グルーヴ #4
「あ、そうだそうだ」
護が部屋に入ったのを、全員が、この浴衣が飾られている部屋に入ったのを確認してから、成美は入り口の扉をしめる。来る時は空いていたし、本当は開けておいたほうが良いと思われるが、時間も時間なので。
(今だけは、私達の場所ってことで……)
貸し切り状態。
百着くらいの浴衣があるだろうか。こんな時間でなければ、もっとわいわいしていて賑やかな場所になることが予想できる。
「心愛は、着付けできる?」
「ちょっとだけなら」
「やってもらってもいいかな?」
「分かりましたっ」
一人で、浴衣を着たことがない。そもそも、これまでにあまり機会もなかった。願望があっただけだ。
だから、提案者に聞いた。出来るのかと。成美も渚もその知識はないから助かる。
(良かった良かった)
もし、誰も出来ない、なんてことになってしまえば、他の人の手を借りることになってしまう。それでは困る。
(だって……)
一応、この四人。成美、渚、心愛、護の四人だけの秘密なのだ。同じ青春部のメンバーといえども、そこに加えたくはない。チャンスを確実にものにするためには。
「十分くらい、各自で、っことでいいかな?」
まとまって見て回るのは時間がもったいない。少ない時間。有効活用だ。バラバラに。
「俺はどうしていたら? 」
(うーん……)
「護も見といてほしいな。それで、何か、私達に似合いそうなやつがあったら持ってきて」
「それいいね。お姉ちゃん」
「じゃぁ、そういうことで」
「はい」
(これで護の後についていけば……)
楽々。
すぐに意見を取り入れることができ、聞くことも容易。成美が自分で言った、各自で、という言葉とは合わなくなるが。
(気にしないー)
三人はバラバラになる。成美、渚、心愛がバラバラになればいいのだ。それだけでいい。護は成美の隣にいるべきだ。
(勝手にどこかに行ったらダメだからねー)
二回。二回も、護は成美に何も言わずに部屋から離れた。離れてしまった。
(一回か……)
二回目は、一応、言ってはくれた。だが、それが本当だったかは疑う余地がある。あまり、信じてあげることができない。護のことなのに。
足踏み。心愛と渚が離れるのを待つ。
(よし……)
護の確保に動く。近くにいたい。側にいたい。この合宿の期間の間くらいは、許してほしい。なんのために同じ部屋にしたのか、護を求めているのか、分からなくなってしまう。
○
各自で。
成美が言ったから、お姉ちゃんが言ったから、渚はそれに従う。
(あれ……?)
でも、一つ、おかしなことがある。
(もう、お姉ちゃんったら……)
言った本人が、なんと、護がいる方向へ足を進めている。
成美の狙いはこれだったと、双子の妹である渚はすぐに分かった。お姉ちゃんの考えていることなのだから。分かってしまう。想いも同じなのだから、当然のことだ。
(流石だなぁ……)
渚は関心してしまう。悔しく思うところなのだろうが、それは静かに引っ込んでいった。まだ出てこなくていい。当分出てこなくていい。
「必死、なのかな……………………」
部屋も一緒。そして、今も。
渚からしてみれば、それだけで勝ち。正直な話、渚が成美を誘った理由は簡単だ。成美を誘えば、護が付いてくる。お姉ちゃんだから、双子なのだから、誘うのも簡単。何も困らない。
護との時間を作っていかないといけない。積極的に頑張っていかなくてはいけない。
(浴衣、どれがいいかな)
いっぱいある。
「うわぁ」
一つ、適当に選んで取ってみた。ショートタイプの、浴衣だった。元に戻す。渚には早い。
(あんなの着る人いるのかなぁ……)
数時間前に花火大会があったわけだが、このタイプの浴衣を着ている人は見かけなかった。
(どうなんだろう……)
見ただけだし、身体に合わせたわけではない。だが、もし着たら、膝上数センチは確定。足を出すことになる。
