれるかを見たいがために、凛はこういう行動に出たのだ。

……やっぱり恥かしい……。

学校のスカートだって短いものだ。だとしても、私服と制服とでは感じが違う。

凛はスカートの端を、少し押さえる。やはり、他の人目が気になってしまう。

でも、凛は羚に見て欲しいという思いで、この服を着てきた。もう今更、後戻りは出来ないのだ。


「まだ七時か……」

自室に戻った栞は、ベットの上にゴロンと寝転がる。約束した時間まで、後二時間ほどだ。

「あ、宮永っちが遅れるんだっけ……」

数分前、そういう連絡を受けたことを栞は思い出した。

「生徒会長さんが高熱……。大丈夫かな……」

電話越しからも、どれだけ心配しているかというのが、伝わってきた。

……自分達に迷惑をかけないように、それであって生徒会長さんにも迷惑をかけないようにしたんだね、宮永っちは……。

それについて、栞は純粋に凄いと思う。これは宮永っちにしか出来ないことだと。

「着替えないと……」

休日、ずっと家にいる場合はパジャマのままでいることが多い栞だったが、今日はそんなことにはいかない。

家に友達が来て、その後昼からは外に出るのだ。

「どれにしよっかな…………」

ベットから起き上がると、栞はクローゼットの前まで移動する。

「これで良いかな……」

栞が手に取ったのは、花柄のローン素材スカートがついたワンピースタイプで、フルレングスのレギンスがセットになっているものだ。色は水色である。

今取った服を自分の身体に当てて、鏡の前に立ってみる。

「よし、これにしよ…………」

あまり人前では着たことの無い服。だけど、栞はこれを選んだ。ちょっとした冒険心が、栞をこうさせたのだ。

「栞ねぇちゃん。ちょっと良いか? 」

「へ? わっ……。ちょっと待ってね」

突然聞こえた弟の翔の声に、栞はびっくりする。

一度服をクローゼットに戻してから、翔を部屋に招き入れる。

「どうかしたのか? 」

「い、いや……。何でもないよ。それで、何の用? 」

「用っていうか、朝ご飯。出来たから呼んで来いってお母さんが」

遊ぶことしか考えてなくて、まだ何も食べていなかったことを思い出した。

「忘れてた……。今行くよ」

「早くしてくれよ? 」

「う、うん。分かった」


「あ、ありがとうございました……」

佳奈の家を出てから十分ほど、風見駅に着いた。

当たり前だが、こんなに速く着くものではない。咲夜さんが飛ばしに飛ばしまくったから、こんなに速く着けたのだ。あれほど言ったのに…………。

「いえ。では楽しんで来てくださいね」

「分かりました。佳奈のことお願いします」

「お任せください。それでは」

咲夜さんは、明らかに出し過ぎだろうと思うスピードで車を走らせて行ってしまった。事故とか起きないのだろうか……。不思議である。





俺は急いで鳥宮駅までの切符を買って、ホームで電車を待つことにした。

「遅かったか……」

ホームに設置されている電車のダイヤルを確認して見ると、三分前に電車が出てしまっている。次に来るのは五分後である。

「ふぅ……」

来るまで時間があったし、運良く空いていたベンチに腰をおろした。

一息ついてしまうと寝てしまいそうになるが、寝てしまっては本末転倒だ。

「わ……」

ズボンのポケットに入れていた携帯が、振動する。

こんな時間になんだろうか。しーちゃん達ではなさそうだし……。

「姉ちゃん? 」

携帯のディスプレイに表示されていたのは、姉ちゃんの名前だった。嫌な予感がする……。むしろ嫌な予感しかしない……。

俺は、恐る恐る通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。

「護…………? 」

「は、はい…………」

「昨日はどうして帰って来なかったのかなぁ……? 」

大変だ。姉ちゃんが怒っている。

「いやぁ……、ちょっと……」

「別に友達の家に泊まるのは良いの。それならそれで、連絡してよ。心配したんだよ……? 」

「ご、ごめんなさい…………」

「まぁ、今日は許してあげる」

あれ? おかしいな……。

「で、今日の夜覚えてる? 鳥宮駅で待っててよ? 」

「あぁ…………」

すっかり忘れてた。

今日は母さんが仕事で帰ってくるのが遅いから、外食しようということになっていた。

互いに鳥宮駅周辺で用事があるため、駅前に集合ということになったのだ。

「時間どうする? 護の用事は何時に終わりそう? 」

「分かんないな……」

俺が発案者ではないし、しーちゃんと凛ちゃん、そして楓ちゃんにかかっている。俺と羚はそれに付き合うだけだ。

「なら、電話かメールしてくれる? 私もそれに時間合わせるから」

「わ、分かった……」

「なら、また夜ね? ちゃんと待ってて」

「うん」

電話を終えたタイミングで、電車が到着した。丁度良い。

姉ちゃんにもうちょっと怒られるものかと思っていたから、あれだけで済んで良かったと思う。

電話だったから、あれだけだったのかもしれない。会えば、抱きつかれるなりなんなりされるのだろう。大変だ……。

「乗らないと……」

姉ちゃんのことを一回忘れて、身体を起こし、電車に乗り込んだ。


「おおおおぉぉぉっっ」

羚は、自転車を走らせる。

「おりゃゃゃゃゃゃっ!!! 」

基本、羚はあまり自転車を使わない。御崎高校までも歩いている。

それは、自身の身体を鍛えるためだ。不足の事態の時に他人を、主に女の子を助けるためだけに、羚は片道二十分はかかる道を歩いているのだ。

「とりぁゃゃゃゃゃゃ」

羚が全力で自転車を走らせているのには、理由がある。集合時間の七時十分に遅れそうだからだ。その集合時間まで、後三分。電車が出てしまうのは、それから二分後だ。

これでもか、というほどに、羚は自転車をこぐ。

羚が今走っているのは、黒石駅までの一本道。休日なのに人が少ないことに、羚は内心感謝する。人が沢山いればいるほど、今の様なスピードで走れるわけが無いからだ。

「あと少し…………っ!! 」

羚の視界に、目的地黒石駅の屋根が少しだけ写り込んだ。

次第に黒石駅の全体が見えるようになり、まばらではあるが人も確認出来た。

だから、羚は少しだけほんの少しだけ、スピードを落とす。

「倉永さん…………」

羚は、駅の柱にもたれている凛の姿を発見した。

凛もふと顔をあげて。

「羚君…………! 」

羚は適当に自転車を止め、凛の元に駆け寄る。

「はぁはぁ…………、ごめん……。待った……? 」

「大丈夫だよ。時間もぴったりだし」

「そうか……。なら、良かった……」

羚は一回ふぅ、と息を吐いて、息を整える。

「よしっ。回復した」

「大丈夫なの? 疲れてるように見えるよ? 」

「大丈夫……。風見駅までは二時間くらいあるんだろ? 電車内で少し休むよ」

「なら、早く行こ。もう電車来るから」

「おぅ、そうだな」


羚と凛の二人は、すぐに来た電車に乗り込んだ。

二人が乗った車両は、運良く人が少なかった。羚と凛を含めても八人だ。

「空いてるね」

「おぅ、そうだな」

凛はぐるっと電車内を見渡してみる。

凛の視界には、自分達以外の乗客が入る。

凛達が座っているのは、車両の右端、他の六人は左端に固まっていて、女の子が五人、男の子が一人だ。

「あの制服…………」

「どうかしたか? 」

「いや、何てでも無いよ? 」

羚は、ふっと自分の視界を凛に移した。

……ミニスカにニーハイ……。

所謂、絶対領域と呼ばれるものがそこに存在していた。

見てはいけないと思いながらも、羚の視線は自然とその場所に向かってしまう。

「倉永さんって……」

「ん? 」

「……結構ミニスカとかはくの? 」

「うーん……。そんなにはく頻度は多くないかな……」

「そうなんだ」


……羚君が見てる……。

ほんの数秒であったが、羚の視線が自分の足に移動したことを、凛は感じとった。

そう感じてからの、羚からの質問。感じは確信にへと変わる。

羚の反応を見るために、こうして来たのだ。だから。

……成功かな……?

