グルーヴ #1
行きと同じよう、人混みの中に紛れて旅館に戻る。周りにいる誰もが、先程までの花火の話を口にしている。帰りは杏先輩の隣で先頭を歩く。
「良かったねぇ、さっきの」
杏先輩は、少し興奮気味に声を作っている。
「連続のやつはテンションあがりましたよね」
俺は杏の言葉に頷く。
単純な花火、なんてものではなかった。さすが、有名な大会といったところだろう。小さな花火から、大きめの花火。連続で打ち上げられたり、形状が特殊であったり。これまでにも薫とかと旅行に行ったりした時にもよく花火を見ていたりしたが、二人きりではなく、青春部のメンバーで見る、というこの状況が、より、気分を高揚させる理由になっている。
ロビーに戻ってきた。
流れで部屋に戻る組もいるが、ほとんどがそのままロビーに止まったまま。ごちゃごちゃしている。
「どこかで集まろうか」
佳奈の提案。二日目も終わろうとしている。折り返しだ。
「誰かの部屋にあつまりますか?」
「全員入れるかな」
「大丈夫だと思いますよ」
二人部屋。三人部屋ではあるものの、入るだけ、なら問題無いだろう。多分。
「私と渚の部屋は二人だから、別のとこがいいんじゃない?」
「そうだね、お姉ちゃん」
三人部屋は悠樹のところと心愛のところだっけ。
思えば、まだ他の人の部屋に顔を出していない。いや、まぁ、そんなに行くようなこともないし、言ってしまえば、俺以外は皆女の子なわけで。今更気にするようなことでもないけど、たまにふと思ってしまう時がある。その時毎回こういう風になるのだが。
「私共の部屋にしましょう。それでいいですか。心愛様? 杏様?」
「あたしはそれでいいですよ」
「うん。咲夜さんの案にのることにするよ」
「はい。別にいいですよね。お嬢様」
「あぁ、問題ない」
「じゃぁ、十分くらい経ったら集合ね」
こちらに視線をおくってくる杏先輩。首を縦にふる。杏先輩の言葉で一旦解散に。
○
「ふいー」
ドサッと身体を前に倒して寝転がりたくなる衝動をこらえる。これから集合しないといけないから。
「どうだったぁ? 護? 」
その場では隣を確保した成実だったが、帰りは杏に奪われてしまった。たくさん話しをすることが叶わなかった。悔しい。悲しい。だから、この後は護を独り占めしたい。でも、無理。仕方ない。後に回す。
(ふふふー……)
落ち着こう。どうせ、同じ部屋だ。どうせ、護は成実の隣にいる。護の隣にいることが出来る。
「なんかすごかったよね。キャラクターをかたどったやつとかもあったし」
「あ、ありましたね! どのキャラかはわからなかったですが」
「私も、私も」
深夜にやっているアニメではなくゴールデンの時間に放送されているやつだろうが、如何せん、そういったものはあまり見ることがないので理解が追いつかない。誰なら知っているのだろう。
「護はよく見たりするの? 花火は」
「そうですね。年に一回は。普通じゃないですか」
「やっぱりそれくらいだよねぇ」
護のことだから、その相手は、薫だったりするのだろう。成実が知らない仲の良い人がいたりもするのだろう。そこに成実も入ることができれば。自分も、護と気兼ねなく遊べるようになれれば良いな、と少し考えてしまう。
「そろそろ杏先輩達の部屋のとこ行く?」
「そうですね」
なんとなく、護の手を繋いでみる。護から驚きの反応はない。逆に、握り返してくれているような、そんな気がしないでもない。
手を繋いでも、誰からも何も言われない。それは、当然のこと。二人きりだから。邪魔するものはいない。この部屋にいる限り、という条件付きではある。
(だから頑張ってるわけだけどね)
ここだけの関係に留まらないように。旅行が終わっても、護と仲良くできるように。護を手に入れるために。
○
「つっかれたぁぁぁぁー」
皆が部屋を去った後、杏が大きく伸びをした。一秒、二秒、三秒。ゆっくりと身体を伸ばしている。
「お疲れ様です、杏様。心愛様も」
同じ部屋でこの旅行の間過ごす身としての言葉をかける。
咲夜は少しわかってきた。この間、いままでよりも青春部のメンバーと接する機会を得て。護のことが好きな皆と、護と接してきて。
(成実様は頑張っておられますね……)
