恋
「護………………………………」
護が帰ってしまった。それだけで、さみしくなってくる。
……護……。
自分の部屋からリビングに。そして、キッチンに目を向ける。
少し前までは、ここで護と料理を作っていた。そういう機会がこれから増えてくるのだろうか。いや、増やしたい。そのために何が出来るか。何をすればいいのか。それを考えよう。
付き合うことになった。護と付き合える。それが、何を意味するのか。
……もちろん……。
勝利。この戦いの勝利。それを意味する。
恋。恋愛。その点において、皆より上に出た。平行線だった。その戦いは、悠樹によって終了した。
護のことを考えながら、部屋に戻る。護と一緒にいた部屋。机の上には、護からもらった猫のぬいぐるみが置いてある。
「可愛い……」
猫が。猫のゆいぐるみが。護が。
……ん……?
思考が勝手に護にシフトする。
護は可愛い。そして、かっこいい。
自分のために何かしてくれる。それは自分のためじゃない時もある。青春部皆のための時がある。
だけど、結局は自分に返ってくる。
「お返し………………」
しなければならない、という義務感ではない。したい、という想いだ。自分がしたいと思う。護のために。護のために出来ることはしたい。
いつものことながら、頭の中は護でいっぱいだ。護のことだけを考えていたい。
……護……。
今は帰っているところだろう。家に戻ったら何をするのだろうか。自分のことを考えてくれたり、のんびりベットに転がっていたりしながら自分のことを考えてくれたり……。
……ん……。
護と付き合える。そのことだけで、前よりももっと護のことを考えてしまう。護にも、悠樹のことを考えて欲しいと思ってしまう。
ずっと、ずっと、だ。これからも、これまで以上に。
「ゆぅ姉っっ!!! 」
突然、部屋の扉が勢い良く開かれた。
その声がする方に目を向けると、もちろん、そこには氷雨がいた。時雨も。帰ってきたのだろう。
「おかえり」
何でそんなに大声を出して呼んだのかは少し理解出来ないが、自分はいつも通りに。
「おかえり……………………じゃなくて…………っっ!! 」
氷雨はすごい剣幕だ。肩で息をしている。その声に、時雨も驚いている。肩で息をしているのは時雨も同じであるが。
「ふぅ……………………ふぅ……………………はぁ……………………はぁ」
こちらに距離を詰めつつ、氷雨は息を整えている。
「ゆぅ姉……」
「……………………え? 」
抱きつかれた。氷雨に。いきなり、だ。何の脈略もなく。理由が分からない。
「おめでとう。ゆぅ姉」
「…………ひぃ」
その言葉。おめでとう。その言葉。その言葉で、悠樹は理解した。氷雨の一連の行動の理由が。
「ありがとう。ひぃ」
「遅れちゃったけど……、私からも。ゆぅ姉、良かったね……」
「うん。しぃ」
二人からの祝福。家族からの祝福。妹からの祝福。嬉しいものだ。
二人は知っている。悠樹と護が付き合うようになったということを。護が家を出たのと、二人が帰ってきた時間。その差は少し、おそらく、ロビーのあたりか、外か、その辺りで護と鉢合わせたのだろう。
二人は、氷雨と時雨は、ずっと気にかけてくれていた。
……まぁ……。
こっちから護の話をよくするから。二人にも護のことを知っておいてもらいたかったから。護を好きになってから、護と一緒にいたいと思うようになってから、もっと話すようになった。
「暑いよ……。ひぃ」
数十秒、それだけの密着。暑い。護と同じように温かい抱擁。同じ感覚。包み込んでくれる。
護の時と同じで、ずっとこうしていたい。だけど、時雨があわあわとしている。どうしたらいいのか迷っている風。
「しばらくはこうさせてよ……。ゆぅ姉。祝福だよ。祝福」
「ん………………。時雨も、おいで……? 」
時雨も。この際、一緒だ。護二人分。
「わ、分かった。ゆぅ姉」
時雨はちょっと困ってはいるが、ゆっくりと、おずおずと、氷雨と同じように身を寄せてくる。
「ん」
左に氷雨。右に時雨。
姉妹であるということを、家族ということを、こういうことで確認する。再度。
今までに確認することが多々あった。幾度と無く。そうしないといけなかったから。
いや、する必要はなかったのかもしれない。
……どっちだろ……。
護のことをが頭から離れ、家族のことに考えがシフトする。
……家族……。
家族。もちろん、時雨と氷雨とは、家族である。そして、二人は妹であり、二人の姉である。
家族という繋がりがそこにある。
その繋がりは切れない。切ることが難しい。大多数の人間が、その繋がりを切ろうとは思わない。
だから、ある意味、それは鎖でもある。それぞれを繋ぐ鎖だ。離れない。離れたいと思っても。
……でも……。
切れてしまったものもある。離れてしまったものもある。
離れていってしまえば、もう守ってはもらえなくなる。実際に、そうだ。少し違う部分もあるが、概ねそう考えてもおかしいことではない。
「ん……………………」
悠樹は、二人をもっと引き寄せる。もっと。もっと。守るように。
家族とは、互いに互いを守るもの。
だって、氷雨がいると、時雨がいると、落ち着くから。精神的に。たとえ、距離が離れてたとしても、心の距離は近い。ずっと近くにいる。隣にいるといってもいい。
家族とは、そういったものだ。そういった存在だ。だから、落ち着ける。安心できる。守ってもらっている。守っている。そういう感覚になる。
……護……。
この感覚は、あれと似ている。
護といると、いつも感じる感覚だ。落ち着くから、ずっと隣にいたいと思う。ずっと隣にいてほしいと思う。自分だけの隣に。
……私が求めているもの……。
もちろん、護に対して、だ。
これまでは、ただ隣にいたい、と漠然に思っていた。
しかし、改めて考えてみると、悠樹の想いはその先にあった。
彼氏彼女。その関係の先にあるもの。かなり先に、遠いところにあるもの。
……家族……。
護に、氷雨達、家族と同じ存在になることを望んでいる。そういうことになる。
……私……。
今まで、無意識にそう思っていたことになる。最初から、そう思っていたことになる。護と出会ってから、護のことを好きになってから、その想いが根本にあり、そこは変わっていない。好きだという気持ちがどんどん募っていったのだ。
「ゆぅ姉? 」
左側から氷雨の声。
「何? 」
「ゆぅ姉は、護さんのこと好き? 」
何度目かの質問。答えることも同じだ。
「愚問」
悠樹は続ける。
「好きにきまってる。嫌いになるわけない。好き、大好きなんだから」
好き。大好き。その程度の言葉では言い表せないほど、悠樹は護のことを想っている。
「だよね」
もちろん、氷雨はその言葉に頷いている。