そう思いたい。恥ずかしいということには変わりないのだけど。



電車に乗りこんだ俺は、まず座れる場所があるかどうか探す。

駅前には人がいなかったが、休日だし、人が多いのは当たり前なのだ。

「うわぁ…………」

案の定、座れる場所は、どこにもなかった。

今から鳥宮駅まで約二時間、立っておくことを覚悟しないと駄目なのかもしれない。

「ふぅ……」

立ったままだったが、俺は一息ついた。

咲夜さんが急いでくれたから、もしかしたら凛ちゃんとかに会えるかとも思ったが、そうはならなかった。まぁ、そりゃそうだろう

というか、羚はちゃんと間に合ったのだろうか。羚のことだし、夜はあんまり寝れなかったに違いない。俺は一睡も出来なかったわけだが……。

「護じゃないか? 昨日はお疲れ様」

はっと顔をあげると、真弓がそこにいた。昨日振りである。

「昨日振りです」

「そうだね。昨日佳奈の家行って何かあった? 」

真弓は、声を潜めた。それは電車内だからなのか、それとも別の理由があるのか。前者であってほしい。

「別に何も無かったですよ? ご飯をご馳走になったくらいです」

「ふぅん……? 本当にそれだけ? 」

まぁ、色々あったわけだが、言えるわけがない。

「そうですよ? 」

「まぁ、護が言うならそうなんだろうね。佳奈に聞いてもメール返ってこなくてさ……」

「あぁ、今、佳奈風邪引いてますから……」

「佳奈が風邪……!? 」

真弓の声は小さかったものの、驚いてるというのが伝わって来た。

「えぇ……」

「珍しい。佳奈が風邪ひくなんて……。もしかして雨に濡れたりした? 」

「まぁ、濡れましたね」

「なるほどね……。遥も引いたらしくてね」

「そうなんですか」

佳奈が風邪を引くのも珍しいと思ってたが、遥も珍しいと思う。元気一杯っていうイメージがあるから。

「雨に濡れたのは私もなんだけど、みんな弱いねぇ……。護は大丈夫そうだね? 眠たそうに見えるけど」

「寝てませんからね……」

「泊まったの? 佳奈の家に」

「泊まりましたよ」

「咲夜さんに会った? 」

「会いましたよ? 風見駅まで送ってくれたのも咲夜さんですし」

「なるほどね……」

真弓は、何かを考え込むんでいるかのように、黙り込んでしまった。

「ま、考えても仕方ないか……」

真弓は自分の中で自己完結したようだ。うーん……。良く分からん。

「で、護はこれからどこに出かけるの? 」

「鳥宮駅です」

「鳥宮駅に行くの? 珍しいね」

「えぇ」

俺だって、行くのは久し振りである。前に行ったのはいつだったかさえ、覚えてないくらいに。

「友達の家に行くのかい? 」

「そうです。友達の家で映画見て、それから買い物する予定です」

「ふぅん」

「真弓は行くこと多かったりしますか? 」

「ううん。あまり。御崎駅で事足りるからね」

「そうですもんね。真弓はどこに行くんですか? 」

「黒石駅だよ」

黒石駅とな……。俺の家の近くの駅である。

「護の家もその辺だよね? 」

「そうですけど……、何で知ってるんですか? 」

「佳奈から聞いたからね。いつか遊びに行ってもいいかな? 」

「はい。大丈夫です」

「ありがと」

「思ったんですけど……、黒石駅に何しに行くんですか? 」

「図書館に用があってね」

「図書館? 」

「うん。勉強しようと思って」

「あぁ、なるほど……」

真弓も三年生だ。今のこのご時世、大学大学とうるさいから大変だろうと思う。自分も二年経てば言われると思うと、少し憂鬱である。

「佳奈と杏とは違って、そんなに勉強得意じゃないからね」

「後一ヶ月で期末テストですもんね……」

七月になれば、夏休みというものが待っているが、それよりも前に期末テストがある。中間の時より、点数を落とすわけにはいかない。

まぁ、また青春部の皆で集まって勉強するだろうし、点数が落ちるということはないと思いたい。

「本当に憂鬱だよね。佳奈は毎日予習復習とかしてそうだけど、杏は不思議だよね……」

それは俺も思っていた。葵の家で集まってやった時も、杏先輩がちゃんと勉強をしていたという記憶がない。

普通にやってはいたが、それは隣に佳奈がいたからだろう。いなかったら、全然やってなかったように思われる。

「佳奈と杏先輩は幼馴染ですし、何か繋がってたりするんですかね? 」

「そうかもね……。羨ましい」

黒石駅。まもなく黒石駅。

車内アナウンスが、もう黒石駅に着くということを知らせてくれる。

「そろそろだね」

「勉強頑張ってくださいね」

「うん。護も色々頑張って」

「は、はい……」

電車のスピードが緩み、停車する。

「それじゃ、また学校でね」

「はい。また」




朝ご飯を食べ終えた栞は、さっき選んだ服を身に付け、家を出た。

予定されている集合時間までまだまだ時間があったが、家にいてもしょうがなかった栞は、家を出たのだ。

気分が高まっている栞は、自分の隣の家、鳥宮神社を訪れた。

栞は何事も無く境内に足を踏み入れ、掃除をしている少女に声をかけた。

「雪菜ちゃーん」

その栞の声に、白練色の髪をして髪の左側に緑色の丸い髪飾りをつけている少女が、振り返った。

「栞ちゃん……? どうしたの? こんな朝早くに……」

雪菜と呼ばれた少女は、ボソボソっと感じで栞に話しかける。

「ちょっと今日遊ぶ予定があって、家にいても落ち着かなくてね」

「栞ちゃん……、らしいね……」

「私らしい? 」

「うん……。昔からそうだもん」

「そうだっけ……? あ、魅散さんは? 」

「お姉ちゃんはまだ寝てる……。出かけるって言ってたから……、後で起こしにいくよ」

「魅散さん。確か寝起き悪かったよね……? 」

栞は何かを思い出したように、声を作った。

「うん……。だから大変」

「手伝わなくても平気? 」

「大丈夫……。もう慣れてるから」

雪菜は溜息をつきながら、そう言った。慣れていたとしても、大変だということには変わりないらしい。

「そうだよねぇ」

「うん……」

雪菜は掃除を終え、手に持っていた箒を、家の横にそっと置く。

「座る……? 」

「うん。ありがとう」

雪菜が腰をおろしたのを確認したから、栞も縁側に座る。

「栞ちゃんは……、御崎高校だったよね……? 」

「そうだよ」

「今日遊ぶのは、御崎高校のお友達……? 」

「うん」

「その友達の中にさ……、宮永君っている? 」

「宮永っち? うん、いるよ? 雪菜ちゃんは宮永っちのこと知ってるの? 」

「う、うん……。昔何回か遊んだことあってね。お姉ちゃんと宮永君のお姉ちゃんとも一緒だったけど……」

「へぇ、そうなんだ。雪菜ちゃんも一緒に遊ぶ? 」

「今日は暇だったし……、良いの? 」

「大丈夫だよ。そっちの方が楽しそうだし」

「あ、ありがと……。栞ちゃん」

「良いの良いの。私と雪菜ちゃんの仲だからね。皆に伝えておくよ」

「うん……、ありがと」


真弓が電車を降りてから数十分後、スボンのポケットにいれていた携帯が震えた。

俺は急なバイブレーションにびっくりしながら、携帯を開く。

しーちゃんからのメールだ。

「私の昔からの友達も、今日一緒に遊ぶことになったからよろしくねぇ」

そのメールに、俺は「了解」とだけを打って、返信した。

しーちゃんの友達ということなら、面白そうだし、楽しくなりそうだ。


「わ……」

「おっと……」

同じタイミングで凛と羚の携帯が、自分にしか分からない程度の微かな振動を持って、震えた。

声をあげてしまった二人は顔を合わし笑ってから、それぞれの携帯を開いた。

「一之瀬からか……? 」

「栞から……? 」

メールが同じ相手から来ていることを確認してから、お互いの携帯を見た。

「一言一句同じ文章だね……」

「そうみたいだな……」

互いに同じメールが送られてきたことに少しだけびっくりしながら、凛は携帯を閉じて、鞄の中に戻した。

羚を携帯を見ながら、栞に質問を投げかけた。

「一之瀬の友達ってことは、倉永さんも会ったことあるのか? 」

「無いよ? 栞の家に行くのもこれが初めてだし」

「そうなんだ……」

「うん。でも、話には聞いたことがあるから、どんな娘なのかは少し知ってるよ? 」

「どんな感じなんだっ!!? 」

羚は、電車内ということを忘れ、大声を出した。

他の乗客の視線が、全て羚を捉えた。

「れ、羚君。落ち着いて……」

「わ、悪い……」

「もぅ、羚君ったら」

栞は、羚のいつも通り過ぎる行動に。

……羚君は変わらないね。

と、思う。

「で、どんな娘だ? 」

「鳥宮神社の娘だよ。栞は、おっとりしてる娘だって言ってた」

「神社……、ってことは巫女さんか」

……やっぱりそういう風なのが好きなのかなぁ……。

「ううん。栞の話を聞く限り、まだ巫女さんってわけでは無いみたいだよ? お姉さんがいるらしいし、今はお姉さんが巫女をやってるって」

「へぇ……」

羚の表情は、何かいやらしいことを考えているのか、ニヤついていた。

そんな羚を見ても、栞は羚のことを嫌いになったりはしない。それが羚なのだと、そう知っているからだ。そういうことを考えなくなったら、それも羚ではない。そう栞は考えている。

