まっしぐら
「……………………っん」
……本当に寝てた……。
少しずつ意識がはっきりとしてくる。護が隣にいるのも分かる。護の右肩に自分が頭を預けているのも分かる。護のことを側で考えられるこの感じ。成美には、いや、成美達には必要な感覚だ。
どれくらいの時間、こうやっていたのか分からない。数分なのか、数十分なのか、はたまた、一時間くらい経っているのか。
そんなことは、正直どうだっていい。目標を思えば、そんなのは些細なことに過ぎない。
ただ、目標は目標だ。叶えられるか。全て自分にかかっている。
「…………成美……」
「…………………ま……っ」
……危な……。
護、と、そう口に出そうとした言葉を慌てて飲み込む。危ない。自分はまだ寝ていることになってる。気にはしないけれど、やっぱり、しばらくこのままでいたい。
叶えられなかったら。もし、護が自分以外を選んでしまったら。それは、もう、それまでの、過去の思い出に浸るしかない。目標を達せればこれからたくさん思い出を作れるが、失敗すればそうはいかなくなる。
……どうでもよくはないのか……。
自分の想いを撤回する。
……いろいろ変わりすぎだなぁ……。
自分の想いが。くるくる変わっている。
「起きましたか? 成美」
「……バレた? 」
「えぇ」
護の声がはっきりと聞こえる。
「……………………っしょ」
ゆっくりと、名残惜しいけれど、護の肩とはお別れ。いつまでもそうしておくわけにはいかない。想いとは逆である。
「今、何時? 」
「四時回ったところですね」
「そう。なんか連絡とかは? 」
鞄を自分の近くに引き寄せ、携帯を取り出す。自分のところには何も来ていない。
「メールや電話ではないですね」
……ん……?
「では? 誰か部屋にきたの? 」
そういうことになる。
「えぇ。ただ、出てないです。成美が気持ちよさそうに寝てましたから」
「あ……、なんか悪いことしちゃったね…………」
誰がこの部屋に訪ねてきたのか、それは分からないけれど、誰もそのアクションに反応できなかったわけだ。護が成美に気をつかってくれたから。
「でも、その後メールとかないですし……、急ぎの用ではなかったのかもしれません」
気にしなくていいですよ。護にそう言われているような気がした。
「そうかな……」
邪魔をした。それは変わらない。少し後ろめたい気もするし、その間護を独り占めできたという優越感もある。想いは半分半分である。
「ねぇ、護? 」
……あ……。
「はい? 」
「いや、何にもない。勝手に護の名前呼んでた」
苦笑しながら成美は言う。本当に、勝手に口が動いている。たまにあるといえばある。呼びかける形になってしまったのは初めてだ。
「勝手に……? 」
「う、ん」
夢中になっている。護に。素直に、恋愛感情を抜いて考えたとしても、護とこれからもいろんなことをしていきたいと思う。
それは、目標の先にあるものなのか。それとも目標を達せずともできることなのか。
やっぱり、目標の先にあるものだろう。だって、達成すれば他の人に気を使わなくてもよくなる。今、もし、護と二人きりでどこかにでかけたり、何かをしたりするとなると、少しだけ他の青春部のメンバーのことが頭に浮かぶ。
みんなみんな、護が好き。それはもう変わらないこと。青春部以外にも、護のクラスメイトの中にも、護のことが好きな女の子がいるかもしれない。そんな可能性だってあるわけだ。
だから、一番にならないといけない。
「護は……ん? 」
言葉を続けようとしたその時、部屋のチャイムが鳴った。二回目のチャイム。連続で押された。
「私が行くよ」
護が立とうとしたのを静止して、腰をあげる。
……オートロックだもんね……。
部屋の中に鍵はあるから外からは開けられない。反応がなかったら外で待ちぼうけを食らうことになる。
「渚? どうかしたの? 」
来客は渚だった。
「髪おろしたの? 」
髪はおろされている。お風呂に入っていたという形跡もない。何があって下ろしておるのだろうか。
「ヘアアイロン貸してもらっていい? お姉ちゃん」
「ヘアアイロン? 」
「うん」
「持ってきてなかったっけ? 」
渚が準備していたのを成美は知っている。
「うん。そうだと思ってたんだけど……………………」
「なかったわけね。うん。貸してあげる」
二人で別々のものを使用。部屋が違うことになるだろうと思って、二人とも準備しようということにした。いつもは同じものを使っている。
「どうしたんですか? 」
「渚がヘアアイロン忘れたんだって」
「あぁ」
護の前を通り自分の鞄へ。どこにしまっていただろうか。
「えっと………………………………」
……ない……?
