ゲット・チャンス #1
「………………………………」
天井を見る。茶色の、少しばかり和風な雰囲気がする天井。よくよく見ると、花柄などの柄があることがうかがえる。
「何してるんだ? 悠樹」
「………………………………」
悠樹の後に続いて部屋に入った佳奈が、不思議そうに声をかけてくる。横目でチラッと見てみれば、薫も同じ顔をしている。
いや、同じではないだろうか。
……薫は分かってる……。
この部屋に護はいない。薫だって護と同じ部屋で過ごしかったことだろう。幼馴染みとしてそれはもう何年も一緒にいるわけだが、そこは一緒なはずだ。
「まぁ、いい……………」
少しふて腐れた感じで自分の横を佳奈が通っていく。
「悠樹先輩? 」
やはり、薫は同じようには行動しない。自分と佳奈の間に立つようにして、悠樹を見てくる。
「? 」
「そんなに護といたいですか…………? 」
「え……………………? 」
当然のこと。護と一緒にいたいと思うのは。何もおかしなことではない。そこに他の意識の介入はない。
「そんなに同じ部屋が良かったんですか? って意味です」
疑問で答えをしてしまったからか、薫がわざわざ言い直して言ってくれる。
「当然」
短く答える。的確なものを。
「そうですか……」
……悠樹先輩……。
変わった。確実に変わった。最初に会った日から? 勉強会をした日から? 七夕パーティーをした日から?
違う。そうじゃない。それらも間違ってはいないんだけれど、一番思うのは。
……今日……。
今日。今日なのだ。
今日の悠樹は今までの悠樹と何かが違う。言動が違うわけではない。何が変わっているのかわからないけれど、悠樹は変わっている。何故だか、そう感じてしまうのだ。
近くの木製の椅子に二人が腰を下ろしたのを確認してから、薫もそれに倣う。荷物は入り口付近に並べておく。
一階。護がいる部屋は三階。間に二階をはさむことになる。大部屋で集まることが多くあるだろうが、護がこっちに来てくれるかこっちが護のところまで行くかしないと、同じ旅館の中にいたとしても護と一緒にいる時間が短くなってしまう。
だからこそ、護と同じ部屋が良かった。悠樹はそれが言いたいのだろう。
何回も言うが、薫だって護と同じ部屋が良かった。そこが二人部屋か三年部屋か、それはどちらでも良かったけれど。
でも、それすら叶わなかった。じゃんけんに勝てなかった。運がなかった、ということである。
……でも……。
これまでにどれだけ二人で行動してきただろう。他の人が羨ましいと思うようなことをどれだけしてきただろう。もしかしたら、運はこれまでにたくさん使ってきたのかもしれない。
だとしても、それはこれまでの話。これからの話ではない。
どんどんと、過去のアドバンテージがなくなってきている。護にはそんなつもりはないのだろうが、薫には分かる。
部屋割りだって、護は三人部屋が良いと言っていた。それは当然のことだ。自分の立場を分かった上で、護はそう言ったはずなのだ。
でも、護はは成美に流された。そして、助長した成美と同じ部屋になった。二人部屋だ。
悠樹の出した案によって、成美が護をゲットした。
本当はそういうこともしなくてよかったのだ。ということは、悠樹が、護と一緒にいたいがために、提示したということになる。
それが何を意味するか。護と一緒にいたいと思いつつ行動に移したのは悠樹しかいないということだ。
……先輩……。
だからこそ、つらそうな顔をしているのだろう。分かる。
それだけの想いがある。
伝わってくる。当然なことだ。
想いは同じだ。青春部の皆で一致団結。
だからこその苦労がそこにある。それは自分達側でもそうだし、護だってそうだ。
……なんか……。
いつも同じことを思っている気がする。堂々めぐり。ぐるぐる。
「はぁ……………………」
なら、思っていることが無駄になる。前にも思ったことを今、もう一回思う必要はない。
それは何も変わってないことを意味する。意識も何もかも。
護を好きになってから、小さい頃から何も変わってない。ずっと好きでいた。それだけ。告白はしたけれど。
「心愛様」
「あ、は……はいっ!! 」
急に名前を呼ばれ、声をうわずらせながら答える心愛。そんな心愛を隣で見る。
……緊張してるのかな……。
自分も咲夜も、心愛より年上。年長者。誰かとどこかに泊まる。そういう経験はあるだろうけど、今回みたいに同学年や後輩ではなく先輩と部屋を同じにするという経験がないのだろう。仲が良いからとか、そういう問題ではない。基本的にどの部屋もそういう感じになっているが。
「心愛様。落ち着きましょう」
「……はい」
すぅ……はぁ……。
ゆっくりと、小さくと、深呼吸をする心愛。小さな胸が膨らむ。
「ふぅ……………………」
いつもの心愛に戻っている。
