共有の必要性 #2
今はない。
葵から返事が返ってきた。
ない。ない、ということは今に満足をしているということだ。これまでに満足しているということだ。
でも、裏を返せば。これから先、満足のいっているこの状況が続くとは分からない。そう考えているともとれる。
……そう……。
その通り。先のことなんて分かったりはしない。
……勝者の余裕……?
悠樹は思う。これから先も護の隣にいたいと。自分はずっといれる存在だと。何故なら、もう勝ったから。試合に、恋の戦争に。
……うん……。
勝ったからこそ、他の人とは違う。優先順位がこれから変わってくる。
……いや……。
どうなのだろうか。案外、そうとは言い切れないだろう。護は、これまで、そういう風にして自分たちと接してはきていない。むしろ、そういうのをしてこなかった、したことがないとも取れる。これまでの、青春部に入ってからの護を見ているだけで、そう思ってしまう。
優先順位が変わらないということは、護が悠樹だけに固執しないということだ。他の子に流れてしまうということだ。
護は優しい。気もきくし、話も聞いてくれる。これ以上のものはない。そう思える。
だからこそ、だ。だからこそ、今に満足することなく、先を見ていかなくてはならない。それは、自分だけではない。葵だって一緒だ。それくらいのことは、葵だって分かってるはずである。
ちらちらと、交互に視線を動かしている悠樹。俺の隣で、前の方と自分の携帯の画面を。
「悠樹…………………? 」
「何? 」
「何、してるんです? 」
「メール」
端的に答えが返ってくる。メールをしている。それは分かっている。
前の方に視線を送っているということは、麻依さんとかとメールをしているということではないだろう。俺達より前にいる誰か、とやっているのだろう。
どっちが先にメールを出したのかそれは分からないが、何か急ぐことでもあったのだろうか。
「誰とメールを? 」
「内緒」
内緒といっても、何かを隠している、という感じの内緒ではない。後から分かるというか、なんというか。そういうのではないのだ。
「護」
囁くように、距離をつめて、悠樹が俺の名前を呼ぶ。車に乗り込んだ時から近かった物理的な距離が、もっと近付いた。
悠樹の声が耳朶を刺激する。こそばゆい感覚がくる。
「まもるー」
いつものクールな凛とした感じではない、少し甘えた感じの声。めったに聞くことはできない。
「うー………………………………」
なんとなく甘えてみる。この後ろの席は、自分と護だけが座っている。他の人はいない。だが、声を出し過ぎると気付かれる。
「悠樹? 」
「何もない」
ただ近くに、護を感じたい。いつものことだけれど。
護がすぐそこにいる。数センチ。肩と肩を完全に密着させることも可能だ。
……したいなぁ……。
でも、やめておく。今は。後で出来る。今は二人きりではない。車の中だ。誰かが後ろを振り返ったりすると、すぐに見つかってしまう。
「そろそろ海、見えるよ」
アナウンス的な感じで、佳奈がこちらの方を見て教えてくれる。くっついていたら危なかった。
海。そう海。
漣町の左側一帯が海に面している。
御崎市を出発し、漣町の一番上端に。そして、左側に。海が見えてくるということは、もうすぐ目的の場所に到着だ。
「……………………あ」
見えた。見えてきた。海が。自分のいる側の窓から、蒼い綺麗な、太陽の光に照らされて輝いている海が見える。
「わぁ……、綺麗……」
歓声が上がる。自分みたいな適当な感動ではない。この景色を見て、その言葉通りのことを思っている。悠樹は、その言葉すら出てこなかった。
……ん……。
思わなかったから、出てこなかった。それだけのことなのだ。
「あの海に入りたいですよね? 悠樹」
「ん」
いつも通りに声を返しておく。
「もうすぐか………………………………」
咲夜の向こう側、そこに海が広がる。
運転をしている咲夜も、自分の右側にあるものを見たいと思っているのか、チラチラと視線が動いている。
……予定通りか……。
腕時計で時間を確認しつつ、携帯を開ける。宿泊先への連絡。漣町には一度も行ったことがないが、泊まる場所は自分の知り合いが経営をしている。杏も言っていた。本当は貸切が良かったけれど、時期的にそれは無理だったと。
知り合いが、といっても、それだけで関わりがほとんどなかった。家族としての付き合いではなく、部活動の一環として、青春部での付き合いで、関わることとなる。
「…………よし」
後三十分ほどだ。
もう少し。どういったものが待っているのだろうか。全ては自分次第だ。自分達次第なのだろう。