姉ちゃんの襲撃!? #1
「疲れた……」
今の時間は六時前。これまでに無いほどの速さで走ったような気もするが、やはり二十分近くかかってしまう。こういう時は、自転車で来ておけばよかったと思う。
「姉ちゃん、怒ってるかなぁ……」
基本的にだが、姉ちゃんは怒っているということを表面上には見せない。なら、どうやって判断するかという事になるんだがそれは、姉ちゃんがどれだけの強さで俺を抱きしめるかで分かる。
小学生や中学の最初の頃まで毎日のように抱きつかれていたため、その時の強さで怒っている、怒っていないが分かるようになってしまったのだ。あぁ……、悲しい。
「た、ただいま………………」
恐る恐る足を出し、玄関の扉が閉まったところで。
「護!!」
姉ちゃんがリビングから出て来た。
「ね、姉ちゃんっ!?」
姉ちゃんはそのままのスピードで止まることなく俺に抱きついて来た。
「早く帰ってくるって言ったのに」
「ご、ごめん」
やばい。力が強すぎる。痛い。
「どうせまた、女の子の相談とかに乗ってたんでしょ」
「……」
「そんな事だろうと思ってたけど、私は心配したんだよ」
「ごめん」
そ、そんな事より……。
「姉ちゃん」
「何?」
「そろそろ、力緩めてくれない?」
「いや。これは私との約束を破った罰だもん」
「どうしたら許してくれるんだよ……」
「こうしたらだよっ!」
この言葉で姉ちゃんは俺が言葉を作る前に。
「んっ………………」
唇を塞がれた。
……姉ちゃん……?
なんというか懐かしい感触だ。昔にも怒らせてしまった時に今のようにキスされたっけ。
こんな思い出に耽っている場合では無い!
「んっ、はぁ……」
「姉ちゃん。母さんが見てたらどうすんだよ」
俺はさっき姉ちゃんが出てきた場所から母さんが覗いていないかどうか確認した。
「大丈夫だよ。買い物行ってるし」
「そうか。良かった……」
安心してる場合じゃないし。
「で、そろそろ離してくれません?」
「力は緩めてあげるけど、離してはあげない」
「どうして…………」
「だって、護は、どうしたら力緩めてくれるんだよって、聞いたもん」
「だからって…………」
こういう風にたまに姉ちゃんは融通が効かない時がある。
「走って帰ってきたから、汗もかいてるし…………」
「私は護のお姉ちゃんだよ? そんなの気にしないよ」
作戦失敗。
「いや、俺が気にするんだけど」
「私は気にしないからね」
「じゃ、どうしたら離してくれるんだよ」
「どうしたらいいんだろうね」
駄目だ。良い考えが浮かばない。別に時間が経つと姉ちゃんも自然に離れていってくれるのかもしれない。
だが、それでは俺の理性を正常に保っておくことが出来ない。
俺と姉ちゃんとの身長差はあまり無いので、この抱きつかれている状態だと姉ちゃんの髪の香りを含める全てが、俺の鼻腔をくすぐるのだ。
「姉ちゃん」
「ん? 何かな?」
姉ちゃんは笑みを浮かべながら答えた。そろそろ俺の理性が振り切れそうだと口には出さない。 言わなくても姉ちゃんは分かってるだろうし、さっきの俺の問いかけに返事した時の姉ちゃんのその笑みは、俺に抱きついて自分は楽しんでいる、という笑みそのものだ。
「もう、許してほしい?」
「うん。明日はすぐに帰って来るから」
「本当に?」
「うん。絶対に守るから」
「ん。じゃ、許してあげる」
と、姉ちゃんのその言葉に安心したのだが、この安心は一瞬のものだった。
「でさ、一つ手伝って欲しいことがあるんだけど……」
「手伝い?」
「そう」
姉ちゃんは朝の状態のままの積まれたダンボールを指差し。
「あれを運ぶの手伝って欲しいんだけど」
「今から?」
「うん。今から」
おれもそのダンボールに目線を移した。
クローゼットやベットはそのままにして姉ちゃんは家を出たので、運ぶのに苦労するものは…………あ、あった。本棚だ。
姉ちゃんはいろんな本や漫画を買い集めているので、本の数が大変な事になっているのだ。
「じゃ、先鞄置いてくるから」
「分かった」
○
さてと。
「これはさ、先に本棚運んだ方が良いよね?」
「うん。そうだね。護、一人で運べる? 」
「うーん。どうだろうな……」
一回試すべきだろう。
まず、後ろから持つ事は手が回らないし無理だ。ということは、右端か左端を持って上げることでもしかしたら、いけるかもしれない。
……やってみるか……。
「………………」
「どう? 行けそう?」
「…………………………」
持ち上がるのはまぁ、持ち上がる。だがしかし、これを抱えて階段を登るのは無理だろう。
「やっぱり、手伝ってもらっていい?」
「うん。了解」
二人掛かりで本だなを運ぶ。
姉ちゃんが左端を持ち、先に階段を上がる。その後を俺が押し上げるように階段を登っている構図だ。
「階段上がり終わったら、もう大丈夫だから」
「そう?」
「うん」
意外と二人で運んでいるのだとしても、疲れるものだ。
まぁ、俺が下にいるからだと思うのだが。
「じゃ、私はドア開けて来るね」
「ん。了解」
一旦、本棚から手を離し、廊下の壁にもたれかかる。
「あっ」
さっき、姉ちゃんに明日は早く帰るって言ったがもしかしたら、無理かもしれない。土曜日に迫る花の買い物のために、図書室にでも足をはこんで、少しは知識を増やしておくべきだろう。
ネットで調べれば良いというかもしれないが、あの膨大な情報の中から探すよりかは、図書室で少なからず絞られている情報の中から探すのが賢明だろうと思うのだ。