お泊り会 第二弾 #3
「ただいま」
「おじゃまします」
「あ、ゆう姉ちゃん。お帰り。護さんも」
バタバタと急ぎ足で時雨ちゃんが出迎えてくれる。
エプロンを付けているということは料理をしていた最中だということだろう。
後、もう気にすることはないが護さんと呼ばれてしまった。まぁ、「宮永」と呼ばれた方が違和感を感じてしまいそうな気がするが。
「護さんの分も作っていますので待っていてください」
その口振りと、さっき、護さんも、と付け足したとこから、俺がここに来るのを知っていたようだ。
悠樹先輩が事前に伝えておいてくれたんだろう。
廊下の奥から氷雨ちゃんが出て来て、
「しぃ。早く戻って。卵焦げるから!」
「ごめん! 今すぐ戻るから!」
時雨ちゃんは料理を作っていたことをハッと思い出したようで、スリッパをパタパタと鳴らしながら急いで戻って行った。
「はぁ……」
氷雨ちゃんは心底疲れきった顔で頭を抑え、ため息をついている。
氷雨ちゃんと目が合う。
「こんばんは」
「どうも……です」
氷雨ちゃんは俺から視線をすぐに外し、時雨ちゃんのいるキッチンへと行ってしまった。
「ごめん。バタバタしてて」
「気にしないでください。どちらかと言うとその方が良いですから」
「ありがと」
氷雨ちゃんがもう一度戻って来て、
「護さん。そんなところで立ってないで早くこちらに来てください」
氷雨ちゃんはにもそう呼ばれるのか。
「分かった。氷雨ちゃん」
氷雨ちゃんは怪訝そうに顔をしかめる。
「その氷雨ちゃんというのはやめてください。呼ぶのなら氷雨って呼んでください。ちゃん付けて呼ばれるのは嫌いですので」
「悪い……。次からはそうする」
「別に謝らなくても良いですけど…………」
そういうと氷雨は、私について来てください、と言わんばかりに身を翻し部屋へと戻ってしまった。
その言葉を重んじて、悠樹先輩の後に続くように俺も部屋に入る。
氷雨が出してくれたと思われる座布団の上に座り、キッチンへと目を向ける。 時雨ちゃんは楽しそうに、自分で作る楽しさを知っているような笑みを浮かべている。
「どうぞ。護さん」
氷雨はお茶を出してくれる。ありがたい。
「ありがとう」
「まださっき冷やし始めたばかりですので冷たくないかもしれませんけど」
「そんなことは気にしないよ」
そう俺が言うと氷雨の表情が少し明るくなったように感じる。
悠樹先輩もそうだが、氷雨も笑っていたり楽しそうにしている方が断然良い。
まぁ、そんなことを悠樹先輩ではなく氷雨に言ってしまえばその後俺は氷雨から冷徹な視線を受けることになるだろうが……。
今の氷雨になら、言ってしまっても大丈夫な気がするが。
「なんですか。護さん。そんなジロジロと見ないでください」
自分としてはそんなつもりはまったく無かったんだが、無意識のうちに氷雨を見ていたらしい。
「な、なんでもないよ」
「なんでもないということはありません。人のことをそんなに見ていたのに……」
「本当だって」
「信用できません」
氷雨はふるふると首を振りそう言う。
俺はまだ信用されてないのかと思ったが、そうじゃないのかもしれない。
姉、悠樹先輩と同様に少々頑固なだけなのかもしれない。
まぁ、少々かどうかは怪しいところであるが。
さてこの状況をどうしたものか。
いつのまにか悠樹先輩まで氷雨側についている。
悠樹先輩に上手く氷雨を言いくるめてもらうつもりだったのだが。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙の時間が三者の間におとずれる。
この沈黙がまだ何も喋ることがなくて、次の話題を探しているという沈黙なら良かったのかもしれない。
良かったのかもしれないというからには、今の状況はそういう沈黙ではない。
悠樹先輩と氷雨の二人は俺の目をじーっと見つめ、俺が白状するのも待ってるかのような感じだ。
「護さん。本当の事を言ったらどうなんですか?」
その氷雨の言葉に、悠樹先輩も頷いている。
もうここまで来ると白状するしかないだろう。他の道があるとは考えられない。
「悠樹先輩も氷雨も笑っていたほうが可愛いと思っただけです!」
俺は半ばやけになりながらそう叫んだ。
「そんなこと…………っ」
二人は、俺がそんな事を思っていたとは思ってなかったいったような表情をしている。
さっきの沈黙よりも気まずい沈黙が、またしても三人の間におとずれる。
気まずいと思っていたのは俺だけなのかもしれないが。
さきに口を開いたのは氷雨だった。
「私、そんなこと男の方に言われたの始めてです」
「そう思ったから本当の事を言ったまでだよ」
「ありがとうございます」
氷雨は少し逃げるように時雨ちゃんの元へと行ってしまった。
悠樹先輩はぼーっとしていて、目の焦点が合っていないように感じた。
「悠樹先輩?」
目の前で手を降ってみたり、肩を揺すってみたりしても全く反応がない。
「おーい。悠樹先輩?」
悠樹先輩の魂はどこか遠くに飛んで行ってしまっているようだ。
丁度、さっき時雨ちゃんの所に行っていた氷雨が俺の横を通り過ぎようとしていたので呼び止める。
「氷雨、ちょっと良い?」
「なんですか?」
「悠樹先輩をどうにかしてもらっていい?」
「あー、これはしばらく戻ってこないと思います」
「本当か…………」
「はい。たまにというかごく稀になんですけど、嬉しい事があるとこうなるんです」
「嬉しいこと?」
「はい」
さて、嬉しい事なんて合っただろうか。
「護さん。その顔は分かってないという顔ですね」
「ん?」
「本当に分かってないんですか?」
何を分かれと……。
「護さん。さっき言ったじゃないですか。私やゆう姉は笑っていたりする方が良いって」
「言ったけど…………その事で?」
「はい。私だってその………………」
「その?」
「そんなこと言わせないでください!」
氷雨はそう言うと、早足で自分の部屋へと行ってしまった。
悠樹先輩の飛んで行ってしまっている魂を元に戻して欲しかったんだが……。
「どうしたんですか? 護さん」
時雨ちゃんが出来上がった料理を運んできて言う。
「氷雨にも言ったんだけど、悠樹先輩がこういう状況で……」
「あー、なるほど…………」
時雨ちゃんの反応も、大体氷雨と一緒である。
「これはしばらくの間放っておくと治りますから」
「そうなんだ……」
「ここまでなのは珍しいんですけど。護さん。何か言いました?」
「言ったのは言ったけど」
「じゃ、それが原因ですね」
「やっぱりそうなのか。氷雨にもそう言われたけど」
「まぁ、しばらく待っていたら帰ってくると思いますから」
時雨ちゃんもそれだけを言うと、料理を並べるためにキッチンへと戻って行った。
俺も何か手伝える事があるかと思い、時雨ちゃんに声をかける。
「時雨ちゃん。なにか手伝うことある?」
「お皿並べてもらってもいいですか?」
「了解」
時雨ちゃんの後に続くようにキッチンへと入る。
「食器棚はそっちです」
「分かった」
「後、護さんも私のこと、しぃ、って呼んでください。そっちの方が呼びやすいですし」
「良いの?」
「はい」
俺はそのしぃの笑顔を見て、やっぱりその三人は似ているなぁと思うのだった。