席替えと転校生は事件の香り #1
「はぁ………………眠い……」
結局のところ、あの後姉ちゃんが自分の部屋に戻ることは無かった。俺はどうにかして姉ちゃんを部屋から出そうとしたのだが、その一時間弱は無駄に終わった。
姉ちゃんはずっと俺のベットの上に座っていたので、姉ちゃんをそのままベットで寝かせる事にして、俺は一階から毛布を持って来てそれをかぶって寝る事にした。
もう六月に入っていたが、暑くもなく丁度良かった。
しかしそれは束の間で、寝ようと目を瞑っても中々寝付く事が出来なかった。先に寝たと思っていた姉ちゃんが俺の毛布の中に潜り込んできたのだ。
勿論、その俺がかぶっていた毛布は一人用であるからして、姉ちゃんが入ろうとすると密着するしかないのだ。
いくら姉といえども、女の子は女の子である。こんな状況で寝れるやつがいたら俺に教えて欲しい。
どうしたら寝れるのかを。決して、姉ちゃんにやましい気持ちを抱いているわけではない。
そんなこんなでほぼ一睡も出来なかった。
「護君…………」
あぁ…………。隣から声が聞こえる。
いつもより早く学校に行かなくてはならない事もあり、もう眠たさはピークに達していた。
「護君っ!!」
さっきよりも大きい声に俺は少しだけ目が覚めた。
「護君ってば!!!」
「はぁ………………っ!」
「護君。大丈夫ですか?」
「あぁ。大丈夫だよ………………」
「大丈夫そうには見えませんが、寝不足ですか?」
「ん。まぁな」
「何かあったんですか?」
「姉ちゃんが………………」
「へぇ?」
葵はキョトンとした顔を浮かべながら。
「護君はお姉さんがいるんですか?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「はい。聞かされてません」
ちょっと葵はふいっと、顔を右に向けた。
あれ? 怒ってる?
「そのお姉さんのせいで寝るのが遅くなったと?」
「遅くなったというか、ほぼ寝れなかったんだけどね」
「そうですか………………」
葵の歩幅がだんだんと大きくなっていく。それには葵の思いが反映されているようで。
「怒ってる?」
俺は、少し足を早める。転校生の為の机と椅子を運ぶために倉庫室に行こうとしてるのだが、俺はその場所を知らないため、葵に先に行かれてしまうと困るのだ。
「葵。待って」
「………………護君はどうして言ってくれなかったんですか!?」
「どうしてって…………」
「私と護君の仲です。言ってくれても」
「それもそうだな……」
「どうせ、薫は知っているんでしょ?」
「まぁ……………………」
「それなら、なおさらです。薫が知っていて、私が知らないなんて不公平ですっ」
「………………」
葵は俺の手を握ると。
「ほら。行きますよ」
「おぅ」
「護君は倉庫室の場所知らないでしょ」
完全に見透かされている。
「早く行きますよ。早くしないと他の皆が来てしまいます」
「そうだな」
倉庫室に置かれていた机は案外、綺麗な状態で保管されていた。てっきり埃でもかぶっていると思っていたので、一つだけ手間が省けたということだ。
しかしよく見ると、机が綺麗なのは所狭しと並べられている机の内、入口付近にあるものだけだった。まぁ、奥に置いてあるやつは使う予定が無いということだろうか。
「護君。行きましょうか」
「あぁ。そうだな」
葵に続くようにして俺は机を担ぎ倉庫室を出た。
○
「この机はどこに置けばいいんだ?」
「えっと…………。先生は廊下側のニ列の一番後ろに置いて欲しいとの事です」
「了解」
教室に入るとこの今の時間、八時頃からは滅多にお目にかかれない人物がいた。
「羚!?」 「吉田君!?」
二人の驚きに満ちた声が重なった。
「護に御上さんか……。どうした? こんな早くに」
「それはこっちのセリフだ」
「それは私達のセリフです」
またしても二人の声が重なる。
「先生に呼ばれたんだよ」
「羚もなのか……?」
「私達も呼ばれたんですよ。山田先生に」
「そうなんだ。だから机を運んでいたんだな」
「おぅ。羚はどんな理由で呼ばれたんだ? 」
俺と葵はクラス委員長だし、呼ばれる理由はある。しかし、何も役職に就いていない羚が呼ばれる理由が分からない。
「俺だって分からん。先生には二人を手伝ってくれって言われたんだけど……」
「俺達を…………?」
何で羚が頼まれたのだろう。
「おぅ」
「護君」
葵が俺の制服の裾を引っ張る。
(悠樹みたいだなぁ……)
「どうした?」
「今日転校生が来るじゃないですか。それで、校内の案内とかを手伝えということじゃないんですか?」
「なるほど……」
そういうのだったら、人が多いほうがいい。俺と葵だって、まだ知らないことがたくさんある。
「転校生が来るのか?」
「はい。フランスから来るそうです」
「フランス!?」
案の定、羚のテンションがぐんと上がる。
「は、はい……………………」
ほら見ろ。若干、葵が引いているじゃないか。
「女の子だそうですよ」
葵よ。そんな火に油を注ぐようなことを言っちゃ。
「マジか!!」
羚はそれだけを言うと、教室の外に出て行ってしまった。
「吉田君はどうしたのでしょうか……」
「ほっといてやれ。気にしない方が身の為だ」
「そういうものですか?」
まぁ、今、葵の頭の中にある疑問は一生解決されないだろう。うん。そっちの方が良いかもしれない。
羚が出て行ったのを堺に何人かの生徒が教室に入ってくる。
「もうこんな時間か……」
「ぎりぎりって感じでしたね」
「そうだな」
朝のホームルームが八時二十分から始まるので、基本的に十分頃に来る人が多い。俺も基本はその組みだ。
「俺は大体この時間だけど、葵はどうなんだ?」
「私ですか? 私は五分くらいですよ。そんなに皆とは変わらないです」
葵はそう言うがこの五分の差が意外とキツいのだ。
「お……」
気がつけば羚は教室に戻って来ていたし、心愛や薫、しーちゃん達も来ていた。