絆 #3
あるといえばある。簡単な話だ。
……二人で……。
そう。二人で。二人で、旅行に行けばいい。それだけのことだ。
「はは……」
簡単。確かに、簡単。護に、旅行に行きたいと、二人で行きたいと、そう言えばいいだけだ。そうすれば、護からはオッケーの返事が返ってくるだろう。
だが、それを言えるか。言うのは難しい。
……矛盾してるのかな……。
思うだけは、想うだけは、簡単。行動に移すことは難しい。ただ、それだけのこと。
でも、思いとは裏腹に、身体は動かない。
……あたしは……。
今日まで、何をしてきたのだろう。護の隣にいれるような努力をしてきただろうか。
……してない、よね……。
してない。多分、してないはずだ。
その程度の想い。なんてことはない。絶対に。
あの頃の、護に目をつけた時の自分は間違ってはいない。絶対に。
……うん……。
おそらく、ここで勝負に出る。これが、正解だろう。心愛は考える。
……うーん……。
しかし、そこまでの下積みが心愛にあるかと言われれば、そこは首を傾げざるを得ない。
勝ちに行く。それは、心愛だけが思っていることではない。葵だって、薫だって、杏だって。終わりを望んでいるはずだ。
最初の行動。告白をしてから、どれくらい経っただろう。思ったより、時間は経っていない。まだ一学期が終わったところ。夏休みが始まったところ。
これからといえばそうなのかもしれない。これから、頑張ればいいのかもしれない。
……難しいよね……。
それでは、取り残されてしまう。置いていかれてしまう。食らいついていかないといけない。他のみんなに。そうしなければ、自分の勝ちはない。
自分は何番目なのだろう。下から数えた方が早いのだろうか。同学年だから、同じクラスだから、というのは、この際、あまり意味をなしてないように、心愛は感じる。
実際、そうだ。ただ、それだけのこと。
……まぁ……。
他の人に比べれば、護と一緒にいる時間は長い。席もすぐ近くだ。同じクラス内だけでみれば、それは有利に働くのかもしれない。
青春部の、他のメンバーに対してそれは有利ではない。
……だって……。
それぞれが頑張っているから、席が近いだとかそういうことは、とても些細なことだ。アドバンテージにはなりえない。
……なんだろう……。
自身の、アドバンテージとなり得るもの。一体、何があるというのだろうか。
他より、抜きん出ている部分。それが自分にあるのだろうか。
……何がある……?
考える。考えなくてはならない。自分が優位に立てるようなことを。
……そうじゃないと……。
厳しい。
……いや……。
もうすでに厳しいか。
そんな考えが、心愛の脳裏をよぎる。
「……………………もぅ……」
好き、という気持ちだけでは、もうどうにもならない。それだけではダメ。そんな抽象的なもの。そこに何か、一つ加えないといけない。それが、自分の強みになるものであるのならば、それにこしたことはない。
「……だめだめ…………」
後ろ向きな考えではいけない。みんなに失礼だ。護に失礼だ。だって、この護を好きだという気持ちは嘘ではないから。葵や薫が好きになったから自分も、というわけではない。それぞれが手紙を出した。そして、それは、全員が、自分の意思で出したものだ。他者はそこに介入していない。
……はっきりと……。
気持ちをはっきりと。想いをはっきりと。確定させよう。そろそろ、
……終わりにしよう……。
心愛が何か思っている。
杏はそう感じた。
……ダメダメ……。
心愛の口から発せられたその言葉。これは何を意味しているのだろうか。
ダメ。今の自分の状況を見て、自分のことを駄目だと思っているのか。何かを否定する意味での駄目なのか。どっちかは分からない。無論、それが分かるのは、心愛だけである。それだけの言葉尻。前後の言葉だけでは判断が不可能だ。
……ねぇ、心愛……?
そう呼びかけようとしたが、やめておく。
……みんなは……。
どういう思いで、ここにいるのだろうか。この合宿に、ただの旅行に参加した意味はなんなのだろうか。
楽しそうだから? 面白そうだから? 青春部の皆がいるから? 護がいるから?
どれか一つに理由が絞られることはない。その全てが理由になる。最終目標は、もちろん護を手に入れることになってしまうが、そこまでの過程で何を主とするか。そこは、それぞれ違う。積み上げて、積み上げて、その場を目指す。
「ふふ………………………………」
だんだんと、本気になってきている。そういうことなのだろうか。だからといって、これまでが本気ではなかった、ということではない。より、力をいれる。それだけのこと。
「さってと……………………」
発案者は自分だ。杏だ。他の誰でもない。いつも通り、自分が案を出した。
……いつも通り……。
やることはただ一つ。もう決まっている。
ピリリ。ピリリ。
葵が寝ている左隣の位置に置いてある目覚まし時計が、六時半ということを教えてくれる。
大きな音ではない。どちらかというと、小さめの音である。それは、葵が設定をしたから。自分だけがその音で起きれるように。渚を起こさないようにしよう、という配慮でもある。
「……………………んん……っ」
……渚先輩は……。
大丈夫。起きていないようだ。目をつむっている。寝息が少し聞こえている。
「二日目……、です」
まだ二日目か、もう二日目か。どっちに取るかは人それぞれであるが、葵は、後者の方を選択する。
なにも、この旅行だけに限ったことではない。春に御崎高校に入学して、もう夏休みに入ってしまっている。
あっという間。時間の流れは早い。
こんな調子でこの先も流れていくのだと思うと、ちょっとだけ憂鬱になる。
朝起きて、学校に行って、授業を受けて、青春部に行く。確立された、そんな日常。
学校にいる間は、近くに護がいる。護を感じていられる。触れ合っている時間は長い。
同じクラス。クラス単位で動く時は常に一緒だ。二学期が始まれば、文化祭や体育祭などがある。
……まぁ……。
そこまで延ばすことはできない。葵はそう思う。決着は、はやめにつけないといけない。それがどういう結果であったとしても。護が選んだ答えなのであれば、それに従うしかない。
「さてと……」
考えるのは一旦おしまいだ。渚を起こそう。
目覚まし時計があった側とは反対の右側、そっち側に渚が寝ている。
「渚先輩」
近寄り、囁くように。大きな声を出さない。アラームの音と同じように、ギリギリ聞こえる程度の声を。
「……起きてください」
反応がなかったから、声のボリュームをあげる。段々と大きくすればいい。それだけのこと。
「……………………っ。……葵ちゃん……? 」
「はい。おはようございます」
いつもの大きさに。
……葵ちゃんか……。
名前を呼ばれ、薄ら目を開けると、そこには葵がいた。
「おはよう」
二度目のおはよう。今度ははっきりと。
……あぁ……。
もし、葵が護だったら。護に起こされていたら。どれだけそれは良い寝起きになったことだろう。葵には悪いが、葵に起こされる、護に起こされる、その二つを比べると、当然、護に起こされる方を選んでしまう。仕方のないこと。
「何時……かな? 」
「はい。六時半を回ったところです」




