勇気 #5
そんなこんなで、今に至る。
佳奈の部屋で、俺、佳奈、咲夜さん、と集まっているのだけど、さっきから二人が俺のほうをじっと見ている。
「…………。佳奈、咲夜さん……。どうかしましたか……? 」
耐えきれなかった。二人に見つめ続けられているということに。
「いや……。な、なんでもないぞ……? 」
「なんでもございませんよ? 」
何やら顔を少し赤らめながら、もじもじしている佳奈と、にやにやと不気味な笑みを浮かべている咲夜さん。恐ろしい…………。
「そ、そうですか…………」
またしても、無言になる。
時間は刻々と刻まれていって、十一時を回ってしまっていた。
佳奈は、さっきから何かを言おうとして俺の目を見て、顔を伏せるという動作を数回繰り返していて、咲夜さんは、それをずっと俺を見ていた時と同じ笑顔で見ている。
「そろそろ……、寝ませんか……? もうこんな時間ですし……」
「あ、あぁ……、そうだな。護は明日も出かけるんだったな……」
「はい……」
と言っても、俺はどこで寝ればいいのだろうか。部屋は沢山あるようだし…………。
「護様」
「な、なんでしょうか……」
ニヤニヤしていた咲夜さんが、その表情のまま、俺の名を呼んだ。嫌な予感がする…………。
「護様には、佳奈お嬢様と一緒に寝てもらいます」
「へぇ……。そうですか…………」
佳奈と一緒にねぇ………………。
ん?
「何て言いました? 今…………」
「護様には、この部屋で寝てもらうと言ったのですよ」
「……………………。マジで……? 」
どうやら、俺の聞き間違いではないらしい。
「はい。大マジですよ」
「佳奈……」
俺は助けを求めるように、佳奈のほうを見た。
「悪い……、護……」
「へ…………? 」
何故佳奈が謝るんですか…………。
「最初に提案したのは……、その…………、私なのだ……」
「ささ、護様。諦めてください」
この咲夜さんの表情を見る限り、俺がいない間に決めていたことなのだろう。本当に、いつ決めたのだか…………。
「他の部屋…………、余ってますよね……? 」
「えぇ。それはもう大量に」
「なら……」
「部屋はあるのですが、布団が無いんです。佳奈お嬢様と私。それとお父様とお母様の物しか」
「…………」
「他の人が泊まるということがあまり無いものですから……」
「そうですか……。それなら、仕方ないですね…………」
俺が折れるほか、選択肢は無かった。
……咲夜のやつ……。
護と咲夜のやりとりを見ていて、佳奈は思う。咲夜が珍しく嘘をついたと。
部屋が余っているということは、その部屋毎に合うように、ベットか不安か、どちらかの寝具がきちんと置いてある。この家で、何かしらのパーティー等を開催した後は、ホテルのように来客を泊めることが可能なほどにだ。
……また咲夜には感謝しないとな……。
護がこの家の事を知らないから、咲夜は護を騙すことが出来たのだ。
その結果、佳奈はこの部屋で護と一緒に寝ることが出来る。
護は悠樹達を家に泊めたことがあると言っていたが、高校生の男女二人が一緒に寝るということに対しては、抵抗を示すかもしれない。いくら護が、押しに弱いとしても。
「佳奈お嬢様、佳奈お嬢様」
咲夜が耳打ちをしてくる。何か護に聞かれたら困ることでもあるのだろうか。
「ん? どうした? 」
「佳奈お嬢様のベットは広いですから、護様と一緒に寝てくださいね? 」
「……は? 」
「布団等は無い、という設定にしたものですから……」
「仕方ない……と……? 」
「はい。そういうことです」
咲夜はあっけらかんと言う。
護と一緒に寝たいということは、佳奈も強く思っていたことだ。だが、一緒のベットで寝るとなれば、話は別だ。
「本当に、そうしないと駄目なのか…………? 」
「佳奈お嬢様が嫌と仰るのなら、私が護様と一緒に寝ますよ? 護様といると楽しいですし」
「分かった…………。私一人じゃたぶん気持ちが持てないから、出来ることなら、咲夜もいてくれ。ベット三人でも寝れるだろうし…………」
「私は構いませんが……。恐らくそれ、護様を余計に苦しめることになるかもしれませんよ……? 」
「そこは護に我慢してもらうしかないだろう……」
「大変ですね。護様は…………」
咲夜はしみじみとそんな事を言う。
「大丈夫だろう。部活では毎回女子に囲まれているようなものだし……」
「なら……、大丈夫かもですね……」
「それじゃ、私はお風呂入ってきますね」
「あぁ……」
「すぐに戻ってきますので」
どうやら話が終わったらしい。何やら俺に聞かれたらまずい事でもあったのだろうか。
