princesse du nuit #1
俺が佳奈に手を伸ばそうとすると。
「ただいま戻りました」
白いシースルーのネグリジェを着ている咲夜さんが戻って来た。
佳奈の部屋に戻ってきた咲夜の目に入ってきたのは、護の膝の上で気持ち良さそうにしている佳奈と、膝に佳奈を乗せて嬉しそうに微笑んでいる護の姿だった。
……おや……?
そんな二人の姿に、咲夜は驚いてしまう。
「咲夜……さん……? 」
護の顔がだんだんと赤くなっているのを、咲夜は確認した。それは今の姿を見られての恥ずかしさからなのか、今の咲夜の姿を見て顔を赤らめているのかどうなのかは、分からないが……。
「咲夜……!? 」
佳奈は咲夜の登場に驚き、護の膝から飛び上がるように慌てて起き上がった。
「何をしようとしていたのかは、その護様が右手に持っていらっしゃるもので分かりますが……」
咲夜は護の隣に腰をおろし、言葉を続ける。
「続けてもらっても良いんですよ……? 」
……佳奈お嬢様のそんな姿も見てみたいですし……。
咲夜はそう思ったが、口には出さなかった。
「べ、別に良いんだ……。な……? 護……? 」
「うん……」
「なら、良いんですけど……」
護に目をやると、少しだけ残念そうにしていた。
「もう時間だから……、ね、寝るぞ? 」
「…………」
佳奈のベットは広いから、おれと佳奈が寝るのならそれほどくっつくこともなく、安心して寝れると思っていた。だが。
「どうして咲夜さんがいるんですか……? 」
咲夜さんもまでもが、ベットに入ってきている。
大きさ的に三人では少しだけ狭いわけで、俺の右に佳奈、左に咲夜さんがかなり至近距離にいる。こんな風になるなんて聞いてなかった。
昨日は今と同じように、悠樹と成美に挟まれて寝ていたが、あれは俺が寝ている時に二人が潜り込んできたもので、その時の事を俺は知らない。
だけど今は違う。自分の意識がはっきりとしている間に女の子二人に挟まれて寝なければならないのだ。
「佳奈お嬢様に頼まれたから……、と言ったはずです」
「…………」
俺と佳奈がベットに入った後、自然にベットに入ろうとした咲夜さんに聞いた時にも、そう言われた。
佳奈がそう頼んだ、というのに少しびっくりしたが、佳奈は壁の方に顔を向けていたので、わざわざ聞こうとはしなかった。
「それより……」
咲夜さんがこれでもかというほどに、距離を詰めてくる。
「ちょ……。咲夜さん……」
「明日御予定があるんですよね? 」
どうやら俺の話を聞いていないらしい。
「まぁ、そうですけど……」
「なら、もう寝られたほうが良いんじゃないですか? 」
寝れないのは誰のせいですか、誰の……。
「こんな状態じゃ寝れませんよ…………」
「それもそうですね」
咲夜さんは、ふふっと笑う。
咲夜さんはもしかすると、この状態を楽しんでいるのかもしれない。楽しまれると困るのだけれど……。
「護様? 」
「はい? 」
どうも護様という呼び名になれない。出来ることなら呼び捨てで呼んでほしいものだ。
「少しお話しませんか……? 寝れないのでしょう? 」
「そうですね……」
寝れないのはあなた達のせいです、と思いながら、咲夜さんの意見を肯定する。
「そのまえに……、呼ぶなら護って呼んでくれませんか? 護様って呼ばれるのはちょっと……」
「最初もそう言ってましたね。嫌……、ですか? 」
「嫌ではないんですけど、こうなんか、違和感があるんですよ……」
「違和感……、ですか……」
「俺が咲夜さんのことを咲夜様って言ったら、どうです? 」
「咲夜様ですか……。うんうん。その呼び方良いじゃないですか」
おや……? どうやら変な地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「え……」
「呼んでくださいよ。咲夜様って」
若干、咲夜さんの言葉使いがフレンドリーになってきているような気がする。
「恥ずかしいですよ……」
「そんなこと気にしないでいいじゃないですか。お願いしますよ」
「…………」
「ほーら。護様」
助けを求めるように佳奈のほうをちらっと見てみると、もう寝息が聞こえていた。まぁ、色んなことあったし疲れたのだろう。俺も疲れているし……。色んな意味で。
「佳奈お嬢様は、もうお休みになられてますよ? 」
バレている。
「早く。もっともっとお話したいことあるんですから」
もう諦めるという選択肢しか、俺には残されていないらしい。
「咲夜…………さん…………」
「様、ですよ? 」
「咲夜……様……」
うん。恥ずかしい。
自分で頬が急速に赤くなっていくのを感じることが出来る。
「何か良いものですね」
「俺はただ恥ずかしいだけですよ……」
「そんな護様も可愛いですよ」
「むぅ……。次の話いきましょう……」
「分かりました」
咲夜さんはまたしても、微笑んだ。
「護様は……、好きな人とかいます? 」
