絆 #1
何かが上に乗っている。
いや、乗っているというか、なんというか、触れているだけか。あんまりよく分からない。まだ眠い。少し目が覚めいるだけの状態。
かなり眠い。何時だろうか。それすら確かめる気力がない。まだ寝ていたい。その思いが先行する。
いつもならすっきり起きれるのだが、合宿で変に力が入っていたということなのだろうか。特別なことはまだ起きてはいないんだけど。
……いや……。
むしろ、逆か。まだ起きてない。これから確実に起こる。だから、いつもより眠気が、先のことに少しの不安があるのかもしれない。
……まぁ、いいか……。
俺が何か考えていたとしても、それは突然、不意にやってくる。予想の斜め上をいったりもする。考えるだけ無駄になるかもしれない。
……あ……。
ねむい。ねむすぎる。まだ時間あるかな。寝れるかな。もし、時間が近づいてきたら成美が起こしてくれるだろう。その成美も起きれなかったら二人で寝坊だ。
……まぁ……。
それはそれでいいのかもしれない。全体的にはダメだったりするが、気にしないことにしよう。
うん。ここは、この眠気に身をまかせる。そうしよう。
「……………………む」
……何時……?
目が覚めた。成美は布団にもぐったまま顔だけをあげ、昨日自分がつけていた腕時計に目をやる。
「あー、まだ七時にもなってない……」
六時半。それが今の時間だ。
「ねむい……………………」
気が付いたら寝ていたというか、隣に護がいるからあまり寝たという気にならないというか。
……あはは……。
護が、好きな人が隣にいて、おちおち寝てはいられない。
「まだ寝てる………………」
視線を時計から護に移す。成美が寝る前に見た、その時と同じ護の寝顔。いつもの護。
「ごめんね、護」
……なんとなく……。
いつも振り回してる気がするから。自分のせいで困らせてることがあるから。それは自分だけではないことだけれど、ごめん、と、そう謝りたい。
「ふふ……」
成美は身体を動かす。その先は護の隣。護の布団。
「ちょっと邪魔するよー。護」
少しの隙間に、成美は自分の身体を滑り込ませる。
「はは、護がかなり近くにいる」
ほぼゼロ距離。身体を少し縮めれば、収まるようなそんな形。護に包まれているような感覚になる。
……少しくらい……。
成美は手を伸ばす。護の髪へ。護の頬へ。サラサラツンツンとした感じからプニプニへ。
「まーもーるー。まーもーるっ! 」
プニプニ、プニプニ。楽しむ。プニプニ、プニプニと。
「ねぇ、まもるぅ」
呼びかける。当然起きるわけはないのだけれど、返して欲しくて声をかけたわけではない。
プニプニと、護の頬を触ることはまだやめない。
護が自分を包んでくれている。護の胸に、顔をうずめる。
「ふわぁー」
護だ。護だ。
護の匂いが、護の全てが、成美を揺さぶる。行動力の源となる。
「いつになったら起こしてあげようか」
護の近くに携帯が置いてある。寝る前にアラームをかけていた、そんな気がする。わざわざ成美が起こす必要はないけれど、成美がこうして今起きている以上、機械の無機質音で起こされるより。
……私に起こされる方がいいよね……。
当然だ。成美だって、護に起こされたい。毎日でもいい。
……私がもう一回寝れば……。
どちらにするか。護を起こすか。護に起こしてもらうか。
……いや……。
悩むことはない。まだ旅行は始まったばかりだ。まだまだ、護は自分のものだ。自分の隣にいる。
「いやはや……………………」
……恥ずかしくなってきた……。
護が近くにいる。いすぎる。この距離感。
ずっと、護の隣にいたい。護を独占したい。
護がほしい?
当然だ。
「どうすれば、護の隣にずっといれるのかな」
護を引き込まなければ。自分の元に。他ではいけない。自分で、自分の魅力を、前に押し出していかないといけない。
「んもぅ……」
……答えは出てるのにな……。
同じことを、繰り返し繰り返し考えている。その度に出る答えはいつも同じだ。それなのに、何回も考えてしまう。
「好き……だけじゃ……駄目なの……? ねぇ、護……………………? 」
好きだけの気持ちなら、他のみんなと何も変わらない。同じ場所に立っている。
だが、完全に同じではない。それぞれに差がある。好き以外の何かが、護の答えの先にあるのかもしれない。
「それはなんなのかなぁ、いったい」
それが何なのか。護が答えを出してくれるまで分からないんじゃなかろうか。そんな気がしなくもない。ただ、そこが分からないと、おそらく、ずっと隣にいることは難しいのだろう。
「あはは……。護は……」
成美は言葉を続ける。
「護は誰が好きなの……? 」
薫? 心愛? 葵? 悠樹? 成美? 渚? 佳奈? 杏?
