事件の後の憩いの場はデートのようで #3
真弓は護に尋ねた。
「宮永君は、今日というかこれからもだと思うけど、なんで、佳奈を手伝おうって思ったの? 」
「それはですね……」
護は、考える素振りをみせる。
「佳奈先輩って、頭も良いですし、生徒会長もやってるじゃないですか」
「うん、そうだね」
「そんな佳奈先輩が俺に相談してくれた、頼ってくれた、というのが嬉しかったんですよ」
「なるほどね。佳奈は、何でも一人で出来るようなイメージがあるもんね」
「はい」
「でもね…………」
真弓は、護のその同意の言葉に逆接の言葉を繋げる。
「そう思えるけど、それは見かけだけなのさ。勉強が出来たのは昔からだけど、生徒会長という役職についたのは、彼女の意思ではないのだよ」
「そうだったんですか? 」
護は驚きの声を持って、返してくれる。
「そうなのだよ。ああいう性格だからさ、先生や他の生徒からの信頼も厚かったんだ。佳奈は嫌だと思っていたけど 、頑張った。私もよく手伝ったりしたもの。その結果、佳奈は圧倒的な差で当選したんだよ」
真弓は、言葉を続ける。
「その辺りからかな、佳奈が他人に助けを求めるようになったのは」
「へぇ……」
「ささ。この話はこのあたりにして。で、宮永君っ! 」
真弓は護の前に立ち、名を呼ぶ。
「何ですか? 狩野先輩」
「その呼び方変えない? これからも私は佳奈を手伝うつもりだし、君もそうでしょ? 」
「は、はい」
「だから、私は君の事を護と呼ぶ。君は私の事を真弓と呼ぶ。良い? 」
「は……、はい。真弓先輩」
護は真弓の迫力に少し押されながらも、真弓の名を口に出す。
「先輩はいらないよ? 遥の事も呼び捨てだし、私達はもう友達でしょ? 」
「わ、分かりました」
「うん。よろしい」
真弓は付け足すように。
「敬語を外してくれても良いんだけどね? 」
「さすがに、それは……」
「そう? まぁ、徐々に外していってくれれば良いよ」
真弓は言い終わると、護の横に戻る。
それからは数分は歩いているだけで、時間が淡々と過ぎていった。
「真弓」
護がその無言だった二人の空間に、声を通した。
「何? 」
「あの花、どうですか? 」
「どれどれ? 」
護が指差す先に目をやると、そこに咲いているのはカザニアだった。
「カザニアか……」
普通の花、パンジーなどと比べると、その花弁は大きめだ。
「でも、少し大きいかもしれませんね」
護は、そう思ってるらしい。
真弓はその護の言葉も否定する。
「そうかもしれないけど、主に今回の目的は、文化祭でしょ? 」
「はい」
「なら、保護者とかも来るんだしさ、ぱあっと、華やかな方が良いんじゃない? 」
「それもそうですね」
護は真弓の意見に同意するように頷く。
「じゃ、もっと見ていこうか」
「はい。分かりました」
「佳奈先輩。どんな花が、良いんでしょうね? 」
佳奈より、数歩先を歩いている遥が振り返り、口を開く。
「そうだな。大きめの花でも、小さめの花でも、私はどちらでも良いと思うぞ」
「分かりました」
遥はそう言い終わるよりも早く、佳奈から離れ、辺りを見渡し始める。
……護君とのペアが良かったな……。
遥には悪いが、佳奈はそう思ってしまう。
元々は、護との二人でなにかしら調べたりするはずだったのだ。
佳奈自身、花のことについての知識は全くないので、真弓と遥が手伝ってくれているのは嬉しいことだ。
ただ、それとこれとは別の話だ。
部活は一緒だ、といえども、会う機会はあまりない。
生徒会長でもあるし、顔を出せないということも理由としてある。
今週は、水曜日と木曜日に部活に行った。しかし、その時に護の姿はそこに無かった。
葵と一緒に、転校生云々の事で忙しいと、心愛からは聞いて、その度に、護に話したい、会いたいという想いは募っていったのだ。
こんな感情になったのは初めてだし、正体は分からない。
「佳奈先輩? どうしたんですか…………? 」
先を歩いていたはずの遥が佳奈の元まで戻り、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だ」
「考え事ですか? 」
「あぁ。どんな花を、どのように植えたら良いのかと考えていてな」
佳奈は、護の事を考えていたと言う事も出来たが、あえて、嘘をついた。
遥に悟られるのが嫌だったのだ。自分自身でもその正体が分からないままに。
「そうでしたか。なら、この花なんてどうですか? 」
遥は声を作り、ある花のまえでしゃがみ込む。
「アメリカンブルーか…………」
「はい。花壇に植えることですし、大きさも丁度良いと思いますよ」
「そうだな。これは、どうだろうか? 」
そう言い佳奈は、アメリカンブルーの隣に咲いている花を指差す。
「ベコニアですか。花の色もたくさんありますし、同じ色の花でも、葉色で雰囲気が変わったりするんですよ。よく見てみてください」
佳奈は遥の言葉を受け、もう一度、じっくりと観察してみる。
遥の言った通り、雰囲気が変わっていて、植えてみるのも良いかと思えた。
「この二つは、候補に入れておこうか」
「はい」
二人はその場から立ち上がり、先に進み始めた。
