事件の香りはさらに強く #1
佳奈は終わりの挨拶が終わると、早々と教科書やノートを鞄に詰め。
……今日は図書室に行かないと……。
図書室に行く理由は一つ。
杏が提案した、文化祭に合わせて花を植えよう、というのを実行するためだ。先生達の許可は取れ、後は何を植えるかを決めるだけで良い。
「ふぅ…………」
明日なのだ、と佳奈は思う。
月曜日に約束して、ようやく。その約束の日が明日に迫ってるわけだ。
そのためにも。
「私がちゃんとしないと………………」
佳奈はそう決心し、教室を出ようとする。
「佳奈」
佳奈に抱きつきながら、その少女は名前を呼ぶ。
「真弓か……。いつも言っているが、抱きつくのはやめてくれ」
「えー……………………」
この少女の名前は狩野真弓。
佳奈とは、一緒にいるところを良く見る。
佳奈と真弓とは、さほど身長の差はない。
差があるのは、
「それにしても佳奈。また大きくなったんじゃない? 」
そう言いつつ真弓は羨ましそうに、後ろから佳奈の胸を揉む。その動作は佳奈には突然の事で。
「ひぁぅ! そんなわけあるか……っ!! 後、触るなっ 」
佳奈は顔を赤くしながら、真弓に言う。まだ真弓が佳奈に抱きついている。
「そうかな。あたしの目にはそう見えるんだけどな」
「そ、そんな事はないだろう」
「まぁ、違うんだけどさ。そんなにあると分けて欲しいよ…………」
真弓は自分の身体を寂しそうに見下げる。
が、すぐその真弓の顔は明るくなり。
「で、佳奈は青春部に行くの? 」
「いや。今日は図書室にな」
「図書室に? 勉強でもするの? 」
「そうじゃないよ。調べたい事があるんだ」
「ふーん。そうなんだ」
「………………真弓も手伝ってくれないか? 」
「あたしは佳奈といられれば良いんだけど……何調べるの? 」
「花……………………何だけどな」
佳奈は若干頬を赤らめつつ、まだ抱きついている真弓に、答える。
「花? それなら手伝ってあげるよ。それなりに好きだからね」
「本当か。それなら、良かった」
「佳奈はあまり、知らなさそうだもんね」
「そうなんだよ。それなのに、杏に頼まれちゃってな」
「佳奈は杏に甘いんだから」
「そんな事は無いと思うのだが」
「甘いよ。青春部に入ったのだって、そうでしょ? 」
「杏を一人にしておくと、何をしでかすか分からないからな」
「あぁ…………。なるほどね」
「そんな事より早く行かないか? 」
「そうだね。調べる時間はたくさんあったほうが良いし」
「うん」
俺は図書室に向かっていた。
まぁ、明日には佳奈先輩と文化祭の時期に咲く花を探しにいくという予定がある。
このまま家に戻ってパソコンで調べるという手もあるが、俺自身、あまりパソコンを使わないため、家のどこにパソコンが置かれているかを知らない。
それに加え、母さんも帰って来るのが遅いと言っていたから、図書室に行く方が良いと判断したのだ。
「最初に見た時も思ったが…………広いな」
青春部の部室がある北棟の一階に図書室はある。
その大きさは、一階の面積のほぼ半分くらいあるのだとか。
いつだったか、誰かがそう言っていた。
「おぉ……………………」
中に入ってみると、その大きさが余計に分かる。
「どこにある……。探すのが大変そうだ」
声を漏らすと、その声を聞きつけたようで。
「そこの君」
その声に振り向くと、カウンターの所からこっちに手招きしている先輩の女の子が目に入った。
一瞬、同級生かと思ったが、黄色のネクタイで分かった。
「探している本があるんでしょ? 」
「えぇ。まぁ」
……黛先輩か……。
その先輩の胸元についている名札が、そう教えてくれた。
「そして、探している種類の本は、秋の花について、違う? 」
俺を下から見上げる黛先輩は、どこか誇らしげにそう言った。
