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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第二編〜四章〜悠樹√〜
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れっつ、ごー #5

 邪魔はしたくない。そう思っていたから。薫と葵の二人より護に近づいていくのは、自分には出来ないと自覚していたからだ。


 でもそれは、昔の話。数カ月前の話。今は違う。二人に遠慮することなく、護と接することが出来ている。


 護のことが好き、という明確な意志があるから。


 あやふやだった時とは違う。もう、そんな時なことは忘れていかないといけない。


 前に。前に。


 まず、薫に勝つこと。葵に勝つこと。そして、先輩達に勝つこと。


 この旅行も、後半分だ。短くなってきた。何が出来るのか。それを考えて、早急に、結果を出していかないと。


 もう、終わりにしないといけいない。



 夜になった。


 今日も、何もなかった。いや、まぁ、何もなかったというわけではないが、杏先輩が仕掛けてこなかったという点では、そう言えるだろう。


 二日目がもうすぐ終わる。


 昨日も、なかった。明日はあるだろう。杏先輩が、何日も行動を起こさないということはないだろう。


  「もうすぐだよー」


 成実が声をかけてくれる。


 もうすぐ。花火。


 そう。花火だ。杏先輩の提案ではない。ここにいる誰の提案でもない。旅館の人から、花火大会があることを教えてもらったのだ。


  「皆でもやりたいねー、花火」

  「そうですね」


 仲間内でやるような、こぢんまりとしたものではない。大々的な、この辺りでは有名な花火大会らしい。青春部は誰も知らなかった。俺とかは調べたりはあまりしなかったから知らなくて当然だけど、杏先輩も知っている雰囲気はなかった。


  「夏休みはまだあるわけだし、時間あるよね。護」

  「はい」


 始まったばかり、というわけでもないが。三週間くらいは、まだ期間がある。あるようにはみえる。


  「何がしたい?」


 お約束の質問が、成実から。


  「特には、何もないですかね……」

  「えー、つまんないよー。護」


 旅行。それは毎年。薫の家族と一緒にだ。後はソフトボール部に顔を出したり、薫と宿題したり。小学校と中学校の時はそうだった。


 言ってみれば、普通の、夏休みの過ごし方だとは思う。


  「普段通りが俺は好きです。買い物行ったりとか、こういう風に旅行したりとか」

  「んー……。それもそうだねぇ」

  「成実はなにかあるんですか?」

  「わたしー?」

  「はい」


 受け身になってはしまうけれど、成実がしたいことがあるというのなら、それに乗るのは大いにありだ。


  「私は護とふたりきりでおでかけしたいかな」


 ふたりきり。成実はそこを強調してくる。


  「あ、護はどっちが好き? 遊園地と水族館」

  「そうですね………。どっち、と言われると難しいですけど、水族館のほうが好きです」

  「おっけー。水族館ねー」

  「成実はどっちなんですか?」

  「私も別に片方が、ってことではないよ。だから聞いたの」


 これは渚も一緒ね、と成実が付け足す。


 渚先輩は図書館とか好きそうである。博物館とか、そういう知識が増える方向がいい。


  「観覧車とかジェットコースターとかではしゃぐのもいいけど、水族館とかそういうのは落ち着くから。すごく」

  「分かります、分かります」



  「だよねー」


 頷く。


 時間はある。さっき、成実はそう確認した。


 (そう)


 何度も言うが、時間はある。


 問題はそこじゃない。時間を作れるかどうか。時間を割けるかどうか。夏休みだ。狙っているのは成実だけじゃない。確実性はない。なら、それを保障するためにはどうしたらいいか。


  「花火終わってからきめていい? 水族館のこと。それなら問題ないよね」

  「はい」

  「おっけー」


  (一段落……)


 時間は確保できる。後は、その時にどうするか。これから考えよう。今は、目の前の花火大会だ。先に繫げる。そうしよう。


 頑張ったとしても、一時的に頑張ったとしても、意味はないだろう。続けていかなくてはならない。一回だけではダメ。そんなことは重々承知しいている。


  「それじゃ、いこっか?」


 もうすぐだ。


 一歩前へ。進むことを恐れてはいけない。


 だって、怖がっていたら進めないから。



  「おぉ…………」


 自分達と同じように、花火大会に向かう人達がロビーに集まっている。二十人か、三十人か。


  「まーもーるー」


 手を振ってくれるのは杏先輩。人混みの中でもきちんと見つけることが出来た。杏先輩のところに行くと、他の皆も集まっていた。


  「そろったねー。ここから二十分くらいしたところらしいよー」


 微妙に距離がある。夜の、潮風を浴びながら。


  (そういえば)


 真弓、ララ、ランの三人はどうしているのだろうか。バレてはいけないと言っていた。だから、あんまり動きまわることは出来ない。広い旅館だからそう簡単に鉢合わせすることはないだろうが、気を抜いてしまえば、その可能性は上がってしまう。


 ずっと部屋にいればそのような危険性はなくなるわけだが、それではつまらない。特に、ララあたりはそう思いそうだ。俺だってそう思う。せっかくの旅行なのに。まぁ、三人は一緒に来る、というのを蹴って三人で来ているわけだけども。


