さざなみ #1
「花蓮っ!! 」
「分かってる、分かってるって」
旅館 さざなみ。さざなみという冠名がついているから、もちろん、漣町にある旅館だ。旅館のすぐ近くに海があることもあり、この旅行のシーズンになると客室がいつも満室になる。
「はぁ…………。帰ってきてすぐなんだけどねぇ…………」
ため息しかでない。大学の夏休み。それを利用して実家に戻ってきた。
一人暮らし。それに少し慣れてきていたところだったけれど、せっかくの夏休み。戻らないわけにはいかなかった。
でも。
「休憩はしたいなぁ……………………」
夏休み。忙しいに決まっている。のんびりするために戻ってきたようなものだが、やっぱり無理だったと改めて実感する。
「遊べるのかなぁ……。夏休み…………」
同じ大学の友達と。同じこの漣町に住んでいる。小学校の時から同じ、ずっと同じ。幼馴染というやつだ。
「ふぅ……………………………………」
急がないと。店の手伝い、といっても、仕事と同じだ。自分が動けば、それだけ後が楽になる。
「夏だから、やっぱり暑い……」
花模様だけれど、華やかさがあるわけではなく、シンプルな長襦袢。通気性はそれなりにあった気がするけれど、今日みたいに猛暑日なんかになってくると、そんなものは意味をなさなくなってくる。
……あまり汗をかかないようにしないと……。
接客も、当然のことながらする。全部の仕事をする。掃除もだし、料理もだし。休む時間はないともいえる。
「さてと、やりますか……」
今日から知り合いが泊まりにくると、親から聞いている。花蓮は会ったことはないけれど。
「失礼のないように、だね……」
当然のことだ。
「そろそろ、です」
車の窓から海を十分に見た頃、咲夜さんがそう声を発した瞬間に、スピードの原則が始まった。よくよく見ると、人の数も多くなってきている。
「降りる準備を頼む」
佳奈が左を、海の反対側を見ながら声をかけてくれる。
右は完全に砂浜と海って感じで、左側は旅館とか、そういう関連の建物がズラリと並んでいる。
「やっと……」
悠樹がボソッと声を出す。
やっと、到着。やっと、合宿らしいことを始められる。
なんとなく休憩したい気分ではあるけれど、杏先輩のことだ。部屋を決めたら、すぐに次の行動に映るのだろう。迷いもなく。杏先輩は、そういう人である。
「おおぉ…………………………」
荷物を手にして、さざなみの中へ。
「おっきいねぇ」
壮大というかなんていうか。部屋は和室だと杏先輩はいっていたが、このロビーはそうではないようだ。入り口からはハッキリと見えないが、奥の方に何枚かの絵がチラッと見える。そういうところは、悠樹が住んでるマンションと似ているところがあるともいえるし、全体的な雰囲気として佳奈の家に似ているともいえる。
「受付いくよ? 佳奈」
「あぁ、そうだな」
チェックイン。到着してすぐにチェックインできるようにしているのだろうか。それとも、荷物だけを預けるのだろうか。
「終わったらすぐに部屋に入るから、部屋、考えといてね? 」
前者だった。
それだけを言うと、佳奈の手を引っ張っていってしまった。
「とりあえず、場所を変えましょうか」
入り口で話をしていると、他にここを使う人の邪魔になってしまう。咲夜さんの声に従うようにして、受付から少し離れた位置のソファの近くに。ソファに座るためではない。ロビーにいる客の数が多すぎて、そういうスペースが限られているからだ。ちょっとだけのんびりできる、近くから海の見える場所を。
「部屋割りですが」
咲夜さんが話を始めてくれる。
大部屋が一つ、三人部屋が二つ、二人部屋が二つ。借りれたのは、この五つだ。寝ることになるのは、もちろん、三人部屋か二人部屋だ。
「私は最後でいいですので、先にみんなで決めてください」
その言葉とともに、咲夜さんが一歩後ろに下がった。メインは俺達、ということなのだろう。
「じゃぁ、決めようか。チェックインもそんなに長くかからないだろうし」
手をあげたのは、成美。杏先輩がいなく、佳奈もいないとなると、仕切るのは成美になる。七夕パーティーの時も成美が発案者だったっけ。
「どう決めますか? みなさん、ある程度は車の中で意見が決まってると思うのですが………………」
成美の隣にいた葵が、成美に触発された感じで。
「ちょっと話もしたもんねぇ」
考えて、とは、車の中でも言っていた。成美が葵に頷いたということは、二人で話でもしていたということなのだろう。小声で話してたのか、俺は耳にしていない。
俺がどっちにいくか。三人部屋か二人部屋か。二人部屋は一つしかないから。
「俺は、三人部屋……ですよね? 」
確認のため。普通なら、何も問題はないはずだ。