「何で知ってるんですか………………? 」
俺はその黛先輩の言葉に、驚きを隠せないでいた。
「何でだと、思う? 」
佳奈先輩との、二人だけの話だったので、一番考えられるのは、佳奈先輩がこの黛先輩に言った、ということ。
「佳奈先輩から、聞いたんですか? 」
「佳奈先輩か……………………。うん。そうだよ。生徒会の仕事の時にね」
「生徒会……、ですか? 」
「知らなかった? 私、副会長なんだよ? 」
「すいません。知りませんでした」
「まぁ、仕方ないよねぇ。会長に比べて、皆の前に立つ事は少ないわけだし」
「そうなんですか……」
「こんな話は置いておいて、さ、案内してあげるからついてきなさい。この図書室は広いんだから、置いて行っちゃうよ? 」
そう言いながら、黛先輩はどんどん先に行ってしまう。
「せ、先輩! 待ってください」
黛先輩について行き、案内されたのは、図書室の奥の方。この辺りに、俺の目当ての種類の本があるようだ。
「護君で、あってるよね? 」
黛先輩は確認するように、聞いて来る。
「はい。あってますよ」
何で名前を知っているんだ、と思ったがそんな事は気にしない。それも、佳奈先輩から聞いていたのだろう。
黛先輩は本を手に取り。
「で、どんな種類を植えるとか、決めてるの? 」
「いえ。まだです」
「本当にっ!? そんなんで良いの? 」
「時間が無かったんですよ」
「はー。さては、転校生の事かい? 」
「まぁ、私も遠くから見ただけだったけど、可愛かったよね」
「そうですね…………」
俺は、このまま話がララ達に飛びそうだったので、慌てて話を元に戻す。
「そんな事より、今は花です」
「はいはい。分かった」
先輩がめくっている本を、俺も覗き込むように見る。黛先輩の高さに合わせようとしたら、少し、腰を下ろさなくてはならない。
「護君。あなた身長高いわね」
「そうですかね……」
「そうよ。少しくらい、分けて欲しいものだわ」
そう言いながら、黛先輩は本に目を戻す。
「出来ればいいですけどね」
俺は、若干、笑ながら答える
「そうね」
黛先輩はその後も、本のページをめくり、「うーん。この花は良いけど、季節が…………などと、唸っている。
その姿を俺は横に、俺も先輩と同じように見ていたのだが、目に入ってくる名前はどれも、知らないものばかりだった。
「黛先輩」
「ん? どうしたの? 」
「座りますか? 」
俺は、このコーナの先にあるテーブルを指して言った。
「そうね。そっちの方が疲れなさそうだしね」
「じゃ、行きますか。本、持ちますよ」
「良いの? はい」
黛先輩は、俺の差し出した手にドン、と置いた。
……案外重たいんだな……。
「意外と、重いでしょ? 」
「えぇ…………。まぁ」
俺は何となくだが、図書室の入口が見える位置に席を取った。俺の左横に黛先輩も座る。
「で、黛先輩」
「遥で良いよ。それで? 」
「……………………。遥先輩のオススメの花はありますか? 」
「うーんとね……………………」
遥先輩はパラパラとページをめくると、目当ての花があったらしく。
「これなんて、どう? 」
「アメリカンブルーですか」
「うん。本当の名前は、エボルブルス。中庭の辺りに植えるのなら、これが良さそうだね。名前の通り青くて可愛いし」
「そうですね。一つ、質問して良いですか? 」
「どうして、アメリカンブルーって名前で、広まってるんですか? 」
「うん。それはね」
と、遥先輩はとても、楽しそうに語り始めた。
「1980年代に、アメリカからこの花が入って来たんだよね。それで、当時の人達は花の名前を知らなくて、アメリカから来た青い花だからって事で、付けたんだって」
「へぇ。詳しいですね」
こんな話が聞けるとは思っていなかった。
