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せいしゅん部っ!  作者: 乾 碧
第二編〜四章〜悠樹√〜
263/384

二重奏

 


 部屋を出、朝食のバイキング会場へ向かう。昨晩、夜ご飯を食べたところと同じ場所だ。下階に降り、その場所へ。

「あんまり……食欲ない……………………」

 隣を歩く悠樹の表情は、声に合わせるようにどんよりとしている。

「朝からバイキングってのも……ねぇ……」

 成美もそれに同意している。

 通路の左により、会場へ。この階の奥の方。かなり広い空間を取るためには、そこの場所しかなかったように思える。上空か、ホテルを出て外から見れば、恐らく、このバイキング会場の場所が出っ張っていることだろう。

「薫はどうなんだ? 」

「ん? 」

 背後にいる薫に声を。成美だけが隣にいるのではなくて、悠樹も薫もいる。階段をおりようとした時に、前を二人が歩いたいただけだ。

「食欲」

 俺だって、そんなにガッツリと朝から食べようとは思わない。二人のようにこんな時間から、というのもあるが。

「そんなに食べないように、とは思ってるけど……」

 最近ハンドボールする機会が減ってるから、と薫は付け足す。

 一度ハンドボールを止め復帰はしているものの、やはり物足りない感は否めない。一番近くで見てきた俺も、それは分かる。

 ハンドボールをしている薫か、青春部にいる薫か。触れ合っている期間が長いのが前者なだけに、最近の薫には薫らしさが足りないように気がしなくもないが、口にするようなことではないだろう。

「ちょっとお手洗い行ってくるね。護」

 トイレの横を通り過ぎようとした時、思い出したかのように。

「ん……。私も」

「あ、はい」

 そんな成美についていくように、悠樹も。二人してトイレに消えていってしまう。

「先行っとくか」

「うんっ」

 待っておく、という選択肢ももちろんあるが、もうバイキング会場はすぐそこ。先にいって座って待っていたとしても大丈夫だろう。


 ……やっぱり多いね……。

 会場入り口で、部屋番号を伝え中へ。夜の時と比べると人はかなり減ってはいるものの、バイキングで朝食を取ろうという人は多いのだろう。時間を少しズラして、というか、杏がそうしようと言ったいたからそうしたわけではあるが、思ったようにはいかない。

「杏先輩いるな」

 護が指を指した先、会場の奥の方。昨晩と同じような所。杏はそこで陣取っていた。心愛と咲夜もいる。

「おはよ。護、薫」

「おはようございます」

 護の後に自分の名前が続けられる。

「俺達は、こっちに座りますね」

 机を挟んで、二つずつ椅子が置かれている。

 ……あ……。

 隣に座れる。薫は瞬時にそう思った。

 護がそう言わなければ、薫は杏の横に座っていたかもしれない。その向かいに座っていたかもしれない。護のおかげで、護の隣という最高の場所を手に入れた。

  ……ふぅ……。

  一息。

  誰も止める人はいなかった。ただ、この場には、だ。悠樹と成美がいたらどうなっただろう。割り込まれていただろうか。言い争いにでもなっていただろうか。その場のノリで、誰が隣になっていただろうか。

  ……おそらく……。

  それは自分ではないのだろう。後の二人なのだろう。だからこそ、抜けてくれて良かったと思う。

  「まぁ……」

  二人が戻ってきてからも何か言われそうなのではあるが、それはそれ。もう、薫が手に入れた。

  ……決して……。

  この席は取られない。この時間だけの些細なものだけれど。取られたくはない、大切なもの。

  ……ん……?

  薫は、ふと疑問に思う。何故、今、自分は護の隣にいれて喜んでいるのか。

  おかしい。

  昔の薫なら、小学校や中学校時代の薫であれば、そんなことに一喜一憂したりはしない。

  ……だって……。

  護の隣にいるのは当たり前のことだからだ。自分が一番近い位置にいた。それは揺るぎない事実であったし、ほとんど、一部を除いて邪魔が入るようなことはなかったのだ。

  だが、今は?

  首を傾げざるを得ない。

  今、自分の立ち位置は?

  幼馴染み?

  それだけ?

