princesse du nuit #4
「雨は降ってるけど、映画を見るのは大丈夫だろ? 」
「そうなんだけど……、雨が強すぎるからやめたほうが良いのかなぁって……」
口ではそう言っている凛ちゃんであったが、声のトーンから雨なんて関係なく遊びたいという意思が伝わってきた。
「今は強いけど、もうちょっと時間経てばやむかもしれないだろ? それに凛ちゃんはどうしたいの? 」
「私は遊びたい」
「なら、そういう方向で。もし雨が強くてもしーちゃんの家に行けるようにするからさ」
「うん。ありがとうね、護君」
「気にするな。じゃあ、また後でな」
「うん。バイバイ」
凛ちゃんとの通話を終え、俺は一旦携帯を閉じた。
俺がさっき雨が強くても、と言ったのは、咲夜さんに頼めば送ってもらえると思ったからだ。咲夜さんに断らればそれまでなのだが、咲夜さんは、快く了承してくれるだろう。
「ふぅ……」
俺はもう一度携帯を開き、羚に電話をかける。
あいつのことだ。今日の事が楽しみすぎて、もう起きていることだろう。
「護か? どうしたんだ、こんな早くに」
羚は五コール目で出てくれた。もうちょっと速く出てくれと思ったが、心の中にしまっておく。
「今日のことだ。内容は分かるだろ? 」
「あぁ、なるほどな。雨が降ってるからどうするかってことか? 」
「おぅ。羚は雨が降ってたとしてもしーちゃん達と遊びたいか? 」
「当たり前だ。そんなこと聞くまでもなく分かっていただろう? 」
「まぁ、それはそうだが、確認しただけだ」
「そうか。でもこの雨が降り続いたとしたら大変だな。鳥宮駅まで行くのは」
「大丈夫。それについては考えがある」
「ん? どういうことだ? 」
「まぁ、それは後で言うから」
「まて、今教えろ」
「じゃな」
「まっ…………」
羚に聞かれる前に、俺は電話を無理矢理に終えた。
咲夜さんに送ってもらえることになるだろうから、どの道バレるのだろうが、バレるタイミングは後のほうが良い。今言っちゃうと大変そうだし、楓ちゃんとしーちゃんにも連絡しなければならない。
「護」
エプロンを着けた姿で、咲夜さんが戻ってきた。エプロンの下に着ているのはちなみにネグリジェである。うん。何か良い。
「ど、どうかしましたか? 」
「朝御飯、和食が良いですか? 洋食が良いですか? 」
「えっと……」
咲夜さんが作るお味噌汁とかも食べてみたい気もするが、あの場所では何か合わない。洋食の方が合っている。
「洋食でお願いします」
「分かりました。それでは失礼します」
「あ、咲夜さん」
部屋から出て行こうとした咲夜さんを、俺は引き止めた。お願いをするためだ。
「はい。どうしました? 」
「頼みたいことがあるんですけど……」
「はい、車なら出しますよ」
「え……」
頼む前に、了承を得られてしまった。
「お友達の家まで送って欲しい、そういうことでは無かったのですか? 」
「いえ、それで合ってますけど……、何で分かったんですか? 」
「このタイミングで、護が私に頼むことはこれしかないって思ってましたから」
なるほど。また心を読まれたのかと思ってびっくりした。ん? ある意味読まれいたのかもしれないけど……。
「そういうことでしたか……」
「で、何時頃出発の予定ですか? 」
以前決めた集合時間は、九時くらい。自分だけが乗せてもらうのならそんなに急ぐことはないだろうが、羚、凛ちゃんと楓ちゃんの言えを回らないといけないから。
「七時過ぎで良いですか? 友達の家を回りたいので」
「何人ですか? 」
「あ、三人です」
「それなら大丈夫です。私に任せてくださいね」
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、咲夜さんはすぐに部屋から出て行った。これから朝食を作ってくれるのだろう。晩御飯も作ってもらえて、朝ご飯も食べることが出来る、なんという幸せだろうか。
