護の家
「ここです」
電車から降り、十分ほど歩くと俺の家へと着く。まぁ、一番近い駅だし御崎駅にも四駅で行けるのだから楽といえば楽なのだが、これから暑くなってくるとこの十分が面倒なのだ。
「広いんだねぇ」
「そんなことないですよ。葵の家と比べると」
「まぁ、あれは別格だし…………」
成美先輩はそう言い終わると、なにやら意味あり気な表情で家を眺めている。
「成美先輩?」
「ん? 何?」
「家を眺めて一体何を考えているんですか?」
「いや、何も考えてないよ?」
「そ、そうですか」
その成美先輩の声のトーンや表情からは、なにか杏先輩に近いものを感じる。一体何を考えているのだろうか。少し、心配だ。
「ただいまー」
「おかえりー」
リビングの奥から水の流れる音と共に、母さんの声が聞こえる。
サッサッサッとスリッパがフローリングの上を擦れる音が聞こえる。
「お邪魔します」
成美先輩、渚先輩、咲、心愛の声が合わさる。
「こんにちは、咲ちゃんは久しぶりね」
「はい。お久しぶりです」
「他の三人は、はじめましてかしらね?」
「はい」
「ご飯は食べてきたの?」
「あ、うん」
「分かった。じゃ、後で部屋までお茶とか持ってくるから」
「うん。了解」
母さんは用件を言い終わるとすぐにリビングへと戻っていた。戻る時ふと見えたその母さんの顔が笑っているように見えたけど……気のせいだと思いたい。
○
(案外広い)
成美が護の部屋に入って最初に思ったのはそれだった。
部屋の扉から見て左奥にベット、右奥に机が置いてある。ベットの隣にはクローゼット、机の隣には綺麗に本が整理されている本棚がある。それと部屋の中間部分においてそれなりのスペースがある。
(護って兄弟いなかったよね……)
一人部屋でこの広さは羨ましい。自分の部屋より広いっていうのは。まぁ、それはマンションに住んでいるのだから仕方ないのかもそれない。
「それにしても、護君急いで降りちゃったけど、どうかしたのかなぁ」
隣に座っている渚は首を傾げつつ、何故護が下に行ったのかを考えているようだが、渚には分からないことだろう。
護は部屋の隅に置いてあった机を部屋の真ん中に置くとしばらくは無言で座っていたのだが、急に「お、俺。母さんの手伝いしてきますっ」と言って急いで行ってしまった。
(まぁ、この空気に慣れてないのかなぁ……)
部室では毎日のように護は女子に囲まれて過ごしているのだが、それとこれとでは勝手が違うのだろう。
「咲ちゃんと心愛は護の家には来たことがあるんだよね?」
「あ、はい。中学の時に何回も」
「心愛は?」
「あたしは、片手で数える程しか来てません」
「なるほど…………」
少しドキドキしている成美とは違って、咲と心愛は動じてないように見える。それは何回も来ているという慣れから来ているものなのか、そうでないのかは成美には分からないけど。
「成美さんと渚さんは、来たことあるんですか?」
「ないですよ」
「ないね。機会もなかったしね」
「そうですか」
「それにしても、お茶持ってくるだけなのに護、遅いね」
成美は、知らず知らずの内にそう呟いていた。
「多分、母さんと話でもしてるんでしょう」
「そうだよね」
(ここまで気になるってことは、そういうことなのかなぁ)
○
「はぁ…………」
心愛は先輩達に気づかれないようにため息を小さく洩らした。
別に護の家に来たくなかったというわけではない。寧ろ、毎日来たいと思っているくらいだ。しかしこの状況下。
(ため息つかざるを得ないなぁ……)
咲や成美先輩、渚先輩に目を泳がせてから自分の体に目を落とす。
(はぁ、悠樹先輩と一緒だったら……)
と、考え、その考えを即座に払拭する。
(ダメだっ! 悠樹先輩だって、そんなことを気にせず護に積極的に関わろうとしているのに……)
「あ、あのっ!」
「どうしたの? 心愛?」
「護の様子、見て来ても良いですか? そ、その帰って来るの遅いし…………」
「良いよ。行ってきても」
成美先輩は笑顔で送り出してくれた。
だが、心愛は思う。
(先輩、もしかして気づいている……?)
