ゲット・チャンス #2
「静かだねぇ、護…………」
「そう、ですね……」
部屋の隅っこに腰をおろしてから、どれくらいの時間が経っただろう。何かしようという気も起こらないし、杏先輩から何かするよ、って連絡が来るんだろうなぁと思うと、身体が重くなってくる。この部屋に入ってから何をしたかというと、何もしてない。さっき、窓をあけるために少し動いたくらいだ。
「気持ちいい……」
この部屋は三階ではあるが、窓を開けているから潮風が部屋に流れ込んでくる。クーラーを付けずとも、この涼しい風で問題がない程だ。気分も落ち着いてくる。風鈴とかが季節に合わせて置いてあったりしたら、効果はもっとあっただろう。
「寝たらダメですよ。成美」
視界の右端でコックリコックリしている成美。
「…………それは、分かって……るけど……」
車の移動時間も長かったし、少々疲れてはいる。ようやく、こうやって落ち着けてるわけだし、眠くもなってくる。って、俺まで眠たくなる。
今にも寝息を立てて眠ってしまいそうである。
「やっぱり少し寝てもいい……? 」
そう言う成美。目は半分閉じているようなものだ。
このままだと俺もつられそう。さすがに、二人ともが寝てしまうのはマズイ。オートロックで外からは開けられないし、誰かが来ても部屋に入ることができない。それと、電話やメールが来たとしても、それで両方もしくは片方が起きるということがないかもしれない。
「少しだけ、ですよ? 」
まぁ、仕方ないとしておこう。うん。
「分かった」
それだけを言うと、成美は完全に目を閉じて、頭をゆっくりと俺の方へ倒してくる。俺の右肩が、成美の頭の射程圏内に入る。
どうやら、俺の肩を使って寝るらしい。困るか困らないか。それは分からないけど。
寝息が聞こえてくる。ほんとにすぐにだ。
「ふむ……………………」
思ったけれど、この状態で誰かが部屋を訪ねてきたとしても対応できない。なんてこった。動いたら成美が起きてしまいそうだし。杏先輩か佳奈ならマスターキーとか借りて持っててもおかしくない。
当然のことながら、成美は今しがた寝たばかりなので、すぐに起きることはない。
風が吹くたびに、少しだけ成美の髪がふわふわと揺れる。塩の匂いとともに、成美の匂いもやってくる。
「すぅ……………………」
「動けないな………………」
気持ちよさそうだ。
まぁ、この後は色々やって疲れることになるとは思うが、すぐに寝ることができるか、となると、話は別である。賑やかなのは多分続くだろうから。
つかの間の休息。
……………………。
悠樹は階段を上り三階に足を運ぶ。なんのため? もちろん、護の部屋に行くためだ。
部屋にいても何もすることがない、といえば同じ部屋のメンバーに悪いが、そういっても間違いはない。だって、その部屋には護がいないのだから。
少しくらい、護のいる部屋に行きたい。
「あ…………………………………………」
護の部屋、護と成美がいる部屋の前にまで来て、悠樹は思い出す。
「……。携帯忘れた…………」
白色のワンピース。ワンピースを着ているから、そこにポケットなどはなく、持ってくるのを忘れてしまった。
「はぁ……」
面倒だ。取りに戻るのは。
部屋の前で連絡してすぐに部屋に突撃しようと思ったけれど、それが出来なくなった。携帯は、自分たちの部屋、鞄の中に入れっぱなしである。
……仕方ない……。
携帯を忘れたからといって、護の部屋に入れないというわけではない。部屋の全てにチャイムが付いていて、もちろんのこと、それを押せば部屋の中に繋がるようになっている。繋がるのは声だけ。
「………………っしょ」
押してみる。音は外には出ない。中で、中の人だけに気付くようになってる。外まで響く、ということはない。
「…………」
もう一回押してみる。
反応がない。反応が返ってくる様子もまったくない。
「………………………………っ」
無意識でもう一回チャイムを押そうとしていた自分の手を、慌てて左手でとめる。三度目の正直ではない。二度あることは三度ある。
無理する必要はない。そう自分に言い聞かす。だって、悠樹は護の彼女なのだから。
全てはこれから。先のことを考える。
……まぁ……。
そのために部屋に来たわけではあったが、反応がない以上仕方がない。各々が部屋に入ってからそんなに時間は経っていないけれど、寝てしまっている。そうしておく。護も成美も出ない。そう考えるのが一番いいと思うから。
「はぁ……」
少しため息をついてみる。嫌な気分も一緒に乗せて。
今は振り返らないことにしよう。このタイミングで会えなかった。ということは、今ではない、そういうことになるのだろう。
チャンスはある。時間はある。まだまだ先があるのだから。
音が止んだ。それは、この部屋を訪ねてきた誰かが去っていったことを意味する。
「あーあ……………………」
やってしまった。何か用事があったのだろうか。急ぎの用事だったら、携帯の方に連絡がかかってくるだろう。幸いにも、携帯はジーパンのポケットに入れてある。さすがにこれが鞄の中に入っていたら地味に詰んでた。
あまり身体を動かさないようにしながら、左側のジーパンのポケットから携帯を取り出す。右に入れていたら取れなくてこまるとこだった。
「ふぅ」
右側には成美が、俺にぴったりとくっついている。若干、痺れてくるようなこないような。
何をしようか。時間が過ぎていく。何もすることがないから眠くなってくる。やることといえば、成美の寝顔を見るくらい。部屋を眺めるくらい。
成美の寝息。自分の鼓動。部屋に飾られている、木の素材だけをいかしたような壁掛けの時計が時間を刻む音。それらだけが聞こえてくる。窓を開けたままにしていたら、向こうの海でワイワイと騒いでいる人たちの声が潮風に乗って聞こえてきたりしていたかもしれない。