 よし、メールしよう。花火のことを伝えることにする。外に出てきて見ることは無理だろうが、もしかしたら部屋から見ることができるかもしれない。知ってるかもしれないが、会った時、そういう話も出なかったし。


 バレちゃいけない。こそこそと。三人がバレないようにしているのに、俺が原因になってしまうわけにはいかない。本末転倒だ。



 (はーなーびー。はーなーびー。)


 杏は、自分ですることばかり考えていた。


 何故なら、想定外のことが起こる確率が低い、と考えるからだ。自分で考えるのだから、もともとあるのを組み込むよりは失敗しない。


 だから、この近辺で花火大会が開かれることを忘れて閉まっていた。こういうイベントには敏感であるはずなのに。いつもは気にかけているはずなのに。


  「あれは後にするかぁ………………」


 一つ今日しておきたいことがあったけれども、それは後回し。花火大会は今しかない。これを使うしかない。利用すればいい。


 皆も少しは期待しているはずだ。これは、そういうイベントだ。夏休み、合宿。欠かせないものだろう。


 躊躇わない。もう、すぐそこ。誰が勝者となり得るのか。


  「杏様」


 隣でメンバーの確認をしてくれていた咲夜が、こちらを見ることなく、話しかけてくる。


  「そんなに、楽しみなのですか?」


 (あ……)

 

 自分の頬に触れてみる。そして、気付く。いつもより、口角が上がっていることに。口元が緩んでいることに。


  「だって…………、花火、好きですから」


 それにより護を手に入れることが出来る確率も上がるのだから。


 そんなことを考えていたら、自然とそうなってしまう。


  「おぉ…………」


 ちょっとばかり人が多すぎやしないだろうか。先頭を歩き、メンバーを先導していた杏は思う。


  「ん……………………」


 砂浜のあたりまで人がごった返している。警備員の方が誘導までしている。


 (固まれるかなぁ……)


 バラバラになってしまっては意味がない。欲を言えば、当然、護のとなりが良いわけだけど、そもそもこの時点で護は杏の隣にはいないし、青春部の最後尾を歩いている護の隣には、成実がいる。


 やっぱり、羨ましい。同じ部屋。それが、今の成実に位置にいさせている。


 部屋を決める時、自分はその場所にはいなかった。任せてしまっていた。そのせいで護は取られてしまった。成実に。


 有利すぎる。今も隣にいることが出来て、ホテルに戻ってからもそれを続けることが出来る。


 (つらいなぁ)


 頑張るしかないのだけど。


  「有料席?」


 そんな言葉がちらっと耳に入った。


  「私たちはもう無理ですね。自由席で見るしか」


 その自由席すら埋まろうとしている。早めに行かなくてはならない。開かれる場所を詳しく知らなかったから他の人達についてきたわけだが、これなら先に出発したほうが良かったかもしれない。


「自由席でも、問題は」


 迫力的には劣る部分があるかもしれないが、杏的には見ることが出来たら満足。この位置でも何も問題はない。


 それに、メインは、護と一緒に楽しむこと。言ってしまえば、護がいるだけで大方満足はできてしまう。


  「この辺りにしましょうか」


 咲夜の声で皆が止まる。


  「あ………………」


 (あーあ……)


 隊列は変わっていない。その流れのまま。当然、護の隣は、成実だ。加えて、成実の反対方向には悠樹。そして、杏は一番遠い。


 仕方ない。仕方ない。すぐに切り替えていこう。落ち込んだままではいられない。あと少し。合宿が終わったわけではない。まだ、大丈夫。大丈夫だと思いたい。



 (んふふふふー)


 隣だ、隣。護の隣だ。何もしかけることなく、そのポジションをとることができた。悠樹もだが、この際、そんなことは考えないことにする。


 同じ部屋なのだから当たり前ではあるけれど、護とのふれあいが多くなった。距離をさらに縮められる機会がたくさんあった。


 護にもっと成実のことを好きになってもらう。こちらの気持ちはもう、溢れてしまっている。


 返答待ち。焦らされている。


  「成実」

  「なに? 悠樹」


 護をまたいで悠樹の声が届く。


  「………………やっぱり、いい」


 こういうことはよくある。今でもたまに、悠樹との距離感の取り方に迷う時がある。どうして、とその理由を聞かれると困るが、


 護の方に距離をつめる。悠樹もこっちによってくる。


  「また人が増えてきましたね……」


 げんなり。自分達が最後ではない。どんどんと、増えていく。


 これほどまでに大きい花火大会も知らなかったというのは、単に、調べようとしなかったことが理由だが、花火がある、というのを聞いた時点で、少し情報を集めるくらいのことはするべきだったかもしれない。


  「もう少し、こっちに」


 不意に、手を握られる。それは、人混みから守るため。はぐれないようにするため。


  「悠樹も、ですよ」


 人と人との感覚も狭くなってきている。


  「ん」


 護の手は離さない。離したくない。悠樹もそうだろう。


 部屋に戻れば関係のない話ではあるが、部屋とこことではぜんぜん違う。空気が、雰囲気が、違う。


 やはり、そういったムードは重要だ。そのためのイベントでもある。


 護の隣。それだけのことで、それは一気に跳ね上がる。


  「さぁ、始まるよ」


 どんな花火が見られるのだろう。楽しみだ。


 準備は整った。

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