  ……うん……。

  多分、今の薫にはそれしかない。他からしてみればそれだけではないのかもしれないが、薫は今、この場において、護の隣にいれることに喜んでしまっている自分に対して、そうとしか思えない。

  「あーあぁ……………………」

  どうしてこうなったんだろう。

  何がいけなかったのか。

  気分が沈んでくる。

  薫は自分で思った。こんなことに一喜一憂していると。まさにその通りだ。上がって下がって。

  結局は自分次第。当然、そうだと薫は理解しているつもりだ。

  「どうかしたか? 」

  「ううん……。なんでも」

  「まぁ、バイキングだからな。無理に取らなくても自分が食べれる分だけ取ればいい」

  齟齬が生じた。薫のため息を、護はここにくるまでのことであると思ったのだろう。

  ……まぁ、いいか……。

  頑張るの自分だ。

  護に変わってほしい、なんて思ったことがないわけではないけれども、頑張るのは薫だ。

  「皆、まだかなー」

  小さな子供のように、杏は他のメンバーが揃うのを待っている。集まってから。

  全員が集まる前に全員の座る位置が固定される前に誰かが動いてしまうと、ズレてしまうかもしれない。この時間の間だけは、せめて、護の隣にいたい。

  ただそれだけ。

 

 



  「あ……」

  成美の足が止まった。隣で見ていた悠樹はすぐに分かった。どんな理由があってそういう行動にいたったのか。

  ……あぁ……。

  簡単だ。護が薫の隣にいる。護が取られている。

  杏達に向かって一礼し、皆が待つ場所に向かう。護がいる。だが、その隣は悠樹ではない。

  「どこに座る……? 」

  成美が耳打ちしてくる。

  「護の隣」

  「無理だよ……。それは」

  ……ん……。

  分かっている。分かっているけれども、座りたかった。いや、過去形ではない。今も、出来ることなら護の隣がいい。薫に代わってもらってでも。

  ……あ……。

  薫が席を立ったその時に。

  ……さすがに……。

  それはダメだ。厚かましい。護の隣を離れてしまった悠樹が悪いのだ。離れてしまったから、護の隣に自分の居場所はない。なくなってしまった。

  ……どうすれば……。

  自然と護の隣が空くようになるか。

  ……そんなの……。

  考えるまでもない。いまの関係を、青春部の皆に伝えればいいだけのこと。伝えられていない自分達が悪い。それは間違いない。

  ……おんなじ……。

  伝えていなければ、なっていないのと同じである。だって、知っているのは自分達だけで、周りは知らないのだから。知られていない。それはイコールして、なっていないのと同じである。

  ……同じ、同じ……。

  強調する。なんども。

  本当にそうだから、言わないと意味がない。言うと、その瞬間から、他者は理解を開始する。

  ……言わないと……。

  はやく言わないと。

  でも、どのタイミングで? いつ?

  今日? 明日? 明後日?

  早いほうがいいのは当然。他の人に取られるかもしれない。

  ……いや……。

  絶対にそれはない。あるわけがない。

  「一緒に座ろ。悠樹」

  「ん」

  当然、座る場所は護と薫の前。

  二番目に近いところ。流石にそこは死守する。そこは成美にも譲らない。

  ……当然……。

  自分は一番なのだ。二番ではない。断じて、悠樹は一番。護の彼女だ。


  「あーあぁ……………………」

  ため息が自然と出てしまう。護を取られた。流れで隣を確保できると思っていたのに。意識が少しばかり足りなかった。そう思う。

  悠樹も残念そうな顔をしている。

  ……まぁ……。

  成美は部屋に戻れば護がそこにいる。でも、悠樹はそうではない。薫も、その他のメンバーも、だ。

  だから、成美にしてみれば、この感覚は一時的なものだ。後は言わずもがな。

 出来る限り護の隣にいたい。そう思うのは、至極当然のこと。護のことを想い始めてから、一時もそれを忘れたことはない。常に念頭に置いているつもりである。

 ……だって……。

 近くにいれば、隣にいれば、それだけチャンスをものにできる。すぐに対応できる。ちょっとしたロスが、ミスが、後々響いてくる。分かりきっていることだ。

 今回、この場において、この合宿において、成美はその位置にいる。護と同じ部屋。勝った。素直に成美は思った。この合宿の間、一番護と触れ合えるのは、当然自分になるのだから。薫でも、他の誰でもない。自分であると。

「…………………………………………」

 だが、勝者の喜びがあるとともに、少しだけの申し訳なさもある。これは、自分の案ではないから。自らの結果で得たものではないから。言うなれば、棚から牡丹餅。そういうことになる。

 だから、これは、悠樹によってもたらされたチャンス。

 他者によって自分に幸せが舞い込んできた。

「ふぅ……………………」

 こういったものをどう対処するか。さらっと、いつも通りに過ごすのか。そうしないほうがいい。そんなことは当然理解している。

 特権を最大限に生かす。

 それが、成美に与えられたミッション。完全遂行しなければいけないミッション。


「急ごう……っ! 葵ちゃん」

「はいっ」

 遅れ気味。他のメンバーはもうすでに揃っているだろう。そう思いながら、葵と渚はいつもよりはやく、足を前にへと繰り出していく。

 ……はぁ……。

 バレないようにため息を一つ。

 朝から大変。起きるのが遅くなったとかそういうわけではない。少しゆっくりしていた、それだけの話。いや、逆に、時間に注意していれば防げていたことだけに、申し訳ないという思いが先行する。

