And Beginning
その後は、何故か薫も俺の家で朝ご飯を食べる事になった。
勿論、そうなった理由は俺の姉ちゃんの気まぐれである。
最初はパジャマのままであったからか反対していた薫だったが、とうとう姉ちゃんの頼みを断り切れないでいた。
まぁ、姉ちゃんの頼み方もどこか、杏先輩と似ているところがあったような気がする。
頼んだと言っても姉ちゃんは無理矢理、薫を、椅子に座らせるだろうが。
俺としては、薫のパジャマ姿を眺める事が出来たから、良かった。いや、邪な気持ちは一切ない。
薫は朝ご飯を食べ終わると、逃げるように自分の家へと戻って行った。
そりゃ、一人だけそんな格好していたら恥ずかしいだろう。
現に俺が薫の立場なら朝ご飯を食べることなく、その場から逃げようとするに違いない。
食べている時も薫はずっとソワソワしていて、何度かこっちに視線を向けていた。
帰り際に、「また後で」、と薫に言われたので今日は一緒に学校に行こうということだ。
さて。
「姉ちゃん」
「ん?」
「姉ちゃんはいつまで俺の背中に抱きついてるんだ?」
「いつまでだろうね」
「……………………」
薫が家に戻ってしまうと姉ちゃんはまた、俺の背中をがっちりとホールドするのだ。
「学校に行かなくちゃならないんだけど…………」
「えー。一緒にいようよ」
「帰って来たら一緒にいられるじゃん。しばらくは家にいるんだろ?」
「そうだけどさ」
「早めに帰って来るから…………」
こう言っておかないと離してくれそうにない。
こんな事で遅刻なんて事はしたくない。羚やその他の男子にまた何を言われるか分からない。ましてや先生にまた呼び出されるのは御免だ。
「本当に………………?」
「うん。本当だから」
「うん。じゃぁ、分かった」
「じゃ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
外に出ると俺はすぐにため息をもらした。
「はぁ……」
別に疲れているわけではない。いや、いろんな意味では疲れているのだが。
「あ、護」
そこには薫の姿が。さっき、着替えに戻ったばっかりだったような気がするのだが、まぁ……気にしないでおこう。
「おぅ。待たせたか?」
「ううん。あたしも今だから」
「そうか。じゃ、行こうか」
「うんっ」
基本的に学校までは自転車を使って行くことはあまりない。
自転車で行った方が早いのは分かってるんだけど、何となく歩く事が多くなってしまうのだ。
「今日は悪かったな」
「良いよ。気にしないで」
「でも、大変なのは変わりないけどね」
「まぁ、そうだな」
「沙耶さんも、昔から変わらないね」
「そうだな。あーじゃない姉ちゃんは、姉ちゃんじゃない気がするけどな」
「まぁ、そうだけどね」
その後も、薫とは他愛もない話は続く。
今日は姉ちゃんの話がその中で半分を占めたりしていたのだが。
「そう言えば」
「ん? 何だ?」
「沙耶さんって、杏先輩と似てるところあるよね」
「うん。俺もそう思ってた」
「だから、杏先輩に振り回されても気にならないのかな」
「そうかもな。昔から慣れてるからね」
「そうだよね」
歩き始めて十分程経つと、学校まで後は二十分ほど。その二十分はずっと一本道を歩くだけだ。
と言っても、これから暑くなってくるとこの二十分がつらくなるのだ。少しだけだが、坂道にもなっているし。
この坂道の両側には樹が沢山並んでいる。これが春になると綺麗に咲き誇るのだ。
だが、今はただ単に青葉が生い茂っているだけで、あまり面白味もない。
しかし、この青葉達も梅雨の季節になると無惨に流されていくのだと思うと何故か、少し寂しい気持ちになる。まぁ、この感情も人それぞれだが。
「そう言えば」
二度目。だが、今度は、薫は側にある並木を見ながら昔を思い出すかのように言った。
「ん?」
「中学二年の時にさ、あたしと護と沙耶さんとで、お花見した事あったよね」
「あー、そうだな」
……そんな事もあったなぁ……。
と、思い出してみる。
勿論、薫ちゃんと護と私とでお花見をしようと言ったのは姉ちゃんである。
五月の中日には家を出るからと、それまでに何かをしたかったのだろう。その結果、時期も時期だしということでお花見をする事になったのだ。
