勇気 #1
「二人とも・・・・・・、戻ってくるの遅いですね・・・・・・」
隣に座っている護が、少しだけ心配しているような口振りで声を作った。
「そうだな・・・・・・」
佳奈は護の言葉に同意する。
「呼んでくるからさ、護はここで待っていてもらえるか? 」
「あ、はい。探してくるんですね」
「あぁ。その方がいいだろうしな」
「了解です」
「うん。なら、行ってくる」
佳奈はしぶしぶといった感じで座っていた体を起こす。
店に入ると、それなりの人の姿が目に入ってきた。
「多いなぁ・・・・・・」
声がもれる。
この植物園自体の大きさも相当なものであるが、この店も大きい。
あちらこちらに花の種が見受けられ、入り口の近くには、何種類かの花が植えられて、店に入ってくる客を歓迎しているかのようだった。
・・・・・・探すのは苦労しそうだな・・・・・・。
と、佳奈は思う。
「仕方のないやつらだな・・・・・・」
佳奈は肩から提げている鞄から携帯を取り出し、真弓に電話をかける。
「真弓か!? 今どこにいるんだ? 」
「分からないかなぁ? 」
その声以降、真弓は黙り込み、周りの雑踏が佳奈の耳に届く。
「電話越しに聞こえる音から判断して、その人の多さ、少なくともこの店と植物園にはいないな? 」
「ご名答!! 」
「はぁ・・・・・・」
佳奈の口から自然とため息がもれる。
「なんでため息なんてつくのさ」
「真弓達が先に帰ったりするからだろ? 」
「私達は、佳奈のためを思ってこうしてるんだよ? 」
「私のため? 」
「うん。もともとは佳奈が護を誘ったものでしょ? 」
「うん。まぁ・・・・・・、そうだが・・・・・・」
「なら、一通り今日やらないといけないことは終わったまけだしさ、二人で遊んだりしたらどうなの? 」
「私が? 護と二人で!? 」
「そうそう」
「しかし、私はそんなキャラだったか? 」
そう少し否定的に言いながらも、佳奈はこの状況を楽観的に考えた。
お礼するのなら、この機会が一番いいのかぁ・・・・・・、と。
「そんな事は気にしなくていいんだよ。それじゃね。頑張りなさいよ」
「あぁ・・・・・・」
電話は切れる。
切れる前に、かすかだったが駅員のアナウンスが聞こえてきたから、電車に乗るために電話を切ったのだろう。
それにしても。
「一体・・・・・・、何を頑張るというのだ・・・・・・」
佳奈はこの事を護に伝えるため、ため息をもう一度つきながら、彼の元に戻った。
「あ、佳奈・・・・・・」
佳奈が店に入って五分くらい経っただろうか、佳奈は盛大なため息をつきながら戻ってきた。
「はぁ・・・・・・」
このため息から察するに、見つからなかったということだろう。
というか、戻ってくるの速いです。
俺は店の中に入っていないから、店の広さがどんなものかは分からないが、この場所から見た感じ、到底五分で回れる広さだとは思わない。
だとするなら、何か別の理由があったりするのだろう。
「護・・・・・・」
佳奈が、重々しく口を開いた。
「どうしました? 」
「真弓と遥の二人は帰ったそうだ・・・・・・」
「へぇ・・・・・・、そうなんですか・・・・・・。えっ!? 帰ったぁぁ!? 」
「あぁ・・・・・・」
一瞬これは、佳奈のジョークかとも思ったが、佳奈はそんな事を言うタイプでもないし、もしこれが本当なら戻ってきた時のため息も納得がいく。
「マジ・・・・・・ですか・・・・・・? 」
「これは、大マジだ・・・・・・」
佳奈は頭を抑えながら言う。
「帰ったとしても、俺達はこの場所にいましたし・・・・・・」
「もしかすると、この店には裏口なるものがあったのかもしれん。それか、私達が話し込みすぎていて気づかなかっただけなのかもしれない・・・・・・」
「そうかもしれませんね・・・・・・」
「ここにいても仕方ないし、私達も帰るか・・・・・・? 」
「はい。そうしましょう・・・・・・」
俺は今の話を聞いて、すっかり重くなってしまった腰をあげ、佳奈の横に並んだ。
「じゃ、行こうか・・・・・・」
「はい」
「護。これから時間あるか? 」
植物園を出ると、佳奈は少し辺りを見渡してから聞いてきた。
