事件の後の憩いの場はデートのようで #1
その遥の声を聞き、俺は駅のホームへと足を伸ばす。遥もそれについてきて。
「えいっ!! 」
手を繋いできた。
「遥!? 」
「良いじゃない? 気にしない気にしない」
「…………」
いや、気にしてください。周りの視線から殺気を感じます。
まぁ、たとえそんなことを言ったとしてもこの手は、離してくれないだろうから諦める。
遥のその嬉しそうにしている表情を見ていると、止めてくださいなんて言葉は、自然と喉から下がる。
「護君」
「何ですか? 」
「いや、何でもない? 」
「やっと着いたね。護君」
黒石駅を出てから一時間くらいは経っただろうか。ようやく風見駅に到着した。
「そうですね……」
俺は遥の楽しそうな声とは裏腹に、疲れた声で返す。
身体的にも疲れたが、それより、精神的な疲れがそれを超える。
俺と遥は手を繋いだままホームに入っていたわけだが、手を繋いでいたのはその、ホームにいた時間だけではなかった。
ホームにいた時間は二分程であり、それだけでは終わらなかったのだ。
遥は電車に乗ってからもその手をほどこうとはしなかった。
途中、人が多くなってきて椅子に座った時も、逆にそれで距離が縮まり、遥は絶対に俺の手を離す事はなかった。
ちなみに今も俺の手は遥によって、握られている。その手を握る遥の力はさっきよりも、強くなっているようにも感じる。
「早く行こうよ。佳奈さんと、その友達さんも待っていることだしさ」
「了解です」
俺はそう答え、遥の手を引きながら、佳奈先輩が指定した店に急いだ。
「ここですね」
佳奈先輩が指定した店は、佳奈先輩の通りだと十分くらいで着くはずだったのだが、少しだけ遅くなってしまった。
俺が案内しようとしていたのに、遥が面白そうな店を見つけると入ろうとするから、こうなったのだ。
「じゃ、入ろっか」
「はい」
店内に入ると、かなりの人々がいる事がわかった。
時間帯的に考えると、このくらいの人数がいたとしても問題ないのかもしれない。さすが、風見駅周辺で一番大きいファミレスなだけある。
ここで、一度説明しておいた方が良いかもしれない。
この大きい御崎市の中心に位置するのが、御崎駅だ。そして、今来ている風見駅がその御崎駅に次いで、二番目に大きいのだ。
まぁ、ウェイトレスを呼ぶのもあれなので、店内を見渡し、佳奈先輩達を探してみる。
「あそこじゃないかな? 護君」
遥の指差す先に視線をやると、その場所は入り口から近い場所で、丁度、佳奈先輩もこちらに気付いてくれていた。
「護君。遥」
佳奈先輩の控えめな声を俺達は聞いた。
その声を聞き、俺達は早足で佳奈先輩が手を振っている場所に向かう。
「遅れてすいません」
「良いよ。少しの時間だ。気にしないでくれ」
「ありがとうございます」
「ねぇ、佳奈。この二人がさっき言ってた人達? 」
佳奈先輩の隣にいた女の子が口を開いた。
「あぁ、そうだ。こっちが宮永護君で、その隣にいるのが黛遥だ。遥の方は知ってるだろ? 」
「うん、そうだね。副会長だしね」
「はい。真弓さんは、生徒会室に来た事ありますよね? 」
「うん。で、君は宮永君だね? 」
話が飛んでくる。
「あ、はい」
「佳奈から話は聞いてるよ? 例えば………………」
「真弓っ」
そう何かを言おうとした先輩に佳奈先輩から声が飛ぶ。
「ゴメンゴメン」
何を言おうとしていたのか、気になるところではあるが、聞かないでおこう。
「あ、私の説明がまだだったね。私は狩野真弓。佳奈とは小学校からの付き合いでね。宮永君は杏を知ってるよね? 」
「はい」
「昔はよく、三人で遊んだもんなんだよ」
「へぇ。そうなんですか」
佳奈先輩が杏先輩と、狩野先輩に振り回されている様子が目に見える。
「うんうん。それは今でもあまり変わらないんだけどね」
狩野先輩が過去を振り返っているかのような表情をしている。
三人の幼馴染なら、俺と薫と咲はそういう関係だった。まぁ、佳奈先輩達とは違って、咲が違う高校に行ってしまったが・・・・・・。
「時間も時間だし、早く注文しようか」
「そうですね」
