れっつ、ごー #1
(さてさて……)
部屋を出、炎天下の中、杏は外に出てみる。
部屋の中にこもっているのはよくない。だって、せっかく海が近いのだから。ちゃんと使えるものは有効活用しないといけない。
いつからにしようか。今から? 昼から?
青春部の皆は、どちらを希望するだろうか。朝ごはんを食べたばかりだから、今、となる可能性はあまりないようにも思える。
「暑いって」
苦笑い。ここまで暑いとなると、これはもう部屋で引きこもっていてもいのじゃないか、と思えてくる。
階段を降り、杏の足は砂浜を踏む。
「多いねぇ」
人の多さに少しばかりうんざりしてしまうが、場所を変えたとしてもどこもこんな感じで人があふれているのでしかたない。
「どうしようかな」
単純に海に入る。何か特別なことをするわけではない。場所がこうしてあるのだから、いつも通りで構わない。
(はーあー)
変に気をはらなくていい。それは十分わかっている。十分すぎるほどに。そして、頑張り過ぎるのもよくない。それも分かっている。
やりすぎは、よくない。そのことを、最近、ようやく理解した。遅い。遅すぎる。
これまで、杏が引っぱって皆をリードしてきた。それが悪かったということではない。やりすぎてしまっていた。それだけのことなのだ。他の人の行動を阻害する。自分が気付いてないとこでもあったに違いない。
遠慮する。杏は遠慮することがあまりなかった。なら、それを他の子がすることになる。
「そういっても」
簡単にそれをやめられるわけでもない。意識したからといって、そんなすぐに自身の行動理念が変わるわけでもない。
「護は…………」
杏に何を求めているのだろうか。
変わる必要はあるのだろか。
あるとは思う。明確な理由があるわけではないけれど。
(どっち……なのかな?)
護が好きなのは、好きになってくれるのは、どっちの杏になるのだろうか。
可能性が高いのは?
前者。
杏はそう思っている。もし今までの自分を変えて護に嫌われるのであれば、変えないほうが良い。変えなかった場合でもその未来があるかもしれないが、それは諦めることができる。
「頑張らないとなぁ」
護に見てもらうため、護に自分を選んでもらうために。ここで、この場所で出来る限りのことをする。皆に負けないように。出し抜かれないように。
「戻ろう」
さざなみに戻ろう。視察おしまい。海の空気を感じる。今はそれだけでいい。楽しむのはこれからだ。
額に少し汗が滲んできたのを確認しながら、杏は身体の向きをさざなみの方向へ切り替える。
「…………………………………………あれ?」
見間違いだろうか。人混みの中、見知った二人組みを見たような、そんな気がした。
「……………………?」
もう一度そこに視線を戻してみても、もう分からない。そこを凝視していたわけではない。
「まぁ、いいか」
気にするようなことではないだろう。今は、そんなことを考えている時ではない。
〇
「ちょっと!? ラン!!?」
人混みをかき分けるように、ランはララの手を握りながらどんどんと足を前へ出していく。いつもとは違うランに、ララは少し置いていかれそうになる。
「あぶなかったぁ………………………………」
ホッと胸をなでおろしているラン。ララにはまだ意味が理解できていない。
「どうしたのさ?」
「杏さんが…………」
「杏さんが?」
青春部の、部長。先輩。色々と、自分の先を行く人だ。
「いたんだよ。杏さんが」
「え……?」
「バレるとこだったよ」
「本当に!? 僕、まったく気づかなかったよ」
バレてはいけない。目的を達成するまでは。何のためにここにきたのかわからなくなってしまう。意味を、失うとこであった。そういうことだ。
「ふぅ…………………………………………………………」
「神出鬼没だよ。杏さんは」
部屋にいると思っていた。護達と、遊んでいることだろうと思っていた。でも違った。単独行動。おそらく、この後のため。円滑に、時間を無駄にしないため。
さざなみの目の前にある海水浴場。当然、杏がこの場所にくる可能性は低くはなかった。だって、ララとランもこうして見に来ているのだから。
「汗かいちゃった」
「うん」
少しばかりの全力疾走。タイミングが悪かった。それだけのこと。
「すぐ戻りたいけど……」
「今は危険」
ララとランの意見はもちろん一致する。杏だってここの雰囲気を確かめるために足を運んだのだから、すぐに帰るとは思えない。でも、のんびりしていると、他のメンバーが来てしまうかもしれない。一人だけならまだしも大勢になってしまうと撒けるかわからない。それに、今回はたまたま気付かれずに逃げることが出来た。背後から捉えられてしまったら終わりだ。それが護だったらいいわけではあるが。そういうわけにもいかないだろう。
「泳く? ラン」
「え? 今泳ぐの?」
質問を飛ばすとランの驚いた表情が返ってきた。
「どうせ、しばらく戻れないんだし。このままボーっとしてても暑いだけだし」
「それもそうだけど………………」
ランはあまり乗り気ではない。いってしまえばララだってそうなのだけれど、今は、その選択が良い気がしたのだ。なんとなく。他の人に紛れて泳ぐ。
ララだって、あまり、ここまで大多数の不特定多数の人達の前で、あまり水着姿にはなりたくない。見せる必要もないし、そして何よりも魅せられるものでもない。
「なんか食べよう? アイスとか」
加えてそれは、ランも同じである。
別にそれは、護だったら良いというわけでもない。最終的には護だから、という風にはなるのだけど、一瞬ためらってしまう。そこに、自分たちに護が求めるものがあるのかが分からないからだ。
「分かったよ。ラン」
海の家を使う、という選択肢があったことをララは思い出した。忘れていた。それは視野が狭まっていたことによる弊害だ。
「のんびり、しよ…………?」
「うん」
真弓は用を終わらせたのだろうか、なんてことを思いながら、ララはさっきと同じようにランの後ろにつく。今度はただ後ろを歩くだけれども。
〇
「あ」
護が帰ってきた。階段を上り、こちらに向かって歩いてくる護を悠樹はとらえた。
「悠樹?」
護もこちらに気付いてくれる。その歩みのスピードを上げてくれる。護がどんどんと近づいてくる。
「おかえり」
護を出迎える。成実もするであろうことを成実よりも先にやってみせた。
「はい」
護の前に、悠樹は自分の身体を出した。
何のために。護をここから進ませないために。成実のもとに行かせないようにするために。
「どうかしましたか?」
「なにも」
「部屋に戻りたいんですが…………」
「ん」
知っている。だから、とめている。
「…………悠樹?」
悠樹は護の動きを止めるために抱きついた。護の胸に頬を重ねる。汗の匂いが少しだけする。どこに出ていたのだろうか。そこまで潮の匂いはしない。外に、というわけではないのだろう。
(……………………?)
