立場の問題
鈴、と音が鳴る。風鈴の部屋だ。夏。暑くても、この音を聞くだけで涼しくなるような気がする。
「やりますか……………………」
和室の部屋に外からの空気が流れ込む。また、風鈴が鳴る。蝉の鳴き声も風に乗ってくる。
自分の部屋で勉強をするつもりだったが、葵は、ここですることにした。この部屋にはクーラーがなく、外からの風邪と扇風機でしか部屋を涼しくする方法はないけれど、それでいい。あまり、使いすぎはよくない。
少し大きめの木製の机の上に、葵は宿題を置く。もちろん、夏休みの宿題だ。今日渡された宿題、それより前にもらっていた宿題。はやめに終わらせるのが吉だ。溜めていていいことはない。
……遊びたいですし……。
青春部で何かをするとなると、確実に一日が飛ぶ。その日は、それだけに時間が取られる。やれる時にやっておく。
「はぁ……」
やる気が出ないというのも確か。問題を広げてもこうなってしまうというのは、これまでにあまりなかったこと。
「護君は……………………」
……何をしているのでしょう……。
もう夜が近付いてきている。何か護に予定があったとしても、もう終わっていることだろう。
問題に目を通す。
「………………誕生日」
国語の問題。恋愛ものだ。話の軸に主人公の誕生日が置かれている。
誕生日。護の誕生日はまだ先だ。自分の誕生日もまだ先。祝ってほしい、祝いたいという気持ちは、まだまだ心に秘めておかないといけない。
「そういえば、今日は悠樹先輩のお誕生日でした……」
昨日、皆でお祝いをした。今日、全員が揃わないから。
「ということは…………………………」
……護君は……。
想像がつく。終業式の後、気が付けば護は教室からいなくなっていた。そういうことなのだろう。
「はぁ………………………………」
またもや、ため息。また、やる気がなくなってしまった。
……どうしたらいいのでしょうか……。
本当に、のんびりはしてられない。
携帯を開く。宿題と一緒に、携帯も持ってきていた。基本は使わないけれど、高校になってから少し頻度があがった。勉強しようと思いながら、携帯を近くに、というのも最近のこと。
心愛のメールアドレス、薫のメールアドレス、護のメールアドレス。青春部の皆のものは全部入っている。
メール制作画面に移る。宛先は、もちろん護。
「やめておきましょうか……」
削除。何も打たずに削除。
メインの画面に戻ってくる。壁紙は、ただの水玉模様なもの。元から入っていたものだ。何も変えたりはしていない。
携帯の画面を開きながら、勉強に戻る。戻らないと。
「なんというか……この問題は……」
五つの大問を十五分足らずで解き終えた葵は、のびをする。問題から目は離さない。
主人公を取り巻く、三人の女の子。そこだけを見れば、自分達も同じ状況だ。しかし、この問題はそうじゃない。主人公からみて、先輩、同級生、後輩、の三つに分かれている。分かれているからこその問題がそこに発生してた。
「タイムリーです……………」
自分の考えを、この問題に見透かされたようなそんな気分になる。
無論、三人ともが主人公を好きだ。それは、文面から読み取れるし、そうならないと問題は成立しない。
好きな人の誕生日。
もしかするとそれは、自分の誕生日より大切なものになりかねない。
だが、同級生と後輩が、明らかに下がったのだ。主人公のことを好きなはずなのにだ。不自然なほどにはっきりと。
「私達と同じですか………………」
先輩だから、自分達より上にいるかは、遠慮したのだ。遠慮なんてものは必要ない。そういうのは、おそらく敗北につながるのだろう。押して、押していかないといけない。
「分かってるじゃないですか……………」
自分でも分かってる。分かっていたのに、遠慮してしまった。他の人もいるから、順番として、譲ってしまった。
「はぁ………………………………」
問題を閉じる。宿題なんてものをやっている気持ちじゃなくなってきた。辛くなってきた。
「………………………………ぁう」
そのまま後ろに寝転がる。親もいないし、注意とかされない。いや、いたとしても、気にせずしてきたかもしれない。
……はぁ……。
これまで、何回そういうのを考えて一歩下がったことがあっただろうか。遠慮したことが、何回あっただろうか。
改めて、ダメだと実感した。
そういうことを考えていたから、あれ以上前に進まなかったのだ。一回告白して二回告白して、何が変わったのだろうか。告白をしただけで。それだけで、変わるものだと思っていた。それで、皆より前に出たと思っていた。
……でも……。
本当は、そうではないのだろう。その慢心が今影響している。気のせい
。元に戻ってしまった。自分でも、そう感じる。
「夏休み…………………………」
夏休み。夏休みに入ってしまった。青春部で会えるとしても、会える回数が限られてくる。薫みたいにひょっこり顔を出したりとか、そういうことは出来ない。薫ではないから、不自然になってしまう。
「どうしましょうか…………」
予定をたてていなかった。もちろん、護とのだ。今度会った時決めればいい、そう思っていた。これも慢心だ。悪影響。
どうなるのか。もう自分でも分からない。
「護君………………」
さっきは閉じたけれど、今度は開いたまま、護へメールを送る。
「うん。これで……いいんです」
これでいい。遠慮してはいけない。周りのことを考えて一歩下がることは許されない。もう勝負だ。
負けることを覚悟してなかったのだろう。だから、いけなかったのだ。もちろん、そういったことを意識しないといけない。