時間は十二時二十五分。この店に入ってから約十分くらい喋っているくらいになる。
佳奈先輩の言う通り、早くしたほうがいいのかもしれない。盛り上がってしまうと、収拾がつかなくなるかもしれない。
「じゃ、店員さん、呼ぶね」
そう言い、狩野先輩がテーブルの右側に置いてあったベルを手に取り、鳴らす。
それに反応し、一人の店員がパタパタとこちらに向かって歩いてくる。
「護君? それに、佳奈先輩も……」
そのウェイトレスから聞き慣れた声に乗せて、俺の名と佳奈先輩の名が聞こえた。
それに驚き顔をあげるとそこには。
「渚先輩……? 」
の姿があった。
「どうしたんですか? こんな所で」
「ア、アルバイトだよ。誰にも見つからないと思ってたけど、ね」
そう思っていたということは、今、バイトしている姿を誰にも見られたくなかったということだろう。
白を基調とした、メイド服みたいなのが、嫌なのかもしれない。
心愛がバイトをしている所で会った時はこんな表情はしていなかった。
それほど、この制服を見られるのが嫌だということだろう。まぁ、学校の結構短いスカートより、短いわけだし。
「でも、どうしてこんな所で、してるんですか? 」
いくら他人に見られたくないということだとしても、ここまで来るというのは、骨が折れるというものだろう。
「最初の方は家の近くで働いていたんだけど………………。客とか店長とかが……」
この先は、聞いてはいけないことだろう。
「そうだったんですか……」
「お姉ちゃんも一緒の場所で働いていたんだけどさ、助けてくれたんだよ。私を」
まぁ、成美に比べれば、渚先輩はいろいろと押しなどに弱いという感じがする。
「さ、暗くなっちゃうからさ。注文だよ。注文」
「さて、行こうか」
昼ご飯を食べ終え、ファミレスを出てから真っ先に口を開いたのは佳奈先輩だった。
時間は一時になったところ。喋りながら食べていたりもしていたから、経った時間としては普通なのかもしれない。
「宮永君と遥は、私達についてきてね。場所はこっちで調べてあるから」
「「分かりました」」
俺と遥の声が重なる。
「重なったね」
「そ、そうですね」
狩野先輩と佳奈先輩の後をついていくように、俺と遥はその後ろを歩く。
この今日のこれを一番楽しんでいるのはもしかすると、遥なのかもしれない。
遥の表情を見てるとそう思えてくるのだ。
「護君っ! 」
「何ですか? 」
「また……、手、繋いで良い? 」
遥は前の二人に聞こえないように、声を小さくする。
「分かりました」
下から俺を見上げ、キラキラとした瞳で見られたら、断ることなんて出来なかった。
俺は右手を遥に差し出す。
「ありがとね。護君」
俺の手を遥は飛びつくように握る。
佳奈先輩と狩野先輩は楽しく話している。
恐らく、これから行く場所について話しているのだろう。
気が付けば、ほぼ全ての事を佳奈先輩達に任せてしまった。
俺も少しは本を使って調べたりもしたが、本を選んで一緒に考えてくれたのは、遥だ。
自分の力では何もしていない。せっかく、佳奈先輩が俺を頼ってくれたというのに……。
後で謝っておいたほうが良いだろう。
「護君はさ…………」
無言だったこの二人の空間に耐えられなかったのだろう。おもむろに遥は口を開いた。
「護君はさ、沢山の女の子の友達がいると思うんだけど………………、誰か、好きな人はいるの? 」
「……っ!! 」
「答えたくなかったら、良いんだよ。もしそれが…………」
遥の声が段々と小さくなっていく。
「え? 何て言いました? 」
「あ、や……、何でもないよ。気にしないで」
遥はそれだけを言うと、繋いでいる手を強く握り、話している間に距離が空いてしまった佳奈先輩達の元に近づくように、足を出した。
俺はそんな遥について行く。
「護君。行くよっ」
「はい。分かりました」
二十分ほど歩いただろうか。風見植物園と緑の看板に白の文字で描かれた看板が、目に入った。
「あそこだね」
狩野先輩がその看板を指しながら言う。
御崎市の周りもそうなのだが、駅周辺にある大きめの建物には駅と同じ冠がついているものが多い。
名前を考えるのが面倒だったのだろうか。