「……え? 」
咲夜さんはいきなり何を言ってるんですか……。
「佳奈お嬢様から色々聞いていますが、青春部には佳奈お嬢様や杏様を含め、女の子が沢山いるのでしょう? 」
「まぁ、それはそうですけど……」
「じゃぁ、じゃぁ!! 」
咲夜さんのテンションが異様に上がっている。何故だ……。
「護は女の子に告白されたこととかあるんですか? 」
ほら、呼び方も護様じゃなくなってるし……。
「まぁ、今までに六回ほど……」
順番で言うと、咲、葵、心愛、薫、悠樹、成美の順番だ。ちなみに誰にもきちんとした返答を返していない。返答をしなければならないとは、思っているんだけど……。
「六回も!? 」
「えぇ……」
「凄いんですね。護は……」
「咲夜さんも……、告白とかよくされるんじゃないんですか……? 」
「中学時代や高校時代はそうでしたね……」
この話は少し掘り下げても良いものなのだろうか。
「聞きたいですか? 」
顔にそういう思いが出ていたのだろう。聞けたらなぁとも思ったことだし。
「聞いても良いんですか? 」
「だって護。聞きたそうにしてるじゃないですか」
咲夜さんは俺の頬に手を伸ばし、ツンツンとしてくる。
「や、やめてくださいよ」
「どうなんですか? 聞きたいんでしょう? 」
「それはそうですけど……」
「やはり可愛いです。護は」
そういうと咲夜さんは、俺の頬から手を離してくれる。
「からかわないでください」
「からかってないですよ。本当にそう思ってるんですよ? 」
「だからそれを…………」
咲夜さんは俺の言葉をふさぐように、俺の頭を触り、自分のおでこと俺のおでことを合わせてくる。
「咲夜……!? 」
「しばらくこうさせてください。それに今、今呼び捨てで呼んでくれましたね」
「いやっ……。これは……」
「分かってますよ」
…………。
「それにさっきから私も護って呼んでますし……。気づいてますよね?」
「そりゃ、気づきますよ」
「そうですよね」
互いの息がかかりそうな距離だ。
咲夜さんが本当に楽しんでいるということが分かる。
え? さん付けに戻ってる? 口に出していない時くらいは……。
「そんなことより、話してくださいよ。俺の話はともかく……」
「いえ。ここは私の話より護の話です」
「いえいえ。咲夜の話をですね……」
俺達はおでこを合わせながら、一体何の言い合いをしているのだろうか。
「じゃあここは、私の話でも護の話でもなく……」
「ん……? 」
「沙耶様の話をしましようか」
「姉ちゃんの……? 」
何で姉ちゃんのことを咲夜さんが知ってるんだ……?
「私実は、御崎小学校から中学校、高校とエスカレーター式であがってるんですよ」
「へぇ……」
その点では姉ちゃんと一緒だ。
ちなみに俺は違う。まぁ、近かったから姉ちゃんの時はそうして、俺の時にはそうしなかったという理由は分からないのだけど。
「私が二十七歳ですから、沙耶様は二十二歳ですよね」
「そうですね……」
「そんなことは良いとして、小学校の時に、六年生が一年生の面倒を見る、という行事みたいなのがあったんです。その時に沙耶様とはとても仲良くさせてもらいました」
「なるほど……。そんなものがあったんですねぇ。それは、まだあるんですか? 」
「いえ。佳奈お嬢様が入学した時にはもう無くなっていましたね」
交流を図るという点では、良かったものだったのかもしれない。
姉ちゃんの誕生日は三月二十五日で、早生まれ。小学一年の時に咲夜さんが六年生だったということは。
「咲夜って……、一月から三月までの間に誕生日があったりします……? 」
「えぇ。三月八日ですよ」
おぉ。誕生日が近い。
「生まれた日近いですね。俺も三月なんですよ」
「おや? そうだったのですか。何日ですか? 」
「十四日です」
「こんなにも近かったのですね。護と私は……」
「そ、そうですね……」
こんな至近距離で、近い、なんて言われたら、お互いの距離が近いみたいに聞こえる。物理的な意味ではなく、心の距離という感じで。
「もう、十二時回ってしまいましたね……」
「そうなんですか……? 」
「はい」
手元に携帯を置いているわけでもないし、時間は確認出来ない。近くに佳奈の目覚まし時計が置いてあるはずだが、この体勢じゃそれすらも見えない。
「眠たくなってきましたか? 」
咲夜さんは、俺の頭を撫でながら言う。
佳奈に撫でられていた時も気持ち良かった。あの時は出来なくて残念だったけど……。
「いえ……。話していて逆に目が冴えちゃった感じです」
「私も同じです」
そんなことより。
「咲夜の中学時代の時とかの話は、話してくれないんですか……? 」
「良いじゃないですか……。もうそんなことは……」
「もしかして……」
「はい? 」
「元から話す気無かったでしょう……」
「バレてました? 私は護と話が出来れば、内容なんて何でも良かったのです」