穏やかなお昼 #3
「んふふ」
「どうかされましたか? 咲夜さん」
「いえ。何でもないですよ、護様。どうかお気になさらず」
笑みが勝手に漏れていた。楽しい、という感情が咲夜の中に充満する。嬉しい気持ちで満たされていく。
目的地に向かって歩いているだけ。ただそれだけ。ただそれだけのことだとしても、その感情を湧かすだけの理由になりうる。
プライベートだからいいのだ。興奮を感じる。何年ぶりだろうか。咲夜は己の記憶に検索をかけてみるが該当する物は見当たらなかった。こうして誰かと二人で休日を共に過ごすというのは。しかも、こういう形で。加えて、相手は護である。佳奈のお友達、青春部のメンバーだ。少し背徳感に近いものすら感じる。
「やっぱり、何か嬉しいことでもあったんですか?」
「この状況が、ですよ」
「え…………?」
「デートみたいじゃないですか。私はもう大人で護様は高校生ですが」
「あはは…………。言われてみれば」
成人と子供。社会人と学生。大学には行っていない。学生時代は何年前だろうか。思い出したくはない。
「高校生に戻ったみたいです」
はしゃぐほとではないが。咲夜は高校生の時にはもう既に麻枝家にいた。咲夜が帰る家は、不知火ではなく麻枝だった。という事情もあってか、咲夜は普通の高校生活を送っていない。なので、普通という基準が分からなかった。でも、今は違う。
佳奈を通じて、青春部を通して、高校生というものを見ることが出来る。こうして一緒に行動が出来る。
(もう少し……)
ちょっとだけでも多くの人と高校時代に関わりを持っていれば、友達というものを多く作っていれば、皆に助言が出来たかもしれない。残念なことにその術は身に付けていないし、皆と一緒にワイワイワクワク、感情を共有することしか出来ない。それも年不相応なことではあるが。
(誰かに見られたら…………)
ドキっとする。
たまたま一緒にいるだけで、勿論、護は咲夜の物ではない。佳奈の物であり、心愛の物であり、青春部皆の物だ。
(楽しいですね)
年不相応でもいい、と咲夜は自分に言い聞かせる。いい大人だが、たまには自分の感情に素直に流されてもいいだろう。それに誰もケチをつけることは出来ないし、つけさせない。
「さぁ! 護様っ!!」
「うわぉ!!?」
勢いよく護の手を取る。護は声と表情こそ驚いているものの、咲夜の手を振りほどこうとはしてこない。
「行きますよー! せっかくのお休みなんですから!」