○
「はぁ…………」
狭い部屋で女子四人と男子は俺だけというのはどうも気が持たない。青春部で慣れていたと思っていたのだが……。
もし羚がこの立場におかれているのなら、あいつはとても楽しそうにしてそうではある。その様子が簡単に目に浮かぶ。たが、生憎俺はそんな状況下で自分の身を保ってはいられない。
そんな俺の気持ちとは反して、キッチンからかあさんの軽快な鼻歌が聞こえてくる。
俺が母さんの前に立つと母さんは驚いた様子で。
「どうしたの、護?」
「どうしたって訳じゃないんだけど……」
「? まぁいいわ。じゃ手伝って」
「了解」
母さんは少し腑に落ちないようだったが、気にしない気にしない。
「咲ちゃん、久しぶりに見たけど、どこで会ったの? 」
「ん? 御崎駅の近くの店だけど」
「どんな店なの?」
「服、だけど」
「服?」
「うん。部長に半分無理矢理…………」
「なるほど、あっ、護」
「ん? 何?」
「後ろ。心愛ちゃん」
「心愛?」
母さんのそのの言葉に俺は振り向くとそこにはなにやら真剣な顔だちでこっちを向いている心愛の姿があった。
○
「ふぅ……はぁ…………」
深呼吸をして自分の気持ちを抑える。
「母さんは邪魔みたいね」
護のお母さんは気をきかしてくれたのだろうか。この場所から出ようとしてくれる。
「か、母さんっ!?」
護の母さんはそんな護を一瞥しておいていってしまった。
「護」
「お、おぅ。何だ?」
護は少々、驚いているように見える。
「護はさ…………」
「ん?」
「あの……」
どうしても上手く言葉を作り出すことが出来ない。
「どうしたんだ?」
そう言いつつ護はこちらに向かって足を踏み出している。
「護は、やっぱり胸………………大きい方が好き…………なの……?」
「な、いきなりなんだよっ!?」
「ゴメンねっ。 ちょっと聞きたかっただけ。他の皆はその…………大きいし」
「もしかして、さっきからそのこと気にしてた?」
「さっきから? ん、まぁ、そうだけど」
「そんなこと気にしなくていいよ。そんな大きいとか小さいとかは」
「そうだよね。護は気にしないって分かってたんだけど」
「そうか」
「ありがと。気にしないって言ってくれて」
「良いよ。まぁ、羚とかなら気にしそうだけどな」
「そうだね」
「ま、護」
「ん? どした? まだ何かあるのか?」
心愛は言葉を話す前に護へと抱きついた。
「こ、心愛っ!?」
「しばらく、こうさせて…………」
護の胸に顔を埋めていると、段々と護の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「護」
護が声に対し下に顔を向けた瞬間。
「んっ! 」
心愛は一瞬その唇を護の唇に合わせた。
「こ、こ、心愛っ!?」
(ここまで取り乱している護を見るのは初めてかも……)
○
「キス…………か」
まだ唇に残ってる少しの感触を確かめつつそう呟く。
まぁ、驚きはしたが最初に葵、薫、心愛の三人から告白された時に比べたらマシなレベルだ。
「ま、気を引き締めておかないとな」
この状態で俺の部屋に戻ってしまうと、成美先輩に何を言われるのか分かったもんじゃない。あぁ、恐ろしい。
自分はさておき心愛自身がバレないのかが心配だ。まぁ、人の事を気にしている場合なのかもしれない。
戻ってくるのが遅いとそれもそれで怪しまれるかもしれないし、早急にお茶を持って戻るべきだろう。
「さて、行くか」
コップの縁を持つだけでその冷たさが少し伝わる。
お盆を両手に抱え、リビングを出ると、母さんがニヤニヤしながら戻ってきた。
「な、何なんだよ」
「いやー、何でも?」
「もしかして、見てた?」
「いやー、別に」
「絶対見てただろう!」