「まぁ、大丈夫ですけど・・・・・・」
明日は、羚達との約束があるが、それに支障をきたさなければ大丈夫だろう。
「そっか、なら良かった」
佳奈の顔が、パッと明るくなる。
「じゃぁ、少しこの場所で待っていてもらえるか? 」
「分かりました」
佳奈は護の了承の言葉を受け、少し気分を高揚させながら護に聞かれない距離をとってから、さっきしまったばかりの携帯を取り出す。
・・・・・・まぁ、聞かれて困るというわけではないんだがな・・・・・・。
佳奈は苦笑しながら携帯を開き、ある人に電話をかける。
「はい。佳奈お嬢様」
凛とした声が電話越しから聞こえる。
「咲夜。今、大丈夫か? 」
「はい。大丈夫ですが、どうかされましたか・・・・・・? 」
「そういうわけではないんだ・・・・・・。今から車出せるか? 」
「出せますけど、今日の予定は終わられたんですか? 」
「まぁな。それでお礼をしたいやつがいてな・・・・・・」
「それで、車を出してほしいと」
「あぁ」
「そのお礼をしたいというのは、杏様ですか? それとも真弓様? 」
「いや、そのどちらでもない。護だ」
「護? 護様ですか? よく私に話してくださる」
「そうだ。朝言っていた風見植物園の出口まで来てもらえるか? 」
「はい。了解しました」
「あんまり急がなくてもいいからな? 」
佳奈が咲夜にそう声をかけたのは、咲夜が道路の標識に書かれている制限速度より速いスピードで、車を走らせる癖があるからだ。
「いえ。すぐに向かわせてもらいます」
咲夜は佳奈の言葉には聞く耳を持たないといった感じで、電話を切った。
「はぁ・・・・・・」
佳奈はまたしてもため息をもらした。さっきとは違う意味を含めて。
「待たせたな。護」
「いえ」
「後もう少し、待ってもらえるか? 」
「まぁ、いいですけど・・・・・・。どこかに出掛けるんですか? 」
俺がそう問いかけると、佳奈は待ってましたと言わんばかりに俺との距離を詰め。
「あぁ、そうだ。今日付き合ってくれたからな。そのお礼だ」
「そんなっ・・・・・・。別に構いませんよ? 」
「もう車も呼んだし、手遅れだぞ? 」
「分かりました・・・・・・」
「うむ。楽しみにするといい」
こんなに楽しそうな、嬉しそうな表情をしている佳奈を見たのはこれが初めてなような気がする。
ルンルン気分の佳奈を見ていて十分くらいが経っただろうか、こちらに猛スピードで向かってくる黒い車を俺は見た。
その車をこちらに近づくにつれスピードを緩め、丁度俺達の前で止まった。
「お待たせしました。佳奈お嬢様」
その車の中からスーツを着た女性が出てきて、佳奈に向かって一礼する。
「全然待ってはいないんだが・・・・・・。ちなみに何キロ出してきたんだ? 」
「八十キロくらいでしょうか」
こんな平凡な道で、そんなスピード出しますか・・・・・・。普通・・・・・・。
「急がなくてもいいと言っただろう? 」
「でも、佳奈お嬢様の稀にみるテンションの高さから、速く来た方が良いと思いまして」
「なぁっ・・・・・・! 」
二人の会話は俺をそっちのけで繰り広げられ、俺は全くついていけない。
そんな俺の思いが通じたのか。
「あぁ、貴方を忘れていましたね。私、佳奈お嬢様のメイドをしております、不知火咲夜と言います」
「あ、どうも。宮永護です」
「はい。護様のことは佳奈お嬢様からよくお聞きしております。以後、お見知り置きください」
「はい・・・・・・・。こちらのそ」
護様と、様付けで呼ばれるのは何かこそばゆい感じがする。
「では、車にお乗りください」
その声に従うように、俺達は車に乗り込んだ。
車に乗せてもらってから、思った事が一つある。それは車のスピードが速いということではなく、これからどこに向かうかということだ。
まぁ、車のスピードも、この位置からメーターを見る限り、軽視できないスピードが出ているのだが・・・・・・。
「どこに向かってるんですか? 」
俺は右隣に座っている佳奈に尋ねた。
「私の家だ」
「佳奈の・・・・・・家・・・・・・? 」
「そうだ。お礼をしたいといっただろう? 」