「うん。私のお母さんが花が好きでね。小さい頃から見ていたりしていたから、自然とね」
「そうだったんですね」
「でさ。護君」
さっきまで楽しそうに話していたトーンとは、どこか違う感じがした。
「どうしました? 」
「明日に行くんだよね」
「はい」
「私も、ついて行ったらダメかな? 詳しいから、頼りになると思うんだけど…………」
この話は願ったり叶ったりの話だ。
「はい。お願いします。俺も佳奈先輩のあまり知らないので」
「ありがとね。場所とか時間とか決まってる? 」
あ、そういえば、決めてなかった。思えば、花を買いに行く、ということしか決めていない。
「いえ、忘れてました」
「そうなの? じゃ、決まったら教えてくれる? 連絡先教えるから」
そう言うと遥先輩は、鞄の中からメモ帳を取り出し、シャープペンシルを走らせる。
「はい。これ」
その紙には、電話番号とメールアドレスが書かれていた。
「メールで教えてくれても、電話でも、護君が楽な方で良いから」
「はい。分かりました」
キーンコーンカーンコーン。
部活動終わりの合図をチャイムが告げる。
その音と同時に遥先輩は自身の腕時計を見。
「もう、こんな時間」
だんだん日が長くなって来たといっても、外の景色は少しずつ、暗くなりつつあった。
「帰りますか」
「そうだね」
「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
俺が礼を言うと、遥先輩は恥ずかしそうに。
「いいよ。お礼なんて。私が楽しくてやってることだしね」
「はい」
挨拶をし、先輩が図書室を出たのを見てから、俺は元の場所に本を戻した。
「俺も、帰るか」
運が良ければ図書室で佳奈先輩と会えると思っていたのだが、そう上手く事は運ばなかったらしい。
靴箱で、靴に履き替え視線を前に向けると、すぐ目の前に遥先輩がいた。
「わっ!! 」
「びっくりした? 」
「……………………はい」
……心臓に悪いわ……。
「俺を……待ってくれていたんですか? 」
俺は、そんな事は無いと思いながら、乱れた息を整えながら聞いた。
「うん。そうだよっ! 」
その時の、下から見上げて来るその微笑みに、若干心が揺さぶられる。
「そ、それなら、一緒に図書室から出てくれば良かったと、思うんですけど……………………」
「いやいや。私は今みたいに、男の子を待ってみたかったんだよ」
遥先輩はこの言葉に付け足すように。
「後、護君とも一緒に帰りたかったしね」
「俺と、ですか? 」
「うん。話が合う気がして」
その遥先輩の言葉には俺も、納得出来た。
「そうですね。俺も、そう思ってました」
「本当に? ありがとね」
「いえ。帰りながら話しましょうか」
「うん。そうだね。あ、私、自転車取って来るね」
「俺も自転車です。一緒に行きましょう」
歩きの時もあるのだけど、と心の中で付け足しておく。
校門を出たところで、俺は遥先輩に質問した。
「自転車で来ているってことは、家が近いってことですよね? 」
「そうだよ。ユウの家は知ってる? 」
どこか、引っかかる名前だ。
「あ、悠樹だよ。高坂悠樹」
「知ってますよ。もしかして、遥先輩の家もそこなんですか? 」
「ん。そういうこと」
「はぁ」
「でも、広いから一人暮らしにはちょっとね」
悠樹も、しぃと氷雨との三人で住んでいるから、まぁ、そういう事もありえるのか。
「一人暮らしって、どんな感じなんですか? 」
「うん。まぁ………………暇といえは暇なのかなぁ」
「やっぱり、そうなんですね」
「でもでも、自分がやりたいって思っている事を、誰にも咎められず出来るってのは良い事かもね」
「そうかもしれませんね」
「護君は、兄弟とかいるの? 」
「はい。姉がいますよ」
「お姉ちゃんか……。なるほどそういうことね」