「んー。護はどっちがいい? 」
……護は三人部屋がいいのかな……。
「まぁ……………………三人の方が……」
精神的にも、そっちのほうがいいのだろう。
二人部屋、すなわち二人きり。その事実がある。部屋で何をするかは自由だ。ここまで仲良くなった。だとしても、こういった場所、学校を離れて遠出をしているから、余計にそういう感覚があったりするのだろうか。
前までの成美だったら、護に会うまでの成美だったら、護を三人部屋にして、自分は同じ部屋にいようとはしなかっただろう。
だって、護は男の子だ。成美だって、これまでの間にこういった感じで旅行をしたことがないわけではない。何回もある。けど、当然のように、その男の子と同じ部屋に自分がいったことはない。
でも、護だ。護は違う。他の男の子とは違う。好きになった男の子。初めての男の子。
自分にとってどれもが初めてだった。
「そこ、気にしちゃう? 」
「気にしましょうよ………………」
「でも、結局は、誰かと同じ部屋になるんだよ? 」
そうだ。どっちに転んでも、女の子と同じ部屋になることに変わりわない。ここにいる男の子は護一人だ。他は女の子だ。肩身がせまい、そう思うかもしれない。
「じゃんけん………………………………」
悠樹がボソッと案を出してくれる。
「じゃんけん? 」
「うん」
「勝った順に、自分が行きたい部屋を選ぶの? 」
「違う。えっと…………………………、四つ部屋があるから、それぞれの部屋のリーダー的なのを決めて、その人がメンバーを選ぶ」
「四人勝ち抜けってこと? 」
「うん」
じゃんけん。一番公平な決め方だ。いつぞやの時もじゃんけんで決めた。不満不平が出ない、かつ、単純な決め方。
護と一緒の部屋になるには勝てばいい。それが一番楽だ。でも、勝っても選ぶ順番が後になってしまえば護を選べなくなってしまう。一番に選べるようにじゃんけんを勝つか、護が三人部屋になることを祈って、そこに自分が入れるか。二択だ。
どっちがいいか、そんなのは言うまでもない。
「みんな、それでいい? 」
悠樹が確認を取った。自分に変わって。
「構いません」
「それでいいと思うよ。私は」
葵と渚が声に出して賛成する。他のみんなも頷いてくれる。
「じゃぁ、やる」
「いくよー、せーのっ!! 」
「さてと……………………」
「決まったみたいだねぇ」
……ほぅ……。
自分と佳奈が皆の元に戻った時、その場の雰囲気から分かった。
「じゃんけんで決めた」
「やっぱりそうなんだ」
悠樹がそう言う。 一番楽だ。そこに軋轢などは何も生じない。
「鍵は誰に渡せばいい? 」
四つの鍵。そして、大部屋の鍵が一つ。それぞれの部屋の鍵。
……私はどうなったんだろうねぇ……。
そして、佳奈の部屋も。
なんとなく、自分ではなく、他人に任せた。やるべきことはあるけれど、護と同じ部屋がよかったけれど、そこは流れに任せる形で。
「鍵は、私と心愛と成美と渚が受け取る。四つ部屋があったから、リーダー」
「そういうことね」
学校のところで他の人を待っている時にも思ったけれど、悠樹はちゃんと考えているようだ。
「二人部屋は? 誰と誰? 」
「渚と成美」
「そっかそっか」
二人、双子、が、二人部屋を確保した。悠樹は、やはり残念そうである。
リーダーを決めたのもじゃんけんだろう。じゃんけんには勝ったけれど、二人部屋は取れなかった。護と同じ部屋にもなれなかったのだろう。
「とりあえず、悠樹、鍵ね」
「ん」
悠樹には、一階の三人部屋の一〇三の鍵を渡す。そして、心愛に三一三。二人部屋の鍵、三〇六を渚に、三二一を成美に。
「私と杏の部屋はどこになる? 」
「あ、そうだね。聞くの忘れてた」
「杏は心愛のとこ、佳奈は私のところ」
「了解した」
部屋割りは、一〇三に、悠樹、佳奈、薫。三一三に、心愛、杏、咲夜。三〇六に、渚、葵。三二一に、成美、護、という形でおさまった。
……ふぅ……。
成美は一息つく。
とりあえず、第一関門突破である。護と同じ部屋になることができた。三人部屋を渋っていた護であるが、リーダーである私が選んだ。そこに、拒否権はない。護は逃さない。
「しばらくは部屋でのんびりしてもいいよ。準備したいことがあるから」
エレベーターに入る前、階表示を見ながら言う。悠樹、佳奈、薫は一階の三人部屋だからここで一旦別れることになる。
成美達は三階。悠樹達とは離れているけれど、他の部屋とは同じ階だ。少し離れてたりはするけれど。
……楽しみだねぇ……。
隣に護がいる。さっきまで、護の隣には悠樹がいた。でも、これからは、部屋にいる間は、誰かの邪魔が入らない限り、護の隣にいれる。二人きりだ。
……邪魔はさせないよ……?