勝者の証 #2
「申し訳ありません。護様」
「いえいえっ。大丈夫ですって、咲夜さん」
十対五。
一点を取られた後、一度は逆転に成功したものの、それ以降は全く追いつけず負けてしまった。
(残念です)
もう少し出来るものだと思っていた。でも、身体が思い通りに動くことはなかった。これまで経験したことのないスポーツだとしても、もっと勝負になると思っていた。頑張れると思っていた。
「駄目、ですね」
身体がなまっていた。
「次、頑張りましょう」
試合はこれだけではない。まだ残っている。次のこそは。
「もっと身体を動かさないといけないですね」
「俺も全然でした」
佳奈の執事をやりながら中学や高校に通っていた時はまだよかった。だが、もうすでにそこから数年経っている。咲夜の活動範囲は、自宅とその近辺に限られてしまっている。こういう外出が増えたのも青春部のおかげであり、護のおかけである。
しばし休憩。咲夜は、当然、護の横で他の試合を見守る。佳奈と悠樹もついているが。
「咲夜」
「お嬢様? どうされましたか?」
「疲れているか? なんか買ってくるが」
(おやおや)
「問題ないですよ」
「そうか」
身体的には疲れていない。自分のミスが響いたという点で精神的に疲れてはいるが、そこは次の試合で取り返していく、解消していくものだ。
〇
護の隣を奪う。佳奈より先に。そこは、悠樹の場所だ。
「おつかれ、護」
「はい。強かったですね。悠樹」
「ん」
上手くいった。上手に試合を運ぶことができた。もちろんそれは、佳奈のおかげでもある。アタックは全て佳奈に任せた。それがいいと思ったから。そして、結果が出た。
「次もがんばる」
一度だけでは意味が無い。これを続けていかないといけない。問題はそこにある。
「俺も頑張りますよ」
護のチームに勝つことは出来た。点差を付けることができたが、おそらくもう一回やれば負けてしまうだろう。咲夜も護も、少しずつ修正をしていた。
(咲夜さん)
「悠樹様?」
「なにもない」
「そうですか」
目が合ってしまった。
〇
「あたしらもやるわよ。葵」
「えぇ。勝ちましょう」
(初回は負けられないよね)
だからといって、二回目は、というわけではない。ずっと勝ち続けないといけない。
相手は、成美と渚のペア。コンビとしては抜群の愛称。双子なのだから。こちらも同じクラスで同じゴールに向かってがんばっているわけではあるが、その程度のことで二人を上回ることは出来ない。
「がんばろうねー、ふたりともー」
コートの向こうから成美の声が聞こえてくる。空に向かって拳を突き出しテンションマックス。アタッカーは当然成美だろう。
「作戦はどうしますか?」
「そうね。渚先輩をまず狙いましょ。卑怯かもしれないけど」
渚は未知数だ。運動が苦手。それには間違いないが、双子である。
「そう。分かりしまた」
「それじゃっ! いくわよー」
〇
(渚を甘く見ないでよねー)
狙われるのは分かっている。成美とは違う。どうしても、運動が苦手というイメージが先行してしまう。
(お姉ちゃんが助けるから)
そのイメージは間違ってはいない。だが、何も出来ないというわけではない。成美がカバーに入ればいい。役割分担。出来ることをやっていく。
相手は、心愛と葵。サーブを打ってくるのは心愛だ。綺麗なジャンピングサーブが、渚の元に飛んでいく。
「おねぇ……っ、ちゃんっ!」
そのレシーブはお世辞にも上手いとは言えないいが、きちんと自分のところにやってくる。これがビーチバレーではなく屋内でやる普通のバレーボールであるならば他人にパスを回せるわけだが。
(無理そうだねぇ……………………)
渚は前進していない。レシーブをしたその位置で止まっている。こちらをずっと見ている。成美が取れる選択肢に、アタックの文字はなかった。
「……っしょ」
なるべくコートの奥の方へ。心愛が前に来ているのが見えたからだ。風もある。運良くギリギリの良いところに。
