raison #4
「俺は…………」
護の口がゆっくりと開かれる。
「悠樹が好きです」
はっきりとした声だ。はっきりと、護は答えた。
……そうきたか……。
答えをボカしてくる可能性もあると少し思っていたが、それは失礼だったと真弓は反省する。
だって、嘘には思えないから。真弓に聞かれてから答えを考えた付け焼き刃的な感覚も一切なかった。
本当の答えだ。護が真剣に考えた結果の答えだ。
「悠樹なの? 」
「はい」
それは、真弓があまり想定していなかった答え。
……薫ちゃんではないんだ……。
薫との付き合いが一番長いから、なんでも知っている相手だから、薫の可能性が一番高いと真弓は思っていた。でも、そうではなかったのだ。薫が護の一番にはなれなかったのである。どういう理由があってそうなるのか。
……まぁ……。
好きな人、以外のことを聞くつもりは真弓にはない。真弓が知りたかったことはここまでだから。気になりはするが、簡単に聞いていいことではない。
「そっかぁ。悠樹かぁ」
残念。少しだけそう思う。一番が佳奈ではなかったから。ララでもランでもなかったから。
佳奈は少し臆病なところがあった。その点を、真弓は少し支えもした。
植物園での、あの件。あれは成功していたと思う。自分的にも佳奈的にも。あれが間違っていたとは思えない。あれ以降、佳奈はより活発になっていた。それは近くから見ていたから分かること。昔から佳奈のことを知っているから分かること。それまで恋に興味になかった佳奈が、そこを境にもっと護に興味を持ち始めた。そんなことは簡単に分かってしまう。
押しが足りなかったのだろうか。佳奈の頑張りが。
足りなかった、とは思いたくないが、選ばれなかったのだから、そうだと思うしかない。
「これ、私以外に知ってる人いる? 」
「それは悠樹以外で、ですか? 」
「ん? 告白したの? 」
「はい」
「OKもらったと……」
「……はい」
「ほぅほぅ」
もう、他の人の出る幕はなくなってしまったか。告白がまだであったら、まだここから護の気持ちをこちら側に傾けさせることが出来たかもしれない。が、ここまできてしまってはもう無理だ。こちら側が付け入る隙がない。何もできない。護の気持ちを掴むようなことは。
「あ、悠樹以外には、まだ言ってません……」
「言えそうにないって感じかな? 」
「言うタイミングがあまり」
「この旅行中に言うつもり? 」
「そう考えてますが、どうなるかは……………」
「そうだねぇ」
タイミング。護もそう言っていたが、真弓も難しいことだと思う。一人ずつそのことを伝えるのか、全員にまとめて一回で伝えるのか。どちらの方法を取るにしても、護は大変だ。
「護は……………………? 」
護はどこに行ったのだろうか。メールはもらっていた。でも、そこには場所は書かれていない。フロントに鍵を預けている、というメールしか来ていない。
「んー……………………」
成実がフロントに行くとまだ鍵はそこにあったし、部屋に戻っても当然護は帰ってきていない。
……どこ……?
どうして、行き先を教えてくれないのだろうか。
どうして、自分が部屋に戻ってくるまで待ってくれなかったのだろうか。
自分には言えないことがあるのだろう。だから、隠された。何も言ってくれない。
「あ? 」
チャイムがなった。
一回。二回。
護だろうか。護だったら良いな、と成実は思う。
「成実」
悠樹だった。護ではなかった。残念。
「どうしたの? 」
「護は? 」
護に会いにきた。そんなのは聞かなくてもわかってしまうこと。
「いないよ……………………」
もし、護がここにいたら、俺が行きますよ、と言っているはずだ。そして成実は、それに乗る。でも、護はいない。成実が出るしかない。
「どこ? 」
「知らないってっ! 」
「……………………………………………………………………………………」
「ごめん」
……あーあ……。
なんでだろうか。当たってしまった。悠樹に。イライラしていたつもりはまったくない。それなのに、普段出てこない感情が、溢れだしてしまった。分からない。
「帰る」
「うん」
それだけ言うと、悠樹は部屋を後にした。
その後ろ姿はいつも通り。落ち込んでいるとかいった雰囲気は感じられなかった。また後でくる、そういうことなのだろう。成実はそう受け取っておく。
「………………」
また護はいなかった。いや、一度目はいなかったわけではないかもしれないが、今回は確実にいなかった。
「どこ? 」
護はどこにいるのだろう。成実も知らなかった。ということは、護は誰にも言っていないのだろう。誰も知らない。同じ部屋の成実、そして悠樹も知らないのだから。
誰にも言えない、そんな理由があるのだろう。
でも。
……その理由ってなに……?
