事件の香りはさらに強く #5
「杏さんも…………、護の事好き…………ですよね? 」
「うん。そうだよ」
杏は何の迷いもなく、答えた。
「なら、いたくないんですか……? 護君の隣に」
「そりゃ、いたいよ? けど、護の事を好きな女子は多いからね。そんな一々、気にしてたらダメだよ? 順番だからね」
「はぁ……」
「でもさ………」
杏はそう切り出し、遥に近づく。
「ちょっと、杏さん………っ!? 」
「気にしない。女同士なんだからさ」
「分かりました………」
遥は諦め、杏との距離を詰める。
「で、遥は護に会ったのは今日、だよね? 」
「ん? はい、そうですけど」
「それで、護の事好きなんだよね…………? 」
「落ち着くんですよ。護君の隣にいると」
好きかどうか。それについては、ぼかすように遥は答えた。結論は急がないし、これ以上言及はしない。
「そそ、それは分かる。あ、時間取らせちゃって、悪いね」
「いえ………」
杏は沙耶が部屋に置いていってくれた時計で時間を確認し。
「三時か……。、もう寝ようか」
「そう……ですね」
「遥」
一つ、お願いをしてみよう。
「何ですか…………? 」
「このまま一緒に寝ていい? 」
少しだけ、間が空く。
「良いですよ」
……良かった……。
「ん、ありがと」
「そろそろ…………かなぁ」
沙耶は見ていたテレビを消して、その上にある時計を見上げる。
時間は三時。沙耶が母に連絡した時、その時間辺りには帰れると母が教えてくれた時間だ。
「……ただいま」
母の声が玄関から響いた。
その声に沙耶は腰を上げ、リビングから廊下に繋がる扉を開けた。
「おかえり」
「うん。ただいま…………」
その沙耶の返事に母は、心底疲れ切った声で返す。
「疲れてるね」
「まぁね。明日が……もう今日なるわね……が休みなのが救いだわ」
「ゆっくり、休んでよね」
「そうさせてもらうわ」
母はそう声を作り、自分の部屋に向おうとするが、何かを思い出したかのように沙耶の方を振り返り。
「そうだ。見慣れない靴があったけど、あれは、皆護の友達の物? 」
「うん。雨が降ってたからさ、泊まってもらったんだよ。部屋も余ってた事だしね」
「そう。明日の朝ご飯はいつもより、多く作らないとダメね」
「そうだけど……、無理しないでよね? 」
「うん、分かってる。じゃ、お休み」
「おやすみ」
母の足は、そのまま寝室に向かう。
……寝ないと……。
そう思うが、眠気がこない。
……護の隣は空いてないよね……。
沙耶にとって、最も落ち着ける場所は護の隣だ。
だがしかし、今日においてはあの四人、杏、悠樹、成美、遥の内の誰かに取られている事だろう。
自分のベットで寝る事は、普通で、当たり前で、他人のベットで寝ようなんてこと、普通は思わない。
だが、沙耶はそう思わなかった。
護の事が弟としてではなく、男子として好きだからだ。
姉弟間で、こんな感情を抱くのはおかしいのかもしれない。しかし、沙耶にとって、それは仕方のない事なのだ。
……今日は諦めるか……。
沙耶はそう思いながら、自分の部屋に戻った。
ジリリリリリィィィィ。
セットしたアラームの音を聞きながら、俺はいつもより少しだけ早い、七時半に目を覚ました。
悠樹達が泊まっているのだから、もっと早く起きても良かったのだけど。
「まぁ…………そんなことより」
俺は呆れながら、自分の左右で寝ている先輩達に声をかける。いつの間にきたのやら。
「悠樹。成美。起きてください。一体、どこで寝ているんですか……」
体だけでも起こそうとするが、二人が両腕をがっちりと掴んでいるため、起き上がることさえも出来ない。
「悠樹、起きてください」
順番にと、顔だけを悠樹の方に向け、促す。
「……………………すぅ……」
やはりというか、悠樹からは無言と寝息が返ってくるだけだ。
「悠樹、起きて……ください」
二度目の呼び掛けで、悠樹は、
「おき…………ている……」
声を返してくれた。
「おはようございます」
「う、うん。おはよ……」
この時のうつろな目で、眠たそうにしている悠樹の表情はなんというか、良かった。あまり見れないから。これは心の中に留めておこう。