「すぅ………………………………」
スヤスヤ。艶艶としている唇から音がもれる。可愛らしいものだ。当然、悠樹のとは違う。
外から部屋に差し込んでくる光。それが、成美の唇にも反射しているような気もする。
呼吸に合わせてゆっくりと動く唇。見とれてしまいそうになる。
気を紛らわそう。ダメだ。
「はぁ……すぅ……はぁ…………」
成美の寝息に合わせるようにして深呼吸をしてみる。
「……………………ま……もる……」
「………………っと……」
いつもの癖で声がする方向にすぐに顔を向けてしまう。至近距離に成美がいるのにも関わらず。成美の顔がすぐそこにあるのにも関わらず。
寝言で名前を呼ばれる。夢に出てきたりしているのだろう。これが嘘寝だということはないはずだ。狸寝入りだったらびっくりする。
完全にこちらに身体を預けている成美。どんな夢を見ているのだろうか。夢でも楽しいことが起きてるのだろうか。
二時をまわってる。どんどんとゆっくりだけど時間が過ぎていっている。静か。杏先輩がそろそろ何かし始める頃合いか。
「はぁ………………」
予定が狂っている。間違いない。本当なら、今、この時間、護の部屋にいるはずだった。
階段を降りて自分達の部屋に。
チャイムを押す。この行為も二回目だ。部屋の中には佳奈と薫がいるから、わざわざ鍵を持って外にはでなかった。
「どこいってたんですか? 」
扉が開かれる。悠樹が部屋に入る前に薫の言葉がやってくる。止められた。
「護の部屋」
反応なかったら帰ってきた。そう、ぶっきらぼうに悠樹は付け足す。
「反応……ですか? 」
「多分寝てるんだと思う」
「あぁ……。少し疲れましたしね。護の気持ちも分かる気がします」
「でも、これから」
「あはは、そうですね」
まだ何も始まっていない。始められていない。杏が動くのを待つか。自分から動くか。
「部屋入る」
「あ、はい」
部屋の前での立ち話はダメ。他にも使われている観光客の人がたくさんいる。大きさとかそんな問題ではない。
「おかえり」
佳奈が出迎えてくれる。
「ん」
……聞いてこない……。
どこにいってたのか。悠樹が逆の立場であれば気になるし聞いている。だって、それが護の部屋であるならば何をしにいってたのか気になるらだ。薫が聞いてきたのと同じこと。
「佳奈は、この旅館と繋がりあるんだっけ? 」
佳奈の隣に。首を少し上にあげ、佳奈の目をとらえる。
「まぁな。私個人としてはあんまりない。メインは親だからな」
「ん」
メインは親。そう。親。自分達はまだ子供。二十歳を越えようとも、親からすれば自分達はいつまでたっても子供なのだ。何かを任されるのには、認められることが必要になる。
「挨拶とかしたい気持ちはあるんだがなぁ。変なことも出来んし……」
何かやらかしてしまえば、それは親に行く。子供の責任は親が取らなければならない。佳奈ほどになれば、よりそういう面が出てくるのかもしれない。
「まぁ、後は、杏が何かをやり始めるかもしれないと思ったら部屋を動けなくてな」
「ん。もうそろそろ? 」
「あいつのことだからな、心愛達も巻き込んで準備してるかもしれん」
そう言う佳奈の顔は、少しほころんでいるように見えた。幼馴染み。互いに互いのことを見てきている。
「無茶なことはやらんでほしいがな」
その言葉は、きちんと一線が引けているから出る言葉だ。何がダメで何が許されるのか。それを知っている。そして、杏がどこまでやるタイプなのかも知っている。
互いの関係を知り尽くしている。これまでも思ってきたことであったが、こういう何かがある時は、さらに思わされる。
……ん……。
自分にはそういう相手がいるだろうか。
いる。
氷雨と時雨。
妹であり、家族。いってしまえば、そういう存在なのだから当然だといえる。物足りないわけではないけれど、完全に満足できないのは確かだ。
……護……。
だからこそ、そこのポジションに護を当てはめたい。薫以上の関係性をもって優位に、絶対的に揺るがないポジションにいたい。
「彼女……………………………」
彼女。護の彼女。
……満足していない……?
護の彼女になれるように頑張ってきた。それがゴールにならないように頑張ってきた。その頑張りからすれば、満足してないのは分からないことではないが、何かが違う。
……ふ……。
我慢できなくなっている。自分が護の隣にいないということに。
独占。護を独り占めしたい。
身体が護を求めている。独占欲が燃え上がる。
「どうかしたか? 悠樹? 」
佳奈の隣に立っていたことをわすれていた。
「え……? 別に……? 」
「そうか? これまでに見たこともないような顔をしていたもんだからな。車に乗ってた時間も長かったし、少し酔ってるか? 」
「ん。大丈夫」
「そうか」
「……ん。ありがと」
バレてはいけない。杏なら鋭いところがあるが、佳奈にはそういう部分がない。杏と佳奈は二対の存在ともいえる。杏は突っ込んでいくが、佳奈はしない。佳奈は計算して行動するが、杏からは感じない。
そう簡単にバレはしないだろうが、万が一のことがあってはならない。筒抜けになる可能性だってある。ここにいるのは佳奈だけではない。薫もいるのだから。
強敵だ。強すぎる。彼女になった今であっても、それが変わることはない。
「じゃぁ、今度は私が部屋出るけど、いいか? 」
自分と薫を交互に見ながら問いかけてくる。
「構わない」
「分かりました」
「もし杏から連絡きたら私の方にも回してほしい」
「ん」
三時を回っている。時間的に動き出したとしてもおかしくない。