(落ちてくれないかなぁ)
〇
「あ…………………………っ」
ぎこちない動作だった。だから、心愛は前進した。葵にボールを上げてもらい、自分がアタックをするために。だが、ボールは葵の頭上を超え、心愛さえ超えてしまう。
完全にミスだ。
心愛はステップを踏み、ボールを追いかける。間に合うかは分からない。風も強い、運良くコートを割ってくれることを願いつつ。
(届くかな)
念の為、手を伸ばす。
「とど……………いた……っ!!」
打ち上げる形になってしまったが、一点失うことはさけられた。
「葵っ!」
「はい」
ゆっくりはしていられない。葵の一打で向こうに返すことは出来ないのだから、心愛がもう一度やらないといけない。身体を起こし、葵からのボールを受取りやすいであろう位置に移動する。
「いきますよ。心愛」
「いいわよ」
風があるため自分が望んでいた場所にボールは飛んでこなかったが、概ね満足。背後から、ボールが飛んでくる。高く弧を描いて。
「……………………ていやっ!」
タイミングを見計らって。
ジャンプをし、腕を振り上げ、力いっぱいのバックアタックを。
〇
「つ、疲れた……………………」
「お疲れ様です。護様」
二時間くらいかかっただろうか。ようやく、全てのペアとの試合を終え、落ち着くことが出来る。ずっと試合をやるわけではないから、俺はあまり疲れないだろうと思っていたが、それは甘かった。
気が付けば観客が集まっており、試合中はもちろん、休憩中でも暇な時はなかった。どうやら、珍しかったらしい。コートはあったものの、それを活用しする人はあまりいなかったとか。
「ん。大丈夫? 護」
「はい」
息を整え、視線を上げる。そこにいるのは、もちろん悠樹だ。最初に声をかけてくれた咲夜さんの姿が見えない。試合を見てくれた観客がまだその辺りに残っているから、まだまだ人が多い。見失ってしまった。
「ん…………。よかった」
結局のところ、全勝したペアはなかった。俺と咲夜さんは初戦で負けたし。一番勝ったのは、薫と杏のペア。最下位になってしまったのは、成美と渚のペアである。
まぁ、全勝しなくても、優勝したペアにはご褒美があるわけで。
〇
(よかったぁ)
無事、勝つことが出来た。全勝出来なかったことは残念ではあるが、一番勝てたのだから、とりあえずはそれで満足するべきなのだ。
「さてとー」
「何しましょうか。杏先輩」
「そうだねー。何がいいかな」
自分達の褒美のこともだが、成美達のペアに対しての罰ゲームを考えないといけない。言い出したのは杏だ。自分で考える。
「んー……」
キョロキョロ。
一旦集合しようと思っていたがやめておく。バラバラだ。
(まぁ)
この後は自由時間にするつもりだった。都合が良いといえばそうだ。
「どうしようか? 薫。もう、自分達できめる?」
「ご褒美を、ですか?」
「うん、そうだね。その方が、いいでしょ?」
自分のしたいことが出来る。他人に邪魔されることなく。最高だ。タイミングもばっちりである。
「完璧です」
薫の了承も得られた。後は、行動するだけ。そこが難しいわけだが、尻込みしている場合ではない。当然、そんな時間はもう残されていない。この合宿も三日目であるし、目的を達成するための時間も。
「一応、連絡だけはしてもらっていいかな? 被ったりしたらあれだしね」
「あ…………。いります?」
苦笑い。
(それでは意味ないかぁ……)
「ごめん。自由にしよう」
「ありがとうございます。杏先輩」
(んー……………………。あぁ……)
違う反応がきてしまった。もう日が残されていないのだから、それをきちんと活用するための提案だったが。
(……………………)
薫の言うことは分からなくもない。伝えるということは、今から護を独り占めにすると言っているのと同じだ。気になってしまう。
自分の意思で、そう決めたのは杏だ。