同じ部屋だから、いつもより行動を移しやすい。咲夜の目にはそう映っている。
空気として感じる。ここが勝負の場所なのだと。ここで決めないといけないのだと。佳奈から護の話を聞くようになってから、すこしばかり時間が経っている。
好きなのは一人じゃない。とするならば、短期決戦が望ましい。これだけいるのだから、ゆっくり着実に、とはいかない。咲夜は皆を見ていてそう思う。
(焦り)
恋をしたことがないから、詳しいことは分からない。でも、焦っている、そう感じることは出来る。頑張ろう、頑張ろう、としている。成実も、そして佳奈も、杏も。
「咲夜さんも。お疲れ様です」
心愛がペコリと。可愛らしく労いのことばをかけてくれる。
「いえいえ」
咲夜はついてきているだけだ。皆のことをみているだけ。
「あー、もう十時まわってるのかぁ……」
残念そうに、杏がため息混じりに言う。遅い時間。まだまだ夜はこれから、と考えることもじゅうぶんにできるが、明日のことがある。三日目。
「杏先輩」
「なになに?」
「明日、海とか行き……、ますか?」
「そうだねぇ」
海。ここにきて海に行かない、というのは杏にとってはない選択肢だと思う。咲夜が同じ立場としてもそう思う。心愛も思っているから、こうして声に出したのだろう。
「昨日も一昨日も行ってないですからね」
そうなのだ。思えば、まだだ。目の前にありすぎて、後回しにしてしまっている感はある。
「もともと明日のつもりだったから良いよ。羽のばそ」
「わかりました」
パァ、っと、心愛の顔が明るくなる。
明日の予定が決まった。
「あ、そういえば」
咲夜はあることを思い出した。ちょっと前のことを。
○
「護まだかなー」
飲み物を買ってきますと言って部屋を離れた護。まだ帰っては来ない。
成実は思い出す。数時間前のことを。
「なんかあるのかなぁ…………」
分からない。言ってくれないから。気にはしていない。どうせ、この部屋に戻ってくるから。どうせ、戻ってくるんだけども、この時間は成実のもの。独り占め出来る、重要な時間。
ゴロゴロと転がり護の布団へ。
(残念……)
護の匂いがしない。一日ずつシーツ交換をしているのだろう。染み付いていなかった。もったいない。護がいない今だから出来ることなのに。
「仕方ない……」
反対方向に転がり、自分の場所へ。
「んにゃ?」
チャイムがなる。誰かきた。来客だ。
「お姉ちゃん」
扉を開けようとする前、渚の声が耳に届く。
(渚……?)
「どうしたの?」
「浴衣、着たいって、思わない?」
「浴衣? 急にどうしたのさ」
部屋の前で喋るのはダメなので、部屋の中に。護の布団には触れず、触らせない。
「花火の時、着てる人たくさんいたでしょ?」
「そうだね」
雰囲気的にも、周りにカップルもたくさんいた。女の子同士で来ている人もいた。自分達はどちらにも入らないけれども。
「だからね、着てみたいって思って」
「そうだねー」
成実もそうは思う。そういう機会があるのなら良いな、と。護に見てもらうのもいいかな、と。
「でも、私達、持ってきてないよ? 浴衣」
持ってきてない、というか、持っていない。家にないわけではないけれど、それは自分達のものではない。
「レンタルあるって」
「そうなの?」
レンタル。浴衣のレンタル。
「だからね、ちょっと」
「どこで借りれるの?」
「フロントだったと思う。今ね、心愛ちゃんが聞きに言ってる」
「心愛が?」
「うん」
それはまた、珍しい事である。
○
「どこにいるんだ? 」
ララもいる。真弓からそう聞いていたから、不思議には思わなかった。
ララからメール。会いたいとの、その簡素のメール。それだけだったから、ララがどこにいるのか分からない。三人がいる部屋にも言ったのだが、ララだけいなかった。
夜も遅くなってきているし、館内を出歩いている人はあまりいない。
「ここだよー、護」
一階、フロントへ向かう曲がり角、そこから聞こえてくるのはララの声。
「やっと見つけた、ララ」
「えへへー、少し用事があってねぇ」
僕はいそがしいからねー、っとララは言葉を付け足す。
「用があるんだよな?」
「うん」
あっち座ろう?