「座って待っていようか」
「そうですね」
真弓について行き、植物園内の一番奥、花の種が売られているショップがある所まで来た。
佳奈先輩達がまだ来ていないということは、まだ、花々を眺めているのだろう。
ショップ前に置かれているベンチに真弓が座ったのを確認してから、俺も座る。
時間は三時になろうとしているところだった。
「案外、早く回れましたね」
「そうだね。もう少しかかると思ってたけどね」
「どうします? 」
「うーん…………。種を買うのはあの二人が戻ってきてからだから…………」
「まぁ、ボーッとしておきましょうよ。少し疲れたのもありますし」
「そうだね。佳奈達が戻ってくるまで、そうしておこうか」
それから俺達は、佳奈先輩達が戻ってくるまで本当に、ボーッとしていた。
「あ、戻ってきたみたいだね」
ずっと先を見ていた真弓が言う。
その声に、真弓が見ているところと同じ場所に目をやると、佳奈先輩と遥の二人が、早足でこちらに向かってきているところだった。
「護君。真弓さん」
遥が佳奈先輩を置いて、走って来る。佳奈先輩もそんな遥に溜息をつきながらも、やってくる。
「おかえり。良い花見つかった? 」
「はい」
「良かった。この店にあればいいね」
「そうですね」
「真弓」
佳奈先輩が二人の会話に割って入る。
「ん? 何? 」
「今から買うとしても予定より時間が余ってしまうが……、どうする? 」
「まぁ、戻ってから考えたら良いんじゃない? 」
「ま、まぁ、そうだな……」
「じゃ、遥。買いに行くよ」
「え、 私ですか? 」
「うん。この四人の中で詳しいのは私と遥だけだよ? なら、行かないとね? 」
「わ、分かりました……」
「それじゃ、行ってくるから、佳奈と護は、隣でアイスでも食べて待っていてよ」
「分かった」
「分かりました」
真弓は遥の手を握ると、店の中に消えていった。
「急に静かになったな」
「そうですね」
佳奈先輩は、さっきまで真弓が座っていた場所に、腰を下ろす。
「そういえば、真弓に護って呼ばれていたな。会った時は宮永君だったような気がするんだが? 」
「えっと、真弓に言われたんですよ。これから一緒に佳奈を手伝うことになるんだから、名前で呼び合おうって……」
「なるほど。それで距離を縮めたわけか」
「まぁ、そういうことになりますが……」
「護君はあれだな。私とは違って、誰とでもすぐに仲良くなれるんだな」
「そんな事ないですよ。俺だって、苦手なタイプの人だっています。それに佳奈先輩みたいに多くの人に頼られる事も無いですし」
「私の事を頼られたり、悩みを相談されたりするのは、本当に仲の良い人だけだ。多くの人に慕われているというわけではない」
「でも、生徒会長になっていますよね? 」
「そうだが、それは私自身の意思では無い。頑張ってくれたのは真弓と杏だ。私は特に何もしていない」
「そうだとしても、佳奈先輩が人当たりが良かったから、真弓達も手伝ってくれてなれたんだと思いますよ」
「ありがとう。護君」
「いえ」
「アイス……、食べようか」
佳奈先輩は、ショップの隣にあるアイス店に目をやりながら、声を作る。
「そうですね」
二人で一緒に立ち上がり、隣に向かう。
「俺が出しますよ。お金は」
「いいよ。今日は私が手伝ってもらっている身だ。私が出す」
「いえいえ……。俺が出しますって」
「いや、私が………………」
「俺が……………………」
と、言い争いが始まる。
「はぁ、分かった。ここの支払いは、護に任せる」
「あ、ありがとうございます」
佳奈先輩も疲れたのだろうか。いつもは、護君と呼んでくれているのに今は、護となっている。
「佳奈先輩」
「ん? どうしたんだ? 」
「今……、護って…………」
「そういえば、そう呼んでしまっていたな。護か…………。うん、まぁ、これからは呼び捨てで呼んでみても良いのかもしれないな」
「なら…………、俺も呼び捨てにして良いですか? 」
こちらからの提案である。
「うん。そうだな。その方がなんか、距離が縮まったような気がするしな」
「はい」
本当に佳奈せ……、じゃなくて、佳奈との距離が近くなったと思う。
それは、俺だけが思っていることではなくて、佳奈も思ってくれている事だ。
距離が近くなったという事は、これまでよりも佳奈が俺を頼ってくれる機会が増えるのかもしれない。もしそうなら、嬉しい事だ。
「ところで、そこのお二人さん。アイス食べないのかい? 」
店前で話していたらだろう、店員さんが声をかけてきた。
「あ、すいません……」
店員の声に慌てて、店の横に設置されている店に売られているアイスの種類が書かれている看板を見る。
抹茶、ゆず、ラズベリー、オレンジ、シナモン、ブルーベリー、小豆、マロン、等等が、その看板に書かれている。
「じゃ、俺は抹茶で」
「私はマロンで頼む」
「おぅ、了解。しばらくあのショップ前のベンチに座って待っていてもらえるかな? 届けにいくから」
「はい。分かりました」
代金五百円を渡すと、店員さんは店奥にへと消えていった。
それを確認してから、さっきまで座っていたベンチに戻り、腰を下ろす。