グルーヴ #2
こちら側からしてみれば、護を借りている身。あまり、無茶なことはできない。したくなるけれど、セーブする。我慢しておく。
(どうなるかな……)
これから先、何があるか分からない。今のうちに、という想いも、もちろんある。
「よしっ!」
護の手をとる。これだけは忘れない。護に意思を伝えるため。護のことを感じるため。近くに自分はいるんだ、ということを。
「行こうっ。護」
連れ出す。護を。
ここから先は、ララの時間。護の所有権はララにある。
○
ララに連れられ、旅館の外へ。ララがずいずいと俺を引っ張ってくる。
「静かだねぇ……。お昼とは大違い」
誰もいない。人の声はしない。波の音。聞こえてくるのはそればかりだ。
わいわいと、賑やかなその光景もいいとは思う。が、今のような、穏やかなそんなものも良い。
道路から砂浜へ降りる階段。ララがそこで止まる。
(あぁ……)
俺も、ララも、履いているのはサンダルだ。だから、砂浜に足を入れるわけにはいかない。簡単に砂が入ってしまう。これが今じゃなければ問題ないが、この後、戻ってからが少しだけ面倒だ。
「砂ついちゃうし、ここでいい?」
「おう」
むしろ、ここの方がいい。帰ってからお風呂に入れるわけでもない。部屋にユニットバスが設置されているが、使うわけにはいかない。
成美に聞かれるだろう。どうして使うの、と。
まぁ、本当のことを言えばいいだけの話ではあるが、そうはいかない。一人でこんな夜に海にはいかない。普通ならば。必然的に、誰かと一緒だった、ということになってしまう。
「ちょっと涼しい?」
「風のおかげだな」
「うんうん。気持ちいい」
三人のことは言ってはいけない。だから、困る。聞かれた時に。
「護は……、誰と一緒の部屋?」
「成美」
「ほぇー、成美先輩かぁ……………………。ん……………………? 成美先輩だけ?」
「あぁ、そうだな。二人部屋と三人部屋に分かれて、俺は二人部屋になった。成美とのな」
「二人きりなのかぁ……………………」
そういうことになる。それはあまりよろしくないことなので三人部屋の方が良かったが、じゃんけんの結果だ。そこに不正はないし、特別嫌なわけでは決してない。
「まぁな」
少し、苦笑いをして返す。
聞きたいことがなくなったのか、俺の方に向けてくれていたララの視線は、海の方へ移る
。
潮風。独特の匂いを持ち、俺達の方に風がやってくる。まだここにきて二日だが、この匂いに慣れつつある。言ってしまえば、この匂いでバレる可能性だってある。
(気にしないでおこう)
それがいい。
○
「………………………………んー……」
フロントに聞けば分かる。そう思っていた心愛は、目的地の前で途方に暮れていた。
いないのだ。フロントに人が。おそらく、人の入れ替わりの時間なのだろう。その間の、空いてしまった時間。
ベルを鳴らし呼びつけるのは憚られる。
時間もどんどん遅くなってきている。ロビーに人影もない。いるのは、心愛だけだ。
(どうしよう……)
「あ………………………………っ」
声が聞こえた。それは聞いたことのない声。知り合いの誰とも合致しない声。
「あ、あの……」
「ごめんごめん。呼んでくれたら良かったのに」
近い。距離感。この旅館のスタッフには間違いないだろうが。
「浴衣が借りれる………………って聞いたんですが…………? 今からでも……」
「浴衣? うん、大丈夫だけど……」
(良かった……)
自分が言い出したことだから。迷惑をかけなくてすむ。今頃、渚が成美の部屋に行って、浴衣のことを伝えてくれているだろう。そして、成美の部屋ということは、そこに護もいる。
メインはそこにある。護。自分のではないし、レンタルであるから自分に似合うものがあるかどうかは分からない。
「んとねぇ……、それじゃぁ、ここに部屋番号とあなたの名前書いてもらえるかな?」
○
(浴衣ねぇ……)
花蓮は思い出す。今が、そういう時期であるということを。花火大会がさきほどまで開かれていたということも。
おそらく、そこで触発されたのだろう。一大イベントだから、そこに相応しいような格好をして参加している人もいたことだろう。
(成宮、成宮)
引っかかった。見たことがあるような名前だ。
いつ?
数日前だ。ファイルをチェックした時、そんな感じの苗字を、そして、心愛という名前を見たような気がする。
「これでいいですか?」
「うん。大丈夫だよ」
照らし合わせる。今預かったその紙と、顧客ファイルを。
(やっぱり、やっぱり……)
三一三。三人部屋。成宮心愛。織原杏。そして、不知火咲夜。
覚えた。おそらく、友達同士で旅行に来ているのだろう。
「………………………………?」
(不知火、不知火咲夜……)
思い出せそうで、思い出せない。心愛の時のような感覚ではない。もっと昔から、この名前を知っているような、そんな感じ。
(なんだっけ……?)