「何がです? 」
「いやいや。こっちの話だよ」
「気になるんですけど………………」
「あ、護君のお姉ちゃんはどんな人なの? 」
遥先輩。話題を変えましたね。
「どんな……ですか」
こういうのは説明するより、遥先輩の身近な人でたとえたほうが良いだろう。
「杏先輩は知ってますか? 」
「杏さん? うん。知ってるよ。よく、生徒会室に来たりするからね」
「やっぱり、そうなんですね」
「で、護君のお姉ちゃんは、杏さんに似ていると」
「はい。身長は姉ちゃんの方が高いですが、人を振り回すところとかはそっくりです」
「一回、会ってみたいな」
遥先輩がポツリとこぼした言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「なら、俺の家来ますか? 」
「えっ!? 良いの? 」
「はい。構いません」
「ありがとね」
「いえ。じゃ、行きましょうか」
「うんっ! 」
遥が護の姉に会いにいく事を決めた数十分前の青春部。
「悠樹。起きてるよね」
「うん」
成美の頭の中にある事柄は一つだ。
「あたし達も行く? 」
「うん。気になる」
「そうだよね。杏先輩に、似ているというのなら」
「尚更、私達のライバル」
「うん。そうだね」
悠樹はまだ寝ている渚と心愛を見て。
「二人は…………どうする? 」
「うーん……。おいていくしかないよね」
「そう。でも置き手紙はしておくべき」
「そうだね」
紙、紙、と口に出しながら、成美は鞄の中から一つの小さなメモ帳を取り出した。
その紙に書くのは、「護の家に行って来ます」の文字だ。
「行こうか」
「うん」
「真弓。早いよ」
先に進んでいってしまう真弓を止めるように、佳奈は言う。
「佳奈が遅いんだよ」
それに関しては、実際、そうだった。真弓の走りの速さ、五十メートルであるなら六秒前半。男子とあまり変わらないスピードだ。
それに比べると、佳奈の足の速さは七秒後半。女子としては普通なのかもしれないが、真弓と比べるとどうも劣ってしまう。
「ささ、行くよ」
「はぁ………………」
佳奈は、先に図書室に入ってしまった真弓を見ながら溜息をつく。
「私も行くか。ん? 」
佳奈はいつものように、図書室のカウンターに目を向ける。だが。
……遥がいない……?
佳奈は生徒会長であるため、副会長である遥と一緒にいる事が自然と多くなるのだ。だから、遥が普段どこにいるのかも知っている。
今日はいないのかと思い、辺りを見渡す。
……いた……!
遥は、今立っている佳奈の場所から一番遠い所にいた。
しかし、
「…………護……? 」
佳奈は護と遥が、楽しそうに話しているのを見てしまった。
どうして、と思考を始めた佳奈を真弓が止めた。
「佳奈、どうしたの? 」
「あぁ…………悪い。何でもない」
「大丈夫? 」
「うん、行こう。時間もないから」
「そうだね」
真弓が目当ての本を探しに来た場所は、奇しくも遥と護が選んだ場所と同じだった。
だから、
「あれ? 無いや……」
真弓がそこにあるはずの本の場所の前で止まり、首を傾げる。
「どうした? 」
「ここにある本が無くてね」
「なら、別の本でも良いんじゃないか? 」
「そうだけど…………あの本が一番詳しく書いてあったんだよ……」
少し、残念そうな真弓。佳奈はその真弓が探している本の在処を知っていたが、遥と護の邪魔は出来なかった。
佳奈は図書室に数台のパソコンがある事を思い出した。
「真弓」
「ん? 何? 」
真弓はいろんな本を開きながら、聞き返す。
「この図書室って、パソコンあるだろ? 」
「お、そうだったね。さすが佳奈」
「そんな事はない」
「じゃ、パソコン。パソコン」
と、またしても先に行ってしまう真弓を、佳奈は苦笑しながらついて行くのだった。