争奪戦
「遅れてすまん」
「申し訳ないです。遅れてしまって」
着いたとたん、佳奈と咲夜さんが頭を下げた。わざわざ車から降りてだ。またすぐに乗り込むというのに。
「時間ぴったしだよー」
杏先輩の言う通り、八時半を指している。本当にぴったりだった。
咲夜さんが運転したきたワゴン車。もちろん、十人全員が乗る。咲夜さんが運転し、助手席に佳奈。一列に三人座ることが出来、それが三列ある。一列目に、杏先輩、渚先輩、葵。二列目には、成美、心愛、薫。三列目に俺と悠樹。乗り込んだ順番で勝手に決まった。
「安全運転で頼むぞ、咲夜」
念を押すように佳奈が忠告する。それを受け咲夜さんが苦笑しているが、やっぱり、ここに車でにも何回か言われたりしてたのだろう。
「分かっていますよ」
「じゃ、行くよー? 漣町に」
杏先輩の言葉によって、車が発進する。これからの三泊四日は本当に楽しみである。何が起こるか分からない、という意味でも。
〇
……隣……。
護の隣。護が隣にいる。
一番最後に乗り込む。護と悠樹の思いがこんなところでも一致したから、護が隣にいる。
ちょっとだけ距離を詰める。この行動もお決まりだ。二人きりではないけれど、感覚はそれに近い。
「高速道路に入る時にまた言うが、その時は、ちゃんとシートベルトを付けてくれよ」
咲夜ではなく佳奈がこちらを向いて教えてくれる。
「りょうかいっ」
一番に杏がそれに反応する。いつもより笑顔が輝いている。杏が行こうと提案した。何か考えてくれるなら杏がしてくれる。そう思っている。杏自身も、自分からそうしたいからやってくれているのだと思っている。
「あー、そうだ」
杏が言葉を続けた。
「この時間で部屋割り決めようと思ってたんだけど、あっち着いてからでもいいかな? 」
この話を知っている悠樹に言い聞かせるように、何も知らない皆に確認を取るように。
「部屋割り……、ですか? 」
「うん」
杏の隣にいる渚が首をかしげつつ声を発する。
「大部屋除いて四部屋あるから、誰がどの部屋で護と一緒になるか、それを決めるわけ」
……まぁ……。
本心はそこだ。護と同じ部屋にいたい。
「残りの四部屋の内訳は、三人部屋が二つ、二人部屋が二人ね。咲夜さんもいれての構成だからねー」
「私はどの部屋でも構いませんよ」
前を向いたまま、すぐさま咲夜が反応する。楽しめればいい。そういうことだろう。その部分では、やはり杏と似ているところがある気がする。
「着いたら決めるから、考えといてねー」
〇
……部屋……。
三泊四日。過ごす部屋。大切。
「護君と…………………………」
護と一緒の部屋で過ごせる可能性がある。それだけで、もっと楽しみになる。そうなるとは思っていなかったから。
……やっぱり……。
皆、そうなのだ。考えてることは一緒。違いは、それを行動に移せるか。それだけなのか。
どうすれば護の隣にいれるのだろうか。同じ部屋になれるのだろうか。
考えといてねー、と杏は言った。ということは、まだ何も決まってないのだ。杏が勝手に決めるというわけではない。皆で意見を出し合うのだ。
……二人部屋……。
三人部屋か二人部屋か。もちろん、二人部屋がいいに決まっている。護を独り占めできるのだから。三人部屋だと、当然二人きりにはならない。なれない。
……護君は……。
誰と一緒の部屋がいいのだろうか。
「………っ」
身体をひねらせ、視線を護に。悠樹の隣にいる護。いつも通りの護だと思う。護の隣には座れなかった。仕方が無い。
……ふぅ……。
向き直る。まっすぐ。
この合宿で何が出来るだろうか。何をしなくちやならないのだろうか。どこまでのことが自分に出来るのだろうか。
ずっと前から考えていることは同じだ。目の前に起こることは違うけれど。
思った通りにはならない。青春部だけでもこんなにも人数がいて、なおかつ想いが同じだ。
〇
……部屋割りねぇ……。
すぐに考える。前にいる杏、後ろにいる護を見て。成美は考える。自分の立ち位置を。そして、杏が何を考えているのかを。
杏は、こちらに考える時間を与えた。今回の合宿、杏が一番知ってる。というか、自分たちは、ほぼ何も知らないと言ってもいい。任せていた。
ここからは皆で。そういうことなのだろうか。
部屋割りを考える。といっても、要は護だ。護がどう動くかによって成美の行動が変わる。それは誰もが同じだろう。
…….護は……。
どうするのだろう。護にも、この意図は分かっているはずだ。杏の考えが分かっているはずだ。だからこそ、護はまた考えることになる。変に、真剣に、他の人のことを考えて。
「二人部屋か三人部屋か……」
……結論なんてきまってんでしょうが……。
ある意味出ているのだ。今更、なのだ。
〇
「心愛と葵はどっちがいい? 」
なんとなく聞いてみる。せっかく隣にいることだし。
「あたしは三人部屋ですかね……あはは」
「心愛と同じ意見です」
「なるほどねぇ」
三人部屋が良い。そう考える二人。そこの利点はなんなのだろうか。
〇
……乗ってきた……?
