勝者の証 #1
「頑張りましょう、心愛」
葵からハイタッチを求められる。心愛は、心地よくそれに応える。
目指すは全勝。もちろん、目当てなものがあるからだ。おそらくそれは、全てに勝った者のみに与えられるもの。自分達のペアが勝てば、心愛と葵がその権利を得ることになる。
「はいっ!」
一人であるならもっといいわけであるが、ペアを組んでいる以上、独占することは出来ない。出来たとしても、了承を得ることが必要となってくる。
「負けない」
隣にいた悠樹が佳奈を連れてやってくる。
「私達こそ負けませんよ」
葵の発言に、心愛は心の中で頷く。
「ん」
それだけだった。それだけのやり取りで、悠樹は護の所にいってしまう。
「勝てるか不安だ」
「どうして、ですか?」
心愛の視線は悠樹を追いかけている。話を続けるのは葵だ。
〇
「得意ではないから、だな」
簡潔に、佳奈は答える。
それだけのこと。自分が足を引っ張ってしまう可能性がある。苦手、というわけでもないが、このメンバーの中で勝てるほどの自信があるわけではない。そうなると、悠樹に頼るしかない。最低限、勝利に繋がることをする。
「そうなんですか……………………」
「あぁ」
「同じ、ですね……。私も、あまり、というか、運動が得意ではないですし」
「そうだったな」
こちらも同じ。ペアを組む相手は、心愛だ。葵も考えていることは同じだろう。
「ベストをつくしましょう」
「もちろんだ」
それは当然のこと。
〇
「どうされましたか? 悠樹様」
「……………………」
「…………」
咲夜を見、護を見る。ペアを組むのなら、当然自分であると思っていた。勝者である自分がペアを組むべきだと思っていた。だが、違うかった。咲夜の案によって、護をはそのまま咲夜に取られてしまった。
なんてことだ。
「なにもない」
護と一緒に、なんてことを咲夜が考えていたとは思えない。たまたま。素早くペアを決めるためにした行動なのだろう。その意見に賛成はしたものの、良しとは思っていない。護と一緒に出来ないのだから。
「そうですか」
「勝つ」
それだけを伝えておく。負けるつもりはない。護のチームにも、ほかのチームにも。
勝たなければならない。
負けることは許されない。
そのために何をすればよいか。
(簡単)
勝つためのことをすればよい。本気を出せばよい。勝者の意地を。
「そろそろやるよーっ!」
杏から声がかかる。
(ん)
〇
「どのペアからやるーっ?」
声を上げるのは、杏だ。いつも通り。
(一番最初にはしたくないよね)
はやくやりたいという気持ちはあるものの、ここは勝たなくてはいけない。そのためには、皆の力を見なければならない。これまでこの青春部のメンバーでこういうことをやってこなかったから、いまいち把握出来ていない。だから、ここでやらなくてはいけない。
(風もあるし)
雨上がりというのもあるだろうし、風が少し強い。
無論、ビーチバレーを杏はしたことがない。室内で行われるバレーすら、授業でやったことがある程度だ。自分でも自分の技量に期待はしていない。薫に任せる。
「やる」
悠樹から声があがる。
ここでペアの整理をしよう。悠樹のペアは佳奈。杏は薫と同じ。加えて、渚と成美、心愛と葵、護と咲夜、だ。
(それなら勝てるのかなー)
幼馴染みだから、昔から付き合いがあるから、佳奈がどれほど出来るのかを知っている。勝てる可能性は高い。悠樹次第ではあるけども。
「なら、私達も」
「咲夜さん!?」
護が驚きの声を上げている。
「最初に、やるんですか!?」
「問題ありますか? 護様」
「いや……………………」
こちらとしても、問題はない。自分達が最初でなければ他の順番などどうでもいい。逆に、護がどれほど出来るのかを見れるのだから都合がいい。薫と同等か、どうか。分かれば戦術も立てやすくなる。
「ならやりましょう。いつやっても、最終的に試合をする回数は変わらないのですから」
〇
(護と)
一回目から護と咲夜のペアとやることになった。引っ張っているのは咲夜。
「佳奈」
「どうした?」
「咲夜さんは、強い?」
「そうだろう。私と同じでやったことはないだろうが、咲夜はなんでもこなすタイプだからな」
「わかった」
二つのことが分かった。佳奈も咲夜も、ビーチバレーをしたことがないということが。悠樹もしたことがない。おそらく、護もだろう。あるのは通常のバレー。
「準備はいいーっ?」
「問題ない」
(始まる)
〇
「ルールの確認だけどー、十点先取ねー。本当はもっとあるけど、時間かかっちゃうから」
何点だったか俺は覚えてないが、短い方が効率が良い。そんなちゃんとしたルールでやっていたら体力が持たない。慣れてないのもあるし、暑い。熱中症などのものは避けていかないといけない。
「はい、護様。サーブをお願いします」
「分かりました」
咲夜さんからボールを受け取る。
「護様。風が強いですから、そのあたり気をつけてくださいね」
頷く。どうなるかは分からない。やってみないと。
「じゃぁ、いきますよー!」
相手のコート。佳奈が前にいて悠樹が後ろ。俺のサーブを受け取るのは悠樹だ。
慣れるために、下から打ち上げる感じでサーブをする。弧を描くようにして、多少風に揺られながらも悠樹がいる場所に飛んでいく。
「……………………っ」
(おっと)
俺もだが、悠樹も力加減が分かっていないようで、悠樹からのレシーブ一回でこちらのコートまで戻ってきた。悠樹達からみて追い風だから、というのも影響しているだろう。ギリギリの位置で返ってきたので、咲夜さんも一回で向こうに。俺は少しだけ前進する。
〇
(また)
佳奈の頭上を超え、またしても自分のところにやってくる。今度動かないといけない。少し前へ。風の影響も計算する。きちんと佳奈に繋げる。
「佳奈」
声を掛け、佳奈がアタックしやすいだろう位置にボールを送り込む。
「了解だ」
咲夜はブロックする気がないのか、レシーブで佳奈のアタックを受ける気だ。そして、護がいつでもカバー出来る位置にいる。
「…………おっと」
佳奈がアタックをするも、風の影響を受けふわふわと、咲夜のレシーブ範囲を超え、護の場所へ。
「行きますよー、咲夜さん」
「はい」
〇
(いきます)
狙いは悠樹。
護からのレシーブは完璧。前進している護にアタックをしてもらうのもあり。自分でアタックするのもあり。咲夜が選ぶのはもちろん後者。大人として、出来るところを見せないといけない。
踏み込んでジャンプする。
(……?)
砂浜という普段慣れていない地形。そして、裸足。上手く跳ね上がることが出来ず。
「あっ……………………」
指先が触れる。これではアタックにならない。力が入らない。
「……………………」
力ないふわふわとしたボールは風に流され、コート外に落ちる。あと少し左にズレていてくれれば問題なかったのに。
(いや)
風のせいにするのはよくない。そこまで計算しなけらばならない。それが、ビーチボールというものであろう。忘れてはいけない。
一対〇。
「申し訳ないです。護様」
「いえ、大丈夫ですよ。咲夜さん。まだ始まったばっかりですし、ここから頑張っていきましょう」
咲夜のミスで一点を失う。護の言う通り序盤であり、まだ点数を気にする段階ではない。
砂浜の感触を確かめる。失敗してはいけないから。同じミスは許されない。
「気を取り直していきましょう。咲夜さん」
「はい。護様」
この程度のことで落ち込んでいてはいけない。ここからだ。ここから。