勇気 #2
・・・・・・案内するのも疲れるものだなぁ・・・・・・。
自分自身の家を一通り案内し終えてから、佳奈はそう思う。
自分の家であるから、楽だといえば楽に案内出来たのかもしれないが、佳奈はきちんと、順序たてて案内をしたかった。
それは護を家に呼ぶのが初めてだったから。それ以上の理由もそれ以下の理由もない。ただ、それだけだ。
護は色んな物に興味を持ってくれたりしたおかげで、佳奈の心の楽しさはさらに跳ね上がり、案内するために予定していた時間をはるかに上回ってしまった。だけど、佳奈はそれでも良かった。
途中からは咲夜も戻って来てくれて、案内を手伝ってくれた。
「ここが佳奈お嬢様のお部屋になります」
最後にここにくるために案内していたから、この部屋で最後になる。
「入って良いですよね? ここを最後にしていらっしゃったわけですし」
「あぁ、そうだな」
・・・・・・咲夜にはバレていたのか・・・・・・。
咲夜が開けてくれた扉を、佳奈を先頭にして部屋に入る。
佳奈は自分のベットに座る。
基本的に、佳奈の部屋に置かれているほぼ全ての家具は、家の外見と同じように白で統一されている。
「綺麗・・・・・・ですね」
護はそう声をもらした。
「ありがとう。護の部屋はどうなんだ? 杏達から綺麗だと聞いているぞ? 家に泊まったということも含めて」
「もう聞いてるんですか? 泊まっていたのは昨日から今日にかけてですよ? 」
護は心底驚いたような顔をして聞いてくる。
「うん。私も出かける前に杏と成美の二人から立て続けに電話がきたからな」
「少し、迷惑でしたか・・・・・・? 」
「そんな事はないよ。あいつらの声を聞くだけで、こっちまで楽しくなってくるからな」
「なら、良かったです」
「うむ。で、護」
「何ですか? 」
「そんなところに立ってないで、座ってくれ」
佳奈は自分の隣に座って、というようにベットをトントンとする。
「でも・・・・・・、さすがに・・・・・・・・・・・・」
「私が座ってと言ってるんだ。遠慮するな」
「良いんですか・・・・・・? 」
「あぁ」
「なら、分かりました」
護はゆっくりと、佳奈の隣に腰をおろす。
「咲夜もだぞ」
「分かりました」
咲夜は佳奈の隣ではなく、護の隣に座る。
その言葉を最後に、自然と会話を減っていき、部屋の中に響くのは佳奈、護、咲夜の微かな呼吸音と、部屋においてある白い時計が時を刻む音だけだ。
・・・・・・ここは私が話し始めるべきなのか・・・・・・?
「ま、護」
「佳奈お嬢様」
「不知火さん」
三者の声が、それぞれ別の名前を呼びながら重なる。
「お、俺は後で良いですし・・・・・・、お二人からどうぞ」
「いや、私も後で良い。咲夜から言ってくれ」
「私からで良いんですか? 」
「・・・・・・あぁ」
佳奈は少し詰まりながら答える。咲夜も一度くらいは、謙遜の色を示してくると思っていたからだ。
「じゃ、お飲物を用意したいのですが、何がよろしいですか? 」
・・・・・・なんだ。そんな事か・・・・・・。
「私はコーヒーで良い。種類は咲夜に任せる」
「はい。分かりました。護様はどうなさいますか? 」
「あ、俺も佳奈と同じコーヒーでお願いします」
「了解です。では、しばらく待っていてくださいね? 」
「あぁ」
「はい」
咲夜が準備に部屋を出たため、またしてもこの部屋は静寂に包まれる。
佳奈は部屋に飾ってある時計ではなく、枕元に置きっぱなしにしていた小さな時計を見る。
・・・・・・もう六時を過ぎていたのか・・・・・・。
時間がそんなに経っていたなんて、自分では全く気付いていなかった。
それは植物園の時から今までのこの時間が、今まで以上に濃い一日だったから、そう思うのかもしれない。
「明日も用事があるんだったな? 」
「はい。友達と映画を見る予定です」
「映画か・・・・・・。私はあまり見ないのだが、護はよく見るのか? 」
「いえ。そんなに頻繁にというわけではないです」
「へぇ、そうなのか。青春部のメンバー全員で映画を見に行くというのも良いかもしれないな」
「それは面白いかもしれませんが、大変な事になりそうですね・・・・・・」