「いいじゃん。息子の恋愛事情を知っておくのは母の勤めだと思うけど」
「そんな事知らなくても良いよ」
「ま、頑張りなさいよ」
母さんは俺の肩をポンと叩く。
「何をだよ…………」
○
「キスしちゃった…………」
まさか心愛自身からする事になるなんて思ってもみなかった。
心愛は護の事好きだ。だから、キスはしたかったといえばしたかった。
「まぁ、良かったのかな。あたしもこれから頑張るっていう決心ついたし!」
あえて声を出すことによって頑張ろうとする。
ドアを開けると、成美先輩がこちらを見ている。
「ん? 何ですか?」
「いや、なんでもないよ?」
何で疑問系で聞いてくるのだろう、と心愛は疑問に思った。
「今、何で疑問系って思ったでしょ?」
「人の心読まないでください!」
「まぁ、気にしない気にしない。で、護は?」
「もうすぐ、戻ってくると思いますよ。お母さんとの話ももうすぐ終わると思いますし」
心愛が二階に上がる時に、護のお母さんとすれ違ったから、もしかしら見られてたり、聞かれてたりしたかもしれない。そうだとしたらかなり恥ずかしいけれど。
自分の定位置に座ると、隣にいた成美先輩が耳打ちをしてきた。
「心愛っ、心愛っ!」
「な、何ですか?」
「体から護の匂いがするけど、何してきたの?」
「えっ?」
その成美先輩の言葉に、心愛は驚いて自分の服の匂いをかいでみたりした。
「嘘だよ、嘘」
「だ、騙したんですか…………!?」
「そういう反応が返って来るということは、何かしてきたんだね?」
「べ、別に、何もしてませんよ」
「ま、頑張らないと、薫とかには勝てないと思ってる?」
「それは、まぁ………………」
「だから、今頑張ったと」
「は、はい」
「ま、頑張りなさいよ」
○
(心愛も動き出したか……)
いや、ようやくといった感じだろう。
(悠樹も動いてるしね)
遠目で見た感じではあのファミレスに戻ってきた時には手を繋いでいなかったが、立ち止まり、店の中に入って席に座るときまで手を繋いでいたのを成美は見逃していない。
(護も罪な男だね)
咲も見るからに護の事が好きだってオーラが出ている。それについてはいくら鈍い護でも気づいているとは思う。
(ここにはいないが悠樹の想いについては気付いてないか……)
ファミレスの時も少し護を見ていたりはしたが、そんな雰囲気は出していなかった。その時はどれだけ鈍感なんだと思ったりもした。
(渚はまだ自分の気持ちに気付いてないようだけど、時間の問題)
こう考えると大変だなぁ、と成美は思う。何故か、ライバルは葵、薫、心愛、渚、咲、杏ということになるからだ。杏は気づかれないようにしているのかもしれないが、成美はすでに気付いていた。佳奈は大丈夫だろうとくくる。成美が知る限り、佳奈と護がくっつく要素は無かったはずだから。
(まぁ、それにしてもあたしもそろそろ仕掛けてみるか)
○
「そろそろ戻るか……」
部屋が出てから十分以上が経過しているし、あんまり部屋に戻るのが遅くなると成美先輩になにか言われそうだ。
さっき心愛が来たのも、あの用件以外に早く戻って来て、ということも言うつもりだったのだろう。それなら尚更だ。
「よっと……」
俺は五個のコップが乗っているお盆を片手に持ち替え、空いた手で部屋のドアノブを回した。
「すいません。遅くなりました」
「遅かったねぇ。一体何してたの?」
案の定、成美先輩は聞いて来た。その成美先輩の言葉に合わせるようにして心愛が顔を上げた。
(分かってる。さっきのことは言わないよ……)
「ただ、母さんと話してただけですよ」
なにか少し嘘が混ざってる気もするが、気にしない。ある程度、合っているから。
「それにしては長いんじゃないの?」