悠樹は少し疑問を覚えた。護に対して。
いつもなら、ここで驚きがくるだろう。そして、その後に、疑問がやってくる。が、今は、後のものしか現れていない。驚きが抜けている。
どうしたのだろう。こういう行動を悠樹がとれば、他の誰かがとれば、いつも先にその感情が先にきていた。そのはずだ。
(慣れ……?)
そういうことになってしまうのだろうか。慣れてしまった。別にそれは同じことを繰り返していたのだから、なんら問題ないことなのだ。
「悠樹……………………? 離してくれませんか? 部屋の外ですし」
ここは外であるということを、他の人に見られるという危険性を孕んでいることを教えてくれる。
「知ってる」
その上で、悠樹はこうしているのだ。離れはしない。護を自分のものにしたいから。
「………………………………………………………………」
もうすでに、護の彼女なのだから自分のもの」といえば自分のものではある。だからこそそれを、もっと強力なものにするために。悠樹の行動の根にはそれがある。
「悠…………………き!?」
「護…………………………………………………………」
別の音がやってきた。それは、予想していなかったこと。考えればすぐに分かることなのに。考えを放棄していたといえるだろう。だからこそ起きてしまった悲劇。
「なにしてるの? 悠樹も…………」
〇
「んもー」
遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い。
本当に遅い。一体どこで何をしているのだろうか。
何が気になるか。単純に、予定も言わずに、あのメール以降何の連絡もないこと。忘れているのだ。護が。そのようなことがこれまでにあっただろうか。
「あったかなぁ」
ないような気がする。覚えてない。その可能性もある。が、だって、護のことだから。護が、こういった些細なことであったとしても連絡を忘れることがあるわけないのだ。
「どうしよう」
このまま待っていようか、少し悩んでしまう。さっきまで待っていたのだから、もうすぐで護は帰ってきてくれるだろう。探しに行く必要はないようにも思える。
(でも…………)
すぐに会いたい。待ってはいられない。
「よし」
会いたいと、そう思うのだから、成実はその思いに従うことにする。
護を探しに行こう。部屋をうろうろとしていた成実であったが、足を入り口の方へ向ける。
「………………?」
ドアノブに手をかけたその時、声が聞こえた気がした。二人分の声。そう、護と悠樹の声だ。向こうに護がいる。
「よかった」
やっと帰ってきてくれた。特段、護と一緒になにかをするわけではないが、護とは一緒にいたい。
(というか)
「悠樹はもぅ…………」
悠樹がいるということは、あの後部屋には戻っていないということだ、ずっとそこにいて、護の帰りを待っていたということになる。悠樹も護に用がありのだから、待っていたのはすごく分かる。
「ふぅ……………………」
もうそこまで帰ってきているのだから待っていればいい。出迎えは、どうしようか。
「何してるのかな」
気になる。だって、扉一枚を隔てた向こう側、すぐそこに二人がいる。護がいる。こんな近くで、気にするな、という方が難しいであろう。
少し大きめの声が聞こえる。
外にでよう。気になる。とても。気になる。
(…………え……………………?)
扉をあけて目に入ってきたのは、予想通り、護と悠樹。でも、ひとつ、予想していなかったことが、あった。考えもしなかった。
「なにしてるの? 悠樹も…………」
まずは悠樹に尋ねる。
「護も」
加えて、護にも。
「なにも」
悠樹はそう答えた。護からは何も返ってこない。悠樹はいつも通りだ。その光景を見られているのに動じていない。慌てているのはむしろ護のほうであり、そして。
(私も、だよね…………)
一瞬、理解が追いつかなかった。何をしているのか。部屋の前で。青春部以外の、一般の客もいる、普通の旅館で何をしているのか、と。理解が出来なかった。
「なに? 成実」
悠樹の目を見ていたからか、悠樹から疑問が飛んでくる。
(はぁ)
離れようとしない悠樹。間に割って入りたくなる。
護が離れようとしようとしても、護が拒否しようとも、成実がこうして見ていても離れないのだから、悠樹にはさらさら離れる気がないということが見て取れる。
「いい……………………」
こうなった悠樹には何をいっても無駄だろう。だから、成実は口を閉じる。この状況を見る。今はそうしておくしかない。羨ましいという気持ちと少しの怒りを持って、悠樹と護をみておくしかない。
「…………………………………………」
「………………」
「……………………」
成実にイライラが募っていく。それに、二人は気付いていない。気付くはずもない。