「そうかもしれんな」
佳奈はこの空間、引いては青春部の皆の事が好きだと思う。
それはただ、佳奈が部活というものに憧れを持っているからかもしれない。まぁ、青春部を部活と呼ぶのかは不思議ではあるが・・・・・・。
佳奈、杏、真弓の三人は御崎小学校、御崎中学校、御崎高等学校と、エスカレーター式にあがってきている。
小学校はバレーボールを筆頭に部活動は盛んだし、中学校においても、全国レベルの力を持つ者が大勢いる。
しかしそんななかでも、佳奈は部活に入る事は出来なかった。
親の教育上、ピアノやヴァイオリンなど様々なものを習わされたりしたからだ。
それはそれで咲夜がいつも隣にいてくれたため楽しかった。だが、幼いながらも、杏と真弓からの勧誘を断るのに対して、気が咎めていたのだ。
口では、「佳奈が入らないのなら、私達も入らないよ」と言ってくれてはいたが、行動的な彼女らは内心、部活に入りたいと思っていたと感じてしまっていた。実際、そんな事を思っていなかったとしても。
「お待たせいたしました。用意が出来ましたので、一階エントランス左の扉を開けた先の一番奥の部屋まで来てください」
静寂だった部屋に、扉の向こうから咲夜の声が響く。
「分かった。行こうか、護」
「はい」
佳奈が立ち上がってから、護も腰をあげる。
扉を開け部屋から出ると、もうそこに咲夜の姿はなかった。先に降りていったのだろう。
「一階ですよね」
「あぁ」
佳奈の部屋は三階にあるため、一階に降りようとすると、少々面倒なのだ。
佳奈の部屋を出てすぐに二階に降りる階段がある。だが、一階に降りる階段がそこにないため、その場所までぐるっと二階の廊下を一周するはめになるのだ。
その行動を面倒と思うか思わないかは人によると思うが。
不知火さんが待っている場所まで、俺は佳奈についていくような感じでやってきた。
「まぁ、広いですけど気にしないでくださいね? 護様」
「あ、はい・・・・・・」
一応そう答えてみたものの、これは気にするなという方が無理だろう。壁から天井までも色はすべて白色で統一されている。もしかすると佳奈や不知火さん、佳奈の母親や父親も白色が好きなのかもしれない。
「・・・・・・」
俺は部屋を見渡してみる。
部屋の真ん中の辺りにはこれまた大きなロングテーブルが置いてあり、そこに添えられている椅子達も大きいものだ。部屋の右、入り口近くには厨房も見える。
昨日、成美達が家に来た時も「護の家は広いね」なんて言われたものだけど、この佳奈の家は、外見から何から何まで俺の家とは比べ物にはならない。
不知火さんからそれぞれコーヒーを受け取る。
「護は好きな外国料理とかあるか? 」
その豪勢な椅子に腰を降ろし、一息ついたところで佳奈は唐突に聞いてくる。
「が、外国料理ですか・・・・・・? 」
「あぁ、そうだ。普通の日本の料理でも構わない」
「そうですね・・・・・・」
いきなりすぎる。いつも食べ慣れている食事が一番良いのは聞くまでもないが、外国料理となると・・・・・・。
「フランス料理とかですかね・・・・・・。一度くらいはヨーロッパ系の料理を食べてみたいです」
「フランスか。良いな」
「そうですよねぇ・・・・・・」
「よしっ。咲夜」
「はい、佳奈お嬢様。フランス料理ですね」
「あぁ。フランス料理はお前の得意料理だったはずだし、腕によりをかけてもらって構わない」
「了解しました」
「不知火さん。作れるんですか? フランス料理を・・・・・・」
「はい。何年かフランスにいましたから。後護様、私の事は咲夜とお呼びください」
「でも・・・・・・」
そりゃ、いくらなんでも少し無理なような・・・・・・。不知火さん大人だし。佳奈や悠樹達を呼び捨てにするのとは訳が違う。
「遠慮なさらなくても良いんですよ。護様は佳奈お嬢様のお友達なのですから」
不知火さんは不気味な笑みを浮かべながら言う。
「はぁ・・・・・・。じ、じゃあ、咲夜さんで・・・・・・」
「はいっ」
俺はしぶしぶ、用件を飲んだ。何となくだが、そうしないと話が進まないような気がしたから。
「もう六時半になるが、いつくらいに出来上がりそうだ? 」
