絆 #4
だんだんと意識がはっきりとしてくる。葵の顔が、目の前にはっきりと。
「……………………」
六時半、六時半。渚の時計も、当然、同じ時刻を指している。
……まだ……。
自分が、起きようと思っていた時間は、今ではない。といっても、十分くらいの差ではある。気にするようなことではない。
「…………………………っしょっと……」
葵が渚の側を離れる。向かう先は、窓の方向。しまっているカーテンを開けにいくのだろう。そのついでに窓も開けてくれれば言うことはない。
渚も身体を起こす。いつまでも布団を被っていては暑い。
「あ……、切っておかないと……」
このままだと、予定通りの時間にアラームが鳴ってしまう。もうその必要はない。むしろ、鳴と不都合かもしれない。
「窓、あけましょうか」
「うん。そうだね。ありがとう、葵ちゃん」
葵も暑いと感じていたか、察してくれたか。開けてくれたのであれば、どちらでもいいこと。
風が部屋に流れ込んでくる。夏色の風だ。窓の向こうが海ではないから、潮の香りが強いわけでもなく、ちょうど良い感じ。心地良い感じ。あまりキツくてもそれは逆に駄目である。不快になる。
「涼しいですね」
「うん。ずっとこれくらいだったら言うことないんだけどね」
朝だから、まだびっくりするほど暑くはない。これから暑くなっていく。冷房の効いた部屋にいたいという気持ちは当然渚にもあるが、そういうわけにはいかない。
……きっと……。
いや。
……絶対に……。
杏がそういう風にはしてくれないだろう。何故なら、昨日はのんびりしていたから。全員が、そうだったから。杏に合わせるように静かだったから。
……はぁ……。
少し憂鬱だ。面倒だとか、そういうわけではない。ただ、振り回される。それは確定であろう。慣れているといえば多少は慣れてはいるが、それだけのことである。
「……………………それに……」
降りかかってくることの全てが、自分にいいことだとは限らない。護が中心で、物事は動く。杏だって、そのことを考えているはずだ。成美が考えた、七夕パーティー。それも本の部分には護との触れ合い、というのがある。
……でも……。
護がいるのなら、全部OKな気がしなくもないが、それはその時次第。
「頑張り…………ましょうか……」
小さく、渚は声を出す。少しだけ、ほんの少し、いつもより頑張ろう
自分の殻を破る。それだけのことだ。
それくらいのことは、渚にだって出来るはずなのだ。
……頑張る……?
葵は、渚の声を聞き、その方を二度見してしまう。一人言で言ったつもりだったのだろうが、その声は思ったよりでかいものだった。声を発した当人は、それに気付いていないようだ。
……頑張る、ですか……。
「何を……頑張れば、いいのでしょうか……」
何をすれば正解なのだろうか。何が、正しい行動なのだろうか。
……いや……。
それよりも。
……正解って……?
どうすればいいのか。この場合、自分がするべき行動は何なのだろうか。
考えても仕方ないことなのかもしれない。考えても答えがでない、とも言える。
「布団、片付けましょうか」
足を渚の方へ。
「うん」
少しでも、今は別のことをしておきたい。ずっと考えていても、それだけでは上手くいかない。
「葵ちゃん……………………? 」
「……………………はい? どうかしました? 」
「や……。何もないんだけれど、手が……とまってた……から………………」
「あ……………………」
思ってはいたが行動には移せていなかったらしい。気が付けば、渚はもうたたみ終えていて後は押入れの中に仕舞うだけとなっている。だが、葵はまだだ。たたもうと、布団の端に手をかけているだけである。
……ん……。
「押入れ、私があけます」
両手がうまってしまうのだから、開ける役目は当然葵になる。
「ありがと」
パッと手を離し、押入れのところに。押入れを全開にし、入れやすいいようにしておく。
「しないと……」
掛け布団を手際よくたたみ、そして敷き布団へ。直す順番はどちらでもいい。
「ねぇ、葵ちゃん」
「……はい? 」
振り向きざまに、押入れをしめる。
「……………………ん…………」
「……………………? 」
何かを言いたげな表情。しかし、その先の言葉が聞こえてこない。
…………。
「ん……………………、なんて言えばいいのかな……? 」
渚の中で。まだ固まっていない、漠然としているということなのだろうか。上手く言葉にできない、ということも考えられる。
「…………………………」
「…………」
静。
「……。やっぱり……、今はいいかな? 」
渚が浮かべたのは苦笑い。そして、すぐに申し訳なさそうな表情へ変わる。
……護の……。
九分九厘、護に関する何かを質問しようとしていたのだろう。多分、それは間違いないと思う。
「分かりました……」
今は、気にしなくていい。そういうことだ。