三人部屋という意見がかぶる。
普通に考えたら、二人部屋だ。だって、その方が護と二人きりになれる確率が跳ね上がる。でも、葵が心愛の意見に乗ったということは、そこを重視してないということだ。
……ふぅーん……。
先に言った心愛だって同じ。もちろん、二人きりの方がいいけれど、この期間、三泊四日の期間同じ部屋となると、少々考えてしまう。
護は後ろにいる。隣には悠樹だ。
……後ろ……。
ちらっと振り返ろうと思ったけれどやめておく。目があったりしてしまった時の反応に困ってしまう。
「二人とも三人部屋がいいの? 」
「えぇ」
「あ、はい」
食い気味に葵が答える。先に言われてしまった。
「へぇ、そっか」
「成美先輩は……どちらですか? 」
「聞く必要ある? 」
……愚問だった……。
「二人部屋という意味でとりますよ? 」
「どうぞ、どうぞ」
大方の意見は、おそらく二人部屋なのだろう。護と二人で過ごせるならそっちのほうがいいに決まってる。
でも、全員の意見が反映されるわけではない。杏が決めるわけではないだろうが、何か案があるのは間違いない。護がどっちに入るのかも分からない。だからこそ、安易に、二人部屋、というわけにもいかないのだ。
いってしまえば、部屋はどっちでもいいのだ。護と一緒に居られれば。
〇
……何か考えがあるのでしょうか……。
成美もだけど、杏も。
部屋割りなんて、杏が決めても何も問題はない。そう思う。それなのに、こちらに選択権を与えた。
それは、何を意味するのだろうか。
三人部屋、二人部屋。違う。距離感が違う。護との距離感が。
一緒にいられる。そう決まったわけじゃないのに、そういう方向で頭が考えてしまう。良い方向に考えてしまう。
一緒の部屋になれなかったら。
……その時は……。
その時だ。その時に考える。なれない確率の方が高い。だから、その確率を少しでも高めるために三人部屋。
「………………まだまだ」
まだ車は発進したばかり、目的地に着くまでまだ時間がある。車の中であるし、何かすることがあるわけでもない。
「…………ねぇ……」
「…………………はい? 」
心愛がちょんちょんとつついてくる。葵の隣にいるのは心愛だ。
「やっぱりいい。後で………………」
「はぁ……」
後でということは、二人きりで、そういうことなのだろうか。声を小さく話したとしてもこの車内じゃ聞こえる。
心愛とも意見は同じだ。三人部屋。でも、どういう理由で三人部屋が良いと言ったのか、そこは多分違うのだろう。
……どうしましょう……。
漣町に着いてからのこと。これからのこと。
杏は何をするかを決めていない。葵としてはある程度のスケジュールを把握したかったところではあるが、相手が杏であれば少しだけ諦めがつく。もう分かっているから。
時間があるから考えたいところだけど考えられない。
……これは……。
全部その場で考えろ、ということなのだろうか。思い付きでの行動を取れ、と。
〇
「お嬢様」
運転しているさなか、左隣にいる佳奈に声を飛ばす。
「どうした? 」
前方を見たり横を見たり、少し落ち着きのない佳奈。そんな佳奈が、あたかも自分はいつも通りであるという風に、こちらに目線をくれる。
……お嬢様……。
見た感じはいつも通りなのだろう。それは、他の青春部の皆の目にもそう映っていることなのだろう。
「楽しみですね」
「あぁ」
ここに来るまでにも似たような会話をした。
佳奈は楽しみにしている。ずっと隣にいた自分だから。そんなことは簡単に分かってしまう。家を使って皆でパーティーを開いた、あの日のことを思い出す。その時と似たような笑顔がそこにある。