「そうですね。七時半から八時の間には出来るかと思います」
「分かった。時間遅くなりそうだが、大丈夫か? 護」
「はい。大丈夫ですよ」
「そうか。じゃ、頼むぞ。咲夜」
「はい。楽しみにしていてください」
咲夜さんはその言葉を最後にして、入口横にある厨房に楽しそうに向かって行った。
一度は食べてみたかったので、佳奈の家に来てフランス料理を食べることが出来るというのはなんか凄い事のように感じるが、材料などはあるのだろうか。少しだけ心配である。まぁ、咲夜さんだから、そんな心配んは無駄なのかもしれないけど。
「完成までの間に、もう一つ案内したい所があるんだが、良いか? 」
「えぇ。構いませんよ」
「じゃ、コーヒーを飲み終えたらすぐ行くよ」
「分かりました」
俺は少しだけ残っていたコーヒーを美味しく飲み終え、二人並んで咲夜さんにコップを返してから、この大きな部屋を後にした。
佳奈は自分の目的とする場所まで護を案内する。護の隣を、護の歩くスピードに合わせるような形で歩く。
エントランスに一度戻ってから右側の扉を開け、その奥から外に出る。
「もう暗くなっているな」
「そうですね」
佳奈の独り言に近い言葉に、護は優しく言葉を返してくれる。
少しずつ暑くはなってきているが、まだ六月。七時前という時間なら、暗くなっていて当然といえば当然だ。
「あそこだ」
佳奈は目的地を指差す。
「花畑ですか・・・・・・」
「あぁ。そうだ」
この敷地内には沢山の木々が綺麗に整えられており、その真ん中には屋敷前にあった噴水よりも大きい噴水がある。そしてそれの周りには、それを美しく見せるかのように花が囲っている。
「佳奈」
「どうした? 」
「佳奈は花についての知識は全く無いと言ってませんでしたか? 」
「あぁ。それはそうなのだが、好きと言われれば好きでな」
「そうだったんですか」
「でもこれを全てやってくれているのは咲夜だ。あいつは昔からこういう風な事が好きなんだ」
「落ち着きますもんね」
「そうだな」
佳奈は噴水脇にいつのまにか設置されているベンチのような物に護を先に座らせてから、近すぎずそれでいて離れすぎていない距離に腰をおろした。
「ふぅ・・・・・・」
護の言う通り、こういう場所は落ち着く。だが。
・・・・・・何でなんだろうな・・・・・・。
護の隣というものは別の意味で落ち着かない。
・・・・・・まぁ、考えても仕方ないのかもしれんな。
そう思い、佳奈は考えを放棄する。
「一つ気になった事があるんですけど・・・・・・」
「ん? 」
「咲夜さんは、いつからメイドをしているんですか? 」
「私が小学校に上がった時からだが、どうして? 」
「いえ、別に深い理由は無いんです。気にしないでください・・・・・・」
「そうか・・・・・・? 」
佳奈はもう少し護との距離を詰める。植物園にいた時、したいと思っていたが勇気が無くて出来なかった事を。
・・・・・・ふぅ・・・・・・。
佳奈は護に感づかれないように、心の中で気持ちの整理を行う。
「ま、護っ。少しの間だけでいい。手を・・・・・・、繋がないか・・・・・・? 」
「・・・・・・っっ!! 」
佳奈のその言葉を受け、俺は顔を一気に赤くなった事を自分で実感した。
「その・・・・・・、駄目なのか? 」
座っていて、こんな至近距離で上目遣い気味に頼まれたら、断れるものも断れない。
「わ、分かりました。良いですよ・・・・・・」
「そうかっ! ありがとう」
佳奈の右手を俺は取る。
・・・・・・何か・・・・・・、変な感じだ・・・・・・。
今日一日は、佳奈と一緒にいる事が多かった。今日という日だけで、距離がかなり縮まったような気がする。佳奈のことを少しだけ知ることが出来た気もする。
それであっても、佳奈のどういう意識が佳奈に今のような発言をさせたのかが分からない。もしかしたらそれは佳奈自身も分かっていないことなのかもしれない。
「私の我儘を聞いてくれてありがとうな護・・・・・・」
「い、いえ・・・・・・。家に呼んでもらったわけですし、これくらいの事なら・・・・・・」
・・・・・・真弓。これで良いのか?