だから、こういう羚の方が良いと思う。


「あ、雪菜ちゃんも来るんだっけ」

先に着いて皆を待っていた楓は、遊ぶ人数が一人増えたということを、思い出した。

凛とは違って、楓は栞の友達の雪菜を知っている。知っているといっても、一回会ったことがあるだけではあるが。

「まだかな……」

時刻は九時になろうとしていた。護はまだ来ないとしても、凛と羚の二人、そして栞はもう来ても良い頃合いだ。

早くからここにいる楓にとって、待っている時間というのは退屈というものに、当てはまってしまう。誰も周りに話す人がいないのだから、当たり前といえばそうなる。

「ふぅ……」

楓は息をもらし、腰につけているポーチから手鏡を取り出し、その鏡に自分を写し出す。

自分が今どんな顔をしているかを確かめるためだ。

楓だって、今日、この日を楽しみにして来た。それは純粋に映画が好きで、ショッピングも楽しみだからだ。

栞や凛みたいに、別の思惑があるわけでは無い。

「でもなぁ……」

楓にだって、そういう想いが無いわけでは無い。でも楓は、自分より友達の幸せを願うのだ。

「恋か…………」

楓は憂鬱そうに、そう呟いた。


栞からのメールが来てから数十分後、後一時間くらいで着くかなぁ、何てことを考えていた矢先、またしてもメールが届いた。

「葵からか……」

何か用事があるのだろうか。

「おはようございます。唐突ですが護君。今から御崎駅に来れたりはしないですよね? 」

何か俺に手伝えることなら行きたいが、残念ながら今日は行けない。

「ごめん。鳥宮駅で、羚とかしーちゃんとかと遊ぶ予定があるから」

と、俺は葵にメールを返した。

数十秒後、葵からメールが返って来た。速いな……。

「そうですよね。無理言ってすいません」

文面からも、葵が落胆していることが伝わって来る。

……あぁ……。

何で葵が、俺に助けを求めるかのようにメールをしてきた理由が分かった。

ララとランの御崎市の案内だ。

学校を案内した時に、引っ越してきたばっかりだから色んな場所を案内して欲しいと言われたのだ。

俺と羚もそれに誘われたのだが、しーちゃん達と約束をしていた後だったから、断ったのだった。

だから、案内は葵一人に任せてしまったという形になったのだった。

見知った土地だとしても、一人で案内するというのは大変なのかもしれない。そんな経験が無いから、俺には分からないのだけれど。

「悪いな。今度どっかで何か埋め合わせするから」

俺は、そうメールを返す。

「はや…………」

さっきよりも速く、メールが返って来た。うーん。どうしてこんなに速く返すことが出来るのだろうか。

「本当ですか? 」

葵に負けじと思いながら、メールを打つ。

「あ、あぁ。何でも良いぞ」

クラス委員長という立場のことも考えてララ達を案内するというのならば、俺だってそれを手伝わなければならない。席も隣だし、友達にもなったし、案内するのは当たり前だろうし。

「楽しみにしていますね。護君」

今度は少し返ってくるのに時間がかかっていたから、てっきり長文で来るのかと思ったが、そんなことはなかった。

まぁ、気分が良くなってくれたようだし、良かった良かった。


栞は、駆け足で鳥宮駅に向かう。

駅に近づくにつれ、駅に向かうスピードがあがっていく。

それは、早く皆に会いたいという想いがあるからだ。特に羚に。

「楓ーーっ!! 」

鳥宮駅に着いた時、栞の目に入ったのは、一人で待っている楓だった。他の人は、まだ来ていないらしい。

「あ、栞。おはよ」

「うん、おはよー。羚君とかはまだ? 」

「うん。九時回ってるし、もう来ると思う。護は遅れるけど」

「そうだね」

「で、栞? 」

「な、何……? 」

楓は、栞の全身を舐めるように見る。

楓は、栞の足を見たところで視線を止めた。

ワンピース形の服であり、そのワンピースの下にはレギンスがくっついているタイプの服なのだろうと、楓は瞬時に判断した。

このタイプの服は楓だって着るし、普通だ。しかし、そのレギンスの長さは、楓の持っているやつよりも短く、いつもはいているニーハイというアイテムもプラスされ、絶対領域というものがそこに存在していた。

「可愛いじゃないの」

「あ、ありがと」

「やっぱり、羚が来るから? 」

「ま、それもある……。けど……」

「けど? 」

「やっぱりいい……」

栞は、それ以上言葉を作ろうとはしなかった。

栞の服装からして、羚に見てもらおうと気を張っているのは、見て取れるものだ。だからこそ、栞にそれ以外の理由があるのなら、知ってみたいという気持ちが、楓の中にはあった。