「さ、咲の話をしてたんです」
「え? あたしの……?」
「うん。母さんも咲と久しぶりに会ったからさ」
「なるほど……」
「で、成美先輩」
「ん、何?」
「少し、左にずれてもらえませんか? お茶を置くので」
「ん」
俺はお盆を置くとそのままその位置に座った。そうすると必然的に成美先輩の横になるわけで……。
「で、何するの?」
「そうですね……」
「また葵ちゃんの家に行った時みたいにトランプでもしますか?」
そう声をあげたのは、成美先輩の隣でお茶をちびちびと飲んでいる渚先輩だ。
「それでもいいとは思うんですけどね」
「でも前にやってるから、同じ事をやってもねぇ?」
「はい」
「あ、護」
咲が急に声を発する。
「何?」
「あのゲーム、まだある?」
「あるとは思うけど」
「なら、それやろうよっ!」
「でも、あれ格ゲーだぞ? しかも二人用だし」
「あ、そっか……」
俺の家に来たのが間違いだったのではなかろうか。まぁ、金は使わなくてはすむのだが、いかんせん、あまりするものがない。
そう考えていると成美先輩が。
「そのゲームやろうよ」
「でも、格ゲーですよ?」
「あたしは別にいいとは思うけど」
「お姉ちゃん。私出来ないよ?」
「あたしもそういうゲームは不得意です」
渚先輩、心愛から反論の意があがった。
「そうか……」
ちょっとの間成美先輩は考える素振りを見せた。しかし、すぐにニヤっと笑う。
「とやぁーー」
成美先輩は大声を張り上げたかと思うと俺の方へと、飛び込んで来た。
「な、成美先輩……!?」
かくゆう俺はそんな唐突なものに対応できるはずもなく、その成美先輩に飛び込んでこられた勢いのまま後ろへと倒れこんだ。
「何するんですかっ!」
「にっしし」
「にっしし、じゃないですよ」
「暇だったから、つい」
「いきなりやらないでくださいよ。驚きますから…………」
「じゃ、いきなりじゃなかったら、良いの?」
成美先輩。そんな目でこちらを見られると困ります。
「いや、そういうわけではないですけど」
「なーんだ。つまんなーい」
「俺にどうしろって言うんですか?」
そんなことよりそろそろのけてほしいものである。別に重いからというわけではない。その体の誇張されている部分が当たっていてどうも心臓に悪い。
「お姉ちゃん。何やってるの?」
「ん? 護の上で昼寝をしようかと」
「そんなことしないでくださいっ!」
「あたしが重いから?」
「違いますよっ」
「じゃ、どんな理由?」
「そ、それは…………」
「言えないの?」
成美先輩はそう言いつつ俺の脇腹をツンツンと突ついてくる。絶対分かって言ってきてる。
俺はそれを耐える為に少し黙っていると成美先輩は俺の上からゆっくりと起き上がった。
「ま、言わなくていいよ。別に分かってるからね。にっしし」
ほら、やっぱり。
「今度からはやめてくださいよ」
「それは、護次第かな?」
「俺次第って何なんですか?」
「それは秘密だね。言ったら面白くないし」
「そ、そうですか…………」
「護の上で昼寝ってのは嘘だけどさ、もういっそのことやる事無いし、寝るのも良い考えかもね」
「ここで、ですか?」
「うん。そうだよ」
いやいや、それはどう考えても無理でしょ。
「今、無理だって思ったでしょ?」
「だから、人の心を読まないでくださいよ」
「あたしは別に人の心を読んでいるわけではないんだよ。実は」
「じゃ、何なんですか?」
「それは教えられないねぇ」
むぅ。どうにかして成美先輩に一矢報わないと勢いに飲み込まれてしまう。
「私も、昼寝で良いと思いますよ。今日はお姉ちゃんの案に賛成です」
え? 渚の先輩。成美先輩の意見に乗るんですか……。
「渚先輩。良いんですか……?」