佳奈はそう思う。
真弓が「頑張って」と言ってくれたから、佳奈は自分なりに頑張ってみたつもりだ。
たまに不安になる時があるのだ。自分はその人の隣にいて良いものなのかと。
だからこそ佳奈はこういう手段に出る。手を繋ぐということによって、自分の不安を消し去るのだ。
もっとも護の場合は、ただ手を繋ぎたいという意識の方が高かったのかもしれないが。
「護っ! 」
佳奈のその少し強めの意思を持った言葉が発せられた途端、その思いを流すかのように空から降ってくるものがあった。
雨だ。
「雨・・・・・・? 」
護の驚きのこえと一緒に佳奈は空を見上げる。
数秒の間に穏やかだった勢いはすぐに激しいものに変わり、いきなりに降ってきた雨にポカンとしている二人の身体を思い切り濡らした。
「仕方ない。家の中に戻るしかないな」
「そうですね」
佳奈と護は手を繋ぎあったまま、大急ぎで雨に濡れないように家の中に戻った。
「フランス料理・・・・・・」
咲夜はどんな物を作るか考える。
さっきは得意だとか言ってしまったが、実はそんなこと無いのだ。
作れることには作れるのだけれど・・・・・・
咲夜は厨房に設置されているかなり大きめの冷蔵庫の前に立つ。
「さて、どうするか・・・・・・」
基本的な料理と料理の出る順番はこうだ。
1番目にオードブル。2番目にスープ。3番目にはポワソンと呼ばれる魚料理。
そして4番目が肉料理。ここで使われるのは家畜肉か獣肉もしくは家禽類の肉で、煮込むか焼いたりする。そして本来ならここでもう一回肉料理が出るのだが、今日は割愛して大丈夫だろう。
口直しに、ソルベまたはグラニテと呼ばれる氷菓を食べ、最初に使わなかった肉料理を作り、サラダと合わせる。
次はチーズ、フランス的に言えばフロマージュを食べ、デザートに移る。この時にはプティフールと紅茶などの温かい飲み物を出すのが普通である。
と、なるのが一般なのだ。
しかし。
「本場のようには出来ないねぇ・・・・・・」
現時間は六時半。きっちりとやっている時間はどこにもない。
時間的に肉料理とサラダ、魚料理、スープ、そしてデザートが出来るギリギリの範囲だろう。
「よしっ・・・・・・。やるしかない」
咲夜は着ているスーツの上だけ脱ぎ、エプロンを着る。
「変だなぁ。佳奈お嬢様と護様に笑われるかなぁ・・・・・・」
「びしょびしょ・・・・・・ですね」
「あぁ、そうだな・・・・・・」
これ以上濡れないようにと頑張ってはみたものの、雨は非情なようだ。
・・・・・服が透けているな・・・・・・。
六月の上旬にしては少し熱い感じであったため、佳奈は少し薄着だった。
「ふ、服っ。乾かしに行きましょうか・・・・・・っ」
護の顔は急激に赤くなっている。
「それも、そうだな」