「無理には聞かないけど……」

「うん。そういえば、凛と一緒には来なかったんだね? 」

「まぁね。凛は羚と一緒に行くってメール来たし、それに混ざるのも悪いから」

楓は当然といった感じで、栞に言葉を返す。

「てことは、今、凛と羚君は二人っきりってこと? 」

「そうなるわね」

楓が肯定した瞬間、栞の目に闘志の色が映ったと楓は感じとった。

「羨ましい? 」

「うん、それはね。でも、負けないから」

「頑張って」

「ありがと。でも、楓は良いの……? 」

応援してくれた楓に対して、栞はそう疑問を投げかける。

「私……? 」

「楓も……、れ、羚君のこと好きなんじゃないの……? 」

その栞の質問は、楓にとって唐突すぎるものだった。

「私が? 羚のことを? 」

「う、うん……。私の目にはそう見えたんだけど、違う? 」

「…………」

楓は、声を発することは出来なかった。

「だって、中学から一緒で高校もクラスが一緒。楓にとって一番近い距離にいる男の子は、羚君だよね? 」

「それはそうだけど……」

「違うかった……? 」

「間違ってなくはない」

楓は、曖昧な答えを返す。栞の言ってることは、全て的を射ている。だから、楓は、そういう返事しか出来なかった。

「じゃあ、楓も羚君のこと好きってことだよね? 」

「そうなのかもしれない。けど良いの? 恋敵

ライバル

が増えることになるんだよ? 」

羚のことを好き、と決めて、楓は言葉を作った。

「うん、良いよ」

栞の声は、いつもより力強いものだった。楓がびっくりするほどに。

「本当に良いの? 負けないよ? 」

「うん。私だって負けるつもりないから」


鳥宮駅に着いた凛と羚の目に入ってきたのは、何やら楽しそうに話し込んでいる栞と楓の姿だった。

「栞、楓ちゃん。待った? 」

「ううん。大丈夫だよ」

凛は、楓の調子がいつもと違うことに気が付いた。

「ん? 」

「どうしたの? 凛」

「いや……。何でもないの。気にしないで」

一瞬感じた違和感がすぐに無くなってしまったため、凛は首を横に振った。

「そう……? 」

そんなやりとりをしている二人を尻目に、栞は羚の横に立つ。

「おはよっ。羚君っ」

「おぅ。おはよう」

そんな栞に、羚はいつも通りの挨拶を返す。






「羚。おはよう」

楓は、羚の前に立ってから挨拶をした。

「お、おぅ……」

そのいつもと違う楓に、羚は少し驚き違和感を感じた。

「どうかした? 」

「いや、何でもない……」

楓はニコッと微笑むと、凛の隣に並んだ。

羚の隣に立っていたいという想いは、少なからず楓の中にもある。

だけど、今日は凛と栞の番だと自分に言い聞かせる。

それで、どちらかがくっついてしまったら元も子もないのだが、そうなってしまった場合、諦める覚悟があった。

それほどのレベルの好きだったのか、と聞かれるとそういうわけではない。自分の方が気持ちに気づいたのが後という点で、引くことが出来るのだ。

今そう思っていても、羚が誰かと付き合うことになってしまった場合、自分を抑制できるかどうかは分からないことなんだけど。

羚の方を、楓はふと見てみる。

羚は、自分達にキョロキョロと視線を動かしてから、どこか向こうの方を見つめるようになった。

羚にとって今のこの時間は、とても良い時間なのだろう。

羚の隣に護がいる場合、そこには必然といった感じで女の子が集まってくることが多い。

しかしそれは護の周りに集まっているわけで、その場合、羚は護の付属品みたいな感じになっている。

そんな羚にとって、今のこの状況は、自分自身で作り出したハーレムということになるのだ。

だからこそ、今少しニヤついている羚の気持ちが、楓には少し分かる。

「そういえば倉永さん……」

おもむろに、羚が凛に向かって口を開いた。

「ん? どうかしたの? 」

「今日は眼鏡……、なんだな」

「う、うん。休日は基本眼鏡なの」

「へぇ、そうなんだ」

「うん。れ、羚君はどっちの方が好きかな? 」

その凛の言葉に、栞がピクっと反応した。

「どっちって? 」

「コンタクトの私か、眼鏡をしている私。どっちが好き? 」

楓は、凛がいつもより積極的に出ていると、そう感じた。というか、そうとしか取れなかった。

「え……。そ、そうだな……」

羚は少し顔を赤らめ、青い空を見ながら考え始めた。

「コンタクトかな……。そっちの方が見慣れてるからさ。でも、眼鏡をかけている倉永さんも良いと思うな」

「本当に? 」

「眼鏡も似合ってるし」

羚と同じような意見を、楓と持っていた。だから、この羚の言葉は良かったと思う。

もし、今の凛の立場に自分がいたなら、次から眼鏡をかけることを選ぶ。自分と羚のことを考えて、そう思う。

「そっか。良かった……」

凛は、心の底から安心したように、安堵の息をもらした。

それに対抗するように、栞が。

「ね、ね。羚君」

「ど、どうした」

その栞の態度に、羚は少し驚きを隠せない。