「いいと、思うよ? ぎゃくにダメという理由が見つからないよ」
「ほらほら、諦めなさい」
「心愛………………」
心愛に助けを求める。
「あたしも…………良いと思うわよ? それに、護だって朝は杏先輩といっしょにいて疲れてるでしょ?」
まぁ、そりゃ、いろんな意味で疲れてるけど……。
「咲……」
俺は最後の望みを咲へと託したが、その望みは砕かれた。
「うーん。別にいいんじゃないのかなぁ。中学の時に薫とあたしと護の三人だけで旅行にいったこともあったし」
「さ、護。諦めなさい」
「分かりました…………」
多数決の結果。昼寝に賛成は四。昼寝に反対は一。見事、部屋の持ち主の意に反して決まったのだった。
「じゃ、毛布かタオルケット、どっちにしますか」
「毛布でいいかな」
「分かりました。取ってきます。勝手に部屋の物に触らないでくださいね」
「分かってるよ」
「じゃ、取って来ますから待っていてください」
「はーい。今度は早目に戻ってくるんだよ」
「……分かってます」
○
「はぁ、何故こんなことになったんだか……」
まぁ、女の子と同じ部屋で寝るということは男どもには羨ましがられるものだし、良いのかもしれない。
リビングに行くと、母さんはいなかったので母さんの部屋に足を運んだ。
「母さん」
「ん、何?」
「毛布、四つある? 」
「あるけど、どうして?」
「先輩がやる事がないなら寝ようって言ったもんだから、寝ることになっちゃって」
「分かったわ。水色二つとピンクが二つ。これで良い?」
「うん。ありがとう」
俺は礼をいうとすぐに部屋から退散した。長居すると何を言われるか分からん。
俺は階段や登りつつ思う。
あの小説に出てくる李徴みたいに自分の内に秘めている猛獣を表面上に出してしまっても知りませんよ、と。
俺だって男なんですから、ね。
……ん? でもそれって成美先輩、渚先輩達も意識しているってことになるのか……?
まぁ、そんなこと言っても分からないか。
○
「はい。持っていましたよ」
「ありがと」
「で、寝る場所はどうするんですか? 皆一列でも寝れますけど」
ん?
俺がそう言うと一瞬、気にしていないと分からないくらいの不穏な空気が流れた。
「寝る場所か…………。それは考えて無かった」
「それじゃ、じゃんけんで決めましょうか」
「そうだね。それが一番公平だし」
寝る場所に公平も不公平もあるのかと思ったが、それは聞かないでおこう。聞いてしまえばその答えだけで時間がなくなってしまいそうな気がしたからだ。
で、じゃんけんの結果。
一番ドア側の端が俺でそこから順番に成美先輩、心愛、渚先輩、咲という形になった。
〇
またしても選択を間違えたのかもしれない。
まぁ、別に家に心愛や咲、先輩達を呼んだのは別に間違いではないとは思うし、考え方によればそれは良いことなのかもしれない。
だがしかし、この状況、俺は皆と一緒に寝る必要は無かったはずだ。四人だけを俺の部屋で寝かしておいて俺だけ隣の部屋とかで寝れば良かったのだ。
まぁそれを四人が許すとは思えないし、無理やりにでも言いくるめられそうだ。
しかし。
「寝れそうにないな…………」
この状況で寝れるほどの根性は俺には座っていない。
まぁ、寝なくても良いのかもしれない。そうすると俺は扉を見て時間を潰すか、隣にいる成美先輩を見ながら時間を潰すか、天井を見て時間を潰すのか、どれかを選ばなければならない。
そういえば、何時まで寝るのであろうか。うーん。聞いておくべきだったか。
それにしても。
「成美先輩はもう寝てるのか」
ここから見えるのは成美先輩だけだ。その横にいる心愛や渚先輩、咲は見えない。少し前までは喋っていたし、今はもう静かになっているということはもう寝たということだろう。
