れっつ、ごー #2
無言を貫く。悠樹はその行動を選んだ。何か言いたげにこちらを見ている成実。だが、成実はそれだけ。ずっとこちらを見ているだけである。
「…………」
護を返して欲しいと、成実は思っているのだろう。だって、ふたりきりになれるチャンスなのだから。護と同じ部屋。時間は有効に使いたいものだろう。
だがそれは、悠樹も同じである。同じ部屋になれなかったのだから、今ここでやるしかない。だから、こうして護を待っていたわけであるし、護のことを堪能しているわけである。
護も何も言わない。されるがまま、こちらに腕を回してくれるわけでもない。こちらが、一方的に抱きついている。自分だけが満足している、おそらく、そうだと思う。満足の度合い。
(ん……)
そろそろ良いだろう。十分に補給した護の成分を。これで今日は大丈夫。成実に渡す。
「それじゃ」
離れるのは簡単だ。こっちが一方的だったから。
「…………………………うん」
また明日、同じことをしよう。
今度はバレないように?
いや。そんなことは一切気にしない。自分のことを優先させる。それだけのことである。
〇
悠樹が去っていく。護からようやく離れてくれた。ようやく満足したということなのだろう。
なにはともあれ、護が帰ってきた。自分のもとに。
なら、言うことがあるだろう。
「おかえり」
「遅くなりました」
「いいんだよ」
部屋にもどろう。そうすれば、もう、誰にも邪魔はされない。物理的に。護は、成実のものだ。
護の手を取る。護の感覚を確かめるために。
「成実…………」
「ん?」
入り口で止まり、そこから動こうとしない護。
「まぁ、私は何も気にしてないよ」
仕方がないことだからね、と付け足しておく。
護を手に入れるためにはどんなことでもする。それが悠樹だ。分かる。だって、そうでもしないと、護を自分のものには出来ない。護を好きなのは成実だけではないのだ。沢山いるのだ。
ずっと、思っていることだ。のんびりはしていられないと。でも、悠樹に先手を取られた。
後手に回る形になってしまった。遅れをとってしまった。
「あーあぁ」
結局のところ、こうなってしまうのだ。意識していても、この有り様だ。どうしようもない。
どうするべきなのだろうか。何が最善なのだろうか。
(うーん……)
成実は少し考える。これまで、何をすればいいか、それを考える時、一番良いことが何かを考えてきた。当然のこと。優位に立つためにやってきたことだ。
だが、それが裏目に出たことだってあった。今回もそうだ。同じ部屋になること。それが、この合宿においての前提となっていた。だから、少しだけ、そのことに満足してしまっていた。
護がいつでも近くにいるものだと勘違いしてしまった。
そうだ。これは勘違い。いつまでもそばにいてくれるだろう、という勘違い。そんなわけがないのに、そう思ってしまう。離れることはないだろうと思ってしまう。
離れないのはこちら側。護はどうなのかは分からない。だって、護は一人を選ばないといけない。それは、必然的に選ばなかったものから離れてしまうことになる。
どれだけ、こちらがどれだけ護の隣にいたいと願っても、選ばれなかったら意味がない。隣にいることが出来なくなってしまっては意味が無い。
だから、ずっと隣にいないといけない。
「ずっと」
護の隣にいるためには、もちろん、彼女になるしかない。
自信があるわけではない。そう。そこが問題なのかもしれない。絶対的な自信が成実には、今の成実にはない。最初の頃はあったのか、と問われたら、それはそれで反応に困ってしまうのだけれども。
「護」
護の肩をトンと叩く。それは振り向かせるため。
「はい?」
「ちょっとだけいい?」
確認なんていらなかったのかもしれないが、なんとなく。
「……………………」
「優しい、ですね」
護からはそんな言葉が返ってきた。
ぎゅっと、護を抱き寄せた。ただそれだけのこと。さっきまで悠樹がしていたことと何も変わらない。一方的なのも変わらない。
(悠樹の……)
少しだけ、悠樹の匂いがする。それは、さっきまで悠樹がそうしていてから。気になることではあるけれど。今、護とこうしているのは成実だ。悠樹ではない。紛れもない事実。
どうすれば、護は自分のものになるのだろうか。それを確実にするための方法は何なのだろうか。
「ぎゅぅ」
悠樹がどれくらいこうしていたのかわからないけれど、上書きするために、それ以上のことを。
「成実?」
「少し、寂しくなって」
護が離れてしまうような気がした。
寂しい。純粋にそう思ってしまう。
たった数ヶ月の付き合い。たったそれだけの付き合い。それなのに、ちょっとこういったことがあってしまえば、そういう感情がわいてきてしまう。
(それだけ)
護のことが好きだ、ということではあるが、ここまで思ってしまうのも珍しい。でもそれは護にだけではないし、その感情の対象は青春部の全員に広がる。ララもランも真弓も。
時間の短さは関係ないそういうことになるだろう。
何故か、離れたくないと思ってしまう。ずっと、このメンバーでいたいと思ってしまう。
特別な存在。それは間違いない。