「今日の私の服はどうかな? ちょっと頑張ってみたんだけど」

「わ、私だって頑張って着てきたんだからっ! 」

凛がいつもより大きい声をあげて、栞と羚の間に入ってきた。

「何、凛? 今度は私と羚君が話す番だよ」

「それは分かってるけど、私だって頑張ってるもん」

羚はそんな二人に、あたふたとしている。

女の子に囲まれることが少ない羚にとって、こうなるのは仕方ないことだろう。護なら、こういう状況でも楽に切り抜けられそうだけど。


羚を挟むようにして、栞と凛が、睨みあっている。

当然だが、それに楓は混ざらない。別に、服に気を使ってきたわけではないからだ。

「まぁまぁ、落ち着いて二人とも……」

羚は慌てた様子で、二人を宥めようとしている。しかし、その顔は楽しそうだったから、そんな光景を見て、楓は面白いと思った。


電車から降りると、俺はすぐにしーちゃん達を探した。

「えっと……、いた」

改札口を抜けるとすぐに見つけられたので、良かった。

何やら、羚がしーちゃんと凛ちゃんに挟まれていて、その羚を挟んでいる二人は何か言い争いをしている。楓ちゃんは、それを見て微笑んでいる。

俺は、しーちゃんと凛ちゃん、そして羚に気付かれないように、凛ちゃんの横に立っている楓ちゃんに話しかけた。

「楓ちゃん。おはよう」

「あ、護。おはよ」

楓ちゃんも、小さい声で俺にあいさつをしてくれる。

気付いてくれても別に良かったのだが、しーちゃん達は俺に気付く様子がない。

「これ……、何があったんだ? 」

当たり前だが俺は今来たばかりなので、どうしてこんな状況になってるかが分からない。分かっているのは、羚がニヤニヤしているというだけだ。

「栞と凛が羚を取り合ってるね」

「何でこうなった? 」

「うんと……、今日凛が眼鏡をしてるじゃん? 」

凛ちゃんの方を見てみると、楓ちゃんの言う通り、凛ちゃんは眼鏡をしていた。いつも学校ではしていないから、今日はイメチェンみたいな感じなのだろうか。うん、こっちの凛ちゃんも新鮮で何か良い。

「あぁ、そうだな」

「それで、羚がその凛も可愛いって言ったために、こうなったんだよ」

「なるほど……」

凛ちゃんにしーちゃんが対抗したから、こうなったということである。聞こえてくる内容は、スカートやら何やらの話になっている。

女の子のファッションについてはよく分からないし、それを左右から聞かされている羚はどんな気分なのだろうか。後で聞いてやろう。

「で、護は今日の栞達の服、どう思う? 」

俺にも話を振られるだろうと思ってたら、案の定聞かれた。考えてたのが悪かったのだろうか。

「どう思うって言われてもな……」

凛ちゃんはスカート短いし、しーちゃんの着ているワンピースの丈も短いし、そこから伸びているレギンスも短い。どちらもニーハイをはいているから、二人ともに絶対領域なるものが、そこに存在している。

男子としては、そこに目がいってしまうのは仕方ないことだろう。

「可愛いんじゃないかな。しーちゃん達の私服を見るのは初めてだし、なんか新鮮」

「ふぅん。なるほどね」

楓ちゃんは、うんうんと頷く。

「栞、凛。護来たよ。いつまで羚を取り合ってるの? 」

楓のその言葉に、しーちゃん達も我に返ったようで。

「み、宮永っち……!? 」

「あ、わ……。護君…………!? 」

凄い驚きようだ。

「おぅ。おはよう」

「おはよ」

「お、おはよう」

こんなに驚いているしーちゃん達を見ることはもう無いだろうし、良かったということにしておこう。

「羚もおはよう」

「お、おぅ……」

羚は何故か、少しだけ残念そうな顔をしている。もうちょっとしーちゃんと凛ちゃんの二人に、挟まれていたかったのだろうか。

「み、宮永っちも来たことだし……、行くよ? 」

「う、うん」

「了解」

まだ少し顔を赤らめているしーちゃん達に比べれば、楓ちゃんはいつも通りに見える。

しーちゃんと凛ちゃん、そして羚が前方を歩き、その後ろを俺と楓ちゃんが歩く。

駅から数分歩いていた間は、まだ賑やかで、風見駅や御崎駅のように色んな種類の店を見かけることが出来た。

歩き続けて行くうちに周りの建物が無くなっていき、視界に入るのは森が多くなっていた。

「もうちょっとしたら着くからね」

前を歩いているしーちゃんが、そう教えてくれる。

今歩いている場所は、街外れという表現が合いそうな雰囲気がある。

車なども見かけないし、人なども見ない。都会らしさがあったのは、駅周辺だけらしい。

前方に、鳥宮展望台という文字が書かれている看板が見える。

その看板の先に見える道は、今歩いて来た道より急なものになっていた。

「後十分だから、もう少しの我慢だよ」

「後十分もあるのか? 」

羚が、疲れたというニュアンスを含めながら、しーちゃんに言葉を返す。そんなにここまでの道のりは疲れるものだっただろうか。いや、羚の場合はしーちゃんと凛ちゃんに挟まれていたから、こっちの意味で疲れているのかもしれない。