しかし、成美先輩はこういう時には最後まで起きていると思っていた。が、成美先輩も疲れていたのかもしれない。
こっちのチームを引っ張っていたのが杏先輩というのなら、成美先輩、渚先輩、心愛、薫のチームを引っ張っていたのは成美先輩となるのだろう。
成美先輩は杏先輩と同じようにこういう時に無駄に発揮されるリーダーシップみたいなのを感じる。
でもこう静かにしている成美先輩って。
「可愛いんだ…………」
ふと気にせず成美先輩のその髪に手を伸ばしそうになって慌てて引っ込める。
以外と言ったら成美先輩に悪いが、こういう感じの可愛い成美先輩を見るのは初めてだ。
しかしこんなことを考えていたからだろうか。一度引っ込めたはずのその手がもう一度成美先輩のその髪へと伸ばしてしまった。
○
(うーん皆は寝ちゃったのかなぁ)
ちょっと前までは喋り声が聞こえてたし、あたしもそれを目を瞑りながら聞いていた。今はもう聞こえないし寝たとかんがえるのが妥当だ。ただ無理にでも寝ようとしているだけなのかもしれない。
(護はどうかなぁ……)
ふと、護のことが気になりあたしは寝返りをうった。
護はドアに方を向いていた。
(まぁこっちを向いて寝れるほど慣れてはいないか……)
でも一度くらい護の寝顔を見てみたい、とあたしは思う。葵の家で一泊した時は部屋が違うかったし寝顔は見れなかった。
(あっ……)
護がこっちに寝返りをうったので、あたしは思わず目を閉じてしまった。
もし、もう護が寝ているのなら別に目を閉じる必要はなかったのかもしれない。しかし、もし起きていた場合こんな近い距離で目が合うのだ。そう思うと何故か恥ずかしくなってしまう。
これはあたしが護を意識し始めたということになるのだろうか。最初に会ったときなんてもうすでに薫や葵、心愛が護のことを好きだってのが分かっていたからあたしがこういう気持ちを護に抱くことになるとは思っていなかった。
(にゃ……っ!!)
護の手があたしの髪に触れるのを感じた。
(以外と触るの上手い……?)
何を基準として上手いと決めるのかはあたしだって知らないが、護の手は頭を撫でるようにしながら触ってくる。温かさを感じられた。
(あぁ。眠たくなってきた……)
そう思ったのを最後にあたしは眠りに落ちた。
○
そろそろ成美先輩を起こさないといけない。
俺の腕を枕代わりにして気持ち良さそうに寝ている先輩を見てるとなんだか起こすのは申し訳ないような気がするのだが、いかんせん、俺の腕が限界を迎えようとしている。
「先輩。起きてください」
先輩からの返答は帰ってこない。けど俺は成美先輩の目が少しだけ動いたのを見逃さなかった。
(これは、起きてるよな……)
「成美先輩」
俺は先輩に囁いた。
「起きているのは分かってるんですよ」
と俺が言うと、成美先輩はするすると俺の腕から頭をずらした。
「こうすればいいでしょ? 腕が疲れないのなら」
「ま、まぁ。そうですけど…………」
そう俺が返すと成美先輩はさらに俺に近づいてきた。
「な…………成美先輩っ!?」
「ん? 何?」
成美先輩は小悪魔的な笑顔を浮かべ、こちらを見上げてくる。
「いえ、何でもないです」
俺の口は勝手にそう答えていた。
成美先輩はもっと近づきながら。
「ま、護はさ…………」
「何ですか?」
「やっぱり、何でもない」
「気になるじゃないですか」
「言えないよ。またいずれ………………ね?」
「いずれって……」
「いいじゃん。別に」
俺は腕が開放されたので部屋の時計を見ようと思ったが、自分のその腕に時計をつけていたことを思い出し、見た。
「四時か……」
「あたし達は何時まで寝てていいの?」
「そんなこと言われましても…………」
俺に聞かれても困る。