羚にうっかり口を滑らせてしまったら、何時間かそれについて言及させられそうだ。
「えと、楓ちゃんをに連絡……」
携帯をまた開き、楓ちゃんをコールする。
「おはよう。護」
楓ちゃんは一コールで出てくれたが、その声はとても眠たそうだった。
「おはよう。ゴメンな、こんな時間に」
「良いのよ。今起きたところだから」
楓ちゃんの声の後に、カーテンを開ける音が聞こえた。
「雨……? 」
「それの話なんだけど、楓ちゃんは今日どうする? 」
「うーん。雨だから栞と凛が行きたいって言ってた買い物は出来ないかもだね。でも映画は見れるよね」
「じゃ、参加ってことでOK? 」
「うん。だけど、大変そうだね……。栞の家まで行くの……」
羚と同じ意見だ。まぁ、楓ちゃんには言っても大丈夫だろう。
「それについてなんだけど……」
俺は、咲夜さんにクルマで家まで迎えに行くということを、手短に説明した。
「なるほどね、分かった」
「時間七時半とかで良い? 」
「うん、それで良いよ。私としては、何で護が生徒会長の家にいるのかを聞きたいところだけど……」
楓ちゃんに話したのは、早計だぅたのかもしれないが、もう遅い。
「後で言うから…………」
「教えてくれるんだ? 」
「だって知りたいんだろ……? 」
「月曜になったら心愛達に言いふらすかもしれないよ? 」
「…………」
頼む。それだけはやめてくれ。
そんな俺の思いが通じたのか。
「嘘だよ、嘘。護はすぐに信じるんだから」
「嘘かよ……」
「ゴメンゴメン。じゃ、その時間にお願いね」
「おぅ。それじゃあな」
「うん。また後でね」
電話を終えると、俺は盛大にため息をついた。
「はぁ…………」
薫なら説明したら分かってくれるかもしれないが、心愛は早とちりすることがたまにあるし、葵も自分の中で自己完結してしまうことがある。
それに加え、葵達に知れ渡るということは悠樹達にも知られるということだ。
もしそんなことになったら、どうなるのか分かったもんじゃないし、そんな未来は考えたくもない。
「次はしーちゃんだな」
集合する場所はしーちゃんの家だ。本来なら、先にしーちゃんに連絡するべきだったのかもしれない。
携帯を開けようとしたそのタイミングで、受信が入った。しーちゃんからだ。うん、丁度良い。
「あ、宮永っち。起きてくれていて良かった」
「俺もしーちゃんが起きてくれていて良かったよ。丁度電話しようとしてたところだったからさ」
「そうなの? やっぱり今日のことだよね……? 」
「あぁ。雨降ってるけど遊ぶよな? 」
「うん。買い物は無理かもしれないけどね……」
朝はしーちゃんの家で映画を見て、昼からはショッピング。これがしーちゃんが提案したものだ。
元々は買い物をする予定だったし、それが出来なくなるというのは少しショックである。
「まぁ、仕方無いな……」
「神様も意地悪だよね……。よりによってこんな日に雨を降らすなんて、せっかく……」
「せっかく? 」
「な、何でもないよ。それより時間は九時で良い? もうちょっと遅くする? この雨だと大変だし……」
しーちゃんが何を言おうとしたのかが気になるところであるが、俺はそんな気持ちを抑える。
「それは大丈夫だ」
「え? 何で……? 」
やっぱり気になるか。
一瞬、教えなくても良いかな、とも思ったが、楓ちゃんに言ってしまってるのだ。今言わなかったとしても、いずれしーちゃんに伝わるということだ。
「へぇ…………」
楓ちゃんにした説明を、しーちゃんもしてあげた。
「じゃ、九時でも大丈夫だってことだよね? 」
「あぁ。それと、しーちゃんの家の場所教えてもらっていいか? 」
「うん。えっとね……」