「そうですね・・・・・・」
「なんだ? 私の家では不満か? 」
「いえ・・・・・・。そんなことはないです。ただ、びっくりしただけで・・・・・・」
「まぁ、分からなくはないが・・・・・・」
「護様は・・・・・・」
運転している不知火さんから、急に声がかかった。
「はい? 」
「護様は、高校一年生ですよね・・・・・・? 」
「えぇ。そうですよ」
「もう二ヶ月経ちましたが、学校生活には慣れましたか? 」
「はい」
これまでの事を思い出してみる。
最初、なんといっても薫と一緒のクラスになれたことが嬉しかった。
俺と薫の他にも、中学からあがってきた人が何人かいて、言うなれば、クラスの中にも知り合いがいたが、仲が良い友達がいるといないでは、結構変わってくる。
まぁ、そんな心配は杞憂に終わり、その後すぐに羚やしーちゃんとも仲良くなったし、羚にクラス委員長に推薦されたりもした。
クラス委員長は最初嫌々やっていたが、葵や心愛と仲良くなれたと考えれば、羚にはお礼を言っておいたほうが良いだろう。
それからしばらくして、薫、葵、心愛の三人に告白されたり、青春部に入ったりと、色々なことがあった。
「沢山の事があったんですね」
「えぇ。これまでの二ヶ月は濃い日々だったし、これからもそんな日が続けば良いなって思います」
「楽しそうでなによりです。私の高校生活は十年ほど前です・・・・・・」
不知火さんはそう言い、車のスピードを緩めた。出し過ぎているということが分かったのだろうか。それとも・・・・・・。
「咲夜は二十七だったか? 」
「え!? 二十七? 」
俺は驚きの声をあげた。どうしても二十七には見えなかったからだ。
「はい。ちなみにいうと、私は御崎高校出身ですから、護様と佳奈お嬢様の先輩になるんですよ? 」
「そうだったんですね」
「昔話は、また後でしましょうか。そろそろ到着ですし」
その言葉の後に、不知火さんはさらに車のスピードを緩める。
それに合わせて、車は今までとは違う雰囲気を醸し出している場所に入った。
「・・・・・・っっ」
驚きで声がでない。
さっき走っていた住宅街とはまた別の住宅街に入ったのだ。
車の窓から見ることの出来る家の数々は全て大きく、俺のような、
一般市民が暮らせるレベルではないということが、すぐに分かった。
「あそこですよ。護様」
俺は不知火さんの言葉に従うように、前を向いた。
「・・・・・・・・・・・・っ! 」
さっきよりもまして、驚きが強くなる。この住宅街自体も凄いのだが、その中でも一際目立っているのが、不知火さんが佳奈のいえだと教えてくれたそれだった。
車が進んでいる先には大きな門があり、その先には、噴水も見える。
「それじゃ、入ります」
そう言い、不知火さんが何かを取り出したかと思うと、閉まっていたはずの門が、勝手に開いた。
恐らく、リモコンかなにかで操作をしたのだろう。
・・・・・・どれだけお金かけているんですか・・・・・・。
俺のそんな思いを背に、車は敷地内にへと入った。
佳奈に手を引かれて車から降りると、不知火さんは運転席から身体を乗り出し、「先に行ってください」とだけ残して、車を駐車場にまで走らせていった。
車から降りたことによって、ようやく佳奈の別荘とも屋敷ともいえる家の全貌を見ることが出来た。
全体的に白色を基調としていて、ところどころ、ガラスから光が反射していて、それにより綺麗さがより引き立てられている。
「行くよ。護」
「あ、はい」
家の中に通じる扉の前に着いた時、佳奈は俺の隣から一歩前に出たかと思えば、こちらを振り返り。
「驚いたか? 護」
「はい・・・・・・」
「まぁ、無理はない。杏や真弓も最初に来た時は驚いていたからな」
「そうなんですか? 」
「あぁ。その時の顔は面白かったぞ? それも護に見せてやりたいくらいにな」
佳奈はそう言うとくくっと笑う。
もしかしたら、今の俺もその時の二人のような表情をしているのかもしれない。
「ふぅ・・・・・・」
佳奈は深呼吸をすると、俺の方に手を伸ばし。
「じゃ、入ろうか」
「はい」
俺は佳奈の手を握り、家の中に足を踏み入れた。