不信感 #5
「はぁ…………」
人通りは少ないが、この家の前を通る人間が全くいないわけではない。待機して一時間。十六時を回り、帰宅途中の小学生や中学生の数が増えてきた。そのうち何人かはこちらを不思議そうな目で見るが、それだけであり、声をかけてくる人間はいない。
(帰りましょうか)
連絡をせずに押しかけているのだから居なくて当然といえばそうだが、連絡する手段を持ち合わせていないのだから仕方ない。それに、恐らく、話したい、話すべきだと思っている相手は今、日本にいないだろう。単純に考えてそう思う。
「すいませんが……」
背後から声がかかる。小学生でも中学生でもない。声でそのことははっきりと分かる。
「どちら様でしょうか? うちに……、麻枝家に何か?」
(麻枝……ふぅ)
ようやくだ。
声の方向に振り返ると、そこには一人の女性。バトラーの服を身にまとい。
(執事か、メイドか……)
些細なことはどうでもいい。
「いえ……。特に何か用事があるわけではないのですが、この家の、麻枝家の主人は?」
「出張中です。こちらにいつ戻られるのか、私は聞いてませんので」
「そう、ですか」
あるにはあるが、だからといって、本人達以外に話す話題でもない。執事、バトラー、使用人。家に関係あるわけだが。
「失礼しました。今日はこれで」
「はい。あ、少しお待ちください」
(…………?)
「私、この家の執事、不知火咲夜と言います。以後、お見知りおきを」
手を握られる感触。一枚の紙が渡されていた。携帯の電話番号だ。それだけが書かれている紙。それだけなら口で言えばいいと思ったが、思うだけにしておく。
「ありがとうございます。不知火さん」
スーツの内ポケットにしまい込む。
「それでは、また」
収穫はなかったが、仕方ない。話を聞ける相手はこの家の人間だけではない。他にも、いる。
〇
一礼をし、咲夜は来客者を見送る。
「あ……………………」
(名前……)
こちらの名前は伝えたが、相手の名前を聞くのを失念していた。相手からしてみればこちらは不要かもしらないが、名前を知らなければ伝えることも出来ない。相手はもう車に乗り込んでおり、ちょうど折り返していったところだ。
(仕方ないですね)
連絡先は渡した。本当に必要であるなら、あちらから連絡してくるだろう。もしくは、もう一度来る可能性も十分ある。相手がどういう人間であるのかも分からない。こちらから連絡する義理はないし、そもそもの話である。
「お嬢様には伝えておきましょうか」
相手の女性が言っていたが、用があるのは麻枝家の人間である。昔からこの家にいて、現状そう名乗ったとしても間違いはないような気もするが、咲夜は不知火であり、麻枝ではない。父と母がいないのであれば、佳奈に報告するしかない。
「帰りましょうか」
完全に姿は見えなくなった。いつまでもこんな場所で立っている暇はない。五時を回った。佳奈がそろそろ帰ってくる頃だ。準備をして待っておこう。