グルーヴ #5
(どうしようかな……)
心愛は、頭を働かせる。考える。
ゆっくりと、気に入る浴衣を選んでいる時間はない。おそらく、全部見ることは出来ないだろう。目に付いたものをレンタルするしかない。
何が良いだろうか。自分の好み、そして、護の好みに合うもの。特に重要なのは、後者の方だ。自分より護。優先されるべきことだ。
どれが好きなのだろう。あまり、知らない。服装に関しては。
(てか、護。成美先輩と一緒にいるじゃん……)
一本取られたか。
部屋の優劣が、露骨に表れている。ずるい。心愛はそう思う。護を分けてほしい。いつでも一緒にいられるのだから。
「ま……、仕方ないっか…………」
そういうことにしておく。
こっちには、心愛にはあれがある。夏休みの約束。護や咲夜との約束が待っている。そろそろだ。料理を教えてもらう約束。忘れてはいけない。とても大切な、大事なものである。
仕掛けるのは、そこだ。心愛はそこに焦点を当てる。この合宿は、そこに向けての前段階。
合宿が終わっていつも通りの夏休みに戻ってしまえば、護と会える確率はぐんと落ち込んでしまう。もしかしたら、その約束の日まで会えない、なんてこともあるかもしれない。そんな最悪の事態に備えておく必要がある。悠長にはしていられない。
「はやく選ばないと……」
視線を護から浴衣に。どれが良いかな。
(うーん……)
多い。こんなにあるとは思っていなかった。せいぜい、数十着だと。そんなものではなかった。
「…………………………あ」
(いいかも……)
一つ、手に取ってみる。
「へぇ…………………………………………」
赤と紫を混ぜた色。少し、紫が強く出ているだろうか。そして、その全面に桜模様がたくさん散りばめられている。
(可愛い……)
加えて、ミニの浴衣だ。心愛自身、こういう種類の浴衣は、まだ着たことがない。持っていないし、買ってもいないからだ。
「これに……しよっ!」
まず、一つだ。
○
「うなー……………………」
(寝れないなぁ………………)
もちろん、眠気はある。時間も時間だ。寝たい。だが、何故か寝れない。目を瞑っていても。
「どうしたの? ラン」
「寝れない」
「あはは。私もだよ」
視線を真弓へ。寝返りをうつ。ララは寝てしまっているようだ。起きているのは、ララと真弓の二人。
(護は起きてるのかな……)
どうだろう。わいわいしているのだろうか。楽しんでいるのだろうか。可能性としてはある。
「明日は、どうする?」
「んー……」
やっぱり、ネックになっている。青春部のメンバーにバレてはいけない、ということが。かなり、面倒である。
○
成美、渚、心愛の三人は、それぞれの思いを胸に、部屋に戻ってくる。それは各々の部屋ではなく、もちろん、護と成美の部屋である。もう深夜を回ってしまっている。どうしようか。
「この後、どうするんだ?」
(あたしに聞くのね……)
護の質問は心愛に飛ぶ。考えたのは心愛だから当然といえば当然。自分が決められる。成美でも渚でもない。これを考え行動に移したのは、紛れもなく心愛だ。忘れてはいけない。自分、なのだ。
「んー…………………………」
悩む。時間はあまりない。選ぶものは選んだ。後回し。それもあり。
「心愛ちゃんに任せるよ。私は」
「そだねー。決めていいよ」
言われなくてもそのつもりなのだ。心愛が決めること。
「明日……にしましょうか」
仕方がない。時間がないのは心愛のミス。次でカバー。明日に回す。そこで結果を。護に。
「分かったよ。それじゃぁ、私は部屋に戻るね」
(あ、そっか……)
失念していた。ここで一回終わりにするということは、この部屋からの退出、自分の部屋に戻らないといけない。うっかり。うっかり。
「そう、ですね。戻らないと……」
戻ってしまえは、また、成美は護と二人きりになれる。羨ましい。本当にそう思う。そこが自分だったら。何回も考えてしまう。
同級生、クラスメイトという間柄が、どこまでの力を持つか。明らかに、それは薄い。
成美と比べるのであれば、同じクラスなのだから優位に立てる。だが、それは、先輩と比べた時だけだ。
対象はもう一つ。もちろん薫だ。何度もいうが、心愛は、薫が一番厄介だと思っている。そこに勝たないといけないと思っている。
薫だって、その地位に、その立ち位置に甘んじてはいないと思う。そこまで悠長に構えてはいないと思う。だが、幼馴染みというそれは、変えられない事実であり、二人の関係性を決定づけるものだ。付き合いの長さでは、到底叶わない。
「戻ろう? 心愛ちゃん」
「あ、はい」
座り込んだままだった。渚の手を借りて身体を起こす。あまり力が入らない。まだこの部屋にいたい。
「じゃぁね、また明日」
「うん」
成美の言葉に反応するのは渚。心愛は口を開かない。護もだ。
(護…………………………)
○
「何してるんだろう……………………」
布団にもぐりながら、渚の帰りを待つ。もうすぐ帰ってくるだろう。何をしていたのか聞いてみたい。渚の言葉に甘えて先に寝てしまおうかとも思ったが、気になってしまって、眠気がなかなかやってこない。
お姉ちゃんの部屋に行ってくる、葵が知っているのはそれだけ。お姉ちゃんの部屋。護の部屋でもある。
少しは考えた。葵もそこに混ぜてもらおうかと。でも、やめた。邪魔になる。そう思ったからだ。
(寝ないと……)
十二時を回ってしまっている。いつもなら寝ている時間だ。こういう時だからこそ夜更かし、というわけにもいかない。リズムを整えないと。