自分にすら言えない理由とは、一体なんなのだろうか。成実の言葉から判断するに、それは唐突なことだったと思われる。
「怒っていた」
あんな成実はあんまり見ない。しかも、護のことで怒る成実となると、今回が初めてになるだろう。というか、それは、成実だけではない。薫も葵も心愛も渚も佳奈も杏も、護に対して怒っているところを見たことがない。怒り、という感情が、護に対して向けられることが一切なかった。
……だって……。
怒る要素も別になかったから。それに尽きる。
周りに目を向けてばかりで自分の方に振り向いてくれなかったりした場合、その場合は怒りという感情ではなく悲しみが先にくる。頑張りが足りなかったと、自分をそう責めることになる。
これまではそうだったはずだ。悠樹も、そして皆も。
でも、成実は怒っていた。
怒る要素が、原因が、成実の中にもあったはずなのだ。不意に出たものだったとしても。自分ではなくて護の方を責めたくなるようなことが。
悠樹には、今、怒の感情はない。部屋を訪ねたのも二回目でどっちも護と会えなかった。もしかしたらそれは怒ってもいいことかもしれないが、悠樹はこちらのタイミングが悪かったと考える。連絡もしなかったから。
……でも……。
自分は護の彼女だ。会いたい時、必要な時に側にいてほしい。そう思う。
言ってしまえば。
……私には……。
何の用事で席を外しいているのか分からないけれど、せめて、一言言ってほしかったとは思う。こちらの都合に、青春部は合わせてくれない。
「会いたい」
ふたりきりになりたい。どれだけその願いが強くても、ずっと、というわけにはいかない。当然のこと。
「どこ? 」
探しにいこうかな。部屋の前でまっておこうかな。二択。
どっちのほうが護に会える可能性が高いだろうか。
後者だ。
「そうする」
待機。
護を。成実と護の部屋の前で待つ。そうすれば、戻ってきた瞬間、護は悠樹のものだ。
成実は怒るかもしれないが、とりあえず、自分の用を済ませる。
それを優先事項とする。
「そろそろ二人戻ってくる頃かな……」
「長居、してしまいましたね」
二十分くらい? 護とお話した時間。
もう十分だ。聞きたいことは聞けたし、この後のこともある程度まとめることができた。
護はいつ決断するのか。それを決めるのは護だけど、それの後押しはする。真弓の立ち位置はそういうものだ。
「護のその言葉に、嘘は、ないんだよね? 」
「はい」
再度、聞き直す。はっきりと、護はこちらの目を見て言う。
……頑張れ、頑張れ……。
応援するしか、するとこがない。恋に参戦しなかったから。それでよかったのだ。それが最良の答え。
もっとはやくから知っていれば、なんて思ったりもするが、仕方ない。遅かった。
今できることをするしかない。
もう成就していることに対しての応援に何の意味があるのかは分からないが、やる。
だって、そうでもしておかないと、やっぱり暇だから。応援することによって蚊帳の外にいながらある程度の情報が入ってくる。
……楽しんだよ……。
人の恋を見守るのは。
そこに自分が含まれないから。見ていて、助言をするだけだから。
自分がする立場になったら楽しいとはいかないかもしれない。全てを総合してみて楽しいという結果が得られれば良いかもしれないが、そうならない場合だってある。
自分が選ばれなかった場合のことは、やはり考えたくないものだ。
「それじゃぁね。護」
「はい。びっくりしましたよ。本当に」
「あはは。ごめんごめん」
笑顔。護の笑顔。最後に見れてよかったと、真弓はそう思った。