ララが俺の手を引く。お約束の、フロントのソファへ腰掛ける。目の前のある窓。もし昼であれば、ここから綺麗な海が見えたことだろう。
「真っ暗だよー、護」
他愛もない言葉。
足をバタバタと、子供の様に動かすララ。
微妙に、子供っぽいという表現は、ララにはあまり似合わない。身長も高いしスラッとしている。俺と、十センチくらいしか変わらない。ララも高い部類に入るだろう。
「僕も花火見たかったなぁ」
「ん?」
真弓にメールはした。そこから伝わってるはずだが。
「外で、って意味だよ」
「あぁ」
一応、部屋からは見れたいたのだろう。でも、やっぱり、それは少し寂しい。
もし、真弓達が、三人がこういった参加ではなく、青春部のメンバーとしてこの旅行に参加していたなら、この問題は怒らなかったことになる。
「でも、他の人にはバレたくないしぃ………………、まぁ、仕方ないよね……」
仕方ない。そう仕方ない。真弓の提案を飲んで、こうしてこの場所にいる。後悔はない。真弓はそう言っていたようなきがする。
「人が多かったからな、もしかしたらバレなかったかも」
「そうだったの? あー……」
僕とか背が高いからすぐ見つかるかも、ララがそう付け足す。
杏先輩も比較的高い方。というか、そんなにララと変わらないと思う。どっちも正確な身長は知らないが。
「部屋からはちゃんと見えたのか?」
「うんうん。かなりはっきり見えてたかな。一応写真撮ったりしてみたけど、あんまり上手くいかなくて」
肩を寄せ、携帯を取り出すララ。その距離は。
「携帯だから、ね」
一枚、一枚、スライドして見せてくれる。画面に収まってなかったり、ちょっとブレていたり、ボヤけていたり。それは、ララの言う通り、携帯だから。俺も、携帯を使って、こういった背景を綺麗に撮れる自信はこれっぽっちもない。
「こういう時にカメラ欲しくなるよね」
「一眼レフとか、そういうのか?」
「そうそう。一度は使ってみたい」
「だな」
使ったことはないし、家電量販店等とかでしか目にしたことがない。
「これでも思い出としては十分だし、満足はしているけどね」
写りの綺麗さなどではない。形として、そこに残る。
「そっちはどう? 楽しんでる?」
○
そんな質問を投げかけてみる。
深い意味はない。純粋に。この二日、何をしていたのか。
「おぅよ」
にっこりと、護の笑顔が輝く。
その楽しさとは。
単純な楽しさか。旅行だし、このメンバーだし、それはもう楽しいに決まっている。楽しくない、という感情が出てくる余地は一切ないだろう。
「海入ったりした?」
「いや、まだだぞ」
否定の返答。
お昼、杏が出歩いていた。それは多分、明日に生かすため。
「外にでてもいい?」
そう、問いかける。
「今か?」
「うん。そういう気分なんだ」
「時間が遅いからなぁ…………」
「ダメ、かな?」
それくらいのことは分かっている。夜が遅いことも。
「少しだけなら」
「ありがと」
あまり強制はできない。あまり時間をかけすぎるのもよくない。
護が怪しまれることになってしまう。