佳奈はまた、外を見始める。そろそろ高速道路。景色も見応えがあるものになってくるだろう。
静かになる。さっきは、ちょっと会話が聞こえたりしていたが。
「咲夜さん」
「どうしましたか? 」
「到着予定は、一二時頃の予定でしたよね? 」
「そうですね。かなり長くなりますけど」
「分かりました」
後ろを見ることなく続ける。
「後三時間ほどです」
電車を使ってもこれくらいの時間がかかってしまう。なら、車で。この提案も杏のものだった。
思い付いたのは杏だ。全部、杏。杏が主導で動いている。
……杏様……。
杏は何を思っているのだろうか。この行動力の源はなんなのだろうか。佳奈は言った。杏と自分は似ていると。そうなのだろうとは思う。少しだけ、少しだけ。
〇
……やりたいこといっぱいあるなぁ……。
車の中にいる時間が長いから、杏は考える。何をするか。
三泊四日。
……長い? 短い……?
多分、終わった時には短かった。そう感じるのだろう。本当に、楽しい時間はあっという間だ。護といると、二人でいたとしたらあっという間。
……部屋割りも……。
自分が、皆に考えておいてと言ったからには、そこに自分の想いを入れることはできない。
すなわち、護と同じ部屋にはなれないということだ。
欲をいえば、もちろん一緒の部屋がいい。いいに決まってる。だけど、そこは諦める。
だから、他のことで、それ以外のことで護と一緒にいたい。
当然だ。当然の想い。
……ほんとに……。
いつからこんなに想うようになったのだろうか。護が来たその日から気にはかけていた。だって、後輩だから。
青春部。遊びで作った部活だ。人数と顧問を適当に見つければ作れてしまうものだから、部活を作ることは楽だった。
楽しいと思って欲しい。青春部にいて良かったと思ってほしい。だからこそ、こちらから提案する。
「さて…………………………」
気合を入れ直す。頑張ろう。
……やってやろうじゃないの……。
どこまで自分が出来るのか。それは分からない。分からないから、ここまで延ばしてきてしまった感はある。プラス、こうやって頑張ろうと思うのも今日だけのことじゃない。何かあるたびにこう思ってるし、行動に移そうと頑張ってきた。
……でも……。
それによって結果が出たか、それはいささ疑問である。
だけど、やらなくちゃ。
そろそろ本番だ。
〇
「高速に入りますから、シートベルトお願いしますね」
咲夜の声が車内に流れる。
「…………んっ、しょっと……」
隣に座っている心愛がしめたのを確認してから、薫もそれに倣う。
おそらく、ここから二時間くらいは高速道路を走ることになるだろう。
少しくらいは調べた。当日の流れに任せてみるのも良いと少しは思ったけれど、ちょっとくらいは、やっぱり知っておきたかった。
……だってねぇ……。
護と一緒にいれる時間を少しでも増やすため。
ムキになる必要はこれっぽっちもない。薫は護の幼馴染であり、護は薫の幼馴染だ。他の人が知らないようなことを知っている。お隣同士でずっと一緒にいる。
もう、幼馴染、というアドバンテージはなくなってきているかもしれない。
分からないことが多くなってきた。今、1番分からないこと。それは、
護が好きなのは誰なのか。
……まぁ……。
分かっては面白くない。自分も狙っているわけだから。
もう小学生の時とは違う。中学生の時とは違う。
……同じことばっかり考えてる……。
護の隣にいるために何が出来るか、そればかりを考えてる。それはもう、昔から変わらない。