そしてまた日常の始まり #3
「はぁ!! 私はこんな事をしに来たのではなかった!!」
と、しーちゃんはまたしてもタッタッタと窓側の一番前に置かれている自分の机に向かう。
しーちゃんは目当ての物を見つけたらしく、そんな様子を見ていた俺達に構うこともなく、教室の外へと行ってしまった。
「「はぁ…………」」
凛ちゃんと楓ちゃんのため息が被る。
「大変だね。二人も」
「もう慣れたけどね。その点に関しては護も一緒でしょ?」
「まぁ、それは……」
「じゃ、栞もあんなだし、私達も帰るね」
「おうよ。途中まで送って行こうか?」
「別に大丈夫。護君のそういうところは好きだけどね」
「あ、ありがと…………」
「じゃ、また明日」
「うん。また明日」
俺が凛ちゃんと楓ちゃんの二人に、「途中まで」と言ったのにはわけがある。
まだしーちゃんと話し始めてそんな日が経って無かった時だっただろう。ふと、学校の周りをフラフラと歩いていたらしーちゃんと出会ったのだった。
その時しーちゃんは楓ちゃんの家に行こうとしていたらしく、しーちゃんの要望で楓ちゃんの家まで付いて行ったのだった。
その時に楓ちゃんの家を知ったのだ。凛ちゃんの家が隣だということも。
あ、勿論俺はそこで遊んだわけではなくすぐに帰ったのだが……。
「さて、部室部室」
遅れてはいるものの、顔を出しておく方が良いだろう。
薫と心愛と葵の三人が今日は行けないという事も伝えないと駄目だろうし。まぁ、これについてはもう五時になるし、時間帯的に伝えなくても良いのかもしれない。
まぁ、そうだとしても無断で休んでしまうと次の日、杏先輩から何をされるかが分からないので行かない訳にはいかない。薫達のためにも。
ここの東棟から青春部のある北棟まではそれなりに遠いわけではないのだが、青春部は北棟の三階にあるわけで、少しだけであるが、上がるのが面倒くさい。
「はぁ、着いた着いた」
今気がついたのだが、最初に来た時には応接間というプレートが付いていたのだが、それが何時の間にか青春部というものに替わっている。いつ替えたのだろうか。
そのドアノブに手をかけようとすると、それよりも前に扉が勢いよく開かれ、その勢いよく開かれた扉は俺の顔にぶつかり俺の意識は暗転した。
○
「っ……………………!!」
鼻の痛みで目を覚ますと、俺は何故かベットに寝ていたわけで。
「護君!! 大丈夫か………………?」
「佳奈先輩。どうしてここに?」
その声の先に目を向けると、こちらを心配そうに見ている佳奈先輩がそこにいた。
「まぁ、なんというか。あの時ドアを開けたのは私で」
「そうだったんですか。勢い良かったので、てっきり杏先輩と思ってましたが……」
「本当に申し訳ない。急いでてね」
「良いですよ。気にしないでください」
「ゴメン。鼻大丈夫か?」
「はい。もう謝るのは辞めてください」
「そ、そうだな」
「用事ってなんだったんですか?」
「あぁ。職員室にちょっとな」
「もう、その用事は終わったんですか?」
「いや。護君が心配だったから、ずっとここにいたよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
俺がそう言うと佳奈先輩は首をフルフルと横に振り、
「私が悪いんだから、それくらいは当然だ」
「それでも、ありがとうございます」
「護君は…………」
佳奈先輩は一旦言葉を止めてから、続けた。
「護君はあれだ、花とかは好きか?」
「花ですか…………?」
俺はその唐突の質問にキョトンとしながら。
「嫌いではないですよ。どちらかというと好きですね。匂いとか好きですし」
「そうか。それは良かった」
「花が、どうかしたんですか?」
「まだ先の話なんだけど、文化祭の時に合うような花を植えようと思ってるんだ」
「へぇ。それは良いですね」
「その話を教頭先生に言っとこうと思って」
「そうだったんですか」
「それでだ。その花について相談があるんだが…………」
「相談ですか?」
「う、うん…………」
そこまで言うと佳奈先輩は何故か恥ずかしそうに口ごもり。
「だけど、私はその……あまり詳しくないんだ…………」
「だから、俺に聞いたんですね」
「そういうことだ」
その佳奈先輩の言葉に納得しかけた俺だったが、
「さっき部室にいたということは杏先輩にも聞いたってことですよね?」
「まぁ、そういう事になるな…………。だけど」
「だけど?」
「杏は私以上に花について興味がないようでな」
「そうなんですか」
「護君が好きで良かったよ」
「でも、俺もそんなに知らないですよ?」
「良いよ。杏よりかは知ってるだろうしね」
「まぁ、そうだとは思います」
俺は少し笑いながらそう佳奈先輩に返した。
○
「護君」
保健室を出た後、俺は佳奈先輩にもう一度お礼を言って帰ろうとしたのだが、そんな俺を佳奈先輩は呼び止めた。
「何ですか?」
「もし、護君が良いと言うのなら、今週の土曜日付き合ってもらえないか?」
「土曜日ですか?」
「都合が悪かったら良いんだ。ただ花の買い物をしたくて」
「そう言う事なら付き合いますよ」
「そうか! ありがとう」
「こちらこそ」
「じゃ、連絡しやすいように番号交換しようか」
「あ、はい」
佳奈先輩はスカートのポケットから携帯を取り出した。
確か、携帯は鞄の中にいれておかなければならない、といった決まりみたいなのがあったような気がするが、良いのだろうか。まぁ、いっか。
「これで、交換できたな」
「はい」
「護君に相談して良かったよ」
「いえいえ。俺も調べておきます」
「あ、良いよ。そこは私が調べるから」
「じゃ、二人で調べてお互いに案を出し合いましょうよ」
「その方が良さそうだな」
「それならそういう事にしましょう」
「じゃ、また明日」
「はい」
○
「はぁ……………………」
護君の姿が見えなくなってから、私は廊下の壁にもたれかかり、安堵の息をもらした。
「良かった……」
護君に相談して本当に良かったと思う。
校門から校舎に入るまでの間の通路、それの端を花で飾ってみたらいいんじゃないの、と言ってきたのは杏だ。
その案に乗った私は、教頭先生に言いに行く前に杏に確認しに行ったのだ。
私はあまり花に詳しくないから、どんなものを植えれば良いのか、と。
だが、杏からは「私、実はあまり知らなくてねぇ」という答えが帰ってきた。
自分から言うからには何か案があるのかと思っていたが、何も無かったらしい。
「まぁ、それは良かったのかなぁ……」
葵の家で勉強会をした以来だろうか。いつもより護君と話す事が出来たのは。
「土曜日か…………」
本当の気持ちを言えば、今すぐにでも行きたいものだ。
しかしそれは時間的にも無理だろう。
「花か……」
花が好きだというのも私のキャラではないのかもしれない。
心愛や渚とかなら合うのかもしれない。
だが、これを気に好きになっても良いのかもしれない。
「それにしても、土曜日か。長いな…………」