モヤモヤ、モヤモヤ。思い出せない。
後少しで思い出せそうなのに。そこまできているのに。
「あ、あの……。どうかしましたか…………?」
「ん……? あぁ、なんでもないよ」
忘れていた。目の前にはお客様がいる。自分だけではない。
「浴衣が置いてある場所なんだけど、案内しようか?」
「ば……場所だけ……、教えてもらえれば……」
「ん、おっけー」
心愛だけが、というわけではないのだろう。
「えっとねぇ…………」
館内の見取り図を取り出す。二階の見取り図。
「ここだよ」
一番端。たくさんある客室の通路を抜けた先にある。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
(あ………………)
一つだけ、伝え忘れていたことがあった。背を向け離れようとしていた心愛を引き止める。
「チェックアウトまでに返してね。それまでならどんな用途で使っても大丈夫だから」
○
「んんんんんんんん……………………っ!」
ゆっくりと、そして大きく伸びをする。
「よし。ありがと。護。僕に付き合ってくれて」
「気にするな」
階段を一段だけ登り、護の目の前に立つ。来る時と同じ。護を先導するのはララだ。
手を握ることも忘れない。今度は逆の手を握ってみる。
「合宿が終わったら、次はちゃんと遊びたい」
コソコソせずに、堂々と。こういうのはスリルがあって良いし楽しい。隠れて行動する。でも、しっかりもしたい。こんなことをしなくても済むようにしたい。
(だって、もう……)
青春部にいるから。今回はこういう形での参加になってしまっているけれども。これで最後にしたい。
「どこか、出掛けたりするか?」
そして、それは、別に、二人きりでなくてもいい。一番良いのはもちろんそれだが。望みは高くもっておくのは当然のことだ。
「映画とか?」
「簡単に言えばそうなるだろうな」
「そういえば…………」
「ん?」
「僕、こっちにきてからまだ映画館行ってない」
(忘れてたなぁ)
他のことが楽しすぎて。そこに時間をあてていなかった。
外で身体を動かすことが好き。だからといって、それ以外のことが嫌いなわけではない。基本的に家にいるより外にというだけで、何かが出来るのであれば、ララ的にはそれでいい。加えて、そこに護がいるのなら、これまでとは違った楽しみがそこにあることになる。
「よく見るほうなのか?」
「どうなんだろう」
基準は分からない。一ヶ月に一回くらいのペース。ランと行ったり、それ以外の人と行ったり。ランと行くことが比較的に多い。見たいものが被るし、それが楽しい。
「月に一回くらい? 」
「俺よりかは多いな」
誘われて見ることが多いからなぁ、と護は付け足す。
(んー……?)
誘いが少ない、なんてことはありえない。護だから。今でもこうして引っ張りだこなのだから。その選択肢が選ばれないことが多いだけの話だろう。
「ハンドボールしてるんだっけ?」
「メインでしてるのは薫だけどな」
「あはは、そうだったね」
(ということは……)
身体を動かすことが嫌いではない。好きの方に寄っている。
ララは一つのスポーツに固執てやったりは、あまりしない。ある程度、なんでも出来るだろうと自負している。その程度の運動能力は持ち合わせているつもりである。小さい頃から、そうして遊ん出来たのだから。
「あいつがやってるところ、まだ見たことない?」
「うん」
「御崎小学校で教えたりもしてるから、夏休み中に一回のぞいてみるか?」
「邪魔にならないかな」
「大丈夫だ」
「なら、ちょっとお願いしてみたいかな?」
直接見てみたい。薫の動きを。ハンドボールはまだしたことがない。機会はあったが、しようとは思わなかった。
今は、やってみたいと思う。触れてみたいと思う。
○
少し早めに、心愛は成美の部屋に向かう。成美と護の部屋に向かう。明日朝が早くなるかどうかは分からないが、もう夜も遅くなってきているわけだし、この後少しばかり騒いでしまうことを考えれば、心愛の足は自然と早くなる。
「あれ……?」
自分の前、階段歩く其の姿。護だ。駆け足。階段を上り終えたその場所で、心愛は護を捕まえた。
「まもるーっ」
隣へ。ギュッ、と、その手を掴む。
「おわ!? びっくりしたぞ」
「どこか行ってたの?」
部屋にいると思っていた。
「これ」
心愛が手を握っている反対側。その手には、ロビーの自販機で買ったであろう飲料水があった。
「水?」
「炭酸あまり飲まないからな」
「へぇ……」
また一つ、護についての情報がやってきた。心愛だって好んで飲むほうではない。出されれば、という感じだ。拒否はしない。
「心愛はどうしたんだ?」
「あたし? 護と先輩達に用事が」
着物のことはまだ伏せておく。すぐに知ることになることだけれども。一応、なんとなく、後回し。
「達?」
「渚先輩、もう部屋で待ってると思うよ」
「ん? 渚先輩? またどうして」
「お楽しみだってー」
自分が提案していることも言わない。言わない限り、護は気付かないであろう。自分が逆の立場だったらそう思う。心愛、成美、渚。こうしてこの三人の名前を並べてみて、誰が、一番行動力があるか。それは心愛ではない。心愛は成美だと思っている。そして、渚もそう思うだろう。
(どんな着物があるのかな……)
少し期待してしまう。でも、それは、少し、だけにとどめておく。
何も、レンタルだから期待していない、というわけではない。期待しすぎるといけないことを知っているからだ。この高校に来て、護を好きになって、青春部に入って、とても痛感していことだからだ。
この後、この行為が何に繋がるのかそれは分からない。だけど、やってみる。いつもと違う自分を、護に見せてみる。
(つまらないもんね……)
ここまで来て、旅行に来て、好きな人とこうして過ごすことが出来て、いつもと一緒では、それはつまらない。
だから、こうして行動に移す。そしてそれは心愛だけではないということも勿論知っている。
もしかするとそれは、心愛が決めることではないのかもしれない。中心には必ず護がいるから。自分と護を。どちらにとっても損がないように。もしくは、自分だけになるように。そういう風に。
(まぁまぁ……)
落ち着ける。考えることは良いことだけれど、行き過ぎはよくない。時間が残されているわけではないが冷静に。慌ててはいけないのだ。