自分は、護にとって特別な存在になり得るのだろうか。
「ぐるぐるぐるぐるぅ…………」
……分からないねぇ……。
「……………………む」
……目が覚めた……。
起きた。
「…………むぅ」
隣に護がいない。それは紛れもなく、本当のことである。
今、護の隣には、成美がいる。悠樹ではない。
「護は……」
起きているのだろうか。まだ寝ているのだろうか。成美に起こしてもらったりしているのだろうか。
「…………っしょっと……」
身体を起こす。まだ布団を身体にかけたままだ。暑い気がしなくもない。
「護のとこ…………」
護のところにいかないと。護が待ってる。
……いや……。
自分が、か。護は待っているだけなのかもしれない。
「そんなことは………………」
……ない……。
あってはならない。
護は悠樹の何だ?
悠樹は護の何だ?
自ずと答えは出てくる。
再度、自分に問う。自分は何をすべきか。簡単だ。護の隣に、側にいるだけでいい。問題ない。普通のこと。
……ふぅ……。
「護を好きになったのはいつ? 」
分からない。気付いたら好きになっていた。
「護のどこが好き? 」
愚問だ。特定できるものではない。
「いつまでも護のことを好きでいれる? 」
当たり前だ。
当然だ。隣を、離れるわけがない。離れたくない。もし、護から離れるようなことがあったとしても、自分は追いかける。結ばれた今のように。
「ん………………………………」
気合いを入れ直す。再び。
彼女になれたから。そこが終わりではない。そこからがスタート。まだ、悠樹はスタート時点に立ったにすぎない。この先の未来は、自分にかかっている。自分が引っ張っていくことにより、その先に自分の望むものが待っているはずだ。
「………………る。あ………だよ」
何か声が聞こえる。近くからか。
「まーもーるーーっ!! 」
とてつもない大音量で自分の名前が呼ばれる。一瞬で目がさめる。寝ぼけている状態がどっかにいった。
「おはよ。護」
鼻がぶつかりそうな距離に成美がある。おそらく、ここは驚くところなのだろうが、何故か、びっくりする、という行動がとれなかった。成美の顔が近すぎたからだろうか。
「な…………」
いやいやいやいやいや。声が出せない。近すぎる。うん、近すぎる。
「んーー? 」
成美の声が耳に届く。成美の息が顔にかかる。
「おはようございます……」
あまり、大きな口をあけないように、できるだけ最小限の行動で声を成美に届ける。
「うんっ。おはよ」
まぶしい。太陽光がまぶしいのではない。成美が、まぶしいのである。キラキラしたその笑顔。成美の笑顔は、いつも俺を元気付けてくれる。それは成美だけではないけれど。
近い。
「まだ七時になったところだよ。護」
そろそろ起きたほうがいい、という時間ではある。まだ寝ていたい、そう思わなくはないが、眠気は、今眼前にいる成美によって吹き飛ばされている。
「どうしたの? 護? 」
「成美はいったい……何を? 」
「んー? 」
成美は首をかしげる。
俺も今思った。この状態は、不思議である。当然、同じ布団で寝ていたわけはない。ある程度距離を離して寝ていたはずなのだ。
……だけど……。
今、成美の位置は自分の隣。寝始めの、その位置にはいない。ズレている。
どうして、俺の隣にいるのだろうか。
「護の寝顔を見てた……かな? 」
少し間があった。それだけじゃない、そういうことだろう。安易に想像することができる。
そろそろ起きようか。護」
「え、そうですね……」
んー。起きようにも起きられないというか、位置的になんというか。成美がそこにいると。
「成美がそこにいるとですね……………………」
「ん……? あぁ、ごめんごめん」
眼前にいた成美が、すぐに後ろに下がってくれる。素早い。
部屋の窓を開けたままだとか、クーラーをつけたまま寝たわけではないら、少しだけ汗ばんでいる。暑い。だからといってシャワーを浴びるほどのものでもないし、この後、まぁ、何かしらするだろうし、それから入ってしまった方が時間を無駄にしなくてすむ。
「ねぇ、護」
「はい。なんですか? 」
「シャワー、浴びてきてもいい? 」
汗かいたから、成美はそう付け足した。俺とは逆だ。後でもいいとは思うけど、成美は女の子だし、俺よりかはそういうとこは気になるだろう。
「いいですよ。俺に確認とらなくても」
「いや。護も入るかなって思って」
「俺は大丈夫です」
「分かったよ」