穏やかなお昼 #1
「はぁ…………」
御崎駅の前、咲夜は小さなベンチに腰を下ろす。今日は日曜日であり休日だ。御崎市最大の駅なので、人の数は当然多い。
流石にここまでの、ごった返すような人混みは苦手だからこうしてベンチに座ってるわけだが、それが嫌で息が漏れてしまったわけではない。
むしろ逆だ。嫌なことはない。何故咲夜が駅前にいるのかというと、佳奈から休暇をもらったからだ。
「ふふ、お嬢様ったら」
咲夜は断った。街に出たところで何もすることはない。それに今はやるべきことがあるから家にいる方が落ち着く。でも、佳奈に駄目だと言われてしまった。それだと休暇にならないから、と。
休みたいと思ったことはない。佳奈と一緒に住んでいて、佳奈の執事で、麻枝家の執事で。仕事、という義務間のようなものはそこにはない。だから別に、休みはいらないのだが。
「それにしても、どうしましょうか」
咲夜は普段遊び目的で外に出ないので、こういう時何をすればいいのか分からない。思いつきもしない。
(戻るわけにはいきませんからね)
気分転換だ、とも佳奈は言ったが、落ち着かなといえば落ち着かない。だが、家に戻れば怒られる。休みの意味がない、と。ここは佳奈に、お嬢様に従っておくのがいい。
(うーん……)
ベンチの前を通っていく人を眺める。通っていく人の服装を観察する。
咲夜は自分の服装について執着心がない。ない、というか、普段の服装が執事服なわけで、私服を着る機会が滅多にない。合宿の時でもかなり迷った。佳奈に選んでもらったりもした。今日は、黒と白のボーダーとミモレ丈スカート。
(まぁ)
「こうやって見たところで機会がないわけですが」
本当に稀だ。何か買い物に出かける時も、基本的に執事服だからだ。恥ずかしいといえばそうなのだけれど、わざわざそのためだけに着替えるのも面倒だから、いつもそのままだ。
酷く冷たい風が咲夜の全身をなぞっていく。
「寒くなりましたね……」
ほんの一瞬の突風だったが、それだけでも咲夜の身体を冷やしていく。もう十月も終盤だが、ここまで寒さを感じる風が吹くとは。直接肌が露出している首元や足首が冷える。
(どこか)
ファミレスやレストランなど、そういった場所はたくさんあるが、今日は日曜日だ。家族連れなどが楽しむために使うべきで、特に何も用のない咲夜が入っていい場所ではない。
ベンチから立ち、大きく伸びをする。寒いから少しでも身体を温める。
「あ、咲夜さん?」
「え…………?」
そのタイミングで声がかかる。それも男の子の、聞き慣れた声が。