れっつ、ごー #4
「ふふふふふー」
準備をすすめる。心愛も咲夜も今はいない。咲夜が心愛を連れて、部屋から出ていったからだ。都合がいいといえば都合が良い。別に居ても問題はないのだが。
「バレたりしたら楽しみがなくなってしまうからねー」
楽しみはとっておかないと。
「護はなにしてるかな」
忘れない。護を想うことを。
シフトしていこう。護を手に入れるための行動を優先する。
これまでも、そういう風にしてきてはいる。もっと頑張っていこう、そういうことである。のんびりとはしていられない。護のことを常に考える。
今もそうだ。建前は、皆で楽しむため。当然、本音は違う。護を手に入れるため。それが本音であり、目的であり、必ず達成していかなければならないことだ。
「さてさて……」
もうすぐだ。もうすぐ時間だ。
どこまでやれるか。
(いや、違うわね)
杏は否定する。やらなくちゃいけない。立ち止まってはいられない。
「時間がないんだよねー」
合宿だって、何もしなければすぐに終わってしまう。きちんと、やるべきことをやらないと。
時間がない。迷ってはいられない。
これまで十分迷ってきた。もう必要ないだろう。
どうなるかは分からない。護がどう答えるのか。杏の気持ちに応えてくれるのか。
あの時の答えを。聞いておきたい。
そろそろ終わりにしよう。そして、その先へ。
〇
「心愛様」
心愛をロビーまで連れだした咲夜。聞きたいことがあったから。別に、話す場所はどこでもよかったが。
「は、はい。なんですか………………?」
怯えている。急に連れてきたから。何も言わずに連れて来てしまったから。
ロビーの、入り口に近いところのソファに腰をおろす。
「聞きたいことがあるんです」
「あたしに、ですか……?」
「はい、そうですよ」
心愛だけ、というわけではない。皆に聞きたいこと。初めに心愛。それだけのこと。
「心愛様が、護様を好きになったのはいつですか?」
直球。
「………………え、…………………………あ、いつ………………え?」
「いつから好きなのですか?」
単純な質問。
「ど、どうして…………そんなことを、聞くんですか?」
心愛の目は、咲夜を捉えてはいない。
「知りたいからです」
何があって護に好意を寄せることになったのか。その理由はなんなのか。知ったところでどうしようもないが、本当に気になるのだから仕方がない。
「四月から、です」
「幼馴染、というわけではないのですね」
「そ、そうですね……。羨ましいです。純粋にそういう間柄は」
「そうですね。分かります」
昔から付き合いがある。それは、恋に対して有利に働くものであろう。咲夜にはそういった、異性の幼馴染がいなかったから分からないが、薫を見ているとそう思う。
「きっかけは?」
「もういいですか………………?」
心愛はまだ、こちらを見てはくれない。
そして、心愛は口を閉じた。もう一度、おなじ質問はしない。
答えたくはないのだろう。
(そう、ですよね)
聞いたところで、咲夜はそれに対して何かができるわけではない。経験もないから助言ができるわけでもない。
ただ、支えることは出来る。上手く、間を取り持つことが出来るかもしれない。
本来なら、これは、佳奈にやることであろう。佳奈の執事だから。佳奈の手助けをするのが、咲夜の役割だろう。しかし、今の咲夜はそれに反している。佳奈のことはもう知っているだけ、といえばそうなのだが。
咲夜は思う。自分は我が儘である、と。無理矢理問うているのだから。
でも、始まりは重要だと思うのだ。
その当時のことが思い出せるから。
〇
「……………………」
咲夜が何も聞いてこない。
質問には答えてほしいのだろう。そして、まだ、心愛に聞きたいことはたくさんあるのだろう。
「……」
咲夜は言った。いつから。護を好きになったのはいつなのか。
「きっかけは…………」
四月。始まりの月。何も、最初から好きだったわけではない。
声をかけたのはこちらから。体力テストの時だった。毎年ある、心愛的には少し楽しみにしているものだ。
自信があるから。体力、スポーツ、運動。普通の男子に負ける気はしない。心愛は自負している。ほとんでの科目でトップだったから。
(もう、懐かしい、なんて思えるんだ……)
そんな感情が生まれた。全然月日は流れていないのに。もう一年か、それくらいの期間は経ってしまっているような感覚がある。
五十メートルを一緒に走った。それが護との始まり。タイムで負けたことが始まり。
護のびっくりした顔が思い出される。
負けた。コンマ何秒かの差ではあるが、負けた。護には「はやすぎだ」と言われた。
(悔しかったなぁ…………)
それからだ。
喋る、といっても、休み時間になったら二人で他愛もない話をする、なんてことはあまりなかった。
一言、二言。機会は多くはなかった。だって、薫がいたから。護の隣には、いつも薫がいた。昔から護のことを知っている、幼馴染の薫がいた。加えて、薫がいない時は、葵がいた。クラス委員長。護もそうだ。そのつながり。
そして、心愛は。
少し話しただけ。
今は全くそんなことはないのだが、その頃は、間にはいっていくことが出来なかった。一歩引いた場所から見ていた。混ざる勇気がなかったから。薫や葵との一対一や、三人で話したりするのは大丈夫だった。でもそこに護がいたら、心愛は何も出来なかった。