姉ちゃんはもう仕事を始めていたので、予定があまり合わず大変だったのだが、丁度満開になったその日、三人の予定が合ったのだ。
あまり、桜といえど、花に興味無かったのだが、姉ちゃんや薫は終始楽しそうにしていたからだろうか。本の少しばかりではあったが花に興味を持ったのは。
まぁ、姉ちゃんはずっと俺の背中に抱きついたし、薫はそんな姉ちゃんを眺めているというお約束な光景だったが。
「まぁ、あれをお花見というのかは怪しいところではあるけどな」
「そうだよね」
話している間に結構時間が経っていたらしい。視線の先に学校が見え始めていた。
「来年は青春部で行けたら良いよね」
「そうだな。人が多いから大変そうだけどな」
「あー、そうね」
俺は校門の所で橙色の髪をした見知った後ろ姿を発見し、声をかけた。
「凛ちゃん」
その声に凛ちゃんはこちらを振り返り、
「あ、護君。薫ちゃん。おはよう」
「おぅ。おはよう」
「うん。おはよう」
凛ちゃんは俺の横に立ち、一緒に下駄箱まで歩く。まぁ、クラスも一緒だから教室までずっと一緒になるのだが。
「護君」
「昨日はありがとね」
「良いよ。羚も嬉しそうにしてたからさ」
「本当!?」
「うん」
薫は俺達の話に疑問を浮かべたようで。
「凛ちゃん。何の話?」
「今週の日曜日になんだけど、私と栞と楓とで、買い物に行くんだけど…………」
「それで?」
「うん。それでね。男子の意見も聞きたいなって思ったから、護君と羚君を誘ったの」
「ふーん。なるほど」
「薫ちゃんも、来る?」
「うーん。あたしは良いよ」
「そう?」
「うん。あたしの事は気にしないで」
薫が遠慮していると思った俺は。
「どうした? 用事か?」
「うん。まぁ、そういうとこかな」
薫はそれだけを言うと俺達を置いて先にに教室に向かってしまった。その用事にはわざわざ首を突っ込む事はしない方が良いと思った。何故だろうか、俺達から遠ざかって行く薫の後姿が寂しそうに見えたから。
そんな薫の姿を眺めていると凛ちゃんは俺の前に立ち。
「護君?」
「ん?」
「私達も行こうよ」
「あぁ……。そうだな」
○
教室に入ってすぐに薫の姿を探したが、見つける事は出来なかった。多分どこかに顔を出しているか、だとは思うのだがちょっとは心配である。
改めて教室内を見渡してみる。
まだ少し時間が早いため、教室にいる人の数は少ない。
「羚は…………まだか」
「そうだね。でも…………、れ、羚君はいつも遅いから」
「それもそうだな」
「羚君にお礼を言いたかったんだけど……」
「お礼?」
「うん。無理に誘ったかなぁって思ったから」
「そんな事ないよ。あいつは女子からの頼みなら、全ての用事を蹴ってでも来るやつだから」
「そう」
立ちながら話しているのも何だからと言う事で、一旦、机の上に鞄を置いた。
俺はそれから凛ちゃんの場所まで足を運び。
「そう言えば、しーちゃんと楓ちゃんとは、今日一緒じゃないんだな」
「うん。先に行ってて、ってメールでね」
「ふーん。そうなんだ」
羚の事が話題に挙がったからちょっとだけ話しておこう。
この学校は六対四くらいの比率で女子の方が多い。でだ、基本的に御崎高校にいる人の半数以上は小学校から中学校、高校と来ている人が多い。
それなりに施設等も充実している為、わざわざ来る人もいる。
羚もその内の一人だ。
それなりにレベルとしては高いため、俺は一度、羚に聞いたのだ。「どうしてこの学校を選んだのか」と。
羚はその俺の問いに。
「え、女の子が多いからに決まってるじゃん」
その答えを聞いた時の俺はさぞや驚いたような顔をしていたのだろう。
まぁ、この事がきっかけでさらに羚と仲良くなったような気がするから良いんだけど。まぁ、気にしないでおこう。
思い出に耽っていると、知らぬ間に時間が経っていたらしい。
ぞろぞろと人が集まって来ている。
薫は、と思い、薫の席の方に目をやるとちゃんと戻って来ていて、葵と心愛と話していた。
その薫の顔はさっき見せていた表情とは違って、明るくなっていたので俺はほっと胸を撫で下ろした。
「栞と楓もまだ来ないね……」
「そうだな。羚が来てないのはまぁ、当たり前だけど。二人は珍しいな。いや、楓ちゃんはそんなことないか」
