princesse du nuit #5
だけど、佳奈はそんなことを気にしているようには見えない。俺が気にし過ぎているだけなのだろうか。
佳奈は一旦俺の肩に手を置き、離れようとするが。
「……っ」
「佳奈っ……!? 」
佳奈はまたふらっとして、倒れそうになる。
俺は腰をおろして、慌てて佳奈を抱きとめる。
「どうしたんですか? 佳奈……」
「わ、分からん……。どうも力が入らなくてな…………」
そう言う佳奈の顔は少し火照っていた。俺の腕に伝わってくる体温も、少し高い。
「失礼しますね……」
俺は佳奈の前髪を分け、おでこに触れる。
……熱……。
「熱あるじゃないですかっ! 」
触っただけだから詳しくは分からないが、三十八度は軽く超えてそうな感じだ。
「そうか…………」
佳奈の声には、いつものビシッとしたものが無かった。
俺は佳奈を抱きかかえ、立つ。
所謂、お姫様抱っこというやつをしているわけだが、今はそんなことをして恥ずかしがっている場合ではない。
「護……、重くないか……」
「何言ってるんですか……。大丈夫ですよ」
「それと……、敬語に戻ってるぞ……」
「今はそんな場合じゃないです」
そんな約束をしたなぁ、と思い出しながら、俺は佳奈をベットに寝かせる。
「はぁはぁ…………」
佳奈の首筋とおでこに、少しだけであったが汗が滲んでいる。
もう六月ではあるが、そんなに暑くはない。やはり、熱が高いからなんだろう。
「咲夜さんを呼んできます」
「あぁ…………」
俺が扉に向かおうとしたタイミングで、勝手にとびらが開いて、珍しく慌てている咲夜さんが部屋に入って来た。
「佳奈お嬢様。どうかされましたか」
「熱があるようで……」
「そうですか」
咲夜さんは、スーツの内ポケットから体温計を取り出した。
この場合、それが必要になるが、どうしてそんなところに入っているのだろうか。もしかして、何かを感じ取って持ってきたと……。
「佳奈お嬢様。少し失礼しますね」
「咲夜か…………。悪いな」
「私は佳奈お嬢様のメイドですから、気にしないでください」
俺はそんな咲夜さんを、無言で見ていた。
「護」
「はい」
「護は今のうちにご飯を食べてきてください。佳奈お嬢様は私が見てますから」
「何言ってるんですか……。俺もここにいますよ」
「ふふ。護なら、そう言うと思ってました」
咲夜さんは一度俺に微笑みかけると、すぐに視線を佳奈に戻した。
体温計が、佳奈の体温を測り終わったということを、知らせる。
「三十八度七分ですね」
俺や薫でも滅多に出ない高熱だ。
植物園の時、佳奈はいつも以上に楽しそうにしていたし、柄にも無くはしゃぎ過ぎたのだろう。家に戻ってから雨に濡れたりもしたし、それも高熱が出たということに関係してるのかもしれない。
「咲夜…………」
「どうかしましたか? 」
「着替えるの……、手伝ってもらっていいか……? 」
「分かりました」
着替えるというのなら、俺のというか男子の出番はもう無い。部屋から出た方が良いのだろうか……。
「護。どこに行こうとしているのですか? 」
さりげなく部屋から出ようとした俺を、咲夜さんの声が仕留めた。
「な、何でしょうか……」
「護には手伝って欲しいことがあるのですから、ここにいてくださいね」
「俺にですか……? 」
俺に何が手伝えるというのだろうか……。
「はい。そこの五段あるタンスの二段目にパジャマが、四段目に下着があるので取ってください」
「あ、はい……」
咲夜さんに言われた通りに俺は、まず緑色を基調としたパジャマを取り出して、五段目に手をかけた。
……ん?
俺は引く前に、手を止めた。
「下着…………? 」
「はい。下着です。どれでもいいですから」
「…………」
どれでも良いとかじゃなくて、え? 俺が出すの? 佳奈の下着を…………?
俺はタンスから目を離し、咲夜さんに視線を向ける。
咲夜さんが笑っている……。何か怖い……。
この部屋に他の人がいれば良いのだが、そんな都合の良いように俺を助けてくれる救世主はいない。残念なことだが……。
仕方無いので、男子共の夢が詰まっている引き出しを開けた。
「…………」
咲夜さんはどれでも良い、と言っていたし俺は目を瞑ったまま、適当に手に取った。
俺はすぐに引き出しを閉めて、咲夜さんに手渡す。
「ありがとうございます。さすが護は優しいですね。正直、今回ばかりは聞いてくれないと思ってました」
「いえ……」
誰ですか……、笑いながらこっちを凝視していた人は……。はぁ……、何かどっと疲れた。これからしーちゃんの家にも行かなくちゃならないのに。
「ん? 」
「どうかしましたか……? 」
佳奈のお父さんとお母さんは昨日から見かけてないから、家にはいないのだろう。となると、家の中にいるのは、俺と佳奈と咲夜さんだけ。
咲夜さんには送ってもらうことになっているから、その間は佳奈が一人になってしまう。
高熱があるから、一人にしておくのにはちょっと不安がある。
「咲夜さん」
「はい」
「こっちから頼んでおいて悪いんですけど、やっぱり電車で行きます。佳奈がこんな状態ですし……」
予定が無かったらずっとここにいたいのだが、そういうわけにもいかない。
「そうですか。まぁ、仕方無いですね。佳奈お嬢様を一人にするのは不安ですから」
「すいません」
「気にしないでください。丁度雨も弱くなってきてますしね」
少し耳をすましてみると、さっきは部屋の中にいても聞こえていた雨音が、聞こえなくなってきている。
良かった。これなら大丈夫そうだ。