佳奈はまだ自分の手が護ときっちり繋がれている事を確認し、洗面所まで案内する事にした。
・・・・・・やはり護の前でこんな姿は恥ずかしいものだな。
今佳奈達がいる場所から二つ目の扉を開けた先に洗面所があることを、佳奈はありがたく思った。
「じゃ、行こうか」
「は、はい」
「ここだ・・・・・・」
はぁ、近くにあって良かったぁ・・・・・・。俺は本当にそう思う。
「あ・・・・・・。手、繋いだままだったな」
「す、すいませんっ・・・・・・」
俺は慌ててその佳奈の手を離す。
「いや。謝らなくていい。私が頼んだものだからな」
佳奈はそう言うとなにやら少し恥ずかしそうに俺から離れ、置いてあったタオルをこっちに投げ。
「使ってくれ。髪の毛くらいは拭かないと駄目だから」
「あ、ありがとうございます」
佳奈が渡してくれたタオルで、水が滴り落ちなくなるまで拭く。
ふと、視線が佳奈のほうに行ってしまう。
佳奈は髪が長いから、ある程度俺のように適当に服だけでも大変だろう。ほら、今ドライヤーを使い始めたし・・・・・・。
「護も使うか? ドライヤー」
「いえ。俺は大丈夫です」
「そうか」
俺が使わないということが分かると、佳奈は俺から視線を外し、髪を乾かすことに戻る。
・・・・・・何という居心地の悪さ・・・・・・。
俺の服も透けているということは、佳奈の服も透けているということである。そのため、目のやり場にとてつもなく困る。
というか、
・・・・・・佳奈。あなたの格好は俺の目には毒すぎます・・・・・・。
俺の目というか、男子全体の目の毒だろう。この場に羚がいたとすると、どうなるかはもう想像できるだろう。俺はそんなものを考えたくはない。
「護。さきにシャワー浴びるか? 」
髪をある程度乾かし終えた佳奈が、こちらに戻って来ながら聞いてくる。
俺は佳奈の身体が視界に入ってもあまり気にしないようにしながら答える。
「い、いえ。佳奈がさきで良いですよ」
「そうか? じゃ、しばらくここで待っていてもらえるか? すぐ出てくるから」
「わ、分かりました」
この家は佳奈が住んでいるんだし、さきに使うのは当たり前です。
ん? 俺ここで待っているの?
驚いている俺を気にすることなく佳奈はカーテンで仕切りを作る。
「本当にすぐ出てくるからな。待っていてよ? 」
「は、はい・・・・・・」
そりゃ、佳奈がいないのに佳奈の部屋に戻るのは駄目だし、かと言って頑張って晩御飯を作ってくれている咲夜さんの邪魔をするわけにもいかない。
・・・・・・ここにいるしかないのか・・・・・・。
カサカサと、衣擦れの音がする。
シャワーを浴びるために、佳奈が服を脱ぎはじめたということである。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・本当にここで待ってるのか・・・・・・?