いやいやいやいや、そんなことはないはず。ない、なんてことはないはずなのだ。
ガサゴソ。鞄の中身全てを外に出す勢いで、成美はヘアアイロンを探している。俺自身使ったことないし、薫とか姉ちゃんが使っているのをチラッとしか見たことがない。少し長さがあるものだし、その、肩にかけて持ち歩くようの鞄に入っているのだとしたら、もう見つかってるはずだ。
「先輩? 」
「なにー? 」
こちらを振り返ることなく、手を動かしたまま。
「キャリーバックの中に入ってるんじゃないですか? 」
「あ……………………」
その瞬間、成美の手が止まる。
「なんでこの鞄の中に入ってると思ってたんだろ」
そう言いながら成美は再び手を動かし始めた。
洗面用具系は、俺だって、キャリーバックの中に入れてある。色々と、用途に応じて仕分けをしておかないといけない。そうしておかないと、どこに仕舞ったのかを忘れて探し回ることになってしまう。まぁ、ちゃんとやってても今の成美みたいなことになる時はあるんだけど。
扉を開けたまま部屋に戻ってしまった成美。もちろん、中が丸見え。二時間かそれくらいぶりに、渚は護を視界に捉えた。
「護君…………」
この間、護は何をしていたのだろう。後で聞いてみてもいいかもしれない。気になるから。
「ごめん、ごめん。探すのに少し手間取って」
急足で、護をさえぎるようにしてこちらに走ってくる成美。
「ありがと。お姉ちゃん」
「後で返してね。私も使うし」
「うん」
お風呂に入るときは一緒に入ろう。部屋にもユニットバスが設置されているが、温泉の方がいい。露天風呂もあるはずだ。
「でさでさ、なんでおろしてるの? 」
ヘアアイロンのことに気をかけすぎていて、さっきの成美の質問を無視していた。
「汗たくさんかいちゃったから」
「あぁ、ずっと付けてたら蒸れちゃうもんね」
「う、うん」
そういう成美はあまり気にしてないように見える。どちらかというと成美のほうが動き回るのにあまり汗をかかない。渚はその逆だ。
「私も外しとこっかな」
そう言いながら左の方の髪留めに手をかける。
スルスルと慣れた手つきで外される。止めるものがなくなった成美の髪は解放されてサラッとその本質を露わにする。
「あ、少し髪伸びてきた」
ツインテールしていても少しだけ気付いていたことだけれど、解いてみたらより気づく。毛先が触れる位置の感覚が違ってくる。それは、渚も感じていたこと。
だいたい、同じタイミングで同じ感覚で髪の毛を切っている。そうする必要は全くないのだけれど、昔からそうしてきているから、それをずっと続けてきている。
「夏休み中に切りに行こっか? 」
「うん。そうだね。お姉ちゃん」
髪型を変える。簡単にイメージを変えることが出来る。バッサリ切る、となるとやはり勇気がいるけれど。
髪をおろした状態を護に見られるのは、今回に限ったことではない。これまでに何回かあった。その度に、渚のイメージは少しずつ変わっていることだろう。そう願いたい。
イメージの固定化はあんまり望まない。悪いことではないけれど、何かあれば変えていきたい。
……そうじゃないんですよね……。
変えなければならない。そうしないと勝てない。そう思う。
何に?
それは無粋な質問だろう。
「どっちが……………………」
「どうかした……? 」
「う、ううん!? なんでもないよ」
口にしてしまいそうになる。成美もいるしその向こうには護がいる。思うだけで留めておかないといけないことだ。
「じゃ、ありがと。お姉ちゃん」
「うん。それじゃぁね」
ゆっくりと、扉が閉められる。
パタン。音がする。こちらとあちらを隔てる音だ。また、成美は護と二人きりになれるわけである。
……ほんとに……。
「うらやましい。お姉ちゃん……」
チャンスを自分から作っていく。前向きな気持ち。それが自分に運も引き寄せていく。
渚にだって、そういった気持ちがないわけではない。頑張ろう、頑張らなくちゃ、そう思っている。
だが、それは結果に結びつかない。今回だけではない。これまでもずっと。もしかしたら、この先だって。
……お姉ちゃんに……。
ついていく。双子。成美のほうが数分先に産まれた。だから、お姉ちゃん。成美が引っ張ってくれるから、渚はそれについていくだけでよかった。七夕パーティーの時だってそうだった。
……結局は何もできなかったけど……。
二人きりになれる時間があった。それだけ。それ以上のことは何もなかった。
おそらく、ここなのだろう。この差。この差が、後々響いてくるのだと思う。
……自分から……。
自分からだ。出来るか分からないけれどやれることはやらないといけない。自分のために、ゴールに向かうために。やらなくちゃいけないことはまだまだ山積みになっている。少しでも、消化していかないと。
……うん……。
消化できるだけの時間が、この合宿にはあるはずだ。それを見つける。
「私にだって……」
声にだしてみる。勇気を出してみる。これくらいのこと、渚にだって出来るはずだ。