「遅刻だけはしないで欲しいけど」
「まぁ、な」
教室に飾られている時計を見上げると、時計の針は八時二十五分を指していた。
朝のホームルームが始まるまで後五分。
「間に合うかな…………?」
「どうだろうな。今どこにいるか分からないから何とも言えないけど、もう校舎内に入ってるなら間に合うか」
「そうだね」
○
「皆さん。席に着いてくださーい」
ホームルームが始まる二分前、先生が入って来た。
「扉閉めるのちょっと待ったー!!」
先生が前に歩を進めつつ、右手で扉を閉めようとした時、羚の声が廊下側から響いた。良かった。ぎりぎり間に合ったんだな。
「ひっ……!」
羚のその大声に先生は驚いたようで、早々と教卓の方へと逃げてしまった。
羚が教室内に入って来ると同時に後ろから、しーちゃんと楓ちゃんも入って来た。羚としーちゃんと楓ちゃんが席に着いたのを見て、先生が口を開いた。
「羚君」
「は、はいっ」
「羚君は今日で何回遅刻してるか分かってますか?」
「はい。すいません………………」
「次からは気をつけるようにね」
「はい」
先生は羚から目を離し、楓ちゃんとしーちゃん、二人を交互に見ながら。
「二人も、もう遅刻しないように」
「はい。すいません」
○
ホームルームが終わり、先生が教室から出て行くと俺は、右後ろの席で机に突っ伏している羚に声をかけた。
「羚」
「んー、どうした……」
羚はその姿勢のまま、答えた。
「また寝坊か?」
「うん。まぁ、そうだな」
ふと、凛ちゃんの方に目をやると、しーちゃんと楓ちゃんがそこに集まっていた。 何やら話しているが、恐らく内容は俺達が今話していたものと一緒だろう。
楓ちゃんは羚ほどではないが遅刻をするが、先生のお咎めを受けた事はない。
羚は一度、反省文みたいなのを書かされたとか。
しーちゃんも寝坊だとは思うが、いつも元気で、周りにそのエネルギーを振り撒いているしーちゃんが寝坊するとはあまり思えない。何かをしていて、夜遅くまで起きていたのだろう。
「あ、そう言えば……凛ちゃんがありがとうって」
「倉永さんが…………?」
「うん」
「まぁ、大勢の方が楽しめるだろうしな」
さっきまで疲れたような返事しか帰ってこなかったが、いきなり羚の疲れは吹っ飛んだようだ。
「羚。もしかするとさ、寝坊した理由って…………」
「ん? ちょっと日曜日が楽しみでな」
「…………」
なんか、まぁ、羚らしいといえば、羚らしいのだが。遠足前日の小学生か、お前は。と突っ込みたい。
「今からそんなテンションだと疲れるぞ」
「そんな俺はやわじゃねぇよ。てか、お前もいつもより疲れてそうな顔してるが」
「そうか?」
別に昨日も遅くまで起きていたわけではないし、疲れてはいない。強いていうなら、朝から姉ちゃんに若干、振り回されたのが出ているのかもしれない。
「お前も楽しみで寝れなかったのか?」
「楽しみなのは楽しみだけど、違うよ」
「じゃ、どんな理由だよ」
「姉ちゃんが帰ってきたんだよ」
「姉ちゃん? お前姉ちゃんがいたのか!?」
「なんだ、その驚きようは…………」
こういう反応が絶対返ってくると思ったから言いたく無かったんだ。
「どんな姉ちゃんだ?」
「何でそんな事教えないと駄目なんだよ」
「良いじゃんか。俺が楽しめる」
「どういう理由だよ…………」
どうやってあしらうべきかと考えていると一つの助け船が流れて来た。
「宮永っち! 羚君! 行くよ」
「おぅ」
「ちょっと、護っ! 教えてくれよ」
「そんな事話していると移動教室なんだから、遅れるぞ」
どうにかして聞きたがっている羚を放ったらかし、俺は助けてくれたしーちゃんの後を付いていった。
いつも通りといえばいつも通りではあるが、無事に(?)今日の授業も終わりを告げた。
唯一違った事と言えば、休み時間になった時幾度か、羚がぶつぶつと呟いていたことだけだ。まぁ、そんな羚を俺は奇怪な目で見ていたわけだ。
この高校に入ってからは、しーちゃん達とかと少なからず女の子との接点を持つ羚であるが、些か、中学時代の羚に疑問が浮かぶ。
こう言う言い方をすると上から目線になるから好きではないが、羚は女の子との関わりが少な過ぎる。
え? 俺が多すぎるって?