「成美は……まだ、寝てるの? 」
「はい。そうみたいです」
「私が起こそうか? 」
そう言われ俺は、勉強会と称して葵の家に泊まった時の事を思い出した。
……その時は、薫が受けていたっけ……。
なら、止めておいた方が良いのかもしれない。
「俺が起こしますよ」
「そう、分かった」
俺は悠樹から目を外し、成美の方に首を向ける。
「護」
悠樹が握っていた俺の腕に力を込め、俺を呼んだ。
「な、何ですか? 」
「いや、なんでもない……」
悠樹にしては若干歯切れが悪く、きにはなったが、成美を起こす方が先決だろう。
「成美も起きてください。もう、朝ですよ」
「んっ………………、後少しだけ……」
「……………………」
俺が無言で返すと。
「護も…………このままの方が良いんじゃないの? 」
「な…………っ!」
まぁ、こんな事は滅多にないことだろうし、そうなれば、貴重な? 体験なのかもしれない。
「悠樹も、このままが良いでしょ? 」
「ん、まぁ」
「何してるのかなぁ? 護君? 」
唐突に、入り口の方から悠樹でも、成美でもない声が響いた。
「…………っ!! 」
一瞬、杏先輩!? と頭によぎったが、杏先輩は俺の事を護君とは呼ばない。
「遥ですか…………」
「護君達が起きる前からここにいたんだけど、たいそうご満悦だったようで」
「うっ………」
いやぁ、そりゃ、俺だって男だし、たとえそんな顔をしていたとしても仕方の無い事なのかもしれない。いや、仕方の無い事だ。
そんなこんなで、俺が頭の中で思考を繰り広げている間に遥は。
「よっと・・・・・・」
俺のベットにへと足をかけると、成美を跨いで、俺の上に乗ってきた。
「・・・・・・」
「ちょっと遥!? 何してんのよ? 」
その遥の行動に悠樹は、当たり前だと思っているかのように無言で無表情。
遥は、なんでそんな行動をとったのかが分からないといったような驚きを含んだ声をあげていた。
え? 俺はどうしてたって? まぁ、おそらく、呆然としていただろうよ。自分では分からないが・・・・・・。
「やっぱり、護の隣は落ち着くねぇ・・・・・・」
俺の体の上に乗っている遥はそう言った。その今遥がいる場所が果たして、俺の隣なのかどうかなのは、不思議ではあるが。
「それは、分かるけどさ・・・・・・」
成美が反論の意を唱えようとする。
「何? 」
「まぁ・・・・・・、良いよ。遥もそうなんだね」
「ん? まぁね」
俺の上から左横にへと言葉が流れる。
というか、そろそろ起きたい。俺の理性が保つかどうか不安である。
そんな俺の思いが顔に出ていたのだろうか。
「護君、私、重いかな・・・・・・」
「い、いえ。そんな事は無いですよ」
そう言ってしまえばお世辞に聞こえるかもしれないが、お世辞でもなく、実際にそうだ。遥は身長も小さいし重いなんてことはない。
「ありがと。護君にそんな質問するのは間違っていたかもね」
「どうしてです? 」
「護君は優しいからさ、たとえ重いとしても、そう答えてくれてたでしょ? 」
「ま、まぁ・・・・・・」
「・・・・・・」
悠樹から無言の圧力を受ける。
「悠樹? どうしました? 」
「そろそろ起きた方が良い。八時過ぎている」
はぁ・・・・・・、一体ベットから出れなかったのは誰のせいですか。
その悠樹の言葉に俺達は勢いよくベットから出て、リビングにへと戻った。
「おはよう」
「おはよー。護、悠樹、成美、遥」
母さんと杏先輩がそんな俺達をむかえてくれた。
母さんはそのまま朝食作りに戻ったが、杏先輩は俺達の方に足を伸ばしてきた。
「降りてくるのが遅かったようだけど・・・・・・、何かあった? 」
杏先輩が直接俺に聞いてきた。しかも、笑みを浮かべながら。
「分かっているでしょ? 大体何があったのか・・・・・・」
「まぁね。それより、沙耶さんを起こしてきてもらえる? 」
「姉ちゃんをですか? 」
「うん。まだ起きてきていないみたいだからさ・・・・・・」
周りを見てみても、姉ちゃんの姿を確認する事は出来なかった。姉ちゃんが俺より遅いというのが珍しい。
「分かりました。じゃ、起こしてきます」