「何言ってるのよ羚君。十分なんてすぐだよ? ほら、行くよっ」

そう言うと、しーちゃんは羚の手を握り、歩くスピードを早めた。

「あ、栞……。先に行くなんてずるい……」

その行為によって、距離を少し開けられた凛ちゃんであったが、すぐにその距離を詰めて、凛ちゃんも羚の手を握る。

「羚も大変だねぇ」

そんな三人を見ながら、楓ちゃんがしみじみと言う。

「そうだな」

鳥宮駅に着いた時から薄々と感じてはいたが、しーちゃんと凛ちゃんの二人が、羚に対して友達以上の気持ちを寄せていることは確かだろう。それに変わって、楓ちゃんからはそういったものは感じられない。俺が察知出来ていないだけで、もしかしたら楓ちゃんもという可能性もあるかもしれないが。

先に歩を進めてしまったしーちゃん達を追いかけるように、俺と楓ちゃんも、歩くスピードをあげる。

「到着っ」

「ここが一之瀬の家か」

「大っきい……」

「なかなか凄いね」

木と木の間を分けるように、それなりに大きい家がそこにあった。しーちゃんの家の隣には、神社の鳥居も見える。なるほど、これが鳥宮神社か。まさかしーちゃんの家の隣にあるとは思っていなかった。

「ちょっと待っててね」

しーちゃんは、隣の神社の鳥居をくぐって、境内の中に行ってしまった。

友達を一人呼んでいるとメールで言っていたから、その友達を呼びに行ったのだろう。

しーちゃんがこの場を離れたことにより、凛ちゃんも羚と繋いでいた手を離した。

羚が後ずさりをしながら、こっちに向かってくる。それと変わるように、楓ちゃんが凛ちゃんの隣に行く。

「大変だったな、羚」

「あぁ……。お前のことを少し分かった気がするわ……」

「どういうことだ……? 」

「いや……、何でもない」

羚はそんなことも分からないのか、という風にため息をつく。


「雪菜ちゃーん。迎えに来たよー」

栞の声が、自分を呼んでいる。

その声にはっとした雪菜は、鳥居の方に目をやった。そうすると、こっちに向かって走っている栞と目が合う。

「待たせちゃったかな? 」

家の中で待っていると言っていたのに、外に出てきてしまったからか、栞がそう声をかけてくれる。

「ううん……。そんなことないよ」

「なら、良かった」

護も来る、そう知らされてから、雪菜は自分の部屋に急いで戻り、クローゼットやタンス等から、どんな服を着るべきなのかと、漁るように探した。

雪菜にとって、数年振りに護と会えるということは、どんなことよりも嬉しいものだ。だから早めに服を選び、姉を起こし、数十分も前からこうして栞が来るのを楽しみに待っていたのだ。