中学の時の話を何回が聞いた事があるのだが、今、みたいに女の子と話す事はあまり無かったそうだ。
羚自体、性格も悪く無いし、人に気配りも出来るやつだ。羚にはそんな気はもしかしたら無いのかもしれないが、女の子なら誰でも良い、みたいな感じが雰囲気からする。それが理由なのかもしれない。
「…………ふぅ」
「何だ? ため息なんてついて」
「いや、何でもない……」
「そうか」
お前の女の子との接点について考察していたなんて事は口が裂けても言えない。
「じゃ、俺帰るわ」
「おぅ」
おっと、見送っている場合では無かった。俺も早く帰らないと姉ちゃんに何をされるか分からないから。
「れ、」
羚に「一緒に途中まで帰ろうぜ」と言おうとしたが、名前を呼ぶのを俺は躊躇した。
「羚君。一緒に帰ろうよ」
「羚。一緒に帰ろ」
凛ちゃんと楓ちゃんが羚を呼び止めたからだ。
……そう言えば……。
楓ちゃんと羚は中学が一緒だったはずだ。
羚の家の場所は知らないが、楓ちゃんも凛ちゃんも家が御崎高校から近いのにも関わらず、別の中学に通っていたらしい。
と、いうことは、羚の家も以外と近いということだ。
凛ちゃんは羚や楓ちゃんと中学が一緒だったとは聞いていない。まぁ、別に中学がどこだとか考えても仕方ない。
てか、こんな振り返ったりしている時間は無い。
「…………帰らないと」
「宮永っち」
その特徴的な二本のアホ毛を揺らしながら、しーちゃんが俺を帰らせまいとするように前に立つ。
「ん? どうした?」
「日曜日の事についてさ、時間とか場所とか話したい事があるんだけど……」
「んー、すぐに終わるのなら良いけど……、羚とか帰ったぞ?」
あぁ、時間が……。
「うん。見てたから分かってる」
「それでも、二人でやるのか?」
「うん。凛と楓には私が後で伝えるよ。羚君には宮永っちが言ってくれるでしょ?」
「ま、まぁな」
少し、しーちゃんの様子がおかしい。なんかこう、テンションがいつもより低いというか……。
「どうかしたか?」
「ん? どうして?」
「いや……。いつものしーちゃんとは違うなぁって思って」
「そんな事無いよ。ささ、決めようよ」
「そうだな」
しーちゃんが近くの机にピョンと飛び乗ったため、俺も腰を下ろした。
「で、場所は、鳥宮駅の所で良いかな?」
「鳥宮駅!?」
「う、うん。やっぱり遠いかな」
鳥宮駅。この御崎市の端に位置する場所にある駅で、成美の家がある幹池駅から十駅程離れている。
鳥宮駅という名前になったのは実に単純だ。この駅の近くに鳥宮神社なるものがあるからだと、俺は母さんから聞いた。
母さんが物心が付いた時からそうだったらしいから、どっちの名前が先についたからは知らない。
「別に遠くても俺は良いぞ」
「本当!?」
鳥宮駅にはあまり行かない。年に一回行くか行かないかだ。だって、御崎駅に行けば事足りてしまうからだ。
「でも、どうしてそんな所で?」
「……私の家がさ、鳥宮神社の近くにあるんだよ。だから、どうかなぁって」
「なるほど」
ということは、しーちゃんは鳥宮駅から学校まで通っているということになる。