揺らぐ気持ち #2
「む…………。暇……………………」
悠樹は、今日も一人で部室でゆっくり。
さっきまで麻依がいてくれたが、もう帰ってしまった。麻依は部外者だ。悠樹の親友なのだから部外者でないといえばそうでないわけだが、それは自分の感情であり、規則には通用しない。部員以外の、長時間にわたる部室滞在は認められていない。部や同好会が多いため、無駄な衝突を避けるためである。勿論、生徒会などは例外である。
青春部では、部活主導では何もしないということになった。悠樹は、ちょっとだけホッとした。大きなイベントごとはあまり好きではないから。メンバーだけ、知り合いだけ、なら問題ないが、そうはならない。護と一緒にいたい。それだけ。
「……っしょっと…………」
鞄から、一冊の本を取り出す。夏目漱石の『三四郎』を。図書館で借りたもの。明治時代に刊行された書籍であり、夏目漱石を代表する作品の一部でもある。この時代は文芸誌なども流行り、授業などにおいてもよく取り上げられる時代である。
悠樹の趣味は手芸であるが、それと同じくらい読書も好きである。何でも読む。そこに関して好き嫌いはない。
「明日まで……」
普段であればすぐに読み、当日や次の日までには返す悠樹であったが。
返却日が迫っている。読まずに返す、ということは何も悪いことではないけれど、自分が借りている間に、この本を借りようと思った人がいるかもしれない。申し訳ない気持ちになってしまう。
九州から上京した主人公三四郎の、その上京先での物語。ちょっとした恋愛話も、三四郎の中には含まれている。
(恋愛)
恋愛。今、自分が経験しているものであり、相手は護だ。そしてそれは成就している。この関係が続く限り、護は悠樹のものでもある。逆もまた然り。
恋愛がある小説を読んだことがないわけではないが、その全てが護と結ばれる前のことであり、感覚が違う。だからこそ、授業でも取り上げられたこの段階で悠樹は三四郎を借りたわけであるが、どうにも読めないでいた。
「あら? 悠樹じゃない。どうしたの? 一人で」
ガチャ、と部室のドアが開き、杏がやってくる。
「特に」
「そう」
読書をしようとはしていたが、それだけであり、理由があってここにいるわけではない。
「帰らないの? 悠樹は」
「ん………………」
「クラスの方、やること終わってるんでしょ?」
「うん」
悠樹のやることはない。当日を待つだけ。
「杏、は……? なんで部室に?」
「あたし? 電気付いてるのが見えたからね。誰かいるのかな、って。ここ最近は誰もいないことがちょっと多いからね」
「寂しい」
「仕方ないわ。皆、忙しいから。始まったら楽しみましょ」
「ん」
明るく、元気よく。杏はいつも通りの杏である。