「宮永君……、いや、護君が本当に来てるんだよね……? 」

「うん、そうだよ」

確認のために聞いた雪菜は、ホッと胸を撫で下ろす。

「それにしても雪菜ちゃん」

「な、何……? 」

「今日はいつにも増して、清楚って感じがするね」

「そ、そうかな……」

「うん、似合ってるよ」

雪菜が選んだ服は、自身の名前にもある雪のように白いワンピースで、衿元にはモチーフレースがあしらってある。

髪留めが緑色であることをのぞけば、靴もその色白の肌を覆っている靴下も全て純白な白で、雪菜は揃えている。

雪菜は白色、もしくはそれに順する色が一番好きだ。

それには一つ理由がある。

一番最初護に会った時も、今と似たような服装をしていた。

その頃は、特に白色が好きだという気持ちは無かったのだが、護が褒めてくれたのが、白色を好きになった理由だ。

理由としては単純なのかもしれない。ただ、周りにあまり同世代の男の子の友達がいなかった雪菜にとって、それは十分すぎる理由だったのだ。

「ありがと……」

「どういたしまして。じゃぁ、行こう? 」

「うんっ……! 」


雪菜は栞の後をついて行く。

「ちょっと、待って……」

栞が鳥居をくぐって外に出ようとしたところで、雪菜は栞を引き止めた。

「ん? どうしたの? 」

「確認して良い……? 護君を……」

「別に良いけど…………」

「ありがと」

雪菜は、ゆっくりと鳥居から栞の家の方向をのぞく。そこで待っている護に気付かれないように。

……いた……。

栞の家の前には、女の子二人、男の子二人の姿があった。

雪菜は、すぐに護がどれなのかが分かった。

「はわ…………」

隣に立っている男の子と話していた護が、一瞬こっちをみたようなそんな気がした。

「どうしたの? 」

「いや……、何でもない……」

雪菜は顔を少しだけ赤くしながら、答える。

「そう? 」

そんな雪菜に、栞は不思議そうに首をかしげる。

「うん……。時間取らせちゃってゴメン。行こ? 」

「分かった」

道路に出ると栞は。

「羚君、宮永っち、楓、凛。お待たせ」

大きな声で、待っている四人に呼びかけた。




「ん? 」

誰かの視線を感じ、話していた羚から俺は目を離し、鳥居の方に視線を送った。

一瞬、見ていたのはしーちゃんかとも思ったが、しーちゃんはあんな髪色をしていない。翻った髪からそう判断することが出来る。

「羚君、宮永っち、楓、凛。お待たせ」

あれは誰だろうという俺の考えを吹き飛ばすかのように、俺達を呼ぶしーちゃんの大きい声が聞こえた。

しーちゃんの後に続くようにして、白いワンピースを着ている娘が走って来る。

……あれがしーちゃんの友達か……。

「ま、待って……。栞ちゃん……」

「遅いよ、雪菜ちゃん」

「はぁはぁ……、栞ちゃんが速いんだよ……」

雪菜と呼ばれた少女は、肩で息をしながら、しーちゃんに向かって声を作る。

「そんなことないと思うんだけどな……」

「いや、しーちゃんは速いから」

俺は、すかさずツッコミを入れた。

しーちゃんの五十メートル走のタイムは六・六秒。クラスの男子達と、ほぼ変わらないタイムだ。俺ともそんなに変わらない。

「そうかな……? 」

「栞は速いから」

「うん、そうだね」

「一之瀬は速いな。驚いた」

まだ首を傾げているしーちゃんに、楓ちゃん凛ちゃん、そして羚も突っ込んでくれる。

「ふぅ……。ほら、皆も言ってる……」

ようやく落ち着いたらしく、雪菜ちゃん(苗字を知らないからこう呼ぶことにする)は、しーちゃんをたしなめる。

雪菜ちゃんの声はゆっくりでほんわかしていて、何故か俺はこの声に少しの懐かしさを感じていた。何でだろうか……。よく分からん。

「まぁまぁ、それは横に置いて……」

しーちゃんが雪菜ちゃんの背後に回ったかと思うと、雪菜ちゃんの肩をトン、とさわり肩から顔をのぞかせて。

「この娘が私の友達の、鳥宮雪菜ちゃん。そこの鳥宮神社の娘なの」

「は、初めまして……。今日は、よろしくお願いします」

鳥宮さんは、ぺこりと頭を下げた。

「しーちゃん達はこの娘の知らないけど、宮永っちは知ってるんじゃないのかな? 」

「え? 」

鳥宮駅には、片手で数えられるくいの回数は来たことがある。どこかですれ違ったことがあるとかそういうことだろうか。

鳥宮さんは俺のもとまで来て、俺を見上げる。

「わ、私のこと……、覚えてない……? 」

「えっと…………」

俺は、必死に記憶の海を泳いで探し回る。

「まーくん、って言ったら思い出すかな……? 」

「あっ……………………」

この聞き覚えがあった声、そして俺のことを「まーくん」と呼ぶ娘を、俺は一人しか知らない。

「雪ちゃんか」

「うんっ……! 」

俺がそう名を呼ぶと、雪ちゃんは嬉しそうに顔をほころばせた。

どうして忘れていたのだろうか。

何年の頃だったか忘れてしまったが、姉ちゃんに鳥宮神社に連れてこられたことがあった。

俺は、休みの日にこんな遠い所まで来るのが嫌で断っていたが、昔から姉ちゃんは姉ちゃんであって、俺の断りなんかを聞かずに無理矢理連れてこられたのだった。良い娘がいるからと。

その時に出会ったのが、雪ちゃんだった。

姉ちゃんの友達の妹さんで、姉ちゃんとも普通に離していたので、俺もすんなりと雪ちゃんと話すことが出来たのだった。

周りがこんなんだから、何をして遊んでいたとか詳しいことは覚えてないけど、楽しかったことだけは覚えている。

雪ちゃんのお姉さんの名前は確か……、魅散さんだったけ……。

「魅散さんは、元気? 」

「う、うん。元気だよ。今日は……、外に出てるけど……」

「そうなんだ」

魅散さんは、確か姉ちゃんと同い年だったような気がする。バイトやらをしているのだろうか。それとも誰かと遊んだりしているのだろうか。もし遊んでいるのだとして、それが姉ちゃんとだったりしたら凄い偶然である。後で聞いてみよう。