「楽しみですよね? 心愛様、杏様」
杏も心愛もその言葉に頷く。
「杏先輩の中では……何をしようとか、考えているんですか? 」
「ある程度はねぇ」
車の中で考えた。護との交流を深めるために何ができるか。そこがメイン。
「突拍子もないことをやらないでくださいね………………」
「あはは……どうかなぁ……」
そんなにおかしなことはしないはずだ。旅行の、合宿の定番なことしかしないはず。
……まぁ、まだ思いついてないだけなんだけど……。
本文
思い付いてないだけ。そうそれだけのこと。これから考えればいい。
……うーん……。
定番のこともするけれど。
……それじゃ、私の名が廃るってものだよね……。
杏だから、皆の期待がある。それは変な期待だけれど、それで楽しんでくれる人がすいるのだから、考える価値がある。価値が見出せなかったらこんなことはしていないし、企画もしない。
……なんだかんだ言っても……。
他の人が喜んでくれるのが好き。それが自分が提案したことなら尚更だ。だから、自分から行動に出る。相手のことを考えつつ。
……護は……。
護は、何がしたいのだろう。何を望んでいるのだろう。この合宿に、護は何を求めているのだろう。
護は成美の部屋にいる。一緒にいる。もし、一緒の部屋になれていたら、聞くことも簡単だっただろう。
「はぁ……」
ため息をつく。
簡単なことには変わりない。だけれど、間に一つ挟まないといけないことがある。いつも通りの杏なら別に何も思わなかっただろうが、今日は違う。
合宿を企画したのは自分なわけだし、楽しもうという心意気もあるし、テンションも上がっている。
……なんでだろう……。
ここに来てから、少しナーバスになっている。
いつもと何かが違う。環境はともかくとして。
咲夜が部屋の奥端でジッとしている。この方面からは海が見えないのか、同じ方に目を向けて見ても海ではなく、高速道路などの交通網が見える。
「海………………」
「他の部屋なら見えるところもあるかもね」
逆位置にいるわけだ。
「護の部屋とかは見れてるんでしょうか」
他の部屋。杏はそう言った。心愛はすぐにそれを護の部屋として考えた。まっすぐだ。
自分がまっすぐではないのとか、そういうことを言っているのではなくて、自分より、ということだ。
心愛だけではない。自分以外の皆が、自分よりもまっすぐに見える。恋にまっすぐに見えてしまう。
「……………………」
順番がある。護を好きになった最初の方から、杏はそういう風に考えてきた。それは間違ってないはずだ。少なくとも、自分の中では。
時を見る。見計らって、行動に出る。そうしたいと思ってきた。
……まぁ……。
一番大事な、告白の部分はそうはならなかったのだけれど。
自分ではそんな感覚はまったくなかったりするのだけれど、まだそれを気にしていたりするのだろうか。
自分のことなのに、分からない。
「渚先輩」
渚が先に部屋に入る。奥の、窓のほうに吸い込まれるように。
「綺麗だよ! 葵さんっ!! 」
いつもよりテンションが上がっている、七夕パーティーの時よりもテンションが上がっている渚がいる。珍しい。
「わぁ……」
葵もそれにつられるように、窓際に。
「良い部屋だよね。うん」
頬を赤らめ、海の方に視線を送っている。
すごい部屋だ。
……どれくらい……。
どれくらい、どれくらい価値がある部屋なのだろうか。すべての部屋がこういった部屋ではないだろう。この部屋を取ってくれた杏と佳奈に感謝しなければならない。
窓から目線をそらし、部屋の方に戻す。和室。木製の机にはシンプルなテーブルクロスがかけられている。特質な柄がついているわけではない。部屋全体の雰囲気を壊さないような、そんな工夫がされているように思われる。
畳のヘリを踏まないように、移動する。二人部屋だから、机の左右に椅子が一つずつしかない。他の部屋もこういう感じだろう。三人部屋なら椅子が三つ。大部屋はどうなっているのだろう。
「この後何するのかな」
首を傾げつつ、海から目線を外さない渚。葵はすでにそこから外している。そんな渚を後ろから見ている。
「何をしても楽しい気がします」
……そう思います……。
皆が思ってることだ。
このメンバーでなら、何でも楽しくできる。楽しくなるように考えることができる。護がいるから楽しくなる。そういうこと。
「護君、何してると思う? 」
同じく。視線は変わらない。海を眺めている。雰囲気もそのままだ。
「成美先輩と同じ部屋、でしたよね」
「そう。お姉ちゃんと同じ。羨ましいよ」
「そうですね」
少し苦笑しながら、渚の意見に賛同する。
本当に何をしているのだろう。知りたい。自分たちみたいに部屋に入ってのんびりしている。多分そうなのだろうとは思うのけれど。