そこに抵抗があるわけではない。だが、ミニスカートをはいているのと浴衣とでは違うだろう。雰囲気的にも。
(もし……)
もしも、護が言うのであれば、渚に着て欲しいと言うのであれば、着てみてもいいと思う。ほんの少しだけ。勇気はないけれど。
「どれがいいかなぁ……………………」
特に何か好みがあるわけではない。あまり浴衣を着ることもないし、どういったものが自分に合うのかも分からない。一人で着付けも出来ないし。
(難しいなぁ……)
護が選んでくれたら、と思う。楽だから。自分で選ぶより早く決まりそう。そんな気さえしてきてしまう。
視線を姉の方に。護の笑顔が目に入ってくる。
「いいなぁ……」
声が漏れてしまう。
本音。
○
たったった。護をロックオン。
「ねぇ、護」
背後にピタリと。そして、声をかける。護の名前を呼ぶ。
(楽々)
「成美?」
「私は護と一緒に、ね?」
意識しておかないといけない。隣にいようと。側にいようと。
「種類、多くないですか?」
「だねぇ。お客さんもたくさんいるみたいだし。これだけあったら、ニーズに応えられるでしょ」
(ふふふー)
時間はあまりない。はやめはやめに。
護の後ろを歩く。前ではない。護の背中が見える。
(おっきいなぁ……)
身長差がそこまであるわけではない。それなのに、護の背中は大きく見える。成美を引っ張ってくれる背中だ。
これまで、成美は前を行くことが多かった。何故なら、その方が自分に合っているからだ。杏と同じ。成美はそう自分を評価する。
(たまには……)
誰かについていく、というのも良いことなのかもしれない。合うか合わないかはまた別の話である。
○
成美の笑顔が、いつにも増して可愛い。俺は、不覚にも思ってしまった。俺の前を歩くのではなく、後ろを。ついてくるように歩いている成美。それだけのことなのだが、普段、悠樹に対して思う感情が、成美についてしまう。
ちっちゃくて可愛い。その感情が、成美の方にいってしまう。
それは、成美に向けられるべきものではない。てこてこと、小動物のようについてくるようなことがたまにある悠樹にだけ、向けていいもの。なんとなく、俺はそう思った。
成美に対して、そういうイメージは湧いてこない。
青春部の中で、誰に近いか。成美と杏先輩、薫あたりは、同じだろう。引っ張ってくれる。前を進んでくれる。ぴったりぴったり。
(まぁいいや……)
今は置いとこう。今考えないといけないのは、三人の浴衣のこと。どれが似合うか。呼ばれた役目を果たさないと。
二度目の感覚。水着を選んだ時と同じ感覚。
今更だけども、同級生やら先輩やらの水着を、男子である俺が、あんな感じで選ぶなんて、おかしいことだっただろう。普通ならあまりないことだと思う。うん。
その時に比べたら、かなり楽だ。浴衣だ。夏の風物詩。水着もそうだけども、触れる可能性が高いのは前者。
緊張感はあまりない。
「何がいいかなー」
後ろの方でカシャカシャと。何個か手に取って見ているようだ。
見る限り、女性用の浴衣しか見つからない。ここには男のものは置いてないようだ。別に俺はそれでいい。着る必要はないだろうし、成美や渚のように、着付けのやり方を知らない。機会があれば薫に聞いていた。去年とかはそうだったような気がする。ちょっとあやふや。
「はやく選ばないと」
浴衣を挟んで向こう側、心愛の声が聞こえてくる。時間はあまりない。もうすぐ日付が変わってしまう。寝る時間が迫ってきている。
「どうしよっかな」
ゆっくりじっくり見ていたら、明らか時間が足りなくなる。それくらいの量の浴衣が、この部屋には揃えられている。時間ミス。もっと余裕があったほうが良かったとは思う。
まぁ、俺は、そこに付き合うだけだ。難しいことではない。