俺は、佳奈の机の上に置いてあったメモ帳一枚とシャープペンシルを拝借して、しーちゃんの声を聞く。
「よし。ありがとう」
「うん。それじゃ、楽しみにしてるね? 」
「おぅよ。またな」
「うん」
俺は携帯を自分の鞄の中に戻した。
……五時回ったか……。
一睡もしていなから眠たいといえばそうなのだが、何かもう吹っ切れて、逆にテンションが少し高くなってくる。
寝るのが遅くなってしまったことは、今までに何回もあったが、寝なかったということは今回が始めてである。
だから、自分がどうなるか分からない。今は眠たくないが、この後急激に眠気が襲ってくるかもしれない。
俺は、咲夜さんが持ってきてくれた俺の服を鞄の横に置いてから、まだ寝ている佳奈の横に、ゆっくりと腰をおろす。
佳奈が毎日何時に起きているかもしれないし、それに加えて、昨日寝るのも遅かったし、まだ寝かせておくほうが良いだろう。
「あっ……」
のんびりしている場合では無かった。羚と凛ちゃんに連絡しなければならない。
俺は携帯を戻してしまったことを、少しだけ後悔する。
「ふぅ……」
俺はため息をつきながら、重々しく身体を動かす。
先にどっちに連絡するべきか……。
「…………。凛ちゃんからだな」
え? 何で羚からじゃないのかって? 面倒なことになりそうだからに決まってる。
五時四十五分。
俺は凛ちゃんと羚の住所を、無事に(?)聞くことが出来た。
「はぁ……」
凛ちゃんは、咲夜さんのことを話してもしーちゃんと楓ちゃんの二人よりがっついてこずだったが、如何せん、羚の相手をするのが大変だった。まぁ、ちゃんと説明をしたのだけれど……。車の中で聞かれるより、今言っておくほうが楽だろうし。
俺は佳奈を起こす前に、まず着替える。佳奈が起きてしまうと着替える場所が無くなってしまうからだ。
「ふぅ……」
今度はさっきまで着ていた服を、あの洗面所まで持っていかなくてはならない。
……遠いな……。
俺は昨日の事を思い出しながら、洗面所まで足を運ぶ。
「あ、咲夜さん」
「護……」
一回に降りる階段の所で、咲夜さんと出くわした。
咲夜さんの服装はさっきのネグリジェの上からエプロンではなく、もうスーツに戻っていた。
「朝ご飯出来ましたから、佳奈お嬢様を起こしてきてください。あ、服は預かります」
「あ、ありがとうございます……」
俺は咲夜さんに手渡す。丁度良かった。
「それじゃ、なるべく早めに来てくださいね」
「分かりました」
部屋に戻った時に、佳奈が起きていてくれると楽だなぁ、なんて思っていたが、実際のところ部屋に戻ってみると、佳奈はまだ寝ていた。
「佳奈……。起きてくださーい……」
俺はベットにあがり、佳奈の肩を揺さぶる。
「んっ……………………」
佳奈の口から、息がもれる。
「……っ」
事故であったがキスをしてしまってから、やっぱり意識してしまう。意識するなというほうが無理だ。男だし……。
「っ……、護……? 」
お? 起きてくれた。
寝起きが悪かったらどうしようかと思ったが、そんなことは無かったし安心安心。
「おはようございます。佳奈」
「お、おはよう……。もうこんな時間なのか……。あれ? 咲夜はどうした……? 」
「咲夜さんは朝ご飯を作ってくれました。もう出来たようで待ってくれてますよ」
「そうか。なら、すぐいかないとな」
ベットにあがっていたので、佳奈が降りられるようにのける。
「おっと…………」
「佳奈……っ」
立った拍子にちょっとよろめいた佳奈を、俺が受け止める形になってしまった。
朝から色々とまずい…………。
「わ、悪いな…………」
「いえ、気にしないでください」
口ではそんなこと言ってるが、心臓はバクバクしている。それは佳奈にも伝わっているかもしれない。というか、伝わっているだろう。