姉妹
「ねぇ。ひぃ姉? 」
「なに?」
最上階にあるエレベーターが下がってくるのを待つ。少しだけ時間があるので、時雨が氷雨に話しかけた。二人の後ろには、同じようにエレベーターを待ってる人が何人かいる。
四時を回っている。買い物帰りみたいな人もいる。
「ゆぅ姉。何してるのかな? 」
「何してるって……、そりゃ、護さんと一緒にいるんだから……」
「それは知ってるよ。でも、二人きりで何をしてるのか気になるし……」
「それはそうだけど…………」
気にならない。そんなことはない。二人の姉である悠樹。悠樹が好きな男の子、護。今、二人きり。二人きりにさせた。自分達がいると邪魔になると思ったから。二人きりの方が気が楽だろうと思ったから。
……何、してるのかなぁ……。
わざわざ、誕生日の日に、護が家に来る。それは、かなりびっくりした。三人は、同じ理由で誕生日が嫌い。だから、驚いた。
悠樹が仕掛けたということ。
「ゆぅ姉」
今は何をしているのだろうか。やっぱり、気になる。
誕生日。二人きり。プレゼントを悠樹がもらったり。誕生日だから、護は用意しているだろう。それを渡して、その後。その後だ。あの部屋にゲーム機はない。時間を潰すためのものがない。
だから、二人が今何をしているのか、気になるのだ。
エレベーターが、だんだん下がってくる。もうすぐで一階に戻ってくる。
……まだいるのかな……。
護がまだ悠樹といるのなら、その間に割って入ることになる。もう帰ってしまっているのなら、悠樹から何をしたのか聞くことが出来る。
時間的に帰っていても帰っていなかったとしても、おかしくない。
ポンッと、音が鳴る。エレベーターが一階に戻ってきた音。その音で、皆が、左右に寄る。出る人を優先するため。至って普通の出来事。エレベーターの中に何人いるか。それは分からない。一人かもしれないし、十人くらい乗ってるかもしれない。どんな場合でも邪魔にならないように、よけるのだ。
「あ……………………」
「…………………………護さん? 」
エレベーターから出てくるその中に、護がいた。他の人に紛れてはっきりと見えたわけではないけど。
……護さんだ……。
あれは護だと、氷雨は思った。それは、時雨も一緒だが。
もちろん、護がこちらに気付いた様子はない。そのまま帰ろうとしている。
……今なら……。
護に話を聞ける。悠樹から聞くのが普通だけど、護からも聞けるのだから、こちらを選択しても問題はない。それに、はやく知りたい。
「ま、護さん…………っ!! 」
口が勝手に護を呼んでいた。それも、大きい声で。
「ひ、ひぃ姉…………!? 」
まさか、氷雨がこういう行動に出るとは思ってなかったのだろう。声だけでも、時雨が慌ててることが分かる。それに、他の人が何人かこちらを見ている。それもあるのだろう。
「ま、護さん…………っ!! 」
……お、お……?
エレベーターを出て少ししたところ、急に後ろから呼ぶ声がかかった。それも、大きな声。急いで後ろを振り返ってみる。
「氷雨? それに、しぃも」
俺を呼んだのは氷雨だ。しぃがあわあわしている。氷雨が大声で俺を呼んだから、慌てているのだろう。何人かがこっちを見ている。
「す、すいません……」
「いや。いいけどさ。どうかしたのか? 」
ちょっとしおらしい氷雨。あんな大声が出るとは、氷雨自身も思っていなかったのだろう。氷雨は、それほど声が大きい方ではないし。それは、悠樹もしぃも。
「どうかしたってわけではないんですけど…………、護さんを見たから呼びたくなったというか………………」
自然と俺を呼んでしまったということか。
そうこうしている間に他の人がいなくなり、通常に戻ったしぃがこっちに来る。
「ゆぅ姉と、何をしていたんですか? 」
誕生日会。誕生日会だということは、もちろん、氷雨もしぃもしっている。だから、俺と悠樹を二人きりにさせてくれたのだ。
気になるのは気になるか。
誕生日会といっても二人だけだし、皆で集まってわーわーする誕生日会ではない。プレゼントを渡した。それだけだ。
「何をしたって言っても、プレゼントを渡して後は喋ってたり……」
まぁ、実際は抱き合ったり、悠樹の可愛さを改めて発見したり、悠樹とキスしたり、悠樹と付き合うことになったりとかとか、いろいろあったわけだけど。
……二人には……。
二人には、悠樹と付き合うことになったということを簡単に伝えることが出来る。悠樹の妹だし。二人とも、悠樹にベッタリなとこがなきにしもあらずだから、普通に祝福してくれると思う。
「護さん…………………………」
何故か、氷雨が俺との距離を一歩詰めてくる。いつも通りの氷雨がいる。さっきまでのしおらしさなんて、どこにもない。
「な、何かな…………」
「護さんから……ゆぅ姉の匂いがします………………」
「え……………………?! 」
ま、まぁ、結構な時間抱き合ったりしてたわけだし、そりゃ、そういうことにもなるだろうけど、言わずに放っておいてほしいものか。もしかして、それで何をしていたのか聞いてきたのかな……。
「嘘」
「え…………………? 」
……え……?