さっきも考えた通り、ここにいるほかしかないのだが、この薄く、少しシルエットが写ってるカーテンの向こうでは、佳奈が今まさに着替えているのである。
「護」
「は、はいっ・・・・・・」
呼びかけが唐突だったため、声が裏返ってしまう。
「そこにいてくれよ? 」
「わ、分かってます」
「ありがとう」
その声を最後にして、シャワーの流れる音が聞こえ始める。
「ふぅ・・・・・・」
俺は盛大に息をもらす。
今佳奈がシャワーを浴びてると思えば、まぁ、理性がどうにかなってしまいそうであるが、なるべく考えないようにしておこう。その方が絶対に良い。俺の理性も保たれるわけだし・・・・・・。
「てか、ちょっと寒いな・・・・・・」
すぐに家の中に戻ったが、雨の勢いは強かったし、身体はかなり濡れてしまっているし、着ている服もびしょびしょだ。いくら六月で暑くなってきているとしても、身体は少しずつ冷えしまう。
まぁ、そうだとしても着替える服もないし、ここから離れるわけにもいかないから、寒くてもどうすることも出来ないのだけれど。
ガチャ。
扉が開いた音にびっくりし、振り返ってみると。
「護様」
咲夜さんがそこにいた。救世主の登場だ。
「咲夜さん? どうしたんですか・・・・・・? 」
「雨が降っていますので、ここに居ると思ったんです。庭園の花を見ていたのでしょう? 」
「そうですが・・・・・・。どうして分かったんです? 」
「佳奈お嬢様はあの場所がお好きですから、護様にも見せるだろうと、そう思っただけですよ」
「なるほど・・・・・・」
咲夜さんは軽く言ってみていたようだが、お互いの事をよく知っていないと無理なことだろう。
「佳奈お嬢様は今お入りになられてるんですね? 」
「あ、はい」
「護様はここで佳奈お嬢様を待っていると・・・・・・」
「えぇ。服も濡れてますから」
「そうですね。佳奈お嬢様の服持ってきた方がよさそうですね」
「はい」
さっきまで佳奈が着ていた服はもう濡れてしまっているわけだし、その服をもう一度着るというのは嫌だろう。俺だって嫌だし。
「じゃ、持ってきますから、護様はここで待っていてください」
「分かりました」
やっぱり、このにいるしかないんだな・・・・・・。
「咲夜が来ていたのか? 」
カーテンで仕切られている向こうの空間から、シャワーの音とともに、佳奈の声が聞こえた。
「はい」
「咲夜は何と言っていたんだ? 」
「佳奈の服を持ってくると言ってましたよ」
「私の服? 」
「えぇ」
「そっか、濡れてしまっているからな・・・・・・」
シャワーの音が聞こえなくなり、風呂場の扉を開ける音がする。
佳奈がお風呂から出てきたということは、この薄いカーテンに佳奈のシルエットが映るわけで・・・・・・。
「・・・・・・っ」
俺は慌てて目線をずらした。自分の理性を保つために。
「護。タオルとバスタオルを一つずつ取ってくれるか? 」
「あ、はい。分かりました」
少しバタバタしていたし、そっちに持っていくのを忘れてしまったのだろう。
俺は佳奈に頼まれたものを手に取り、カーテンの方に目線を向けた。
「あ・・・・・・」
これを佳奈に手渡さなければならないということは・・・・・・。
「どうした? 護? 」
「す、すいません・・・・・・」
俺は邪念を振り払い、佳奈の姿を見ないようにして、手渡す。
はぁ・・・・・・。大変・・・・・・。
「雨、強いな・・・・・・」
佳奈が一人言のようにポツリと言葉をもらした。
「そうですね・・・・・・」
佳奈に言われてから気付いた。家にいても、雨の勢いが分かるほどだった。
・・・・・・これ、風呂から上がって晩御飯食べた後、どうすっかなぁ・・・・・・。
咲夜さんに頼んだら車を出してくれるのかもしれないが、晩御飯も作ってもらっているというのに、そんなことまで頼むわけにはいかない。
「なぁ、護・・・・・・」
「はい? 」
「今日・・・・・・、泊まっていかないか・・・・・・? 」
「え!? 」
「その・・・・・・、良ければ泊まっていってほしい。その方が私も嬉しいし、咲夜もそう思うはずだ・・・・・・」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
・・・・・・え? 俺が佳奈の家に泊まる・・・・・・?
それが出来るなら良いに越したことは無いのだが、ほら、色々と問題が・・・・・・、ねぇ?
まぁ、いくら姉ちゃんの発案だとしても、昨日家に悠樹達を泊めていたから、言えることではないのだけれど・・・・・・。
「護は・・・・・・、嫌なのか・・・・・・? 」
佳奈の消え入りそうな声が聞こえる。