咲夜さんは、すたすたと部屋から出ていく。
「ま、護…………」
「どうしました? 」
「もう……、寝るか……? 」
「うーん……。咲夜さんを待ちましょうか」
「そうか……、うん。そうだな……」
「思ったんですけど……」
この部屋で寝ることを、しぶしぶと承諾した俺だったが、一つの疑問を覚えそれを佳奈に投げかけた。
「ん……? 」
「俺、この部屋で寝るんですよね? 」
「あぁ、そうだな」
「でも……、布団余って無いんですよね……? 」
「うん」
ということは…………。
「俺と佳奈は、一緒のベットで寝るってことですよね………………? 」
「まぁ、そうなるな」
佳奈の対面に座っているこの状況で、佳奈の向こう側に置かれているベットに目をやる。
……まぁ、大きいし……。
俺のベットで、悠樹と成美に挟まれて寝ていた時より、安心出来るのかもしれない。俺のベットはシングルベッドだったし、色々と大変だった。
「仕方ないんですね……」
護は少し諦めた顔付きで、息をもらした。
「なぁ、護」
「ん? 」
佳奈は護の隣に移動し、護の耳元であることを囁いた。
この部屋には二人しかいないのだから、わざわざそんな事をする必要は無かったのかもしれないが……。
「え…………? 」
護はこちらの予想通り、驚きの表情を浮かべた。護はそれ以外にも別の表情を浮かべていたが、それが何なのか佳奈は分からなかった。
「駄目か…………? 」
「駄目だというわけではないんですけど……。そんな事をしてもらうのは……」
「私がしたいと言ってるんだ。こんな機会はもう無いと思うぞ? 」
「それはそうですけど……」
「なら、私がした後、護も私にしてくれ。それでおあいこだ」
「分かりました…………」
護はようやく折れてくれた。
……ふぅ、良かった……。
「じゃ、護」
佳奈は正座し、自分の膝をポンポンとする。
「膝枕……ですか……? 」
「あぁ。そうしないとできないからな……」
「そ、そうですね……。それじゃ、失礼します」
「あぁ」
護の頭が、佳奈の膝の上に乗る。
「はぁ……」
佳奈の手は自然と護の髪の毛にいく。護の頭を撫でるためだ。
……そういえば、護に頭を撫でられると気持ち良いと成美が言っていたな……。
佳奈はふと、そんなことを思い出した。
なら、後でやってもらおうと、佳奈は心に決める。
「佳奈……? 」
……はぁ、落ち着く……。
「佳奈……!! 」
「はぁっ! ど、どうした……? 」
「頭撫でてもらうのは嬉しいんですけど……」
「あ、悪い……。じゃ、やるぞ……? 」
「はい」
数秒後、先に声を洩らしたのは佳奈だった。
「護……。気持ち良いか……? 」
「はい。もう少し……、強くしてもらっても良いですよ……? 」
「そ、そうか……? 」
「えぇ」
佳奈は、少しだけ使っている手に力を込める。
「こ、これで良いのか……? 」
「そ、そうです……」
護は気持ち良いのか、その表情はいつもより柔和なものになっている。
佳奈は、そんな護の表情につられる。
……こんなことが出来るとはな……。
出会った当初は、こんなことを出来る仲になるとは思っていなかった。護も恐らくそう思ってくれていることだろう。
「佳奈……? 」
「どうした? もしかして……、痛かったか……? 」
「いえ……。そうじゃないです……」
「じゃ……、どうしたんだ……? 」
「敬語……、外して良いですか……? 」
「別に構わないが……、急にどうしたんだ……? 」
「佳奈も言っていたじゃないですか。出来ればそっちの方が良いって……」
「そうだったな……」
植物園にいた時、それに似たようなことを言ったなぁ、と思い出す。
「なら、良いですよね? 」
「あぁ」
「ありがとう」
護がニッコリと微笑む。
……っっ……。
その唐突な護の笑顔に、佳奈の心はぐらっと動かされる。
「じゃ、次は護がやってくれ……」
「おう」
入れ替わるように、今度は俺が佳奈を膝枕する。
……何かすごい感覚……。
今までに感じたことの無い快感を持って、俺の膝に衝撃が与えられる。
「髪……、触りますね……」
「あぁ。構わないが、敬語に戻ってるぞ……? 」
「あ……。ゴメン……」
気を抜くと、いつも使い慣れている言葉使いに戻ってしまう。
「護の身体のほうに、顔…….、向けても良いか? 」
「うん……」
佳奈はもぞもぞと、俺の膝の上で動く。
佳奈は一度俺の目を見てから、俺の身体の方を向いた。
ちなみちに俺は今の佳奈と逆の方向を向いていた。だって色々と恥ずかしいし…。
「それじゃ……、やるよ……? 」
「うんっ」