 会場に近づくにつれて次第にペースを緩める。そのままのスピードで、というわけにはいかない。他の宿泊客もいる。

「あ、いた……」

 奥の方。自分達以外のメンバーが予想通りすでに集まっていて、同じ場所に固まっている。あちらは、まだこっちに気付いてはいない。

「ふぅ……。ごめんね。葵ちゃん」

「いえ。私こそ……。時間を把握してなかったのは申し訳ないです」

 会場の入り口に立っている受付の人に向かって一礼し、中に入っていく。

 ……護は……。

 徐々に、皆の姿がはっきりとしてくる。

「いた」

 いた。

 が。

「……………………薫」

 隣はすでに取られている。薫だ。薫が護の隣にいる。

「お姉ちゃん…………………………」

 渚は成美のことを見、悲しそうな表情をする。

 ……あ……。

 葵は納得する。薫が隣にいることに少し違和感を感じた。それは、成美が護と同室であるからだ。なら、普通に考えて、護の隣は成美となるはず。でも、そうなってはいない。

 何度見ても、護の隣にいるのは薫だ。

  ……なぜ……?

  まず考えられるのは、成美が護の隣に離れた、ということ。離れたと言っても、部屋を出る時間がズレてしまったとかそういうことだろうと思われる。

  ……加えて……。

  もう一つ。それは、薫が奪った、ということ。隙を見て護を奪還。薫がわざわざそういったことをするようには葵には思えないが、そういうことも一つとしては十分考えられる。

  「遅かったねー。渚」

  「う、うん」

  成美達が座っている座席の右側に、二人は腰をおろす。合計で四人座れるが、残っているのは葵と渚の二人だけ。向かい合うように座る。

  「そろったね。今日からはガンガンいくから、ついてくるんだよ」

  控えめだけれど、真の通ったまっすぐな声が、青春部のメンバーの耳に届く。

  ……頑張りましょう……。

  昨日のようにはいかない。残された時間はどんどんと減ってくる。


  ……始まりましたねぇ……。

  二日目が。慌ただしくなる。

  ……それが一番です……。

  ゆっくりだとか、のんびりだとか、漢字にすれば"静"の文字が当てはまりそうな行動は、ここにいるメンバーには合っていない。咲夜はそう思う。

  佳奈から話を聞き、こうして触れ合う機会もここ一ヶ月くらいで急激に増えた。咲夜にとっても、それは嬉しいことだ。引っ張ってくれた存在があったからだけれども。

  ……見させてもらいます……。

  護を含めて、青春部の全員が今日、そしてこの後、自分がこうして見ることが出来る間に何をしてくれるか。

  このメンバーの中で唯一大人であり、青春部に入っているわけでもない。蚊帳の外といえば蚊帳の外。だが、こうしてここにいる。

  ……私も何かしたいですね……。

  邪魔になるようなことは、当然するつもりはない。ここに来た意味を見出せればそれでいい。

  「咲夜……? 」

  「………………どうかしました? 佳奈お嬢様」

  「行かないのか? 」

  「いきますよ。大丈夫です」

  「そうか」

  気が付けば、杏がいなくなっている。

  ……杏様ってば……。

  護や薫はまだ座って話を続けている。どうやら、席を離れたのは杏と心愛だけのよう。

  「テンション高いな。本当に」

  「杏様がですか? 」

  「まぁ、そうだな。全体的に高いが、あいつはいつもより高い」

  昨日が静かだったのもあるだろうな、と佳奈は付け足す。

  咲夜は杏と同じ部屋だ。気付こうと思えば、おそらく、そういったことは簡単に分かったりはするのだと思う。

  「テンションが高いのは……」

  一息いれる。

  「…………ん? 」

  「佳奈お嬢様も同じでしょう? 」

  「あぁ、そうだな」

  悩む時間がなかった。すぐに肯定の答えが返ってくる。

  ……ふふ……。

  言ってしまえば、テンションが上がっているのは、何も杏や佳奈だけではない。全員。咲夜も含めた全員だ。この場にいて、この面子でいて、テンションが上がらないわけがない。気持ちが昂ぶらないわけがない。

  何度も言うが、その中心には護がいる。そのことをおそらく護は自覚してはいないだろうが。

  護がによって青春部が動いている、といってもいい。

  だって、多分、それは。

 

 

 

 

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