「じゃ、もうちょっと寝ててもいいよね?」
「ま、まぁ…………」
寝ては良いとは言ったものの、うーん。少しは困る。いや、ただ俺の理性がどうにかなりそうになるだけなのだけど……。
「護?」
「何です?」
「いや。呼んだだけ」
「そ、そうですか」
何か成美先輩にからかわれてる気がする。俺の気のせいだろうか。
そうなれば俺だって、
「成美先輩?」
「ん?」
「呼んだだけです」
「やり返されたか……」
それだけの言葉をポツリともらすと、少し成美先輩は、
「護はさ、悠樹のことどう思ってる?」
「悠樹のことですか……あっ!」
俺は、悠樹のことを二人で話してないのにも関わらず呼び捨てにしまったことを後悔した。不覚……。
「へぇ…………。悠樹、ねぇ?」
「これは……」
「分かってるよ。悠樹に言われたんでしょ? 二人きりの時は呼び捨てにしてって」
「まぁ、そうですけど……」
「護って、女の子には甘いところあるよね」
「そ、そうですか?」
「もしかして、そういう自覚ない?」
「えぇ」
「これは、相当鈍感だねぇ」
「ん? 何のことですか? 」
「いやいや。こっちの話だよ」
俺は少し腑に落ちなかったが、それ以上追及はしなかった。
「護、」
「はい」
「あたし達って、メールアドレス交換してなかったよね?」
そう言われて、そうだったと思い出した。
「そうでしたね」
俺はすっと毛布をとり、ベットの上に置きっぱなしになっていた携帯を取った。
俺が取りにいった間に成美先輩も携帯を鞄の中から取り出したようで、俺がそっちの方を振り返るとペタンと女の子座りをしていた。
「じゃ、交換しましょうか」
「うん」
ピロンと交換が成功したことを知らせる音がなる。
○
部屋の扉がノックされる。
「護ー」
扉の外から聞こえてきたのは母さんの声。おそらく起こしに来てくれたのだろう。
腕時計を見ると四時半になっていた。
「そろそろ、起きなさいよ」
母さんの声はそう続いた。
「分かってるよ」
そう言うと階段を降りる足音が聞こえた。
「そろそろ、渚達も起こした方がいいかも」
「そうですね」
俺は、まだ机の上に飲み終わっているコップを置きっぱなしにしていたことを思い出した。
「俺、これ直してきますんで、それまでに起こしておいてもらっていいですか?」
「ん。分かった」
「ま、護っ!」
扉に手をかけようとすると、後ろから成美先輩に呼び止められた。
「なんですか?」
「あたしのこともさ………………その、悠樹みたいに、呼び捨てにしてもいいから…………」
俺はその成美先輩の言葉に少し驚いたが、すぐに、答えた。
「はい。そうさせてもらいます」
○
(悠樹みたいにか)
これはどう考えても、あたしが悠樹のことを恋のライバルとして意識しているということである。
(皆を起こさないと……)
渚はいつもあたしを起こしにきてくれるから、すぐ起きてくれるだろう。心愛もすぐに起きるだろうし、咲ちゃんは……大丈夫だろう。
「心愛、起きて」
あたしは隣で寝ている心愛の肩を揺さぶった。
「ん、成美先輩?」
「そろそろ起きてよ」
「今、何時です?」
「もうすぐ五時だよ」
「そうですか」
心愛は、眠たそうに目を擦りつつ起きてくる。
あたしが心愛を起こそうとした声に反応したのだろう。渚と咲ちゃんも起きてきた。
「お姉ちゃんが先に起きるなんて珍しいね」
「た、たまにはね」
「私、トイレ行ってくるから護君が戻って来たら言っておいて」
「うん。了解」
「あ、渚先輩。場所、あたしが教えますよ」
心愛と渚が部屋から出ると、咲ちゃんが、
「成美さん」
「ん? 何?」
「成美さんも…………」
「あたしも?」
「成美さんも、護のこと好きなんですね」
(バレてる……!?)