「宮永っちと雪菜ちゃんの関係も戻ったことだし、家の中入りますよーー」

雪ちゃんと会わせてくれたしーちゃんに、後でお礼を言っておこう。うん、その方が良いだろう。


栞は、羚達を自分の部屋ではなく、リビングにへと案内した。

初めて羚を家に呼んだのだから、出来る物なら自分の部屋に案内したかった。でも、今から映画を見るのだ。自身の部屋にある小さなテレビでは、楽しむことが出来ない。

だから、仕方無しだ。

「大きなテレビだな」

感心するように、護は声を出す。

「でしょ? あ、羚君」

「ん? どうしたんだ? 」

「手伝って欲しいことがあるんだけど……、良いかな? 」

「別に良いが……、何をすれば良いんだ? 」

「えっとね……、ソファを運ぶのを、手伝って欲しいの」

大きなテレビの前に六人掛けのソファを置いて映画を見る。これが、今日、栞が考えていたことだ。羚の隣に座る、そうすれば、今日の目的の一つを達成出来る。

「おぅ、分かった」

「ありがと。ちょっと待っててね、すぐ戻って来るから」

一度凛を一瞥してから、羚と一緒にリビングから出た。


その栞の視線を受けて、凛は先手を取られたなぁ、と思う。

でもこれくらいのことは凛にとって、たいしたことではない。これからでも巻き返しは可能だからだ。

栞は、恐らく大きめのソファを持ってきてくれることだろう。

本番はそれからだ。羚の隣に座れば良いのだ。栞も隣に座ってくると思うが、大きいだろうからそこに心配はない。これから頑張れば良いのだ。

「凛ちゃん、何か張り切ってる? 」

「え、わ…………」

「違うかったら良いんだよ。何かそういう風に見えたからさ」

……そんな顔に出てるのかなぁ……。

表情が顔に出やすいと言われたことは多々ある。今回も、自分が気付かない間に出ていたということだろう。

「ま、間違ってはいないけど……」

「そう? まぁ、頑張って」


楓は、凛の目が気合に満ちている、ということを感じ取った。

それは結構分かりやすく、他人の恋にも自分の恋にも鈍い面を見せている護が、それを感じている。

……のんびりしてる暇はないかな……。

栞がまず行動して、凛もやろうと意気込みを示している。まだ何もしていないのは自分、楓だけだ。

……と言ってもねぇ……。

楓は今日、そんなことを目的として来ていないから、何をするべきか全く分からない。

自分の気持ちを行動で示さなければならない、そうは思っている。けど、今日は栞と凛の番だと思ってしまう。

「ね、護」

「ん? どうした? 」

「いや……、何でもない。気にしないで」

「そうか」

護に話しかけて、今の少しモヤモヤとした気持ちを払拭させようとしたが、そうはいかなかった。

……はぁ……。

楓は、心の中だけでため息をついた。


……この人達……。

護の周りに色んな女の子がいたことに、驚いた雪菜だったが、今のこの数分のやり取りを見て、自分の驚きは取り越し苦労だったと悟る。

「栞ちゃんは、れ、羚君が好きなんだ……」

気が付いた時から一緒に遊んでいて、栞のことに関しては敏感に察知することが出来る。

「え? 何か言った? 」

言葉に出すつもりは無かったのだが、声に出してしまっていたらしい。楓には聞かれてしまったらしい。でも、内容までは知られていない。

「い、や……。な、何でもないよ」

「なら良いんだけど」

「う、うん……」

「雪菜ちゃんだっけ……? 」

「うん」

「雪菜ちゃんはさ、もしかして、巫女さんとかだったりする? 」

神社から出てきて、それでいて女の子というのなら、楓がそう思うのも普通だろう。

「まだ……、私は巫女じゃない……」

「まだ? 何かしなければならないこととかあるの? 」

「そ、そういうわけじゃなくて……、お婆ちゃんが厳しい人で、高校卒業しないと……、駄目なの……」

「へぇ、そうなんだ」

「うん……。い、今はお姉ちゃんがやってて……、私は手伝い」

「今日はその手伝いも休みってことなのね? 」

「うん。お姉ちゃんも……、遊びに行ってるから」

そんな時こそ、自分がお姉ちゃんがいない分をやらなくちゃ、と思っていた雪菜であったが、祖母から遊びに行っても良いと言われたのだ。

その時は、まだ任せてもらえないのだと少しは落ち込んだものだったが、栞が誘いに来てくれて護にも会うことが出来たのだから良かったと、雪菜は思っている。

「ね、楓ちゃん……」

「名前教えてないやって思ってたんだけど……、もう知ってるんだ? 」

「う、うん。栞ちゃんから聞いてるから」

「なるほどね。で、何? 」

雪菜は肩にかけているこれも白色のバッグから、白色の携帯を取り出す。

「メアド……、交換しよ……? 」

「うん、良いよ。それにしても……、白好きなの? 」

「うん。一番好き……」

「そうなんだ。よし……」

楓も携帯を取り出し、雪菜の携帯に自分の携帯を近づける。

「交換完了」

「ありがと……」

雪菜は満足そうな顔で、携帯をバッグに戻す。

「雪菜ちゃん」

「何……、かな? 」

「一つ聞きたいことがあるんだけど……、雪菜ちゃんが白色を好きな理由ってさ、護が関係してる? 」

的確なその言葉に、雪菜は動揺する。

「え……、わ……、や……」

「分っかりやすいね。雪菜ちゃん」

「…………。昔に褒められたの」

「護は昔から護だったってことね……」

楓は何かを考えるかのように、そう呟いた。

「どういうこと……? 」

「護ってかなり女の子の友達多いから」

楓はそこで一旦止め、雪菜の耳元に近づいてから。

「頑張らないと、他の娘に取られちゃうよ? 」

そう言った瞬間、雪菜の顔はみるみる赤くなっていった。

「にゃ……、い……、あ……」

「雪菜ちゃんは護のこと……、好きなんでしょ? 」

楓は、護に声が聞こえないようにとさらに小さくした。

「そ、それは……、そうだけど……、何で分かったの……? 」

「私、人の恋には敏感なの」

雪菜は、少しだけ反撃に出てみる。

「そういう楓ちゃんは……、羚君のこと好き……、だよね……? 」

「はぁ……、バレてる? 」

「さっき……、羨ましそうな顔で栞ちゃんを見てた……」

「本当に? 」

「うん……」

雪菜にそう言われ、楓はさっき自分がどんな思いで栞を見ていたかを思い出してみる。

雪菜が言っていた通り、すぐ行動に移せる栞は凄いと、羨ましくは思った。

しかし、それは一瞬間だけで思ったものであり、今の楓の中にそんな気持ちは無い。

雪菜は、楓とは違って自分の気持ちに他人に言われる前から気づいていた。だから、ちょっとした楓の変化を見過ごさなかったのかもしれない。

「か、楓ちゃん…………」

「どうしたの? 」

「さっきまーくんの周りに女の子が多い、って言ってたけど……、どれくらいいるの? 」

学校も護とは違うため、雪菜にとって護に会うことの出来る機会は、他の娘と比べると極端に少なくなってしまう。

だから、自分がこのまま想いを胸の内に秘めていていいものかが、気になるのだ。

「えっとね……。私が知ってるだけでも八人かな」

「八人も……!? 」

雪菜の声は小さかったが、驚いているということは見て取ることが出来た。

「うん。でも実際はもっと多いかもね」


栞は、羚の隣を楽しげに歩きながら、ソファが置いてある部屋に向う。

……簡単に二人っきりになれちゃったなぁ……。

凛と楓が、私達も手伝う、と言い出すかもしれないと思っていた栞は、内心驚いている。本当に、こんな簡単に二人っきりになれるとは思っていなかったからだ。

栞にとって、これはチャンス到来なのだが、今はソファを取りに行くと言ってしまったため、時間をかけることが出来ない。

「あたっ…………!! 」

前を全く見てなかった栞は、目的地のドアにおでこをぶつけてしまう。

栞は、その場に座り込む。

「大丈夫かっ!? 」

羚も少しボーッとしていたらしく、対処に遅れた。

「大丈夫か。一之瀬」

「う、うん……。大丈夫」

「そっか」

差し出してくれた羚の手を握り、栞はゆっくりと立ち上がる。

「ありがと……。羚君」

「き、気にするな」

名残惜しものだったが栞は羚の手を離し、ソファが置いてある部屋の扉を開ける。

「あれだよ」

指をさして、栞はソファがある場所を示す。

「結構でかいんだな……」

「六人くらいが座れるからね」

「俺らだけで運べるのか? せめて護を呼んだほうが」

「大丈夫だよ。私それなりに力あるし、それに、階段とか登るわけじゃないからね」

「一之瀬がそう言うなら」

「じゃ、運ぼっ! 羚君は左側を持って」

「了解した」

羚が掛声をかけてくれる。

「じゃ、あげるぞ? 」

「うん」

「「いっせーのーせっ……」

二人で声を合わせ、同時に持ち上げる。

……重た……。

栞は、持ち上げてすぐにそう思った。だけど、それを顔に出すわけにはいかない。羚の前なのだから。

「行けるか? 」

「だ、大丈夫……」

大丈夫だと思っていても、身体は案外正直らしい。声が上擦ってしまった。

「あんまり大丈夫そうには見えないけどな」

「大丈夫だよ。早く行こっ。皆も待ってるし」

「分かった」


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