「嘘ですよ…………。護さん」
「なんだ……。びっくりするようなこと言わないでくれよ」
びっくりしたぁ。まぁ、少しくらいは悠樹の匂いが移っていても何ら不思議はないが、俺と氷雨との距離は三メートルは離れている。この距離ではっきりと分かるほどだったら、それはそれでびっくりする。
「あの、護さん」
「何? 」
「聞きたいことあるんですけど、いいですか? 」
「聞きたいこと? 」
さっき何をしたのか聞いたけど、それはあまり重要ではなかったのかな。
「はい。聞きたいことです」
……聞きたいこと……。
そうだ。聞きたいこと。聞きたいことがある。
悠樹と、お姉ちゃんと何をしていたのか、ということではない。もちろん、それも気になるのだけど、それはちょっと後回しにしておく。
護に聞きたいことは別にある。
「護さんは………………、ゆぅ姉のこと、好き、ですよね…………? 」
悠樹が許した、ただ一人の男の子。誕生日に連れてきた、ただ一人の男の子。それが、護。護だけ。
悠樹は護だけに心を許している。それは、聞かなくても分かる。見るだけで、悠樹を見ているだけで分かる。護のことを話している悠樹を見るだけで分かる。
だからこその質問。確認みたいな感じの質問。
「好き……ですよね? 」
護が何も話さないので、もう一度、質問を重ねる。
「好き、というか……………………」
氷雨の後ろにいる時雨が、後ろで息を飲んでいる。
二人で、少しそういう話をしてことだってある。「お姉ちゃんは護さんのこと好きだけど、護さんはどうなんだろう?」って。
話を聞く限り、全然脈あり。最初からそうだった。
「実は、悠樹と……付き合うことになったんだ……」
「……………………っ!! ほ、本当ですか!!? 」
グッと距離を詰めた。爪先で立ち、護との距離を。後ろで、時雨は動けないでいる。
「本当だ。うん。本当」
氷雨の勢いに押されることなくその場にちゃんと立っている護は、二度、肯定した。
その目は真剣なもの。少し揺らいでいた雰囲気が前にはあったけど、そういうものはなくなっている。
……良かった……。
決めたということなのだろう。それはこっちがどうこういうことではないが、護が悠樹を選んでくれた、そのことはとても嬉しい。
悠樹のことはお姉ちゃんとしてずっと見てきているから。
「良かったです。本当に…………」
「そうだね。ひぃ姉」
悠樹が護の話をするようになって、護が家に来た。そして、誕生日の日に、こうして、悠樹の願いが叶った。これはもう、完全に、だ。悠樹は、完全に護に心を開いている。
「これが聞きたかったんです」
これだけ。知りたかったこと。
氷雨は一歩下がる。時雨と同じ位置に立つ。
「本当にありがとうございます」
お姉ちゃんと付き合ってくれて。
「そんなことないよ」
付き合う。そのことを決定付けた何かがある。それはもう聞かない。そこは知ってもどうしようもない。時間が経てば、悠樹が言ってくれるかもしれない。
「それじゃ、また今度。氷雨もしぃも」
「はい」
「……はいっ」
これから、護と会う機会も増えるだろう。護が家に来ることも増えるだろう。これまでより、護のことを知れる。今は、悠樹から聞いていることがほとんどだ。
自分で護のことが知れる。それは、ある意味楽しみなことだ。
マンションの外に護が出て、護の姿が見えなくなるまで護を見ていた氷雨は、護が見えなくなったのを確認してからすぐに、エレベーターに乗り込んだ。タイミングよく来た、エレベーターに。その後に、時雨も慌ててついてくる。
はやく家に戻って、悠樹からも話を聞きたい。
二人きり。氷雨と時雨が家に戻らず他で時間を潰したから、こういうチャンスが生まれた。
もちろん、氷雨はそれを狙っていた。
護に対する気持ちは、悠樹が一番だと思っているからだ。
他の人の気持ちを、氷雨は知らない。知っていることといえば、それは、悠樹の口から聞いたものだけ。それだけだったから、悠樹の気持ちが一番だと思うのが必然的だ。
もしかしたら、それは違っていたことなのかもしれない。けど、今は違う。悠樹の護に対する気持ちが一番で、護が悠樹に対して持っている気持ちも一番なのだ。
一番と一番だから、願いが叶った。身が結んだのだ。
……本当によかったよ。ゆぅ姉……。
家での悠樹。学校での悠樹。護の前での悠樹。様々な悠樹がある。家に来たことがあるから、護は悠樹ほほぼ全てを知っている。悠樹のことを好きになってくれている。
まだ一つ隠していることがあるけれど、それも時間の問題だ。こういう関係になった以上、悠樹がこれ以上隠しておくとも思えない。
氷雨の気分が上昇する。はやく、悠樹におめでとうと言いたい。心から、本当に思っていることだから。
エレベーターで、自分達の家の階まで上がる。
三十五階。そこまで上がる必要がある。
……はやく……。
自分の先走る気持ちを抑えられない。今すぐにでも、言葉にしたい。悠樹に伝えたい。でも、エレベーターが上へ上がるスピードは同じだ。いくら、はやく、と願ったところで、そのスピードが変わるわけではない。
「ひぃ姉…………? 」
「何? 」
「何で………………、足踏みしてるの? 」
「……………………え? 」
唐突な質問。氷雨には、そんなことをしているつもりは一切なかった。だから、驚いた。
「無意識、だったの………………? 」
「……………………ん」
意識はしていた。はやく戻りたい、と。だけど、行動にまでそれが反映されるとは。そこは無意識だ。意識と無意識が混同していた。
「はやく、ゆぅ姉に言いたいから」
「それもそうだね」
その思いは、氷雨も時雨も一緒。二人で、姉妹で、同じ気持ちなのだ。祝福の気持ちは変わらない。