「にゃ!? ど、どうして、そ、そう思うのかな…………」
(あぁ、完全にこの返答でバレちゃってるよ……)
「あたし、実は、ずっと起きてたんですよ」
「ずっと?」
「はい。成美さんが護に頭を撫でられている時も、です」
「マジ?」
「はい」
「そうなのか」
「護はそれに気付いていないようですね」
護の鈍感さは、あたし達にとって困るものだ。
「そうだね。悠樹の気持ちにも気付いてないからね」
「そうなんですか? 手を繋いでましたし、気付いていると思ってたんですけど」
「さっき、話してたよ? 聞いてなかった?」
「聞いてなかったというか、聞こえませんでした」
「そうか」
「成美さんは、護に告白するんですか? 」
(咲ちゃんはかなり直球な質問をしてくるね)
「うーん。どうだろうね。告白しないと想いには気付いてもらえないだろうとは思ってるけど」
「護は言われないと分からないみたいですからね。あたしの気持ちにも知らなかったみたいですし」
「困ったもんだよね。護は」
「そう、ですね」
(告白以外で想いを伝えることはできないのかなぁ……)
○
「あ…………、寝てたのか」
成美先輩の髪の毛に触れていて、気持ち良いなと思っている間に気づかず寝ていたらしい。
時間を確認しようと起き上がろうとすると、その自分の右手に違和感を覚えた。
そちらに目を向けていると、俺の腕を枕代わりに寝ている成美先輩が目に入った。
「なっ…………!!!」
驚いたものの、俺の思考は何故か冷静だった。
多分俺の手が成美先輩の近くにあったため、成美先輩が寝返りをうった拍子に俺の腕へと収まったのだろう。
それにしても、成美先輩は可愛すぎると思った。こんな近距離で先輩を見るのは心臓にとてつもなく悪い。
「今、何時なんだろう」
ただ、それも気になった。
もし、もう時間が遅いのなら心愛達が起きてくる可能性もあるし、場合によれば母さんが部屋にくる可能性もある。
どうにかして成美先輩を起こさないようにして腕を抜くのか、先輩が起きるまで待っているのか。
先輩が起きた時にどういった反応をしてくれるのかが少し楽しみだったりする。
○
(寝ちゃってたのか……)
護に頭を撫でられているうちに寝てしまったのだろう。気持ちよすぎたから仕方ないとしておこう。
(てか、あたし、もしかして護の腕を枕代わりにしてる……?)
目をつぶったままだし確かめる術はないわけだが、護があたしの頭を撫でたまま寝ちゃっていたとするならばその可能性が高いだろう。それに、護の腕の感触がある。
けどこの状況、心愛達や護のお母さんが見たらどう思うのだろうか。やはりカップルのように見えるのだろうか。
あたしはそう考えただけで、自分の顔が赤くなるのを感じた。
護とそういう関係になれるのなら、あたしにとったらこれ以上の幸せはない。あたしにとってはじゃなく、心愛や悠樹、杏先輩、葵、薫、咲ちゃん、渚にとっても幸せなことだろう。護は優しくて良い男の子だ。
こんな近い距離にいるのに、この気持ちを抑えるのは大変そうだとあたしは思う。
(もうちょっと近づいても良いよね)
あたしは自分の想いに任せて、少しだけ不自然にならないように近づいてみた。
護の手が少しだけだったが動いた。
(起きちゃったかな……)
でももしかすると、あたしのこのちょっとした気持ちを護に気づかせるためのチャンスなのかもしれない。
たげと、こんなことをしても護は気付いてくれないかもしれない。
だって、
(超がつくほどの鈍感だからな……)
「好き」だと言われないと気づかないと思う。
そういうことなのであれば、告白をすればいいだけなのかもしれない。
たが、そんなことが簡単に出来るのであればもうしている。それは悠樹や渚、杏先輩にとっても一緒のはずだ。
(そろそろ勝負仕掛けてみようかな)
グズグズしている場合はないと思う。心愛や薫、葵はもう護に告白しているし返事を待っているという感じだろう。ってことはいずれ近いうちに護はその答えを出すのかもしれない。
(のんびりはしてられないねぇ……)